嫁取り物語
9
「ったく、実戦になるとなんだか強くなりますよね、土方さん。さっさとやられてください」
「ふざけんな!!」
総司の突きをなんとか流してみれば、その横からすぐに左之の拳が飛んでくる。
それは頬を掠めてわずかにチリっと感覚を残した。
「槍は部屋の中で振り回すわけにゃいかねえからな…よかったな土方さん」
「何がいいんだ…くそっおまえら…」
息を切らしかける土方に、総司は冷徹な瞳を湛えてうっすら笑う。
「もしかして、助けが来るの待ってます?でも無理ですよ、斎藤君も平助もこの婚姻には反対してるし…」
「別にそんなの待ってねえよ、俺一人で十分だ」
「・・・・・ちょっと待て、千鶴は…助けを呼びに行ったん、だよな?」
左之がなんだか困ったような顔を浮かべるのを見て、土方と総司はお互いを警戒しながらもその話に耳を傾けた。
「・・・だと思うけど、でも平助は巡察だし、斎藤君は・・・もう寝てるんじゃないの?」
総司は自分で言いながら、・・・ん?だとすると、斎藤君を起こしているのかな?二人きり?
そんな思いが浮かんできて、こんなところで千鶴を放置している場合じゃない気がしてきた。
「いや、斎藤のやつ、ベロベロなんだよ…」
「「はっ!?」」
「いや、だからな…一緒にさっきまで吞んでてだな~…言葉はしっかりしてるんだが、聞く耳持ってないっつ~か…」
・・・・・・・・・・・・一瞬の静寂。
「ま、まあ…斎藤なら別に何も・・・」
「そうだな、あいつなら・・・」
「僕は行きます」
スタスタとあっさり土方を放置して千鶴の方へ向かう総司に、土方と左之も慌ててついて行くのだった。
・・・・・・・・・・・・痛・・・くない?
畳に体を打ちつけたと思ったけど、何故かどこも痛くは・・・
そっと目を開けば、すぐ真上に深い藍の瞳がこちらをじっと見つめている。
「・・・・・大丈夫か?」
すぐ傍で、心配そうにかけられる声に、胸が勝手に早鐘を打つ。
「だ、大丈夫です。痛くも何とも・・・」
そこまで言葉を続けて、ようやく気がついた。
斎藤の腕が、千鶴を衝撃から守るように千鶴の畳の間にある。
「ありがとうございます、斎藤さんの方こそ・・手が・・・腕とか打ちつけているんじゃ・・」
「俺なら、平気だ」
目を和らげて、少しだけ微笑むその表情は酔っているようには見えず。
・・・・・・・・ち、近い・・・・ど、どうしたら・・・・・
かばってくれたのはとっても嬉しい。でも、
自分にかかる斎藤の体重と、そっと顔をくすぐる髪が何筋も・・・息がかかるほどの近い距離で、
じっと見つめられるのは、とんでもなく心臓に悪い。
「・・・・え、え~と、あの、その、な、何というか・・・」
「・・・・・・・」
「そ、そうだ!私行かなきゃいけないんです!じゃ、じゃあ・・・」
「・・・・・・?」
千鶴が行くことの意味がわからないように、首を傾げて、不思議そうに見つめてくる・・・
・・・・・そ、そんな瞳で見つめられても!?
ううっこんな時、どうしたらいいんですか・・・
「・・・頭がくらくらする」
困惑した千鶴に斎藤がゆっくりと口を開いた。
そう言われれば、表情もどこか苦しげで・・・
「斎藤さん、お酒たくさん吞まれたんですよね、きっとそれで・・・あの、本当に横になって休んだ方が・・」
「・・酒じゃなくて、おまえにだ」
・・・・・・・・・・・はい?
言われたことがよく理解出来ずに、目を瞬かせた時、そっと唇に触れたのは・・・・・
「・・・・・~~~っさ、斎藤さん!!あの、あの!!」
「・・休む」
「え、」
そのままぽすっと、千鶴に体を預けて・・・・・密着・・・・・
す~…と気持ちのいい、寝息まで聞こえてきた気がする。
「斎藤さん、休むなら自分の部屋・・・は無理かな、とりあえず、あの、離してください」
「・・・・・・・」
返事は言葉ではなく、代わりにぎゅうっと抱きしめられて、顔を摺り寄せてくる。
「起きていたんですか!?」
「休んでいる」
「じゃなくて!・・・・「落ち着く」
私は落ち着かないです、という言葉をぐっと耐えて、何とか離れようと手を動かそうとした時
「心は高ぶるが、それでも、千鶴が傍にいると落ち着く」
「・・・ゆっくり、休められそうだ…」
今日一の微笑みでそんなことを言われれば、真っ赤になって言葉を返すことなど出来ない。
・・・いつもお仕事でゆっくり休むって出来ないのかな・・・
土方の部屋で行われる惨劇を一瞬頭の隅に追いやって、そっと斎藤の頭をゆっくりと撫で出したその時、
「斎藤君、千鶴ちゃん来・・・・てるね、・・・・・・どういう、ことかな?」
「沖田さんっ!!(笑顔が怖いっ!)どうしてここに…も、もしかして土方さんもう・・・」
「おい、千鶴。俺を勝手に殺すな!・・・・斎藤、てめえ何してやがる」
「・・・まさか斎藤がな・・・千鶴、とにかく、離れろ」
三人の男が斎藤と千鶴を取り囲むようにして険しい視線を寄せる中、場違いにす~っと今度は本当に寝たような斎藤の寝息が静かに耳に届いたのだった。
三人の表情が歪んで、すぐに引き離されたのは言うまでもなく。