2 斎藤さんの簪にしよう。

お店が用意してくれた着物は、前の時とは感じは違うけれども赤い色のもの。
そっとかえでの簪を手に取り、まだ差さずにそっと髪に添えてみる。
着物の赤ときれいに合わさって、自然に頬が緩む。
そんな自分の顔を鏡でみながら、斎藤がこの簪を手に取った時の表情を思い出した。

・・・斎藤さんも、今の私と同じように頬を緩めていたっけ・・・
その優しい表情を思い出して、これをつけた自分を想像してそんな表情になったのだろうか・・・そんなことを考えて、頬紅をつけた頬が、より赤く彩られていく。
近くにいた女の子に頼んで、その花簪をそっと後ろ髪にさしてもらう。
わ~お似合いですね!と声をあげてくれた少女の声に、早く斎藤さんにも見てほしいな…そう思い、急いで立ち上がると、そのまま二人の待つ角屋へと向かった。


角屋に着くとまず、二人の待機する部屋に案内される。
途中案内をする少女に、軽く話をした後、すぐに補助に入ってほしいと頼まれて、わかりましたと頷く。
お店の中に入って、久し振りにその独特の空気を感じて緊張しているせいか、自分でも声が硬いと感じた。

そう思いつつ、千鶴です、失礼します。と部屋の中に声をかける。
どうぞ~と総司の間延びした声が耳に届いて、その声に少しだけ緊張が和らいだ気がした。
沖田さんはどこにいても・・・沖田さんだな、と当たり前のことを思いつつ、それがなんだか嬉しくて、すっと襖を開ける。

そっとお辞儀をして、部屋に入り、顔をあげると・・・
本当の芸者みたいだね、と首を傾げて微笑む総司と、それに俯いたまま頷く斎藤。

「前と、お化粧の仕方とか、髪とか少し違うんだね」
「あっはい、手伝ってくれた方も違うし、着物も違うので・・・」
「そうなのか、不便はないか?」
「はい・・・」

相変わらず俯いたまま話す斎藤に、千鶴は気分でも悪いのかと思い、

「・・・斎藤さん、具合でも悪いんですか?」
「い、いや・・・違う」

心配されて、慌てて顔を上げるも、こちらは見ない。
・・・・どこか、変なところでもあるのかな・・・そう思い自分の姿を確認するように、着物に目を向け、帯などを確認する千鶴に、

「大丈夫、どこも変じゃないよ。似合ってる、変なのは・・・斎藤君、だよねえ?」
にやにやと、面白そうに斎藤を見る総司の目は好奇心いっぱいの子供のよう。

「やっぱりどこか具合でも悪いんですか?」
心配になって斎藤の方へ近づくと、一瞬こちらを見た後、慌てて目を・・・逸らされた。

「・・・・・・斎藤さん?」
「い、いや・・・その・・・・」

落ち着かないのか、しきりに膝の上に置いた手を所在なさげにそわそわさせている斎藤に、総司が後ろから堪え切れないというようにお腹を抱えて笑いだす。
そんな状況に取り残された感じの千鶴は未だ俯いて、何やらぶつぶつ呟いている斎藤の声に耳を傾けた。

こ、今度こそはきちんと千鶴に伝えなければ・・・と思うのに、どうしてこう、言えないのか・・・やはりちゃんと着飾っている時に気持ちを伝えた方が伝わりやすいし・・・くっ総司のようにさりげなく一言言う。それだけなのに何故こんなに緊張するのだ・・・こんなことではまた任務に支障が・・・」
「・・・・・・斎藤さん」
「この間とはまた感じが違うから・・・余計緊張するのだ。せめて、前と同じような感じであればここまで・・・いや、どちらにしろ千鶴がいつもと変わるのには違わないから・・・」
「斎藤さん!!」

千鶴の声に漸くはっと顔をあげる斎藤は、またしてもばちっと目が合うとすぐに逸らしてしまう。
・・・・せっかく簪つけたのに・・・気が付いてないのかな・・・

「…あの、私そういえばすぐに補助に入るように言われてたので・・・行きますね」
「ああ…うん。何か不審な点があればすぐに知らせてね、僕たちも交代で様子は見るから」

千鶴の言葉に、何とか笑いもおさまった様子の総司が頷き、千鶴もまた頷き返して部屋を出ようと、くるっと後ろを向いた。
その後ろ姿を見上げた斎藤は、その髪にさしてある簪にようやく気付く。
部屋を出て、廊下の先に案内をしてくれるのだろう少女の影を見つけて、行こうとする千鶴の手を、次いで部屋を出てきた斎藤の腕が引き止めた。

「千鶴」
「斎藤さん?何か・・・」

振り向けば、うっとなりながら、頬を染めながらも必死に千鶴に目を合わそうとしている。
きゅっと目を瞑り、口を引き結んだあと、想いを漏らすような、掠れた声で一言。

「・・・・簪、ありがとう」

言葉少ななその一言と共に、向けてくれた顔は、千鶴の心をそれでいっぱいにしてしまうような笑顔。
妙にどきどきとうるさい胸に押しつぶされそうで、無意識に斎藤の手から離れようとする千鶴の手。
その離れていく指の先だけをかろうじて自分の手におさめて、斎藤は言葉を続けた。

「不逞な輩がいれば、俺に頼れ」

短く言われた言葉の後に、離れていく手をさみしく思いながらこくっと頷く。
少し訪れた沈黙に、で、では部屋に戻る、とくるっと背を向けた斎藤。
普段どもることなどないのに、そんな斎藤に何故か安心して、千鶴は思わず笑みをこぼす。

そして廊下の先に待つ少女へと足を向ける。
あっこちらです。と待っていてくれたらしい少女にありがとう、と声をかけて、案内について行く。

これから周囲に目も耳も、神経を尖らせなければいけないのに、まだドキドキしている胸。
そっと簪に手を触れながら、千鶴は客の待つ部屋へと入って行った。





斎藤⇔千鶴♥1up





8へ続く