嫁取り物語



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「で、式の日取りと場所は?」
「え・・・・ま、まさか当日に邪魔するつもりとかじゃないですよね?」

そうだよ、と力いっぱい頷こうとする総司の頭を平助が押さえて、その姿を斎藤が背に隠す。
不安げな表情を浮かべる千鶴に、左之はやましいことなどない。というように、あのな、と諭すように千鶴に説明した。

「いつにあるか知っとかないと…対策も立てようがないだろ?」
「それもそうですね…でも、式は…わからないです」
「「「「わからない?」」」」

先ほど土方とは日取りの話をしていたはずだ。
わからないなんてことはないだろう?
四人が理解に苦しむように一斉に眉を寄せると、その意図を察したのか、千鶴が慌てて口を開く。

「あの、式じゃなくて、会食みたいなものなんです。私、結婚します。っていうのを仲間内で…って」

そういうことか、と納得しつつ納得できない。
仲間内、と言うのならどうして自分たちは呼ばれないのか…

「・・・でも、本当にどうするんですか?何か考えでも??」
「だから、君を僕のもの「それまでに二人の気持ちが変わるように手だてを考える」

斎藤に口を塞がれ、何やらモガモガ言っている総司の様子を見ながら、本当に大丈夫なのだろうかと、どんどん心配になってくる。

「花嫁の気持ちが・・・もうちょっとはっきりしたら、俺としてはやりやすいんだけどな?千鶴」

くいっと顎を持たれ、視線を上に向けさせられれば、自分を見つめる穏やかな瞳の中に何か熱いものを感じて、カッっと一気に熱が集まる。
その顎を支える手を手刀で断ち切って、平助は勢いで千鶴を自分の背に隠すと、左之をジト目で見上げた。

「左〜之〜さ〜ん!!千鶴に変なことすんなよ!!こいつはそこらの女共とは違うんだ!おんなじにすんなよ!」
「同じに?そこらの女には俺はこんなことしないぞ」
「嘘だ!千鶴、騙されんなよ?左之さんが狙って落ちない女はいないんだからな」
「おら、平助!黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」
「あ、あの…落ち着いて…」

そこまで深刻ではないけど、ぴりっと感じるくらいの火花が散り始めている気がする。
原田さんは・・・花嫁さんの気持ちを自分の方へ向けるつもりなのかな・・?でも、それは…

「原田さん」
「ん?何だ千鶴」

打って変わって優しい声色に、少しだけ安心しながら、自分が思ったことを千鶴は告げた。

「あの、結婚を取りやめさせる為に…花嫁の気持ちを自分にっていうのは間違いだと思うんです」
「・・・・・・・どうしてそう思う?」
「遠まわしに、断られているんだよ、左之さん鈍いな」
「なっ…!?」
「ちち違います!沖田さん、ちゃんと聞いてください。これは皆さんにも言えることですので・・・」
「何だ?」「何?」

千鶴の珍しく神妙な顔に、一同は千鶴の言葉を促すように、じっと黙ったまま、静かに言葉を待つ。

「望んだ訳ではない結婚は、確かに嬉しいものではないけど、でも・・・そのために一時だけの好きな人を作っても後が、辛いです」
「本気で花嫁さんのことをお慕いして、好きにさせたいって言うのなら…それは私が口を挟むことじゃないけど」
「でも、本気じゃないのでしょう?取りやめさせて、その後…責任をとるおつもりなんですか?」

じっと真剣に皆の瞳を見つめて、静かに強く語る千鶴に、一同は押し黙って、それぞれに考えているようで…

「・・・千鶴・・・・そっか、そうだな・・・悪い、軽口だったな」
「いえ!そんな…す、すみません!少し偉そうでした」

ぺこっと頭を下げて謝る千鶴に左之はそっとその頭を撫でた。

「いや、ありがとな・・・今ので、よくわかった」
「そうですか、よかった・・・・ってああっ!!もうこんな時間!!」

気がつけば外は暗くなり始めていて、そろそろ夕餉の支度をしなければ間に合わない。

「斎藤さん、急ぎましょう!」
「あ、ああ。手伝ってくれるのか」
「はい。約束しましたものね」

ふわりと微笑んだその笑顔に、瞬間皆が惹きつけられて、今まで以上の変化を確かに感じた。

「じゃあ失礼します」と声をかけて、少し頬染めた斎藤の横に並んで行く千鶴の後ろ姿を見送ってから、平助はその場に座り込んだ。

「・・・・・・・・・オレは、本気だと思う。今までだって千鶴の事よく思っていたけど・・・さっき、千鶴の言葉聞いて・・・」
「・・・自分の気持ちが、わかったか?俺もだ、平助」
「ええ!?だ、だって左之さん違うみたいな雰囲気だったじゃんか!」

