かりん
・・・if・・・
熱い・・・・
斎藤からいたるところに口付けをされたところはどこも熱を持って。
自分がどうにかなってしまいそうに、頭が真っ白になって何も考えられない。
ふと、斎藤の動きが止まった刹那、目を斎藤に向けるとじっと千鶴の目を見ていて、千鶴の気持ちを推し量るように、じっと。
けれど、じっと見つめていた瞳はまぶたを閉じて、苦しそうに千鶴の傍に倒れこむように横たわる。
先ほどよりも赤く、力なく横たわって、動けない体。
それなのに、手は、手だけは千鶴の着物を握っている。
離れていかないように、どこかに行ってしまわないように、そんな気持ちを手だけで必死に表わしていて。
『行くな』
頭の中に響く声は震えていて。
あんなせつない声を初めて聞いた。
・・・どうして・・・
千鶴は思う。
沖田さんの髪紐・・・どうして探したんですか?
・・・・こんなにつらいのなら、どうして・・・・
そんなの決まっている。
・・・私のためなら自分がどんな思いをしてもいいんですか?
きっと、きっと、熱が出なければ、斎藤はこんなことしなかったのだろうと思う。
自分の気持ちを押し込めて、千鶴を、あきらめようとしたのだろう。
・・・・・馬鹿です・・・・・
・・・・・斎藤さんの、馬鹿・・・・・
きゅっと絞った手ぬぐいでそっと体の汗を拭きとっていく。
「起きたら、言いたいことがいっぱいあるんです・・・早く、起きてください・・・」
いまだに千鶴の着物を握ったままの斎藤の手に、千鶴は自分の手を重ねた。
冷えた汗が冷たくて、、体の熱を持ち去って寒いとさえ感じて。
体を一回震わせて目を少しずつ開ければ、まだ部屋の中は明るく、夜になっていないことはわかる。
ふと周りを見渡せば、手桶と、手ぬぐい、水差し、薬・・・今自分にとって必要な道具がきれいに整理されて置かれている。
だけど、一番必要な・・・自分にとって必要な人はいない。
おぼろげに覚えていることが、本当にあったことなのかさえも疑わしくなってくる。
夢であればいいと思う・・・あんな醜態を千鶴にはさらしたくなかった。
夢でなければいいと願う・・・自分が心から望んでいることだから。
汗でぐっしょりした着物を鬱陶しく感じながらそっと体を起こす。
熱はだいぶ下がったらしく、この調子ならば明日には任務に戻れるだろう。
そんなことを考えながらふと自分の手を見つめる。
・・・ずっと、誰かがついていてくれたような気がして。
まだ、その温もりが、手に微かに残っている気がして・・・
・・・・未練だな・・・・
ぐっと手を握り、肌にまとわりつく着物を脱ごうとした時、すーっと戸が開いて入って来たのは・・・
「斎藤さん!起きてて大丈夫なんですか!?」
びっくりしたように千鶴はそのまま急いで戸を閉めて、斎藤に駆け寄って、そっとおでこに手を当てる。
「熱・・・だいぶ下がりましたね…よかった、ご気分悪くないですか?」
いつもと変わらない笑を浮かべて、それでも少し心配そうに尋ねてくれる千鶴に、斎藤はどう答えていいのかわからない。
「あの、汗がすごかったので、着替えを、と思って・・・ついでに体も拭きましょうね?」
隣でてきぱきと準備を進める千鶴に、斎藤の方が慌てる。
「ひ、一人で出来る」
「だめです。させてください」
「そんなことまでする必要はない…部屋の外で待っていてくれ」
さっきまで脱ごうとしていた着物の前身頃を、慌てて合わせている斎藤の様子が面白くて、
「だめです。…行くなって…俺の傍にって言ったの・・・斎藤さんですよ?」
ふふっと微笑んで、
「わ、私だって恥ずかしいんですよ?でもまだ熱も下がりきってないし、言うこと聞いてください」
頬を染めて、着替えの着物を広げる千鶴を、斎藤は呆然と見つめる。
「・・・・・千鶴?」
「はい」
「夢、じゃないのか?」
「?」
「どこまでが、その・・・・」
そこまで言って斎藤は黙って下を向く。けれど、その頬は千鶴と同じように染まっていて・・・
