『いちばん嬉しい、1番だった』





読んでなくても問題はありませんが、以前upしたVDの続きを読んでいただけた方が、わかりやすいと想われます。






2月14日。


こんな筈じゃあなかったのに――

すでに街灯が灯るほどに暗い帰り道。
一人家路を歩く足取りは、いじけ半分で八つ当たり気味に地面を踏みしめる。

バレンタインのせいか、時折一人でいるのが丁度いいとばかりに、近寄ろうとする女性が様子を窺ってくるけど――無視。
話しかけるな、と言わんばかりの空気を徹底して纏って。
それでも近寄ってくる空気の読めない子には、これ以上ないくらいの冷たい視線をあげた。

普段なら、もう少し適当にへらへら笑って断ることも出来たかもしれないけど――

今日のイベントに、少なからず力を入れてしまった分、成果があまりにもないことに焦りすら浮かんできそうで。

「義理さえ…もらってないもんね。いや、義理はいらな…う〜ん…」

千鶴に本命がいないのなら、義理はもらっておきたいなんて。
自分には考えられないくらい、弱気な部分に自分でも言葉が出てこなくなる。

うまく立ち回ろうとしても、うまくいかない。

今まで、こうしよう―と思って失敗したことなんて、あっただろうかと思うくらい…自分にとっての全ての事は掌で転がっていたようなものだった。

彼女のことになると、どうしてこう…

失敗だったらしいチョコフォンデュ。
いつものからかいのように思われただろうか――

ろくに話すことも出来ずに、帰ってしまった千鶴に、
届くことはないと思いつつも、少しだけ恨めしげに文句を呟いてみる。

「土方さんに帰れって言われたくらいで帰るとか…ありえないんだけど」

帰っただけなら、こんなに胸がざわざわしないのかもしれない。
帰り際の千鶴の一言が、余裕のない自分にしているのだろうとも思う。

『一度、家に帰ります』

斎藤も土方もそこには触れていなかったが、総司は『一度』という言葉が気になっていた。
素直で真っ直ぐな千鶴のこと、こうしよう―と思っていた事を思い浮かべながら、つい出た一言なのだろうが。
一度、ということは…戻ってくるということだ。

けど…その言葉を言った時、千鶴は斎藤の方を見ていた――

不安を散らすように、土方や斎藤と共に教室を出ずに、その場に残ってた。
窓から見た校庭に、千鶴が姿を現すんじゃないかとも思ったけど…
日も沈むのが早い冬、あっという間に暗くなった寒空の中、もう千鶴が一人で出歩いているとは思えず―

諦めて門を出た時吐く白い息が、溜息によって増したのを見て、気持ちを一層むなしいものにした。

チョコは諦めるしかなくても、千鶴を諦めるなんて考えたくもない。
明日からまた――

飄々とした自分らしく、気分を一新させて。
ふぅ、と肩の力を抜くように息を吐いて、もうすぐ我が家というところ。

家の前、街灯がぼんやり姿を照らす。
緊張しているのか、真っ直ぐ姿勢を正して、ぴくりとも動かない影、愛しい彼女の影。

コツ、と小石を軽く蹴った音に、千鶴が顔をあげる。

「――あ…沖田先輩…よかった、帰って来た――あの…」

震えた語尾が、千鶴の緊張を総司に伝えてくれる。
寒さからなのか、緊張からなのか、チョコレートが入っているであろう包みを震えながら、腕をこちらに伸ばして近づけて――

差し出されるまま無言で受け取ってしまったチョコレート。
千鶴の手ぶらになった手は、所在なさげにどこか居場所を求めるようにスカートをギュっと掴んだ。
振り絞った勇気の言葉は、あまりにも小さくて――


千鶴は小さな白い吐息ごと抱き締められた。
冷えたマフラーが顔にあたって、それでも徐々にお互いの体温が伝わりあう

「聞こえなかった」
「・・・・」

本当に聞こえなかったのだ、それくらい、緊張して、勇気がいる言葉を千鶴がせっかく言ってくれたのに――
でも、聞こえなくても伝わった、千鶴がそこまで緊張してくれたという事実が、はからずも伝えてくれるなんて

