続・雪村千鶴禁止!




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「門を出たところでどこに行こうか、ちょっと悩んだんですけど…」

総司に抱きしめられたまま、千鶴は斎藤と出かけた時のことを最初からゆっくりと思いだしていく・・・


「千鶴、どこか行きたいところはあるか?」
「いえ、別に・・・斎藤さんと一緒ならどこでも。どこにしましょう?」
「・・・・・・・・・・・・」
「?斎藤さん?どうかしました?」
「いや、何でもない」

さり気に嬉しいことを言われて、思わず口を噤んでしまった。
言った本人が気づいていないのが…本音のようで嬉しいのか、それとも全く意識されていないのか。
前者だと信じて、斎藤は繋ぐ手を軽く握り直した。

「千鶴はすぐに行方不明になりそうだから・・・」

・・・自分でも言い訳がましいとは思いつつ、それでも絡み合うように繫ぎ直した手は、先ほどよりも千鶴に近づけたような気がして。

「・・・そんなこと、ない・・・とは言えないのが悲しいですけど。でも、これなら今日は大丈夫ですね」

ばつの悪そうな顔を浮かべた後に、千鶴は軽く握り返してくれた。

ほんのり熱が集まる頬に気づかれないように、斎藤は顔の向きを変えて、そのままゆっくり歩き出す。

「行きたいところが特にないなら・・・千鶴に食べさせてやりたいものがあるんだ」
「あ、はい!是非!何ですか?」
「うまい蕎麦屋がある。座敷もあるから落ち着けるだろう?この辺を散策した後に・・・」
「はい、斎藤さんのお勧めって…楽しみです」

ここで漸く二人は視線を合わしたのだけど、一時微笑みあって、そのまま歩き出したのだった。
もちろん手はしっかり繫れていた。


「・・・本当にこのご近所を二人でゆっくり歩いたんです。その後お蕎麦屋さんに」
「・・・なんか、それだけ言うのに、やけに時間かかったね~どうしてそこに決まったかが聞きたいのに」
「斎藤さんの提案ですよ、食べさせたいって」
「へ~じゃあ、今度そこに僕を連れて行ってよ」

ね?と。自分も同じことをしなきゃ気が済まないのか、総司が約束、と小指を絡ましてきた。

「・・・・じゃあ、散策に一緒に」
「ん?蕎麦屋じゃないの?」
「川がきれいだったんです」
「・・・・蕎麦屋は?」


いつも見廻りで歩く京の町。
でも、島原潜入の時に、歩いていても思ったのだけど、やっぱり巡察の時とは目線が違って、物騒なことよりも楽しそうなことが目について。
自然にはしゃいでしまう千鶴は、年頃の女の子に戻れたようで、それを見る斎藤の目も優しい。

「わ~いつもそんなに見ることないんですけど、川もきれいですね!あっ!お魚!下りてみませんか?」
「・・・千鶴は何にでも喜んで、楽しそうだな」
「だって楽しいです!斎藤さんは違うんですか?」
「いや・・・楽しい」

千鶴がいるからだ、という言葉は胸の中で呟いて、そっと笑顔を浮かべると、千鶴も笑顔で応じて。
傍からみれば、どうみても仲のいい恋人同士である。

しばらく川で憩いをとり、その後、蕎麦屋へと向かったのだが。

「もうすぐ、蕎麦屋なんだが・・・食べられそうか?」
「はい!いっぱい動いて・・・お腹空きました」
「あれだけはしゃいで動けば、そうなるだろうな」

屯所を出てからの道のりの千鶴のことを思い出して、斎藤が思わずふっと小さく笑いを零すと、それに反論するように千鶴がムキになって口を開いてきた。

「そんなことないです、普通に歩いて・・・」
「そうだな、橋の上から身を乗り出して川をみようとして、落ちそうになっただけだ」
「・・・・・・・・・・・」
「もっと近くで魚がみたいと、岩場に乗ろうとして滑って袴を濡らしたりもしたな」
「・・・・・・・・・斎藤さん、いつもより意地悪です」

むうっと押し黙った千鶴の顔に不意に影が差した。

「気を悪くしたか?」
「・・・・・・・・い、いえ!いえ・・・気にしないでください。本当のことだし」

不意に顔を覗きこまれて、あの顔を間近で見つめれば慌ててしまう。
動機が勝手に・・・っ!!
どきどきする胸を、繋いでいない片方の手で押さえこむようにしながら二人は蕎麦屋に入ったのだけど。