言って。確かに軽口だったって言っていたし、だから少し安心していたのに。

「あんな風に言うべきじゃなかった。って思ったんだよ。それに・・・ここまで本気だっていうのに、俺も千鶴の言葉で気がついた口だからな」

悪いな、平助。とちっとも申し訳なさそうにない表情の左之に、思わずがっくりした平助は、負けるものか!と気持ちを強くしたその時に、

「責任取れるんですか。の責任ってお嫁さんにもらうってこと?」

場違いにのん気な声が聞こえる。

「そうに決まってんだろうが!俺は・・・そうなってもいい。そうなりたいって思えた。それでわかったんだけどな?」
「お、オレも!!」
「ふうん・・・・じゃあ、僕も」
「「・・・・・・・・は?」」

空耳だろうか?総司の声で「僕も」と聞こえた気がする。

「総司・・・今何て「僕もって」
「ちょっ!そんなノリで僕も。とか言うなよ!?」

失礼な、と総司は顔を曇らせると、う〜んと押し黙り、言葉を探しているように目を何もないところに這わせて。

「僕は近藤さんの為に生きたいって思ってるし、お嫁さんなんて別に興味もないし、欲しくもないけど…」
「・・・・・・けど?」
「でも、千鶴ちゃんがお嫁さんならいいな、と思った。今までそんなこと思ったことないし。これ違うのかな」
「それは・・・・・・」
「傍にいて欲しいしと思うし、あの子が土方さんのお嫁に、とか思ったらなんかずっと気持ち悪くってムカムカするし…チャッ
「だ〜〜!!わ、わかった!!わかったから、刀に手を添えるな!!!」

総司の手や体を押さえて、シンと沈黙が流れる。
きっと考えていることは皆同じだろう。

「本気で、惚れさせたいなら・・・口を挟めないって言ってたな」
「そうだよな…まずは千鶴にオレ達が本気だってわかってもらわないと!!」
「・・・・そうだね。今は斎藤君が株あげてるかも」

その総司の言葉にまた沈黙が流れ、平助はハア、と重い溜息を吐いた。

「・・・・・・・・・この分だと・・・・一君も・・・かな」
「っぽいな、あの反応見てればそんな気がする・・・・・・」
「じゃ、僕勝手場行くから」
「オレも行く!!」「待て、俺も行く」


一方その頃・・・・

「こんなものでしょうか??斎藤さん味見お願いします」
「いや、千鶴に任せる。俺よりおまえの方が的確だ」
「でも・・・・斎藤さん好みの味付けをって話しだし・・・・・・・・お願いします。・・・はい、どうぞ」
「・・・・うまい///////」
「よかった〜ご飯の時いっぱい食べてくださいね!」
「ああ。・・・千鶴が嫁に来れば毎日こんな生活が・・・・・
「・・・?何か言いました?」
「いや、何も。・・・・・・・・」

皆の予想通り、斎藤も皆と同じ気持ちでいたことは明白で。
同じく食事当番だった島田はもう泣きそうだった。
(い、居づらい!!誰か助けに来てください!!!)

島田の心の叫びに応えた?三人組は、助けでも何でもなく、その場が一層ひどく居づらくなるようなものだった・・・




食事も無事に終わり(すごく幸せそうなもの一名…薄味に不満そうなもの多数)夜・・・


「・・・・・・・・・・・・・は?」
「ですから、皆さん何か考えるみたいで・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待て。・・・・いいか、最初から順に話を聞かせろ」
「は、はい!」

