Everything ties




22




variety




会場であるホテルに向かう車の中で、風間と千鶴の間には言葉がなかった。
普段学校ではこんなこと一度もなかった。
ツラツラと我が嫁に―的な類いの言葉を寄せられる内に、天霧や不知火が諌めに来てくれるか、他の教師や生徒が割って入って来るかで。

・・・・・・

その沈黙に何か言葉を発さなくてはいけない気がして、千鶴は横に座る風間にちらっと目を向けた。
真っ直ぐ前を見て、考え込むような横顔は端正な面立ちで、思わず見入ってしまう。

「・・・何だ、俺に見惚れているのか」

顔を前に向けたまま、風間が機嫌良さそうに呟く。
たちまち、いつもの威風を身につけて、ふっと口元をあげる風間に千鶴は慌てて首を振った。

「そんなこと、ある筈がありませんっ」
「・・・だが、見ていただろう」

ある筈がない、と言い切られ、風間は眉を寄せながら言い返した。

「それは…風間さんが静かだなあって思ったから・・・どうしたのかな、と」
「俺はいつでも口を動かしている訳ではない」

むしろこれが普通だ、と言わんばかりに顔を顰める風間に、千鶴は少し顔を緩めた。

「そんなことないですよ、いつも賑やかで、…平助君達は風間さんがいなくなった後、嵐が通り過ぎたってよく言っていたし」
「・・・・どっちがだ、俺から言わせるとあやつらの方が鬱陶しくてかなわん。おまえはよくあの中心にいて平気なものだ」

学校にいて、女一人の千鶴だけど、実際一人でいるところは見たことがないのではないだろうか。
いつだって、幼馴染や千鶴に気のある輩が周りを取り囲んでいる。

「…風間さんと、今みたいに普通にお話すること、今までなかったですね」
「おまえの環境がそうさせているんだ…だが…」

風間がふと、千鶴に目を向けて含んだ笑みごと、言葉を続ける。

「いい傾向だ。…このような時間、悪くはない」

天霧や不知火がこの場にいたら、上から目線で言うんじゃない、とか。そうじゃないだろう、もっと素直に喜んでおけと思った事だろう。
けれど、千鶴は二人がいたら驚いたかも知れない言葉を、ゆっくりと返した。

「…そうですね、悪くないです」

少しだけ、打ち解けあった二人は会場のあるホテルに到着した。
ホテル内に入ると、たまにスーツ姿の役職のあるえらい人に見えるような人が風間に足を止めて一礼する。
その後ろを歩く千鶴の姿には、遠慮ない視線が向けられたが――…

「俺はすることがある。このまま…ここで待て。」

ある一室に連れて来られて、中には千鶴の為の衣装なのか、色とりどりのパーティドレスがかけられていた。

「・・・・・あの、風間さん。私はまだ、返事をしていないんですけど」
「返事など出来る筈があるまい。…俺はまだ、何も言ってはいないのだからな」
「・・・・え?」

会社の事情、婚約披露という名目のパーティのこと、千鶴を婚約者として披露したいということ。
色々、聞かされた気がするのだが、風間は冗談を言っている訳ではないようで、本当に何も言っていない、と思っているらしい。

「あの、…じゃあ風間さんのしたいお話って…」

困惑した眼差しを風間に向けて、そのまま押し黙る千鶴に、風間はドアに向かう足を一度止めて振り返った。

「その話は…急いてしたくはない。俺がここに戻るのを待て」
「・・・・・・・」

千鶴の返事を聞かずに、そのまま風間は部屋を出て行ってしまった。

・・・・・・・・・このまま、ここで待てって…でも…

ずっと大人しく言うことを聞いて待っていたら、なしくずしに婚約者として扱われてしまうのではないだろうか。
それに、何も言わずにここに来てしまった。今頃…きっと心配してる…

