『雪降りくる、恋降りくる』




あ――

今は古典の授業中。
黙って例題を解く時間に『シンシン』と静かな気配を感じて、千鶴が窓の外に目を向ければ、ちらちらと雪が降ってきている。
厳しい寒さもひと段落で、ここ数日暖かくなってきていたのに。
最後に、とばかりに雪が空から舞い降りてきた。

静まり返った教室内で声を出すわけにはいかず、心の中で『雪…積もるかな?』と呟いて。
少し冷え込んだ教室を、今だけ嬉しく思いながら天高くまで見上げるように顔を動かした時。

「おら、余所見してんじゃねえよ。もう終わったのか」
「っあ…お、終わってます」
「どれ…おお、早いじゃねえか」

古文のプリントを取り上げて簡単に目を通した後、古文の教師である土方は、千鶴がぼんやり見上げていた空に目を向けた。

「…雪ではしゃぐなんて、まだガキだな」
「土方先生は嬉しくないんですか?」
「あ?そうだな、寒いし積もったら交通の便も悪くなるしな」

いたって現実的な言葉を言った後、それに…と顔をしかめる。

「積もったら積もったで…他にも面倒事が増えるしな」
「・・・他にも?」
「お前が一番よく知ってんだろ」

苦笑いを浮かべられ、そのままくるっとその背を翻すと、「手置け〜おし、井吹、お前から順に黒板に答え書いていけ」と龍之介の机をトンと指先で叩いた。

「お、俺かよ!?ええ〜…」
「おら!雪村の見るんじゃねえよ!間違ってんだから堂々と間違えろ。その方が覚えんだろ」
「ひ、ひでえ…間違ってんのわかってんのに書かすのかよ」

そんなやりとりにクラスの中に笑いがクスクスと漏れる中、千鶴は土方の言葉の意味を考えていた。

…もっと面倒なこと…何だろ?
雪が積もったら…積もったら…

先生が困りそうな事を考えていたのに、いつの間にか違うことを考えていた。

…先輩と、一緒に雪遊びしたいな。
付き合ってくれるかな――

…積もると、いいな――

もう一度窓の外に目を向けた後、もう一度前に向き直って気持ちを切り替えて。
真面目な千鶴は授業に励むのだった。
その間にも雪は千鶴の願いを聞き届けたのか、最後の雪景色をとばかりに、ゆっくりと景色に白化粧をほどこしていった。


一方同じ時刻、2年の教室では。

「あ、雪だ」

千鶴とは違って、授業中だろうとお構いなしに声を出した総司に、平助が「え?マジ?」と一緒になって空を見上げた。

「最後の雪かな〜ここ暫く暖かかったのになあ。でもオレは嬉しいけど!積もれ〜積もれ〜」
「・・・今頃千鶴ちゃん喜んでそう・・ふふっメールでも送ろうかな〜」
「おらああっ!!てめえら!!今は授業中だぞ!!総司、携帯を堂々といじるな。ったくよ〜」

でも取り上げたりはせずに、一緒になって窓の外を見るあたりが…数学の永倉先生である。

「おわあ雪か…積もったらレースに影響が…」
「いや新八っつぁん。オレらより態度がなってないぞ。教師なんだからさ〜」
「僕は積もって欲しいですけどね。可愛い彼女が喜びそうだから」

最後の「可愛い彼女」のところを強調して、嬉しそうにクルクルペンを回す総司に、平助がはいはい、と適当に返事をした。

「いつまで経っても自慢したがるよな。もううちのクラス聞き飽きてるから…ほら見ろよ。反応ないぞ?」

皆、3人のやり取りを無視して静かに問題を解いている。
明らかに聞こえているも、無視!といった気持ちが強く伝わってくるのは気のせいではない。

「う〜ん…あまりに仲が良すぎて羨むのも馬鹿馬鹿しくなったってとこかな。それはそれでいいことだよね」
「何言ってんだ、高校のガキが知ったように…んな事言う暇あんなら数式解いてろ!!」

