40,000hitキリリク斎千SS


「幸せに限りはなく」




時は二月。雪が降り積もり寒さに首をすくめながら家路を一人歩く。

…運がよかったな、千鶴は喜ぶだろうか?

手には新鮮なお魚。ちょうど仕事帰りに居鯖人を見つけ、ここの地域では珍しく、新鮮な魚を手に入れることが出来た。
最近あまり食欲のない千鶴が、これで少しでも元気になれば・・と思うと自然に歩みは早まって。
家から洩れた明かりが目に入り、自然びっくりするであろう千鶴の顔を思い浮かべて頬を緩める。
斎藤はさらに足を早めた。

「千鶴、ただいま」

『おかえりなさい』
いつもならすぐに返ってくる言葉が今日は聞こえず、自分を迎える笑顔もなく、シン、とした無音。

「・・・千鶴?」
不安になって家の中を探せば、探していた千鶴は布団で横になっていた。
けれど、安らかに眠っているわけではなく、顔色も悪い。

「具合が、よくないのか…」

そっとおでこを合わせて熱を確かめる。
少し、微熱程度に温かい。斎藤の冷えたおでこの感覚に、千鶴がぼんやりと瞼を開いた。

「・・・一、さん?」
「千鶴、大丈夫か?具合は・・・」
「・・・っ!!す、すみません!もうそんな時間・・・今ご飯を・・・」
「いや、そんなことはいい。おまえの体の方が大事だ、・・・大丈夫なのか?」

心配そうに千鶴を見つめる瞳に、大丈夫ですよ、と笑顔を向ければほっと安心したように。
けれどすぐにその顔を曇らせた。

「・・・うっ・・・・・」
口を押さえて走りだす千鶴に斎藤は慌てて後を追いかけて、その目に入ったのは・・・苦しそうに胸許を抑えながら吐き気を催していた千鶴。

「千鶴・・・」
そっと傍により、背中を撫でれば、大丈夫、です…と、先ほどより声が弱々しくて。

「一さん、何かお魚のにおいがするんですけど…」
「ああ、最近おまえの元気がないから栄養をつけるようにと思って・・・食べられるか?」
「えっと…今は…ちょっと…」
「そうか…千鶴、医者に診てもらっ「診てもらいました」

医者にかかったというのに、とても具合が悪いはずなのに、何故か嬉しそうな千鶴に、斎藤は目を瞬いて。
そんな斎藤の様子を見つめながら、これから言う言葉に、どんな表情を見せてくれるだろう?という期待も込めてじっと見つめると、千鶴は顔を綻ばせながら斎藤の手をそっと握る。
その手をそっと自分のお腹に引き寄せると、優しい眼差しを斎藤に向けて、

「赤ちゃんが、いるんです」
「・・・・・・・あか・・・え?」
「一さんと、私の…赤ちゃん、…喜んでくれますか?」
「・・・・・・・・」
「一さん?」

聞き返す言葉の終わりにふわっと包まれる感触。

「・・・千鶴、そんなことを聞くな」
「嬉しい、嬉しいに決まっている。俺と、・・・おまえの子供だ」
「・・・・・ありがとう」

耳に届けられた言葉と共に垣間見えた表情は、気のせいじゃなく目が潤んでいて。
つられて千鶴も泣きそうになる。こんなに嬉しい。まだ見ぬ子供がこんなに愛しいのは、一さんの子供だから・・・
ひしひしと感じる幸せを胸に抱いて、千鶴が回した腕を強めれば、斎藤が急いで離れる。

「・・・・一さん?」
「だめだ、そんなに強くしては腹の子がつぶれてしまう」
「・・・・だ、大丈夫ですよ!そんなにそこまで気にしなくても・・・・」
「いや、それに…具合が悪いのはそのせいだったのだろう?魚のにおいもついていると思う・・・だから・・・」

