嫁取り物語




3





「ふうっ片付け終わり…さて、これから何しようかな…」

まくっていた袖を戻して、勝手場を出ようとした千鶴は、同じく勝手場に入ろうとした者とぶつかってしまった。

「す、すみません・・・斎藤さん?もう・・・準備ですか?」
「いや、違う。まだ早いだろう?」
「・・・・(準備なら手伝おうかなと思ったけど…違うみたい…)えっと、じゃあ私行きますね」
「ちょ、ちょっと待て」

珍しく慌てたような声で引き留められて、千鶴が斎藤に振り返れば、何やら難しい顔をして考え込んでいる。
・・・ど、どうやって切り出せばいいのだ。わからない。俺に頼むのが無理なんだ・・・

実際はこんなことで顔をしかめていたのだけど、まさかそんなこととは思わず、そのますます迷入っていく表情に、千鶴は首を傾げる。
・・・・なんだろう・・・もしかして私何かしちゃったのかな?

「あの・・・?」
「千鶴に話がある」
「私に?何か問題でも・・・」
「・・・いや、そうじゃなくて・・・話さなきゃいけないわけでもない。…ただ、夕餉の準備までまだ時間が・・・いや、千鶴が暇なら、よければ一緒に…」
「あっ、はい!喜んで」

一緒に過ごしましょう。と言うのを、これだけ苦労して言う人も珍しい。
そういえば、話すときはいつも私から話しかけていたかもしれない。
斎藤から、という事実に自然顔が綻んでいく。

嬉しそうに、千鶴を気にしながら前を歩く斎藤の背中を追って、付いて歩く千鶴の姿。

・・・・・・・・・・
「あれが・・・土方さんを好きな女の子の仕草?やっぱりそうは思えないよね」
「一君っていつもあんな誘い方してんの?・・・これでちゃんと聞ける?」
「あの回りくどいのがいいんじゃないか?千鶴も嬉しそうだし・・・まあ、見てろって」

しっかり二人の様子を観察している三人。
ちなみに斎藤は任されたと思っているので、よもや見られているなどと思ってはいない…


「・・・・斎藤さんとこうして話すの、最近増えましたね」
「そうか?」
「はい。気づいてないですか?前は…すれ違ったら、挨拶で一言交わせばそのまま・・・」
「そうだった、な…」

千鶴が屯所に来た頃、こうして二人で座って時間を過ごすことになるなど、考えもしなかった。
そういえば、最近は、挨拶すれば必ず、一言、二言、会話をしている気がする。
何故だろう?

「でも大抵私が話してばかりなんですけど、退屈じゃないですか?」
「いや、それなら誘わないだろう?」

気づくか気づかないほどに唇の片端をあげて、優しく微笑む斎藤に、千鶴は思わず顔を赤くして下を向く。


「・・・・あ〜・・・・・だめだ、何かむかついてきた」
「一君、聞く気あるのか?っていうかあれだけで赤くなるって…ずり〜よ〜」
「・・・・ま、もう少しだけ待ってみようぜ」


「じゃ、じゃあ、今日は斎藤さんがお話してください!」
「俺が?」
「はい、私が聞き手で」


好機!!!!



三人がぐっと力を込めて斎藤を見つめる中、その見えない力を感じ取ったのか、斎藤が口を開いた。開いたけれど…

「そうだな、…俺は…」
「はい…」
「甘いものは苦手だ」

その瞬間、聞き耳立てていた三人は崩れ落ちる。違うだろ!と思わず拳を握るのも無理はなく…

「甘いもの、ですか?」
「ああ、菓子もそうだが…あっさりしたものの方がいい」

千鶴が土方に作った甘めの煮物。それを思い出して何故か顔が曇る。

「そうですか・・・じゃあ、今日はそういうの作りましょうか?」
「…作る?今日?」
「はい、斎藤さん、今日炊事当番ですよね?」
「ああ」
「お手伝いしますから・・・今日はあっさりで仕上げましょう」

そう言って、何がいいかな〜と口に手をあてて考える仕草に胸が騒ぐ。
何故、そんなに楽しそうなのか。
何故、そんなに一生懸命考える?

見つめる先には、これはどうかな、あれは〜と頭を悩ませながらもにこにこ笑う千鶴の姿。
自分の為に、自分の好みのものを作るという千鶴のその様子に自然に口が開いていく。
誰に言われるでもなく、斎藤自身が、本当は聞きたかった言葉が。

「結婚、するのか?」
「え…・知って、らしたんですか?」

その言葉に頭に耳鳴りが響くように、衝撃が走る。
それは後ろでそっと聞いている三人も同様で、一瞬にしてシンという静寂が耳に痛いほどに。

「もしかして皆さん知っていらっしゃるんでしょうか?そ、それなら土方さんにお知らせしないと…」
「千鶴」

口の中が急に乾いて、唇も震える。
どうしてこんな変化が起きるのだろう…?