千鶴は、そうだ、携帯!と携帯を取り出すも…

「こんな時に電池切れ…」

間の悪さに携帯を抱えながら滅入ってしまう。

いつも冗談だ冗談だと思っていたことがそうではなくて。
真剣な想いだったのなら、きちんと聞いて返事をしなきゃ…そう思って来てはみたものの…

「…どうしよう…風間さんはここで待て、と言っていたけど…」

…ここで、待とう

誰かに連絡出来ないかな





































…ここで、待とう




ここで部屋を出ては、何の為にここまで付いて来たのかわからない気もする。
それに、まだ、何も言ってはいない―と…急いて話をしたくない、と言っていた風間の表情を思い出して。

「…あんな顔見たら、行けないよ」

ポスッと傍にあるソファに力なく腰かけた。
ぼんやりとかかったパーティドレスを見上げ、どこか他人事のように思えた。
何故か、車の中での事を思い出して。

…本当にあの時間を、「悪くない」と思えたのだ。
沈黙が居心地悪かったのに、あれから・・・全くそうは思わなかった。

時折話す、以前なら考えられないくらいのゆっくりな語り口、
愉快そうに唇を象ったり、千鶴に対して意地悪な物言いをしたり。

それでも、前のように冗談なのだとは思えなくなっていた。

――トントン

遠慮がちにノックされたドア。

風間さんかな?と思い、いや、彼ならこんなノックはしないだろうなと思い、クスっと笑いながらドアを開けた。

「・・・・おおっマジでいやがった」
「よかった…」

ドアを開けると驚いたような不知火と、安心したような天霧の姿があった。

「あの、風間さんは…?」
「はい、お待たせして申し訳ありません。もうすぐこちらにいらっしゃると…」
「あれでも、一応風間グループの跡取りだからな。顔みせねェとうるさいジジィが多くてな」

二人を部屋の中に入れつつ、そんな会話をして。
ふと、途切れた時に天霧が気遣うように声をかけた。

「…彼はお世辞にも口がいいとは言えません。大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「…ちゃんと、風間から話聞いたのか?」

どこか、千鶴がここにいるのをまだ信じきれないのか、不知火が首を傾げながら尋ねて来る。

「・・・あの、おうちの事情とか、この・・パーティのこととか、私を婚約者として披露したいとか、そういうのは聞きました。でも・・」
「・・・・・でも?」
「風間さん、まだ話していないって言うんです。どういうことでしょう?」

お二人なら、何か知っているのでは…と千鶴が二人に目を向けると、何故か二人とも嬉しそうに笑っている。

「…そうですか。彼がそう言うなら、まだ言えていない事があるのでしょう」
「そうだな…風間の奴、ちっとはやるじゃねェか。ここは退散しとくか、天霧」
「そうですね。これ以上ここにいると、彼が不機嫌になりそうですしね」
「・・え?あ、あの・・・」

納得しあったように、目配せしあって、そのまま部屋を出て行こうとする二人に、千鶴は慌てて声をかけたのだが。
その千鶴の言葉にではなく、報告をする為に天霧は足を止めた。

「そうそう。薄桜学園の皆様には、貴方がこちらにいる、ということは言っております。ご心配なさらず…明日からはまた旅行を楽しめますよ」
「…そ〜かぁ?何かあいつ離す気あるのかオレは不安なんだけ・・・ぐふっ!!」

天霧が笑顔で、不知火に肘鉄をくらわせたらしい…

「それでは、また後ほど」
「・・・・・・くっ今のは効いた…んじゃな」
「は、はあ…」

よくわからないけれど、懸念していた事が一つは解決したようで、そこはほっと息を吐いた。

…二人とも風間さんの話が何か、わかっていたみたい。
これ以上大事な話って何だろう?

静かな時間、テレビをつける気にもなれずに、千鶴はひたすらデジタル時計が時を進めるのを待っていた。
すると、今度はノックもなしにドアが開けられた。

…何故オートロックなのに開くの?