「本命、ありがとう――」
「……っ」
「僕も、おんなじ気持ちだよ。君がもっとはっきり言ってくれたら…それ以上に囁いてあげる」

――えっと困ったように固まった千鶴に、自分の言葉も欲しいのだとわかって。

千鶴の肩に頭を埋めて、言いたくてたまらない「好き」を閉じ込めて、甘えるように額をこすりつけた。










2月16日。

「・・・・・・・・・今日は3人」
「は?何が」

千鶴と一緒にいたいのを我慢して、部活に出ていた総司(千鶴に見に行くと言われて素直に応じた人)の言葉に平助が反応した。

「ん〜…僕の睨みをかいくぐって、千鶴ちゃんに近寄ろうとした馬鹿」
「ああ、千鶴モテるもんなあ。女子一人だけっていう特殊な環境でもあるしな〜」
「そういう環境じゃなくても、千鶴ちゃんは可愛いよ。僕が好きになったんだから」

得意げに言う総司に、「そうだな」と簡単に返事をする平助。
それはそれで腹が立つ。

「とにかく、一昨日から付き合い始めて…2日。僕という彼氏が出来たってわかってるはずなのに一向にそういう輩が減らないわけ」
「…あ〜なるほどな、でもそれはそうじゃないか?」
「何で」

自分に賛同しない平助を思わず横目で睨んだ。

「だ、だってさ〜オレだってまだいまいち…千鶴が総司の彼女〜とか実感出来ねえし」
「あんなに一緒にいるのに」

昨日だってそうだ、廊下で二人で甘い雰囲気を醸し出していたと思うのに――
そう思っていた総司に、聞いていたのか素振りをしていた斎藤がポツっと素直すぎる答えを出した。

「相手が総司だからだろう」
「・・・・・・・は?」
「お前はいつも千鶴をからかっていた。一緒にいても…またからかわれているのか―と皆思うのでは」
「なるほど〜それはある…ギャッ!!」

斎藤の言葉に激しく同意した平助の頭を竹刀が強襲した。

「それは…皆、じゃなくて斎藤君の主観的なものなんじゃないの?」
「そう見える今までのお前の行動に原因がある」
「つまり、そう思ってるってことだよね―まだ諦めてないの?」
「・・・・・・・・・・」

ふいっと何事もなかったかのように、練習に戻る斎藤は総司の言葉を否定しなかった。

「は〜…まあ、一君の言いたい事もわかる・・・「うるさい平助」

スクっと立ち上がって道場を後にする総司に平助が慌てて声をかけた。

「どこ行くんだよ!千鶴見学に来るんだろ!?」
「トイレ」

不機嫌そうな総司の背中を見送った平助は、これ以上総司の機嫌が悪くならないように千鶴が早く来ればいいなあと思っていたのだが。
千鶴が来たことで、まさか不機嫌が増長することになるとは思いもしなかった――


トイレと言いつつ、途中で会った土方を適当にからかって憂さ晴らしをした後。
そろそろ来てるかも、と戻った総司の目に千鶴と斎藤が並んでいる姿が目に入った。

「・・・・・・・・・」

何やら、打ち込み方を教えているようにも見えるが…

イラッ

二人を邪魔しに…いやいや、僕が邪魔するんじゃなくて、斎藤君が邪魔なんだから、と思った矢先。
剣道部の後輩の会話が…耳に入ってしまった。

「…なんか、昨日から雪村さん剣道部見学してるけど、それってさ〜…」
「ああ、バレンタインの後だし、確実だろ?あ〜人のもんか…ちくしょう〜いいよなあ…」
「本当、羨ましいよなあ――」

何だ、付き合っているのわかっていたのか、それもそうかと総司が思った途端、二人の声が揃った。

「「斎藤先輩」」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「悔しいけど、お似合いだよな」
「ああ、あの先輩があんな風に笑うなんて…雪村さんは偉大だなあ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とりあえず、この二人はこの後会話することなく、床に這い蹲ることとなった。








2月26日。

「意味がわからないんだけど」
「まあ、オレもよくわかんねえけど」

付き合いだして、もう10日以上経つのに、未だ付き合ってると広がらないのは何故だろう――

「…けど、総司…付き合う前も大して変わらなかったしな」
「あのねえ、変えたいんだよ?でも大事にしたいし、人前ですることじゃないって拒絶されたら――」
「何する気なんだよ!!」