バッと指差された問題を、はいはい、とスラスラ〜と解く総司に、「可愛気ねえなあ…間違えろよ」と何故かうらめしそうに言葉が吐かれた。

「すげえな総司、それ見せて…」
「おら平助!!お前は解けないんだな?そ〜かそ〜か」
「・・な、なんで嬉しそうなんだよ!!」
「教え甲斐のある馬鹿の方が可愛いってもんだろ…って、てめえ!!さっき説明したところが全然じゃねえか!!」

ギャーギャーと騒ぎ出す二人にいつもの事だ、と静かに問題を解くクラスメイトが素晴らしい。
総司もその一人ではあるが、問題を解き終えたのでけだるそうに肘をついて空をまた見上げた。

「早く終わんないかな。それで積もったら何しようかな〜っと…」

――ピッピピピ…

「積もったらオレ雪合戦はしときたい。最後だしな。この間負けたし」
「僕は千鶴ちゃんと…を考えているんだけど?」
「平助!!てめえはまず教科書を広げろ!!あと総司!!授業中にメール送んな!」

このうるさい喧騒に、積もってなどやるものか―とばかりに一時雪は止んだのだが。
仕方ないとばかりにまた降り出して、昼休みにはうっすら積もる程度にはなっていたのだった。



『雪だよ、気付いた?昼休み屋上にでも行く?』

授業中に総司が送ったメールはもちろん…休み時間になってから返事が来たのだけど。

『気付きました。積もるといいですね。積もったら先輩と一緒に遊びたいなって思っていました』

『積もらなかったら、遊ばないの?』

『積もらなくても遊びたいです…昼休み、屋上に行きますね』

そのメールに満足して、休み時間中ニコニコしてた総司を、周りが気味悪がりつつも、理由に見当がつくので誰も触れなかった。

待ちに待った昼休み、適当に購買でパンを買うとそのまま、屋上に向かう。
階段をかけあがって屋上へと続く階段の踊り場に、千鶴の姿が見えた。
堪えきれないように、ふふっと小さく声を漏らして笑顔で立っている。

「千鶴ちゃんお待たせ。・・どうしたの?何か面白い事でもあった?」
「あ、さっき…ここに来る途中グラウンドに下りる平助君とすれ違って…」

そういえば、4限の授業の後、雪合戦できるくらい積もっていますように!!とか叫びながら教室を出て行っていたっけ。

「雪合戦何とかできそうだけど、千鶴もする?って…耳も鼻も赤くしていた姿見たら…ちっとも昔と変わらないなあって思って」
「ふうん」
「それに先生達が…平助君にお前ガキだな〜って言いながら・・・そのうち、よし!やるか!って盛り上がりながら下降りていって…」
「へえ」
「大人の人でも…そういう風にいつまで経ってもはしゃぐ姿って…可愛いっていうか…あ、でも土方先生は積もるのが嫌だってハッキリ・・」
「・・・」
「交通の便が悪くなる、とか以外で面倒なことって何でしょうか?雪かき?でもそこまで積もらないし…」

う〜んう〜んと考えだす千鶴に、そんな事どうでもいい―と胸の内で答えた。
楽しそうな様子だったから、そんなに僕と会うのが楽しみなのかと思いきや、これだ…

「そういえば、雪合戦に原田先生からも誘われたんですけど…下に行きます?」
「行かないよ。面倒だし」
「・・・沖田先輩、雪合戦嫌いでしたっけ?」
「とろくさい君を守らなきゃいけないから、僕は人より大変なの。だから行かない」
「・・・・・・・当たっても別に私は…そういう遊びですし」
「可愛くない答えなんて、聞きたくない」