「・・・どんな夢を見たんですか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・言えないような、夢ですか?」
「・・・・・・・・・」
「それなら・・・夢じゃないと思いますよ?」
「!?」
ばっと斎藤が顔を上げて千鶴を見れば、顔を真っ赤にした千鶴が自分を見て微笑んでいて。
さっ!ぬ、脱いでください!拭きますよ!と手ぬぐいを水に浸そうとする千鶴の手を、斎藤はそっと掴んで。
「ずっと・・・手をつないでいてくれていたのか?」
「・・・・はい」
「傍に…と、どういう意味で言っているのか、わかっているのか?」
「・・・・はい」
「・・・・総司の、ことは・・・」
「・・・・斎藤さんの、傍にいたいと、思いました・・・いけませんか?」
目が・・・熱い・・・勝手にこみ上げてくるものが、千鶴をよく見えなくする。
「・・・最初は少し、・・いえ、かなり、びっくりしましたけど・・」
「・・・それでも嬉しかった・・・」
「・・・この気持ちは、恋なんだと、思いました」
「・・・斎藤さんが、好きです。・・傍にいさせていただけますか?」
昨日まで、絶望の淵に立たされていると思っていたのに。
きっと、千鶴は総司を選ぶと思っていた、なのに・・・
夢でもいい。夢ならば、覚めないでほしい。と、そう思った時、
「斎藤さん!」
少し大きめの声で突然呼ばれて我に返る。
「・・・あの・・・返事、いただけないんですか?」
少しだけ不安そうに自分を見上げてくる千鶴にそっと触れて、抱き寄せれば夢ではないことがわかる。
「返事など・・決まっている」
今度は嬉しくて、嬉しすぎて震える声でやっと千鶴に言葉を返すと、背中にまわされた千鶴の手がきゅっと着物を掴む。
「・・・ずるいです」
「?」
「それじゃあ、わからないです」
「・・・・?」
「ちゃんと、言葉にして・・・聞かせてください」
どうして、こんなにも自分を乱すようなことを言うのだろう。
その瞳に込められた自分を愛おしむ眼差しに、思考を絡めとられるように。
「・・・千鶴に、傍にいてほしい・・今も、これからも、ずっと・・・」
身をずらして、そっと千鶴の唇にありったけの想いを込めて口付けを。
驚くでもなく、自然に受け入れて、温かい気持ちを返してくれることが、幸せで、幸せで、幸せで。
武士であることに、刀を持って、刀を振るうことに、自分の生き様を見出していた。
それは自分にとって、絶対なくせない、信念。
けれど、同じように自分にとっての絶対を、大切なものを見つけた。
何にも変えられない、大切な、愛しい・・千鶴。
日が落ちてきて、辺りが夕焼けに包まれてきた頃。
千鶴の手をそっと握ったまま、安心して眠りについた斎藤を、じっと見守るように傍についている千鶴がいて。
その時耳に聞こえて来たのは、珍しく気配を隠そうともしないでそのまま歩いてくる総司の足音。
「斎藤君、入るよ」
言うなり戸を開けて、目の前の光景に一瞬眉をしかめて。
それでも千鶴は繫れた手を離さない。まっすぐに総司の方を向いて。
「・・・・・あ~あ・・・これでも頑張って早く済ませたつもりだったけど」
「・・・・沖田さん、おかえりなさい」
「ただいま。・・・・でも、その言葉をここで聞くとは思わなかったよ」
はあ、と頭に手を置いて、ちらっと斎藤の方へ視線を向ける。
「何も知らずに気持ち良さそうに寝ちゃって・・・」
「斎藤さん、すごい熱があったんです、だから・・・」
「知ってる、土方さんに聞いた」
「・・・そうですか・・・・・・・・あの、沖田さん、お話が」
「聞きたくない」
「あ、あの、でも・・・・」
「・・・見たら、何となくわかるよ、・・・嫌でも、ね」
「・・・沖田さん・・・」
無表情に、どこか上の空で話す総司に、千鶴は胸が痛い。
「・・・ごめんなさい」
「何で謝るの」
「・・・ごめんなさい」
「・・・・・・・・・」
「・・・それしか言えないんです、言葉が出てこなくて・・・」