平助のツッコミはもっともである。

だが総司にとって、いっちばん癪に障るのが…

「未だ、斎藤君と恋人説をたまに耳にするんだけど…」
「あ、オレ昨日聞かれた。どうなの?って。違うって言っといたからな!総司だよって」

冗談だろ?と笑い飛ばされたことは伏せた平助、懸命な判断だと思われる。

「そう…休み時間・放課後・通学帰宅路…休日だって一緒なんだよ?おっかしいなあ」
「だから、今までだってそうしようとしてたじゃん。でもさ、オレから見たら総司が彼氏って…わかるぞ?」

戸惑ったような態度じゃなくて、素直に嬉しそうに照れてる。
総司が好きという気持ちが、傍目から見ててもどんどん表に浮き出てきているのがわかる。

「…平助は幼馴染だからね、他の奴らより…わかるだろうね」
「そうそう!したくないけど、幼馴染のオレの保証つきだし!元気だせって!」
「僕は千鶴ちゃんからもっと…保証が欲しいよ…」

好きだと思ってもらっているのは、わかる。
でもピークはバレンタイン当日・次の日…くらいな気もする。
奥ゆかしい彼女に、あまり露骨な表現は無理だろうけど・・・たまにはいいんじゃないかと思うのは欲張りとは言わないだろう。

「もらってんだろー!!贅沢言うなよ〜」
「贅沢、になるのかな。なんか僕の愛情表現とのバランスが取れてない気もして…」
「総司みたいに露骨なのは無理だろ。そういや、千鶴、今日来るのか?」
「うん」

今日は土曜日。
薄桜学園は他校との練習試合が組まれていた。
それを聞いた千鶴が、試合の応援に行きたいと言ったのだ。

「よっしゃ!千鶴が来るなら負けるわけにはいかねえよな!」
「負けるはずないでしょう?」

話しながらも、胴・垂・籠手と身に着けていくと、もうすぐ試合だとほどよい緊張感も出てきた。
丁度いいくらいの集中力も出して。

道場の方へ向かって千鶴の姿を探した。
邪魔にならないように見てます、と言っていたけど…
入り口の扉に、本当に少しだけ身を乗り出して、遠慮がちに中を窺う千鶴の姿があった。
千鶴に自分の居場所を知らせるように、竹刀を軽く振った。
気付いた千鶴が、ふわっと微笑んだ後、頑張ってと言わんばかりに軽く拳を作って応援してくれる。
返した笑顔と共に、よし、と今までで一番くらいの気合が入ったのか、竹刀を持つ手に力が入ったのだった。

見に来たことがなかったわけじゃない。
けれど、今日は…自分を見るために来ているのだと思うと…身の入りようが違う。

「始めっ!!」

審判の掛け声と共にパン!と竹刀がぶつかりあう音が響く。
身体が動く、相手の動きが手に取るようにわかるくらい、頭が冴えてる。
相手の技を殺さず、力を利用して流すと一気に畳み掛けた。
閃光の速さでパーンと音が鳴る。

「一本!それまで!」

すげえ!と後輩達の騒ぐ中、面をつけたまま千鶴の方を仰いだ。
道場の次の試合を邪魔しないように、拍手をする素振りをしてくれた。
それだけでも嬉しく思った総司に、この後望んでいた事がプレゼントのように起こった。

試合後、ありがとうございましたー!と声を掛け合う中。
おいでおいで、と手を振った総司に、千鶴がいいのだろうか、と見渡しながらそろそろと近付いて。

「お疲れ様でした。片付け手伝わせてください」
「いいよ。片付けるほどのものないし…ね、試合どうだった?」

総司に聞かれた途端、千鶴の顔が紅潮する。
まだ、周りに剣道部員がひしめいているのに、自身の興奮が高ぶったのかパッと胸の前で手を組んで、目をキラキラさせて口を開いた。

「おめでとうございます!すごかったです!何て言ったらいいのか…前に見た時より、今日はちょっと違ったっていうか…」
「気合の入れようが違ったしね」

君が応援してくれたから、と軽く鼻をチョンとする。
そういうところが、周りにはからかっているように見えるらしく…この時も『ああまた、沖田が雪村からかってるよ』な空気が漂っていたのだが。
チョンとされた千鶴は、嫌がることなく、顔を綻ばせた。