メールで、『先輩と一緒に』っていれたのは誰?
みんなと一緒に、なんて聞いてない。

なのに誘われただけで、コロっと変える千鶴にどんどんキツイ言葉ばかりが頭に浮かぶ。

「行くって言ったの?」
「・・あ、行けたらって・・・」
「じゃあ行けなかったってことで、僕らは屋上行こう。ほら、誰もいないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

掴んだ千鶴の手が、いつもより素直に引っ張られてくれない。
どこかむくれた気配が伝わって来る。

「そんなに行きたいの?みんなと一緒がいい?」
「そうじゃなくて。先輩が…私といると楽しくないんだって思ったから・・・」
「はあ?」
「だって、言ったじゃないですか。私を守らなきゃいけないから・・大変だって・・前に雪合戦みんなでした時はそんな事、言ってなくて・・・」

『僕の後ろにちゃんといてね?』

その言葉に素直に頷きながら、一生懸命雪玉を作ったのに。
そういう思い出が全部大変だったんだと思うと、落ち込んでしまうのは仕方ないことだと思う。

「無理して、私といることないです。私…一人でも平気ですから」
「・・・・・・・平気じゃないけど」
「そんなこと・・私が平気って言ってるんだから、大丈夫ですっ」
「だから、僕が平気じゃないの」
「それでも私は…っ・・・・?先輩が・・?」

頭の中が何を話していたかもわからなくなってきて、混乱してきた中。
総司の千鶴を握る手が一際ギュッと強くなった。

「君は平気かもしれないけど…すごくそれムカツクけど、僕は平気じゃない。傍にいてくれなきゃ…」
「・・・・・・・あ、わ、私だって平気じゃ・・」
「さっき平気だって言ったじゃない」
「そ、それは雪合戦のことです。傍にはいたいけど、お荷物にはなりたくないから…」

傍にいたら大変だと言ったのは先輩です、とばかりにじっと抗議の意を含んだ目を向けると、そのまま逸らすことなく拗ねた目を向けてくる。

「僕と一緒に遊びたいって…二人きりを約束してきたのは千鶴ちゃんだよ?」
「はい?」

話がポンポン飛ぶので理解するのに必死な千鶴にお構いなしに、総司は言葉を連ねてきた。

「なのに誘われたくらいで、それ撤回して、みんなと雪合戦しましょうって抜けぬけと言うから」
「だ、だって先輩が前遊んでた時、すごく楽しそうだったから…それを思い出して…それでですよ?」
「前に楽しかったのは…彼女として君がずっと傍にいたのが嬉しかったからだよ」
「・・・・・・・」
「君がいるのが大前提。君といる時間だから楽しいんだよ。だから…みんなと雪合戦もいいけど、今僕の中での優先順位は、ここで二人で過ごす事」

真っ赤になって黙る千鶴に、ようやく顔を和らげた。

「馬鹿、鈍感、ここまで言わせて…言わせてばかりで…本当に嫌になるくらい…」

好きだよ――

続きの告白は、そのまま唇に重なって。
溢れる伝え切れない想いを、零さずに伝えてくれた――



「・・・沖田先輩、あの、私したい事があって…」
「何?」

お昼を食べて、屋上のまっさらの雪の中に二人で足跡をつけて。
少し歩幅の大きい総司の足跡を辿りながら、千鶴は思いきって声をかけた。
急に立ち止まった総司の背中に、勢い余ってぶつかればそのまま、抱き締められて。
そのまま耳打ちをするように唇を寄せられて、「何?」ともう一度聞いてくる。

「あの・・足跡で・・・それで・・・」

ごにょごにょと、恥ずかしそうに言う千鶴に、何だそんな事、と笑って言われた。

「どこかで見たことがあって、今思い出したんです。だから…」
「いいよ」
「・・・いい、んですか?恥ずかしくないですか?」
「何で?だって…それできるの、僕だけでしょう?恥ずかしいより嬉しい、かな。今かなり恋愛馬鹿だとは思うけど」