ますます離れていく斎藤を見て思わず噴き出して笑ってしまうと、千鶴はその距離を一気に縮めた。

「千鶴っ!?走るな!転んだらどうする、動くな!」
「一さんが離れるからです」

むぅっと口を尖らして拗ねた表情をすれば、しょうがないな、と笑って離れるのをやめてくれた。
その首許に鼻をすりつけて、自分より大きい体を抱き締める。

「こうすれば…一さんのにおいしかしません」
「そうか・・・」

再び愛しい人の腕の中に収まれば、壊れものを包むようにそっとそっと回される腕。
斎藤のそんな変化に、千鶴は心を和ませながら、お父さんは優しいでしょう?とそっと心で呟いた。



「今夜は俺が作る。なにか食べたいものは…」
「いえ、私が・・・「いや、俺が作る」

きっぱり言い放つ斎藤に、それなら少し甘えようと千鶴も頷いて。

「じゃあ、おにぎり…梅干しの入った・・・」
「そんなものでいいのか…食べられそうか?」
「う〜ん・・・梅干しが食べたいんです。でもそれだけじゃ…と思って」
「わかった、それを作る。横になっていろ」

そう言うや否や、千鶴を横に寝かせると、布団の上掛けをかけて、そのまま勝手場に向かう。
その背を見送れば、また気持ち悪いけど、でもやたら眠くて。眠いのも、子供ができたからなのかな…そんなことを思いながらいつの間にか眠っていた。

・・・・・・・・・・気持ち悪い、においが、・・・・これはご飯のにおい・・・・・

「千鶴、できたが・・・無理そうだな」

不意に覗きこまれた間近な顔に、いまだに慣れなくて、顔を赤くしてしまう。

「えっと、冷めてからでも構いませんか?においが…ちょっと…」
「わかった、じゃあ俺も・・・「いえ、一さんは食べてください。出来たてが美味しいんですよ?」
「いや、一緒がいい。一人で食べても美味しくない」
「・・・・・・//////はい」

しばらくして、冷えたおにぎりのにおいが気にならなくなって、ようやく二人で遅めの夕食。
いただきます、とパクっと食べれば、・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

千鶴が首を捻って斎藤を見れば、斎藤はぱくぱくと食べ進めていて。
心なしかぼんやりした顔で、無心に食べているようだ。

・・・・・・・このおにぎり、甘い・・・・・・
一さん、気がつかないのかな?砂糖と塩、間違えたんだよね?きっと…

「一さん」
「・・・・・?やっぱり食べられそうにないか?」
「・・・今、何考えていたんですか?」
「あ、いや、別に何も・・・」
「本当に?」

・・・・そんな風に上目づかいで問われるのに弱い、というのを千鶴はわかっててしているのだろうか・・・

「・・・・明日から、千鶴の食べやすいもの、何がいいだろうと思って・・・」
「そんなこと・・・一さんはお仕事あるんですから、気にしないでください」
「無理だ」

もうわかっているだろう?と苦笑いを浮かべて、千鶴を見つめると、

「千鶴はいつも頑張りすぎなんだ。こんな時くらい、気にかけさせてくれ」
「一さん・・・こんな時だけじゃないですよ?いつもです」

自然に傍によって、二人で仲良く甘いおにぎりを食べる。
一さんは…きっと、考えすぎて、味がわからないくらい、考えて…そう思ったら何て愛しい人だろうと、顔が緩んでしまう。
毎日、毎日、小さいことでも、大きいことでも、愛されていると感じることが出来る。
それはなんて幸せな日々。




翌日、いつまで経っても帰ってこない斎藤に、千鶴は顔を曇らせる。
・・・どうしたんだろう?こんなに遅くなるなんて言ってなかったのに…
不安な心を押し隠すようにお腹に手をあてる。

その時、ガタっと音と共に何やら手にいっぱい持った斎藤が入ってきた。

「一さん!おかえりなさい。遅いから心配して・・・それ、何ですか?」
「人参と、りんごと、ゆりねと・・・」
「そ、そんなにたくさん・・・どうしたんですか?」

山ほど抱えたその腕から野菜や果物を下ろしてようやく見えた斎藤の顔は真っ赤で。

「一さん…凍傷起こしかけているんじゃないんですか?どれだけ外に・・・」
「いや、大したことはない。それより・・すぐ作るから待っていろ」
「・・・作る?な、何言って・・・先に体を温めて・・・」
「大丈夫だ。千鶴でも食べられるようなものを聞いてきた。材料もいろんな人にわけてもらったから・・・「だから」

