かりん
最終話
何度も何度も繰り返される斎藤の口付けに、千鶴は抗うことができずに、ただただ、斎藤の千鶴を愛おしむ気持が胸にせまってきて何も言えない。
動くことも突き放すこともできずにそのまま時間ばかりが過ぎていく。
千鶴の首元につけられた刻印を見てかっとなっただけじゃない。それだけじゃない。
本当はわかっていて。
総司のお守りを必死に探す姿を、そのことで取り乱す千鶴を見て。
本当は千鶴の目に誰が映っているのかを、思い知らされて、あきらめようとした、なのに・・・
熱を出した自分の傍にいたいと、呟いた、千鶴の優しさに甘えて、朦朧とする意識の中、自分の気持ちに逆らえなくて。
口付けをしても、しても、返されるのは冷たい唇。
途切れそうな意識の中で、ふと見えたのは・・・・・
不意に斎藤の体が離れて千鶴の横に倒れるように横になる。
目を腕で隠すように覆って天井をあおいでいる斎藤に千鶴は恐る恐る声をかける。
「・・・・・・斎藤さん?」
無言で答えることなく肩を震わせているのは・・・きっと熱のせいだけじゃない。
何と声をかければいいのだろう?
「・・・・斎藤、さ・・ん・・・・・・」
かける言葉がみつからなくて名前を、声に出せるのは名前だけ。
そのまま沈黙が続いていたのだけれど。
「千鶴」
ふいに呟かれた名前は、いつもの、斎藤の声色で。
ぱっと顔を向けて斎藤の方へ寄れば、いつもの優しい微笑みでそっと頬をなでられて。
「・・泣かせて、すまなかった」
ぽつりと紡がれた言葉は震えていて。
泣きそうな顔を必死に耐えて、微笑みを作ってくれる斎藤に千鶴は・・・
「ど、どうして・・・」
泣くな、私が泣くのは許されない。
「斎藤さんは悪くないです。悪いのは・・・」
どうして、泣いちゃダメなのに。
「こ、こんなことになるまで気持ちに気がつかなかった私です」
ぽろっと堪えていた涙が次々とこぼれて。
どうして泣いてしまうの・・・泣きたいのは、私じゃなくて今目の前で耐えている・・・
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・謝っても許されることじゃないけど・・・私っ・・・」
「・・・総司が、好きなのだろう?」
「・・・・・・・はい」
「・・千鶴、の・・・出した答えだから・・・俺は・・・」
言いながら目を瞑って斎藤の頬を流れたのは一滴の涙。
それでも目を開けて、千鶴に視線を向けながら精一杯の笑顔で、
「大丈夫だ」
どうして、どうしてこんなに優しいの。
怒鳴って嫌われて、憎まれたって仕方がないと思う。
それなのにこの人は、私の気持ちを軽くするために笑ってくれる。
こんなに優しいのに、こんなに想ってくれてるのに・・・沖田さんに対する気持ちと同じ想いを持てなくて、・・・・好きに、なれなくて・・・
「ごめんなさい・・・・・」
千鶴の涙はそのまま渇くことを覚えず、斎藤もまたそんな千鶴をそれ以上慰めることは、できなかった。
千鶴の前で、これ以上醜態をさらさないように・・・それだけに必死に意識を保っていた。
夕方になるのだろうか、部屋の中が赤暗い。
熱も引いてきて、意識もはっきりしてきて。
『ごめんなさい・・・・・』
何度も頭に響く、愛しい人の声は、残酷な響きを。
あの時、千鶴にあんなことをして、嫌われてもおかしくないのに、千鶴は自分が悪いと責め続けていた。
もしかしたら、まだ、間に合うと、心のどこかで期待していたのかもしれない。
繋ぎ止めたくて、必死だった。
どんなことをしても、あきらめたくない。
何もせずに、あきらめるのは・・・それだけは無理だと。
けれど、それを打ち砕くように目に入ってきたのは・・・
目をギュっと閉じて涙を湛えながら、体を強張らせていた千鶴の姿。