「・・・・・・わあ、なんだか・・・」
「・・・・・・・・・」
「斎藤さん、いつもここ一人で来るんですか?もしかして誰かお相手が・・・「いない」
「でも・・・「いない。、いつもは一階で食べるんだ。・・・二階に上がったことはない」

斎藤と千鶴はとても居づらそうに座っている。
何故なら、どうみても逢引中では?と思われる男女二人組が多いからだ。
戸を隔てたあちこちの部屋から、なんだか仲睦まじそうな雰囲気が・・・
きっと、二階の座敷はそういう者の会う場所としてよく使われているのだろう。

「一階、空いてましたよね、どうして二階に通されたんでしょう・・・」
「そ、それは・・・・・・・きっと・・・そのような関係だと思われたのだろう・・・」

赤くなりながら俯く斎藤に、千鶴も移るように赤くなって、同じように俯いた。

「私、男装しているのに・・・さ、斎藤さんそういう方だと思われたんでしょうか」
「いや・・・千鶴は・・・(女性にしか見えないという言葉をぐっと飲み込んだ)・・・いや、どうだろうな」
「すみません・・・違います!って言いますか?」
「・・・わざわざ言うのもどうかと思うのだが」

そうですね・・・頷く千鶴を見ながら、それに、と思う。
どう思われようと、千鶴とそういう風に見られるのは、悪くない。いや、嬉しいから。

「お蕎麦、美味しいですね」
「そうか、よかった」
「・・・斎藤さん、あの・・別に誰かと来てたの隠さなくてもいいんですよ?」
「来てない。・・・・・なんだその目は?誰かと来たのは、千鶴が初めてだ」

・・・なんだか、気恥ずかしい気持ちになるのはどうしてだろう?

「・・・千鶴さえよかったら、また二人で来よう」
「はい!」


「川は注意しないと危険ですよ、特に岩苔が・・・」
「ちょっと!!蕎麦屋へは一緒に行ってくれないの?二人の秘密?」
「そういう訳じゃ…だって私男装じゃないと外出出来ないし…(私の顔覚えられてるかも知れないし、そしたら沖田さんも斎藤さんも変に思われるかも)」

店に入った途端に繋いだ手をじっと見られて、笑顔で二階に案内された。
・・・そうか、手を繋いでなければ、男同士でも問題なかったんだ・・・当たり前のことに今頃気がついた。
でも、斎藤はそんなこと一言も言わなかった。手を離せばいいと、思わなかったのだろうか?(←思う筈がない)

「・・・・・・ちょっと待って。男装だと問題ある店だったのかな?」
「おお沖田さん声が怖いで・・・・く、苦しいっ!ちょ、ちょっと・・・」
「・・・千鶴ちゃん、君、僕に話していないことわんさかあるよね?今のうちに白状しないと・・・」

軽く耳たぶを啄まれて、カリっと音を立てるようにして軽く噛まれる。

「ひゃあっ!?っむぐ~~~」
「聞こえるってば・・・・・・・・・・・あ、・・・やっぱり来た・・・千鶴ちゃん、僕隠れるから、ちゃんとごまかしてね」
「ええっ!?隠れるって・・・来たって誰が・・・」
「しっ・・・・・・・・・・」

千鶴にはわからないけれど、総司は気配に聡いし、本当に誰かが来たのかもしれない。
こくっと頷いた千鶴を暗闇に慣れた目で確認すると、総司はそのまま布団に頭まで潜り込んだ。

・・・・・・・・・・・・・え?

「沖田さん、か、隠れるって布団の中ですか!?わかりますよ、そんなの・・・」
「他の場所は寒いよ。大丈夫、向こうからは君しか見えないし、真っ暗だし」
「そ、そんな・・・・」

総司の位置が下にずれただけで、後ろから抱き締められているのには変わらない。
こんな状況でどうごまかすの!?
・・・というか、わざわざこんな時間に部屋に入ってくるような人、沖田さん以外いないんじゃ・・・

慌てることはない、と安堵しかけた千鶴に、総司の手が悪戯を(何したんでしょう)

思わず「キャーッ」っと飛び出た声に、廊下の気配主であった人物が気づいたのか、こちらに駆けてくる。

・・・・沖田さん、面白がってる!?
泣きそうになりながら、、「千鶴っどうした!?」と障子戸を開ける斎藤を、千鶴は見上げるしかなかった。