・・・・・・私の為・・・・

「だから、こんなに遅くなって、顔真っ赤にして・・・」

・・・・・私の、為に・・・・・

「一さんを温めるのが先です!」
「しかし・・・」

言葉を続けようとする斎藤の胸の中に飛び込んで、自分の頬を、手を、冷えた体にあてていく。

「嬉しいです。嬉しいけど、でも心配です。一さん…もっと自分のことを大事にしてください」

ぽろっと涙を流してその冷えた首に摺り寄せる。
そんな千鶴の頭をあやすようにそっと撫でながら、その冷えた唇で耳に触れる。

「自分のことも大事にしている」
「嘘、だっていつも私を優先して…」
「千鶴のことを考えて、動けない方が・・・俺には無理なんだ」

慈しむ眼差しを向けて、一番欲しい温もりを求めて唇に自分のものを落とせば、それだけで体は温もりを帯びていく。

斎藤がその日千鶴に差し出したのは、ユリ根をあっさり煮たものと、甘い人参を絞ったものだった。
冬、少ない食材の中から、考えて、そのために疲れた体を押して作ってくれたそれは、とても食べやすくて、飲みやすくて。

そんな甲斐がいしい斎藤のおかげで、千鶴は無事に悪阻を乗り切ったのだった。




そして十一月。

斗南ではもう寒さが厳しくなって来る頃だが、部屋の中はこれでもか、というくらい暖かく火が灯っている。
パチパチという燃える音をかき消すように、千鶴の苦しそうな声が漏れていた。

「フ〜〜〜!!「ほら、千鶴さん!いきんじゃだめ!まだよ!!」

どれだけ苦しいのだろう。額には汗がびっしりと浮かんでいて、眉を寄せた顔は苦悶に満ちている。
何も出来ずに傍にいるだけの自分。こういう時、男は無力だとひしひしと感じる。

「ハ〜ハ〜…「そうそう、落ち着いて・・・まだよ・・・もう少し頑張って・・・お父さん!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっと、お父さん!!」

千鶴が心配で心配で、ぎゅっと手を握っていた斎藤に叫ぶような声がようやく耳に届く。
…お父さん!?
…そうだ、父親になるのだ、と改めて実感する間もなく、その産婆さんは言葉を続ける。

「今が一番しんどいの、だから、ここ、わかる?尾てい骨の上辺りを拳でぐうっっと力入れて押してやって。」
「そんなことしたら痛みが増すのでは「楽になるのよ、奥さん、少しでも楽にしたいでしょう?」

そして産婆はもう少し、もう少しよ〜頑張って、と持ち場について声をかける。

・・・本当に痛くないのか?楽に・・・いや、俺には考えてもわからない。千鶴が楽になるのなら・・・
拳を作って押そうとするけど、場所が場所なだけに何故か照れる。
ほら、早く、とせかす産婆の声にあわてて、ぐうっっと押せば、千鶴が「あ・・・少し、楽です・・・」と呟いた。
少しだけ強張っていた腕の力が抜けたのがわかる。その変化にほっとして、千鶴が痛みに声を漏らすたびに、ぐうっと押してやる。
そうして時間は何とか過ぎて・・・

「フゥ〜〜〜〜!!!!!」「しっかり!」

斎藤の腕を掴む千鶴の指先は、小さくて、細くて。
だけどどこにそんな力が・・・と思うくらいに指先が腕に食いこんでくる。

「はい、力抜いて…」「ハ〜ハ〜…… 一、さん…」
「ここにいる。千鶴?」
「喉、乾いて…」

先ほどから汗をかき続けているのに。そんなことにも気がつかないで・・・俺は・・・

「すぐに持ってくる」

急いで水を汲み、千鶴の元へ戻ると、またいきんでいるようだったが、不意に「はい!もういいわよ、息吐いて〜…」
「はぁ…はぁ…」
安堵したような千鶴の表情が見える。
産婆がそっと取り上げたのは…