総司のことは、今でも特別で、そんな姿を見ているとつらい。
だけど、それ以上に、斎藤のことを放っておけなくて。傍にいると決めたから。
斎藤のことが、好きだと思ったから。
総司に何かあっても、もう、自分には何もしてあげられないから・・・
「ごめんなさい・・・」
「・・・お守り、効果なかったね」
「・・・・・・・・・・」
「むしろ逆効果だったかな」
「・・・・・沖田さん」
「・・・・・・・・・・」
黙って、下を向いた総司は何かに耐えるようにじっと、じっと動かなくて。
自分を抱え込むように交叉させた手の先は見ていて痛そうなほど、腕に食い込んで。
どれくらいの時間が経過しただろう。
あたりも暗くなってきて、そろそろ行灯に火を灯さなければ、表情も見えにくくなる。
けれど、今はそれがちょうどいい。
闇が三人を覆い隠そうとした時、千鶴の手とつながれた斎藤の手がぴくっと動いて・・・
「・・・?」
「・・斎藤さん、起きたんですか?具合は・・・」
「・・問題ない・・・総司?」
「・・・・遅いよ、いつまでぼけっと寝てるのさ」
「・・・総司、いつから・・・」
斎藤は身を起して総司の方を見るけれど、暗い中、下を向いている総司の表情は見えない。
「・・・ずるいよ、僕がいない間に攫っていくなんて」
「・・・すまない」
「謝まらないでよ・・・謝るくらいなら、僕に譲ってよ」
「それはできない」
「・・・・・じゃあ、堂々としてればいいよ」
総司はすくっと立ち上がるとずっと隠していた表情を見せて。
口は笑っているけれど、目は痛みを必死に耐えているような、そんな顔を。
それでも二人に精一杯、いつもどおりに話そうと・・・
「今のうちにいくらでもいちゃついてたら?僕はもう戻る」
「総司・・・・」
「言っとくけど、あきらめたわけじゃないよ?僕はあきらめが悪いから」
「・・・・・・・・」
「泣かせたりしたら、引っ攫っていくから」
「わかっている」
その言葉を聞いて、そのまま部屋を出ようとしたところで総司は足を止めて、背中を向けたまま振り向かずに、
「・・・・・千鶴ちゃん」
「はい」
「・・・・好きだよ」
「・・・・沖田さん・・・」
総司の背中が、あまりにもさみしくて、ぽろっと涙がこぼれ落ちる。
そのまま、何を求めるでもなく部屋を出ていく総司を、止めることはもうできない。
何度謝っても、謝っても、どうにもならないけれど、それでも、
初めて、千鶴に父親とは違う、愛情をくれた総司が離れていくのを、千鶴がさみしく思わないわけがない。
ぽろぽろと隠せない涙を落としていく千鶴に、斎藤はそっと近づいて引き寄せる。
「千鶴・・・泣くな」
「・・・・すみません・・・・」
「・・・おまえが泣くと、どうしていいかわからない」
「・・・このまま・・・」
「・・・・?」
「・・・こうしてくれるのが、嬉しいです」
きゅっと斎藤の着物を掴んで寄り添ってくる千鶴は、小刻みに震えていて。
震えが少しでも和らぐように、
千鶴の気持にかかる寂しさが少しでも晴れるように、
斎藤は千鶴を一層に抱き締めた。
胸の中で静かに涙を流す千鶴を、総司のために涙を流す千鶴を、
今はまだ、総司に気持ちが残っていても仕方がないと思う。
総司と仲よく話して、笑う、そんな千鶴をずっと見てきて、惹かれて、好きになって。
だから・・・総司への想いが今残っていても構わない。
俺は、その想いごと、おまえを抱き締めていくから。
END
かりんif、いかがでしたか?
やっぱり26話までの流れで、千鶴が総司の方へ傾いていたのは事実ですので、こんな終わり方に。
それでも斎藤さんを幸せにできたのでは…と自分では思っております。
斎藤さんの大きな愛に千鶴は包まれて、千鶴も幸せになる・・・そんな風に終わらせたく書きました。
総司さんはかわいそうですけど。
かりん最終話だけでなくifまで読んでくださった方々、ありがとうございました。
本当に感謝いたします。