「はい!沖田先輩が…一番――強くて、素敵です…っ」


シ…ン―――

千鶴の言葉は、2人に注目していた剣道部員達の一斉の沈黙によって、まるでこだまでもしたように響いた。
何と言っても、『沖田の執着』と認識されていた二人だったが、千鶴がはっきり皆に聞こえる声で告げたのだから。

総司が『一番』だと――


「……先輩?」
「――千鶴ちゃん、今の、もう一回」
「今の?あ…先輩が、一番強くて、素敵です」

今度は自分が咄嗟に言った言葉の意味をゆっくり反芻しながら、千鶴も顔を赤らめて恥ずかしそうに告げた。
その態度が、真実をさらにさらけ出した。

マジかー!!と一斉にざわざわする道場内。
その騒ぎの中心で、周りの態度の一変に戸惑う千鶴と、破顔した総司の二人がいる。
円から外れた外でそれを見ていた斎藤と平助の二人は、はあ、と同時に溜息を吐いた。

「総司の奴、嬉しそうだな〜」
「それは…そうだろうな」

一番になれる、たった一人だと……千鶴が宣言したのだから――

「まあ、これで噂は総司の杞憂に終わったってことで…ちょっとは総司も静かになるかもな」
「…?噂?何かあったのか?」
「……ああ、まあ知らない方がいいって!」

首を傾げる斎藤の傍で、平助が曖昧にその場を濁す。
平助の言った通り、雪村千鶴の彼氏は沖田総司と――
あっという間に真実は広まった、が…



3月14日。

「わぷっ!今日は風が強いですね」
「そうだね、風があると寒く感じる…あ、千鶴ちゃん髪噛んでる」

話した拍子に千鶴の唇に張り付いた髪。
払おうとした千鶴の手を止めて、総司が唇を寄せた。

え?と思う間もなく、千鶴の顔が影になって。
重ねられた口唇に上昇する温度。
リップに絡み取られた一筋の髪を、チュ―と、軽くリップ音を湿らせて唇で掬い上げて。
口唇を離すと同時に、再び風になびかせた。

「・・・・・・・・・っ!?い、今…今…っ」
「キス?」
「〜〜〜軽く言わないでくださいーっ!!」

真っ赤になりながらも、今のキスのきっかけとなった髪がまた乱れないようにまとめようとする千鶴の行動は遮られた。
総司が咎めるような声で言ってくる。

「僕はおろしてる方が好きなんだけど」
「・・・・・・・・・・」
「あと、軽くじゃないよ。どんなタイミングでも、同じくらい…気持ち込めてキスしてるからね?」

総司は千鶴のおろした髪の一筋を、くるくると指に巻きつけると、千鶴に向かって目を細めた。

「きっかけがあっても…」

もう一度、唇を寄せる。
啄ばまれる度に漏れる吐息が熱くて、そのことが余計頬を上気させていく。
合間に首を巻きつけた毛先でくすぐられて、くすぐったさにふっともれた声をまた総司が塞いで。

「きっかけがなくても…おんなじでしょう?」

形のいい唇が、そう告げるのを確認できる程度に二人の間にようやく距離が出来て。
どう言葉を返していいかわからない千鶴は、こくこくと、頷くしか出来なかったのだけど。
そんな千鶴にまた総司がキスをする。

「・・・・・・ど、どうしたんですか?」
「ん〜何が?」
「今日は…その…」
「多い?」

千鶴の考えを汲み取って聞き返す総司に、千鶴が返事をする前にもう一度唇を寄せて。

「だってホワイトデーだしね。たくさん…してあげる」


恋人日和を満喫する二人。だが…

『放課後、教室に行ってはいけない――』

そんな噂が流れるようになり、千鶴が恥ずかしがってガードを固めてしまい…
総司はまた騒ぎ出すことになる羽目になる。







END









ホワイトデー、お返しはなんだったのでしょうか。
千鶴はきっと別に用意していると思うのですけどね^^

この話の一部に、以前書いたことのあるものを引用してます。
クリスマスの沖千なんですけど…
わかった方がいたらすごいと思います。

沖田さんが騒ぎだしたら…また相談相手になるのは平助君でしょうか。
頑張れ!(笑)


ここまでお読みくださりありがとうございましたv