どうしてか足が動かない。早く千鶴に水をあげなければ…
目の前の光景が足を止める。産婆が子供を抱きあげる。
きれいに拭かれたその子供は、元気に産声をあげた。

「・・・・ぉぎゃあっ!おぎゃあっ!」
「・・・・おめでとう、元気な男の子よ」

気がつけば汲んできた水は落としていた。
目が潤んで、前が見えにくい。子供の顔が見たいのに…
口が震えて言葉が出ない。千鶴にありがとう、と伝えたいのに…

「あら…お母さんより、お父さんの方が感動してるみたいね?」
「え…?…一さん…抱いてあげてください」

千鶴の声と共に、産婆が赤ん坊を斎藤の腕の中にそっと下ろす。
・・・・どうして、…言葉が足りない。
どうして、この感動を伝える言葉がどこにもない・・・
涙を一滴、そっと頬に伝えて、斎藤は子供を抱いたまま、千鶴のもとへ近づく。

その赤ん坊の顔を千鶴に見せるようにすれば、千鶴はもう母親の顔で、慈愛に満ちた目でその子をじっと見つめている。
赤ん坊を今抱えていることも、千鶴のそんな表情も全てが・・・斎藤の胸を打つ。
震えて出ない言葉、伝えようのない気持ちを込めて、そっと千鶴に口付ける。
触れたまま、微かに震えて、だけど小さく紡がれた吐息だけの、「ありがとう」

・・・・・・大丈夫、一さん。気持ち、すごく伝わります。
私の気持ちも…伝わりますように…

柔らかい口付けを交わす二人を見ないようにしながら、斎藤が落とした水をもう一度汲みにいった産婆に、二人は全く気がつくことはなく…

こんな未来が自分にあるとは思わなかった。
こんな幸せは自分には縁遠いものだと思っていた。
だけど、今、ここに、確かな幸せがある…





おまけv

仕事もほどほどに切り上げて、急いで帰ってみれば、洗濯物をとりこむ千鶴に、その姿に斎藤は目を細める。

「千鶴、もうそんなことをして大丈夫なのか?」
「はい、もう大丈夫です。出来ることはしないと…」
「そんなことは、俺がするのに・・・」
「一さんは甘やかせすぎです。十分して頂いてますから・・・」

にこっと微笑む千鶴に、まだ頬は勝手に染まっていく。
そんな笑顔を見れば・・・どうしたって…

千鶴が抱えている洗濯物を半ば強引に取り上げると、縁側に運んだ。
後からその背を追ってきた千鶴に振り返り、子供は?と尋ねた。

「寝てます。ぐずってたんですけど…ようやく。抱っこが好きみたいで、下ろすと泣いて。大変です」
ふふっと笑うその姿は、それでも我が子が愛しくてたまらないというように。

「・・・・・そんなところは似なくてよかった」
「え?」

瞬間、千鶴を正面からぎゅうっと抱き締める。
強く、強く・・・こんなに千鶴に近づけたのはいつ以来だろう?

「千鶴・・・」
「はい?」
「ここは…俺の場所だから」
「え?」
「・・・・・・・今は、子供に貸しているだけだ。ここにいたいのは…千鶴のことを一番好きなのは・・・」

言葉の合間に優しく唇を軽く落とすと、

「俺だということを忘れるな」
「・・・・・・・・・こ、子供に張り合ってどうするんですか!もう…」

呆れたように怒ったように、向けられる言葉とは裏腹に、
表情は破顔して、こちらを見つめる瞳は嬉しそうで。
桜色に染まったその肌に忘れないようにと、そのことを刻みつけよう。





END






瑞希様

キャー!!すっごく長くなってしまって…(>_<)
す、すみません!悪阻か出産…どっちも書きたい!とか思ってしまって…
甘めになっていると思うんですが、如何でしょう?
斎藤さんが千鶴のために頑張っている姿が書けていればよろしいのですが^^;

40000hitキリリク、素敵なネタにかなうような小説が書けたか微妙ですが、喜んで頂けると嬉しいです。ありがとうございました!!
またお暇な時に遊びにお越しくださいませ(^^)/





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