嫁取り物語




5




「・・・疲れたな、そういや、まだ風呂にも入れてねえ」
「・・・私もです・・・入りたい・・・」
「?先に入って来りゃよかったじゃねえか、何してんだよ」
「ここに来た時は、まだ、私の入る時間じゃなかったので・・・」

そうか、そういえば千鶴は隊士が寝静まってから入ることが多い。
それを考えればまだ入っていないのも当然だ。

「入って来いよ、俺はおまえの後でいいから」
「いいんですか?」
「ああ、その間・・・違う仕事済ませておく」
「はい!じゃあお言葉に甘えて・・・」

ぺこっと一礼することを忘れずに、そのまま足取り軽く部屋を出て行く少女は元気なものだ。
土方は、というと、連日の疲れがたたっているのか、眠くてたまらないけれど、仕事を放り出すわけにはいかない。
はあ、と溜息一つついて、そのまま、机に向かったのだった。
これから起こる騒動など夢にも思わず・・・・




「はあ、気持ちよかった・・・・」
湯上りの体に冷たい風が当たる。早く部屋に戻らなければ湯冷めしてしまうだろう。

髪も拭いたとはいえ、乾き切らない髪は風を受けてどんどん冷えていく。
その髪が千鶴の首や肩を徐々に冷やしていく。
千鶴はそのまま急いで、いつものように自分の部屋に戻ろうとして、あ、と立ち止まった。

・・・そうだ、今日は土方さんの部屋に・・・・

そう思って足を向ければ、ふと、今の自分の格好が気になった。
髪は下ろしているし、袴もはいていないし・・・どこから見ても女の子・・・よね?
こんな格好で行ったら、ちゃんと屯所内では男装しろって怒られるかな?(←どこかずれてる)

「でも・・・土方さんだけだし、うん、時間も惜しいし、いいかな」

千鶴は凍えてきた体を寄せて、そのまま土方の部屋へと向かったのだった。



…あれ、千鶴ちゃん…こんな時間にお風呂?

人の気配を感じてそっと廊下の様子を覗えば、千鶴が何やら立ちすくんでいる。
湯上りなのか、濡れた髪を下ろして、寒いのだろう、身を縮めているのに、何故か動かない。

「・・・・・温めてあげようかな」

にっと悪戯を思いついた子供のように、そっと気配を殺して部屋を出ようとすれば、千鶴が急ぎ目に歩き出した。

「・・・・・・・・・・・?あれ?」

千鶴の部屋に向かっていない。反対・・・そっちは・・・・

「千鶴です、入ります」
「おう」

・・・・・・・・これ、夢?夢じゃないよね。誰かいたら殴ってわかるのに(←)
何、何で、土方さんの部屋?・・・・・・・もう、そんな仲?

当たり前のように入って行った光景を目の当たりにして、心に浮かぶのは・・・

「・・・可愛さ余って、憎さ百倍とか・・・」

好きになるものはいつも、皆に好かれている。
そんなに欲張ってはいないと思うのに、気がつけばいつもだ。(といっても、まだ二人目だけど)

どうすればいい?どうする?

総司が外で思案にふける頃・・・・・・・



「おまえ・・・・わかってんのか?ここは屯所で、女はおまえ一人で」
「・・・・・・や、やっぱり男装しなきゃダメですよね・・・」
「・・・・・・いや、・・今からうろちょろしたら、余計体が冷えるしな、仕方ない・・」

ぱっと目を逸らすのはどうしてか。こんな姿くらいで、心が動揺する。
着替えさせるのが、惜しい、と思ってしまう気持ちがある。

「土方さんも、お風呂どうぞ」
「あ?ああ・・・おまえ、ここで一人で平気か?」
「はい、この時間でも誰か来ますか?」
「あ〜・・・まあ、来るとしても、おまえを知ってるやつらばかりだ、大丈夫だろ」

土方はこの時、完全に自分が千鶴と結婚すると勘違いされているのを忘れていた。
さっと、支度をすると、そのまま部屋を出ようと戸に手をかけて・・・

「おまえがいない間に、思い出せるもん書いておいた。見ておいてくれ」
「あ・・本当だ、ありがとうございます。頑張りますね!」
「・・ああ」

頑張りますね!と言いながら両拳をぎゅっと握って、気合いをいれるかのように見せる千鶴に思わず微笑んで。
ああ、また顔が、と引き締めつつ部屋を出る。

そのまま風呂へと小走りに行ったのだが・・・・


「・・・ふうん、土方さんは今からお風呂ね、ちょうどいいや」

こそっと反対側の廊下から様子を見ていた総司は、すっと薄く笑うと、そのまま土方の部屋へ向かった。
戸に手をかければ、普段通りに、千鶴の部屋に入る時のように自然に声は出ていた。

「入るよ〜」
「え、あ・・・はい!どうぞ!」

どうぞ、という声が、なんだかこの部屋の主みたいで嫌だと思った。
千鶴ちゃんの部屋はここじゃないよね〜と心の中で文句を呟きたくもなる。

戸を開ければ、何やら紙と向かい合って考えているような千鶴の姿。
・・・何か、仕事?
様子をじっと見ていれば、千鶴は何も言わない総司に首を傾げた。

「沖田さん、土方さんに何か報告ですか?」
「・・・報告?うん、そうだね・・大事な報告しに来たんだけど」

総司は表面上はものすごい笑顔で、だけど・・・
・・・なんだろ、顔が・・・笑ってないのに笑顔作ってる・・・

「あの、土方さんお風呂で・・・今行ったばかりだから、まだしばらくは・・・」
「知ってる。いいよ、後で報告するから」
「・・・・・・あ、あの、あのあの!!」
「何」

千鶴の体を、後ろから抱き抱えた総司に、離して欲しいと、言いたくても・・・
たった一言の返事は、あまりに冷たい声で、言いかけた言葉が喉の奥に引っ込んでしまう。
何も言わない千鶴の肩に、総司は後ろから顎を乗せると、そのまま耳に言葉を向けた。

「僕、決めたことがあるんだよ、千鶴ちゃん、聞いてくれる?」
「は、はい。聞きます。聞きますから・・・その、体を・・・」

あまりの密着度に、離してください、と今度こそ言おうとすれば、その千鶴の言葉を遮るように、総司の言葉が千鶴の言葉をかき消した。

「千鶴ちゃんを今からお嫁さんにするから。決めたから。拒否権ないから」
「・・・・・・・ええ!?お嫁、って、その!!ちょっっと今から・・・今からって!?あの!?」

混乱する千鶴を見る総司は楽しそう・・・

長い長い??夜の始まり・・・