笑いながら、じゃあここから、と二人で足を出して。
別方向に歩いて、踏みしめることで雪の上に跡をつけていく。
二人が向かいあった時、雪の上に作られたのはハートを象る足跡。

「・・ちょっと、いびつだね」
「形は何であれ、ちゃんとハートには見えるし…」

嬉しいです、と嬉しさを押さえきれないように、笑顔を向ける千鶴に―
総司の千鶴を見る眼差しが甘く揺れる。
千鶴をそのまま、抱き寄せて持ち上げるといつもは違った下から攫ってしまうようなキス

「千鶴ちゃんも、僕が大好きなんだなってよくわかったから…僕は何個でも付き合うけど…もっと作る?」

その代わり、こうして一つ出来る度にキス頂戴ね、と甘く囁く総司に、
抱えられたまま真っ赤になった千鶴が、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに顔を緩めて、総司の首筋に顔を埋める。
その光景は千鶴から総司を抱き締めたようにも見えて――



「・・・・・・・これ、屋上は無理だ、無理っ!!完全二人の世界だし・・・」
「それにあの足跡消したら・・千鶴が悲しみそうだしな・・諦めるか」

グラウンドの少なくうっすり積もった雪をすでに使い果たしつつあった雪合戦組は、新たな雪を求めて屋上へと来ていたのだが。
そこで目にしたのは総司と千鶴のそんな…睦まじい様子で。
しかも足元にはハートの足跡まで作ってある。

「ちくしょ〜…やっぱあの二人って両想いなんだなって・・・悔しいけど実感しちゃったよオレ…」
「なんであいつにあんな彼女が出来て、俺に出来ねえんだ…わっかんねえなあ…」
「…新八はまず、その格好をどうにかしとけ」

3人がそのままそ〜っと足を翻して、戻ろうとした時…

「お前ら…お前らだな?理科準備室に雪玉投げ込んでくれたのは…倍にして返してやるよ。そこに直れ!!」

「う、うおっ!?薫!?それに一君も…何でここに――」
「何故、だと?そこら中廊下も教室も水浸しが発生してるのは、明らかにあんた達が原因だろう?」
「ふ、拭くっ拭くから!!とりあえず今はそっとこの場から離れて・・・」

平助が何とか斎藤と薫を追い返そうとした時、てめえら…とさらにドスのきいた声が聞こえる。
3人の顔色が一気に真っ青になった。

「誰だ!?石入りの雪玉なんて投げやがったのは!!てめえか新八〜!!!」
「お、落ち着けっ!!土方さんっも、もしかして…当たっちゃったのかなあ〜?」
「…その、まさかだ。俺じゃなく、職員室の窓にな――派手にやってくれたな、馬鹿が!!自費で弁償しろよ」
「げぇっ!!割れたのか!?無理だ〜土方さんっ!!俺のどこにそんな弁償する金があるんだよ!!」

石入りまで投げていたのかよ…と平助と左之が若干呆れた顔を浮かべたのだが…
その時「あああっ!?」と薫が怒気に満ちた声を発した。

「千鶴っ!!それに沖田も…っ!!あんなところで…」
「ちょっ!待て!今は邪魔してやるなよ!兄貴なら妹の幸せを見届けて…」
「うるさいっ!!一教師にそんな事言われる義理はない!!」

屋上の扉のすぐ傍で繰り広げられたこの騒動。
総司と千鶴が気がつかない筈はなく…

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「千鶴ちゃん、そんな恥ずかしがらなくても」
「お、下ろしてくださいっもうみんなに見られて…ううっ」
「いいじゃない。これでますます公認になったってことで」

わたわたと動く千鶴に、もう一度チュッと軽く口付けた総司に、扉の外から一段と大きい悲鳴があがり。

この6人どころか、生徒会を始め知り合いが続々と集まって。

千鶴がもっと恥ずかしい思いをするのも、時間の問題であった。








END