そして、襟許からは、自分が昨夜見つけた総司の・・・
千鶴の気持ちを痛いほどにわかってしまったその時に、もうそれ以上続けることなどできなかった。
自分が一番させたくない思いをさせてしまったのは、他でもない自分で。
総司といる時の千鶴の笑顔を思い出す。
また、あの笑顔を向けてくれることはあるのだろうか、また、見たい。と願わずにはいられない。
今はまだ心の底からの言葉は送れないかもしれないけれど、それでも、幸せになってほしいと・・・
その時、遠慮がちに戸が開けられ、中に入って来たのは土方。
「・・・斎藤、起きていたのか、具合はどうだ?」
「もう、大丈夫です。・・・ご迷惑おかけしました」
「いや、・・・おまえは普段から生真面目に働きすぎなんだ、疲れが出たんだろ」
斎藤の枕もとに腰をおろしてしばしの沈黙。
「・・・ゆっくり、休め。時間がいい薬になる」
「・・・副長」
きっと、何となくわかっているのだろう。
直接何かを聞くわけでもなく、そんな風に言葉をかけてくれる気遣いを嬉しく思う。
「任務はしばらく適当に振り分けるから大丈夫だ、心配するな」
「・・・いえ、そういうわけには・・・」
斎藤が言いかけたところで、バン!と勢いよく戸が開けられ、
「ちょ、ちょっと!土方さん!何で今日も俺夜見回り!?無理だよ無理!」
泣きごとを叫びながら新八が土方にがぶり寄ってきて・・・
「だ~!!新八っつぁん!一君は寝てるんだから静かにしろっての!」
「そういう平助の声こそうるせ~よ」
ばたばたと次から次へ人が入ってきてたちまち斎藤の部屋は屯所内で一番賑やかに・・・
「おまえら!何でそう騒がしいんだ!ちっとは静かにしろ!」
「そういう土方さんもすごい声だぜ?」
「・・・・・・何しにきたんだよ・・・・」
「だ~か~ら~、見回り!他の奴に割り振ってくれよ!今日は吞みに行く予定が・・・」
「・・・・・・・・・・」
「い、いや・・・そうじゃなくて、疲れもたまってるし」
「新八っつぁん、いい加減あきらめなって。一君、体大丈夫か?」
「・・・・・・・あ、ああ」
「そういう時は酒が一番ってな、よし、吞む・・」
「昼間っから酒を吞むんじゃねえ!」
先ほどまでの静寂に包まれていた部屋が嘘のように明るくて。
斎藤に自然に笑顔が戻っていく。
・・・これでは落ち込む暇もないな・・・皆気遣ってくれているのだろうか・・?
仲間の器用なような、不器用なような慰め方に、斎藤は感謝した。
何もする気になれなくて、ただひたすらに部屋の中で座っていた。
あんなに優しい人をどれだけ傷つけたのか、自分が本当に嫌になる。
泣いても解決にならない。泣くのは卑怯だと思っていても、自然に涙が出てきて。
もう目はどれだけ腫れているのかもわからない。
着物の裾も涙でぐしょぐしょで。
好きだと、総司とも少し違うけれど、他の人も違って、それでも確かに好きなんだと、思っていた。なのに、
返した気持は怯えてしまった気持ち。
自分が情けなくて、動く気にもなれない。そんな時、
「ただいま千鶴ちゃん、いる?」
戸越しに聞こえたのは、ずっと、ずっと聞きたかった人の声。
懐にしまっておいた髪紐を取り出してギュッと握る。
会いたい・・・けど・・・今は・・・
「・・・いないの?」
返ってくると思われた愛しい声が聞こえなくて、総司は落胆の声色になる。
そのまましばらく黙っていたけれど、そっと部屋から離れる足音が聞こえる。
・・・・・沖田さん、ごめんなさい・・・
戸越しに消える気配を感じながら千鶴は心の中で謝る。
今は、頭の中もぐしゃぐしゃで、顔もひどい状態で・・・会っても素直に喜べないかもしれない。
その時千鶴の心にふと浮かんだ疑問。
・・・・・どうして?