夜、用事で土方の部屋を訪れた千鶴は、昼間の話をしていた。
それは・・・

『土方さんのご友人の婚姻のご報告の会食までに、沖田さん、斎藤さん、平助君、原田さんが、その婚姻を阻止しようと張り切っている。』

というものだった。
これでわかったら天才だ。

「大体、何であいつらが会食のこと知ってんだ!?」
「会食のは私が・・・「おまえっ・・・」
「で、でも。婚姻の話は知っていて・・・だから・・・」

全く持って理解に苦しむ。大体何故あの四人が邪魔するのか・・・・・・・

千鶴の話を最初から聞くにつけて、その食い違いに土方はようやく気付く。
つまり・・・・・

土方の友人の婚姻を、土方と千鶴の婚姻と勘違いしているのだろう。
四人は千鶴を嫁になどさせない為に邪魔を企てようとして。
だが千鶴は・・・?何故それを変に思わないのだろう。

「・・・おまえ、何であいつらが邪魔しようとするかわかってんのか?」
「え?だから・・・本当に好きな人と・・・って思っているのでしょう?」
「・・・・・・・・は?」
「土方さん言ってらっしゃったじゃないですか!ほら、親御さんの薦めを断れなくて、見合い結婚だなって・・・」
「ああ・・・・・それは・・・・」

でも別に前に付き合っていた、どうしても婚姻を結びたいと思っていた相手がいたわけではなく。
ちょうどよく縁談もあがったから、そろそろ・・・という感じで、それなりに幸せそうだったのだが・・・・・

「・・・・・・・・・千鶴。会食なんだが・・・日取りが変わった」
「え?じゃあ皆さんに・・・」
「言わなくていい。おまえ、俺の友人の祝いの場を台無しにしたいのか?」
「台無しだなんて・・・そんなこと・・・・・・ない・・・・と・・・」
「随分自信なさげだな」

くしゃっと千鶴の前髪を手で握ってかき回すと、千鶴は困ったように微笑んだ。
確かに、あの四人が来て、穏やかに済みます!とは言えないし・・・そんな思いはどうしても払拭できない。

千鶴の頭に手を置きながら、土方は心底、日取りが変わってよかったと思う。
四人に本当のことを話せば、何だそんなことか、で済むのはわかっている。話せばいい。だけど・・・・

なら、何故千鶴を連れて行くのか、と尋ねられると・・・・・困る。とっても困る。
言わずに終わらせられるなら、終わらせてしまえばいい。日取りも変わって好都合だ。
自分の運の良さを実感しながら、ふと、千鶴がずっと黙っていることに気がついて。

「・・・・・・どうした?」
「え、その・・・土方さんがずっと頭を・・・その・・・」

こちらを見上げた顔は、見事に染め上げられて、視線を僅かに外しながら話す様子に、つい顔が緩んでしまう。

「ああ、・・・・・おまえこんなんで赤くなるのか?誤解されるぞ?」
「誤解って…何をですか?」

きょとんとした顔で聞き返す千鶴に、何でもねえよ、と答えてそのまま頭を撫でる。
その表情は見ていて飽きなくて。こんなところを見られたらまたあいつらがうるさそうだ、と思いながらも、何故か手をのけようとは思えない。

「土方さん〜〜あの!お料理のことは…」
「・・・そうだったな。おし、じゃあまた頼む。時間あんまりないからまとめて教えてもいいか?」
「はい!がんばります!!」

そう意気込んで、ふと、筆を持つ手が止まった。

「・・・・そういえば、会食はいつになったんですか?」
「ん?さっき言わなかったか?明後日」
「はい、わかり・・・・・・・明後日!?そんな!!本当に時間ないじゃないですか!!」
「だから、そう言ったろ?でもおまえの着物なんかは全部もう用意して・・・「お料理!料理は…間に合わないかもしれません…」

とたんに泣きそうな表情になる千鶴に、土方は出来るだけ優しいと思われる表情を作って、大丈夫だろ、と言った。

「でも・・・今日と、あと・・・明日の二日しか・・」
「二日ありゃ、十分だ。俺はおまえは出来ると信じてるが、おまえは自分を信じないのか?」
「土方さん・・・・・わかりました!!今日は泊まり込みで頑張ります!!」
「おお。・・・・・・ってえええ!?おまえ、泊まり込みってそりゃ・・・」
「寝る暇なんてありません!!土方さん夜しか空いていないし・・・お願いします!じゃ、最初は・・・・」


こうして屯所の夜は更けていく…