「副長のことを好いているのか?」
「え?土方さんですか?す、好いてるって…そんな…もちろん、好きですけど…」
「そうか…」

斎藤の問いに、目をぱちぱち瞬かせながら、どう答えていいかわからない…といった困ったような笑みを浮かべながら。
それでも頬は染めあげる千鶴。
その言葉に、様子に、無意識に斎藤の表情に出たさみしい気持ち。その表情に千鶴は慌てて言葉を続ける。

「で、でも!斎藤さんも好きです!」

・・・・・・・・斎藤さん、も…・も?

「皆さん、好きです!最初は怖い…とか思ったけど、でも、いい人達ばかりで・・・」

だから好きですよ?と続ける千鶴に、今度は斎藤がどう答えていいのかわからない。…気を遣ったのだろうか?

「…好いているのか、というのは…婚姻を結ぶのに相応しい気持ちなのか、と聞いているんだが…」
「こ、婚姻!?それは…ちょっと違う気がするんですが…」

・・・・・・・違う?

「もちろん好きですけど、でも…尊敬の意味でお慕いする気持ちで、好き、なんだと…」

・・・・・・・心が、ほっとしている。違うなら、それなら…

「婚姻は、好いた者同士がすることだ。気持ちがないなら…と俺は思うのだが」

斎藤の言葉に、千鶴はゆっくり頷いて…

「…そう出来ればいいですけど、今は難しいですよね、申し込まれたら、断れないことだって…」

ありますよ…悲しそうに瞳を伏せる千鶴に、どうしようもなく湧いてくるのは…何の感情か?

「千鶴。俺は無理はしてはならないと思う」
「え・・・私もそう思いますけど・・・でも・・・やっぱり・・・」

私が口を挟むことではないし、と、見てて痛々しい笑顔を作った。
それを見て、心に決めた。

「俺は反対だ。おまえの言葉を聞いて、そう決めた。そう、動く。だから・・・」

そっと千鶴の手を無意識に自分の掌で覆うと、

「千鶴もあきらめるな。俺がきっと…何とかする」
「斎藤さん…どうしてそこまで…」
「それは…「嬉しいよ、千鶴ちゃん。皆のことが好きって、当然僕も入っているよね?」

急に千鶴の頭がぐっと床に傾いたと思えば、その背にはべったりと総司が張り付いていて…

「総司!おまえ…」
「やっぱりね、そうだと思った。よかったよ〜大丈夫。僕も協力するからね」

そのまますりすりと千鶴の背中に縋りつく総司に、「お、沖田さん苦しいです〜」と千鶴が下から苦しそうに声をあげる。

「総司〜やめとけ!そんなことしてたら、おまえには気持ちが向けられないぞ?」

遠慮なく総司を引き離し、大丈夫か千鶴?と若い女性が見たらころっといきそうな笑顔を、千鶴に間近に見せるのは左之。

「おまえの気持ちはよくわかった。俺はこういう風なやり方は絶対に反対だ。任せとけよ」

甘い声を耳元で聶かれて、千鶴の耳元がみるみる赤く染まる。
は、はい…とかろうじて小さく声を紡げば・・・

「あ〜だめだよ左之さん!人のこと言えないっつ〜の!千鶴!オレも協力するから!だ、だから・・・」

ようやく顔をあげた千鶴の目には、千鶴の肩にそっと手を添えて、照れながらも必死に視線を合わして頬を染める平助の姿。

「オレのことももっと…頼ってくれると…」

嬉しいんだ…という小さい呟きに、千鶴は同じように視線を絡めて微笑んだ。
「うん…平助君…頼りにしてる」


・・・・・・・・・・何だこれは・・・・・・
先ほどまで二人で話していたのに、一転蚊帳の外。


「ところで斎藤君、いつまでこの手維持してるの?いい加減離しなよ」

ぱっと重なり合った手が総司によって引き剥がされた。
温もりが失われたことで、余計に波立つ心が騒ぎだす。

「・・・・・いつから、いつから見ていた?」

キッと、普通の人ならひっとなるような視線を、低い声と共に向けられた三人は、とにかく千鶴の気持ちが土方にないと知って、思っていた以上に嬉しくて、そんなことにもビクともせずに。

「最初から。そんなの決まってるじゃない」
「さすが一君!最初どうなることかと思ったけど・・・」
「でも最後はちょ〜っとな?悪いな、斎藤」



「・・・・・・・・・???」

一人訳が分からずにポカンとしている千鶴を余所に、四人は揉めながらも一つの結論に達する。


任務!土方と千鶴の結婚を中止させよ!