いつもなら、千鶴の返事を待たずに戸を開ける総司。
・・・・・だけど、今日は・・・
返事を待ってすぐにいなくなってしまった。
いつもと違う総司の態度に気がついて、胸の中に不安がくすぶってくる。
目をこすって、いまだに流れる涙をふいて、そっと戸のほうに向い、少しだけ戸を開けて外をうかがおうとした瞬間、
「どうして居留守使うの」
少し怒ったような声が上から聞こえたと思ったとたんに腕のなかにおさまっている自分に気が付く。
離れようと思ったけれど、総司の、大好きな総司のにおいがいっぱいで。
そんなことが嬉しくて、離れなきゃと思う気持ちとは反対に、体は総司にしがみつくように。
「沖田さん・・・おかえりなさい」
小さく震える声で呟かれた言葉に、
「ただいま」
優しく包み込むような声で。
そのまま千鶴をぎゅっと抱きしめて。
「・・・何か、あったの?」
「・・・あ、あの・・・私・・・・」
「うん」
「・・・・・・うっ・・・・」
総司の優しい声に、甘えてしまいたい自分がいる。
千鶴の言葉にならない泣き声に、総司は黙ったままそっと背中を撫でなでてくれる。
言葉を求めるでもなく、そのまま千鶴が落ち着くのを待っていてくれて。
その間ずっと優しく千鶴の居場所をそこに作ってくれていた。
ようやく、千鶴の泣き声がおさまってきた時に、総司がぽつりと口を開く。
「ねえ、千鶴ちゃん」
「・・・・は、い・・・」
「君が部屋にいるの、わかってたよ」
・・・わかってた?なら・・・
「どう、して・・・?」
「・・・だって、千鶴ちゃんが言ったでしょ?礼儀だって」
総司にそう言われて、大坂に発つ前に話したことを思い出して。
いつも返事を待たずに勝手に入る総司に、礼儀として返事を確認してほしいと・・・
「・・・・礼儀、ねえ~千鶴ちゃんは礼儀正しい人が好きなの?」
「そりゃ、悪い人よりは・・・いい人の方が好きです」
「ふうん…じゃあ、考えとく」
そんな会話が頭に浮かびあがると同時に、胸が、心が、締め付けられる。
そんな、何でもない会話を覚えていてくれたのだと・・・
「・・・・・・・それで」
「うん、ちょっとでも好きになってほしいから、気にしてみた」
ちょっとは好きになってくれた?と、千鶴に確認してくる総司が、かわいくて、愛しくて・・・
「そ、んなの・・・そんなことしなくたって・・・」
「うん」
「とっくに、沖田さんのこと・・好きです」
「・・・・・・・うん」
二人の距離をもっともっと、少しでも詰められるようにぎゅっと千鶴を抱き締める力が強まって。
千鶴の肩に顔をうずめるようにしながら総司が言葉を漏らす。
「部屋にいるのに出てこないから・・・もしかしたら遅かったかなって」
「・・・・何が、ですか?」
「もしかしたら斎藤君とって思ったんだ」
「・・・・・・・そ、れは・・・」
「不安で、不安で・・・でも違うみたいで今ほっとしてる」
「・・・・・・・あ、あの・・・私・・・」
「うん」
「斎藤さんに・・・ひどいこと・・・・」
「うん」
千鶴が一言一言話すのを、総司は焦らずゆっくり聞いてくれる。
総司の胸にすがるように顔を押しあてながら、千鶴もゆっくり話していく。
「すごく、傷つけて・・・・」
「うん」
「泣いて、ばかりで・・・・」
「うん」
「あんな顔・・・させてしまって・・・・」
「うん」
「それなのに、斎藤さんは・・・」
「・・・・うん」
ぽろっとまた流れる涙を総司の袂に押し付けて、
「・・・そ、れなのに・・・私は、こうして・・・沖田さんに甘えちゃって・・・・」
「・・・・うん」
「・・・こんな自分が、嫌いです・・・どうしていいか、わからなくて・・・」