と考えることもない。
こんな無駄に意味のないことをしてのけるのは、やっぱり…

「風間さん、用事終わったんですか?」

部屋に入って来た風間はすでに、正装に着替えていて。
そういえば、土方先生と同い年なのだ―と今更ながらに思い出した。

「ああ、時間を取った…待たせたな」
「いえ、そういえば天霧さんと不知火さんが来ましたよ」
「そうか…ふん、恐らく俺がおまえを連れて来れているか不安だったのだろう」

…そんなことはない…と言おうとして、あるかもしれないと二人の顔を思い出して笑った。
そんな千鶴に一度、目を向けながら風間は静かに切り出した。

「…千鶴、ここで俺を待つ間、何を考えていた?」
「…何って…風間さんのお話って何だろうって…」
「このまま、強制的に婚約者として披露されてしまう、逃げようとは思わなかったのか」

…静かに淡々とした、問うような口調には風間の意思が全く垣間見れない。

「…披露されてしまうかもしれない、とも思いました。でも…逃げようとは…」

思わなかった。
皆に心配かけたくない、という思いから、連絡をとは考えたけれど…
そのまま、帰ろうとは思わなかった。

千鶴の返事に、風間の顔が色よく変わっていく。

「ふっ…そうか。おまえは何だかんだと言いはするが…俺にもう首ったけだな」
「ち、違いますっ」

からかうようでもなく、こちらを見透かすような視線なのが一層千鶴の羞恥を煽る
確信的な口調に、頬が勝手に熱を持つ。

「…他の女なら、面倒だと切り捨てる態度ではあるが…」
「切り捨ててくれて、結構です」
「おまえには、そうするつもりになれん。そこがいい」

にやっと笑って千鶴との距離を一歩詰めた。
千鶴は反射的に一歩下がるのだが…それを繰り返せばあっという間に壁際に追い詰められるという訳で。

「…は、話はなんですか?それを聞くために私はここに…」
「…おまえを、婚約者として披露する。そう言ったことはさすがに忘れてはいまいな」
「さすがに覚えていますけど」

風間の傲慢な問いかけにもさすがに慣れてきたのか、千鶴もたじろぐことなく答えていく。
千鶴の返答を聞くと、風間はその口元を楽しそうに歪めた。

「では…何故千鶴を選んだのかも…わかっているのだろうな」
「…え…女の子が…私しかいないから――…ですよね?」

…嫁にする気もない女を連れて行ってどうする―と、そう言った筈なのに。
ここで本気でそう思って返事をしている所は、きっと、他の連中も手こずっている部分なのだろう――と風間は嘆息しつつ呟いた。

「…確かに、最初は一人しかいない女、雪村千鶴をそういう目で見はしたが…」
「…」
「見くびるな、だからと言って誰にでも手を伸ばす訳ではない。例え、来年以降…女共があの学園に溢れ返ったとしても――」

すっと片手で顎を梳われて、深紅の瞳で真摯に言葉を紡がれる。

「俺が妻にしたいのはおまえだけだ」
「・・・・・・あ・・」

何と答えていいのかわからなくて、こんな風に気持ちを告げられたのは初めてで。

好きだから、ではなく…一人しかいない女生徒を自分の連れにしようと躍起になっているのかと思っていた。
風間さんが真剣なのは、『会社の為に結婚すること』なのだ―と思っていた。
そこには、彼の気持ちはないのだとばかり思っていて…

風間の真剣な気持ちを、あらぬ方向で受け取って考えていた自分。
そんな自分の勘違いを知っていたからこそ、何も話していない、と言っていたのだ――

二人の意思がようやく疎通したのを認識したのか、風間が目を細め、千鶴の反応を覗うように言葉を続けた。

「千鶴、答えを聞こう――…はい、以外は聞く気はないがな」
「…聞く気がないなら、聞かないでください」

こんな時でも、変わらないゆったりとした口調。
段々とそのペースに巻き込まれている気がする。
落ち着かない心臓を押さえながら、風間を見上げれば…

千鶴の答えをyesととったのか、風間が満足そうに口元に微笑みを湛えていた。





26へ続く