3 お店の用意してくれた簪にしよう。

沖田さんと斎藤さんにもらった簪。
どちらかを選べられたらいいのだけど、どうしても選べない。
片方をつければ、もう片方の簪をくれた人は…何も言わなくても(沖田さんは言うかな?)がっかりすると思うし。
今日はとりあえず用意してくれたお店の方への謝意も込めて、この簪にしておこう。

そう考え着いて、そのまま銀の簪をそっと髪にさしていく。
一瞬頭に二人の残念そうな顔が浮かんだような気がした。
心の中ですみません、すみません・・と謝りながら、千鶴は支度を終え、角屋に向かった。

角屋に着くとまず、二人の待機する部屋に案内される。
途中案内をする少女に、軽く話をした後、すぐに補助に入ってほしいと頼まれて、わかりましたと頷く。
お店の中に入って、久し振りにその独特の空気を感じて緊張しているせいか、自分でも声が硬いと感じた。

そう思いつつ、千鶴です、失礼します。と部屋の中に声をかける。
どうぞ〜と総司の間延びした声が耳に届いて、その声に少しだけ緊張が和らいだ気がした。
沖田さんはどこにいても・・・沖田さんだな、と当たり前のことを思いつつ、それがなんだか嬉しくて、すっと襖を開ける。

そっとお辞儀をして、部屋に入り、顔をあげると・・・
本当の芸者みたいだね、と首を傾げて微笑む総司と、それに俯いたまま頷く斎藤。

「前と、お化粧の仕方とか、髪とか少し違うんだね」
「あっはい、手伝ってくれた方も違うし、着物も違うので・・・」
「そうなのか、不便はないか?」
「はい・・・」

相変わらず俯いたまま話す斎藤に、千鶴は気分でも悪いのかと思い、

「・・・斎藤さん、具合でも悪いんですか?」
「い、いや・・・違う」

心配されて、慌てて顔を上げるも、こちらは見ない。
・・・・どこか、変なところでもあるのかな・・・そう思い自分の姿を確認するように、着物に目を向け、帯などを確認する千鶴に、

「大丈夫、どこも変じゃないよ。似合ってる、けど〜…」
「けど…何でしょう?」

やはり変なところが?と思い、自分を見まわす千鶴に、総司は違う違うと首を振る。

「簪、僕が贈ったのはしないの?」
「あ、そ、それは…」

やっぱり突っ込まれたな〜と頭の片隅で考えながら理由を話そうと二人の方へ顔を向けようとした時、斎藤が顔は背けたまま総司を諭すように口を開いた。

「総司、用意してくれた店の者への礼儀だ。付けないわけにはいかないだろう?」

わかってやれ、と話す斎藤に、わかりたくもないとばかりに眉を寄せた総司は、

「でも今しとかないと、見られる機会なんて、いつあるかわかったものじゃないし、ね?」
「そ、そうですね…」

芸者の時に…ということで選んでくれたものだから、全くしないというのも問題だとは思う。

「あ、あの…明日はつけます。交代でつけても構いませんか?」

確認するように二人に尋ねれば、少しだけ顔をこちらに向けて、それでいいと言おうとする斎藤を遮るように、

「嫌」
「・・・・・・・・え?」
「だって、斎藤君は別につけてほしくもなさそうだし…礼儀を重んじるんでしょう?だったら…」

僕のと店のと交代で付ければいいだけじゃない、と飄々とのたまう総司に、気のせいだろうか、ビシビシと何やら痛いくらいの気配が総司の背後から向けられる。

「そ、そういうわけには…あ、それに…」
「それに?」
「あの花簪は、本当に可愛いので私もつけたいんです」
「・・・・千鶴・・・・」

千鶴のその言葉に、思わず目を細めて嬉しそうに小さく笑う斎藤と、その反対に、面白くなさそうに二人を見るのはもちろん…

「ちょっと待って、千鶴ちゃん…あの花簪は、…〜はってどういうこと?」
「え、え?それは…ち、違います!沖田さんのもすごく素敵なものだと思ってます!」
「・・・・・・・」
「ほ、本当ですよ?」
「・・・・・・いいよ、別に無理しなくても。どうせ家紋入りだしね」
「・・・・そんなこと…ない・・・です」
「やっぱり無理してるんだね、もういいよ…何なら捨てちゃっ・・」
「つけたいです!ぜひ!つけさせてください!」

その言葉に、総司はに〜っと口の端をあげて、悲しげな表情を、悪戯が成功したようなものに一変させた。

「そこまで言うのなら、つけさせてあげるよ。しょうがないな〜」
「・・・・・(沖田さん…楽しそうですね…)」

明らかに総司の誘導に引っかかって、総司の欲っする言葉を言わされる千鶴を斎藤は本当に不憫に思った。
千鶴のことになると、輪をかけてタチの悪い子供になる。
これは千鶴の姿に照れている場合ではない。もっと総司を抑えなければ、と決意しつつ、一方的にじゃれている総司のもとへ歩み寄る。

「総司、いい加減にしておけ」
「何を?」
「・・・・・・全部だ、おまえは任務を遂行する気があるのか」
「はいはい」

斎藤の任務という言葉に、千鶴はすぐに補助に、と言われたことを思い出す。
気の緩みを直すようにぱちっと頬を叩いて、補助に入るように言われてたので、行きます。と言えば、先ほど険悪な空気を醸し出していた二人は、同時に微笑んで。

「あんまり気合い入れすぎたらだめだよ?ほら、頬が赤くなってる」
そっと左頬を総司に優しく撫でられて、もっと赤くなってしまうのではないかと思いながら、
「頬紅ですよ、大丈夫です」と言えば、

「いや、確かに赤くなっている・・・一人で気負わなくてもいい。俺たちもいるということを忘れるな」
今度は斎藤がそっと右頬を労るように手を添える。二人の気持ちが嬉しくて、頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
「はい。ありがとうございます」

二人に見送られて廊下に出てすぐに、あっこちらです。と待っていてくれたらしい少女に導かれるまま、ありがとう、と声をかけて、案内について行く。

新選組について嗅ぎまわる者、私の名前を語る者…どう結び付けていいかわからないけれど、必ず解決して…
三人で屯所に戻りたい。そんな気持ちを固めながら千鶴は客の待つ部屋へと入って行った。






8へ続く