「それは困るな」
今までずっと相槌を打って、千鶴の言葉を静かに聞いてくれていた総司が、不意に言葉を返してきて。
「・・・・・・・?」
「だって、僕を好きな千鶴ちゃん、なんでしょう?」
「・・・沖田さん・・・・」
「嫌いになんかなったらだめだよ?」
「・・・でも・・・」
「僕のことを好きな気持ちを、否定しないでよ」
「・・・・はい」
うなずけばそっとおでこを合わせられて、
「大丈夫、頑張ったね」
「・・・・・・・」
「ごめん、僕は自分勝手だから・・・・」
総司が困ったような微笑みを浮かべて、千鶴の頬に手を当てる。
「嬉しくて、しょうがないんだ。だってやっと・・・・」
優しくて、冷えていた心がどんどん温められていくような、そんな総司の口付けに自然に涙が出る。
「僕だけの、千鶴・・になったから」
「・・・・沖田さん・・・」
嬉しくて涙が止まらない。もうどれだけ泣いたのかわからない。
総司はそっとまぶたに唇を落として腫れた目を癒してくれるかのようにそっと舌でなぞってから、
ぽつり、と呟いた。
「総司がいい」
「・・・・・・?」
「僕のことも、名前がいい」
「・・・・・・・あの・・・」
「名前で呼んで?・・・千鶴・・・」
鼻先に軽く唇を落として、優しい拘束を解いて微笑む総司に、
この感情をどういえばいいのだろう。
この人が好きで、好きで・・・私は沖田さんが本当に好きなんだ。
溢れていく気持ちが、そのあと千鶴を動かしていく。
手は総司の肩の上に、目は総司の瞳をじっと見て、顔を総司に向けて、
「・・・総司さん、大好きです」
そっと総司の頬に千鶴からの初めての口付けを。
両方の頬が染まって、二人で顔を見合わせる。
気持ちを込めて微笑みあう二人は自然に顔を近づけて。
合間に呟かれた総司の言葉。
「僕は、もっと、もっと千鶴が好きだよ・・・早く追いついてね?」
好きという感情が、こんなに愛しいものだとは知らなかった。
初めて君と出会った夜、こんなことになるなんて思いもしなかったけれど。
あの時、その目に惹かれてから、どんどん、どんどん心に積っていく想いは、日ごと膨らんで。
日常のどんな小さいことでも、僕にとってはかけがえのない時間だよ。
今だから、時を重ねて、想いを募らせた今だから、素直に言える気持を大切に、
君を、君だけを想うよ。ずっと、ずっと・・・
FIN
お、終わりました。かりん最終話までお付き合いくださりありがとうございました。
当初から最後はこの二人で、と思っておりました。
斎藤さんにはすごく申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
でもあの斎藤さんの行動がなければ、気持ちがはっきりしなかった、ということを書きたくて。
皆さまが結末に納得していただけると幸いです。
長い間読んでいただき、本当に本当にありがとうございました。
読んでくださった方々に感謝します。
※管理人はへたれで、どうしても一方のみのEDだけを書くということが難しいと思っておりました。
これも当初から決めていたことなのですが、もし、千鶴が斎藤さんを選んでいたら。というお話を書いております。
総司さんと結ばれた話とはまるで違うので、総司さんEDに満足されている方はご覧にならない方がいいです。
あくまで本筋の話は総司さんEDだと思っておりますが、斎藤さんにも千鶴との幸せを・・・と願う方は下のクリックからご覧ください。
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