艶姿をもう一度

7





外はもう夕焼けの赤を闇が覆い尽くそうとしている。
そんなことなど露とも感じさせないように、建物の中は琴や三味線の音色と共に、賑やかな笑い声や談笑が入り混じって耳に届いてくる。
部屋の中から洩れる温かな光が薄暗い廊下を行灯と共に照らす。
その廊下を進み、斎藤と総司は持ち場である部屋の一室に足を踏み入れた。

「前もここ?」
「そうだ、少し外れている分人目に付きにくい。何かあっても動きやすい」
「ふうん、ところで可愛い芸者さんは?」
「・・・・千鶴は今頃、置屋で支度をしているのではないか?角屋に着くのはもう少し後だど思うが」

総司の問いに、そのまま答える斎藤に、総司は何故か面白そうに口を歪める。
その表情が何故だか馬鹿にされているようで、斎藤は思わず顔をしかめた。

「・・・何か?」
「え?いや、別に・・・」
「ならばその顔を止めろ」
「・・・この顔はどうしようもないと思うけど」

ふん、とそのまま斎藤の横を素通りし、腰を下ろす総司に、斎藤も向かい合うように腰を下ろす。
胡坐をかいて、かったるそうに座る総司とは対照的に、正座をして背筋を伸ばしてきちっと座る斎藤。
そんな斎藤を見て、総司は聞こえるくらいの声で、言葉を漏らした。

「誰も見ていないのに・・・もっと楽にしたら?」
「これが自然だ」
「あっそう、・・・真面目だね~そんな真面目君が・・・ふふっ」
「・・・・何だ、先ほどから」

何かにつけて引っかかるような言葉を向ける総司に斎藤が率直に聞くと、総司はにっと笑って、

「可愛い芸者さん、遅いね?」
「・・・そんなに待っていないと思うが・・・」
「ほら。っあはははは!」
「???」
「何で、千鶴ちゃんのことだって思うのさ、可愛い芸者さん、としか僕言ってないけど?」

ようやく総司が先ほどから何を可笑しがっていたのか、わかりはした。わかりはしたけど…

「そ、それは・・・芸者を呼んで吞む訳でもないし、これは任務だ。だから芸者と問われれば、千鶴のことだと思うのは当然だろう?」
「そんな早口でまくしたてなくても・・・じゃあ、可愛いとは思っていないんだ?」

言えば言うほどからかわれる。そんな気がする。いや、事実だ。
斎藤は総司の口車に乗らないように、努めて平常心でいようとした。
そして押し黙った斎藤に、総司はもう降参?つまらないな~とぶつぶつ言いながらふっと天井を見上げる。

「・・・早く来ないかな?僕らの可愛い芸者さん・・・」

からかうような口調ではなくて、心底そう思っているような総司のその声色に、斎藤もそうだな、と静かに頷いた。



一方千鶴は悩んでいた。
襦袢や着物に袖を通し、お化粧も手伝ってもらいながら最後にすっと紅を唇にさす。
一気に女性に戻れた気がして、嬉しい気持ちと共に、遊びではなく任務なのだと、きゅっと口を引き締める。
結わえてもらった髪に、櫛や簪をさしていくのだが・・・
目の前にある三つの簪を前に悩む。

一つは置屋が用意してくれた、銀の簪。飾りは最小限に、でも形がものすごくきれいで…さすが、着物に合っていると思う。
一つは総司からの贈り物の簪。有言実行、鼈甲の簪に家紋を入れてある。透き通ったきれいな鼈甲は着物にも合っている。
一つは斎藤からの贈り物の簪。橙のかわいらしいかえでの花簪は…今着ている鮮やかな赤の着物に映えると思う。

・・・・・・・・・・・どれかを選ばなきゃ。時間もあんまりない。

1 .沖田さんの簪にしよう。
2 斎藤さんの簪にしよう。
3 お店の用意してくれた簪にしよう。