嫁取り物語




19






「・・・おいおい、どうすんだよ…総司のやつ」
「行って止めるしかあるまい。あのままでは副長にご迷惑がかかる」
「ていうか、ここに来てる時点で迷惑かけてんじゃないの?」



店に到着し、そのまま総司がにっこり愛想のいい顔浮かべて、うちの副長が忘れものして、困ったもんです〜とかごまかしながら、店員からすぐに部屋を聞き出した。
その様子に、なんだそんなことも出来るんじゃないか。
普段からそういうこともしろよ、と他三人が思ったのは言うまでもなく。

辿り着いた部屋の外から、地獄耳を立てて中の様子を覗えば…
四人が非常に面白くない展開になっていた。

振りとわかっている。わかっていても…?
普段とは態度の全く違う、頬染める副長を目にすれば、心を落ち着かせる、というのは無理である。
まあ、苛々の大半は…振りとは言え、千鶴に「お慕いしてます」とか言わせやがって!!という気持ちであろうことは、四人の面目があるのでそっと伏せておきます。

「ふっ・・・」

総司が小さく笑いを漏らしたと思った時には、たまたま傍を通りかかった店員の持つおしぼりを奪い、
そのまま部屋に入ってしまったのである。
あっという間で、三人は止めることも出来ずに、呆然と見ていたのだけど。

そして話は冒頭に戻る。


「止めるって…総司をか?土方さんと千鶴もだろ?」
「・・・そうだな、どちらにしてもこのままでは副長にご迷惑を・・・」
「だから!もう迷惑かけてるってば!そんな迷惑とか考えないでって…オレの話聞いてる?一君!」
「どうやって止める?」
「…取り敢えず総司を…」
「二人ともオレの話!」

三人がそんなことでゴチャゴチャ言っていた頃、一方部屋の中は修羅場と化していた。



「てめえ、こんなところまでのこのこ付いて来やがって!しかも何投げてんだ!」
「嫌だな、土方さん。顔がもっと赤くなってるんじゃないですか?今度は怒って真っ赤っかですか?あはは…」
「笑い事じゃねえ!!」
「ちょ、ちょっと土方さん!沖田さんも…こ、ここは屯所じゃないんですよ」

ポカンと二人を眺める皆の視線を痛いほどに感じつつ、千鶴は慌てて仲裁に入った。
最初、総司が何で怒っているのかをよくわかっていた土方は、それなりに総司に対して、何とかなだめようと普通に、普通を心掛けて声をかけたのに。

次から次へとそれを言い返して、ネチネチと嫌みを言い、殺気を相変わらず繞う総司についにキレてしまったのだった。
友人の前、会食の場とは言え、あまりの言いように耐えきれず…結局は言い返して千鶴に諌められ…

そんな光景に、ぽかんとしていた土方の友人である男は、小さく笑うと千鶴の肩にぽんと手を置いた。

「君も大変だね、いつもこんな調子かい?」
「え・・・・・・え〜っと・・・・(頷いていいものか…)」
「ちょっと、その手、離してください。気軽に触れたら…怪我しますよ?」

総司の土方に向けていた殺気が、一瞬土方の友人に回されて、友人は苦笑いしながら、ああ、ごめんと慌てて手を離した。
そして何を誤解したのか…

「この娘は隊士の方にも慕われているんだなあ…おまえの嫁さんにふさわしいよ。よかったじゃないか」
「そうですね、これも土方さんの人徳かしら?」

尊敬する土方さんの嫁さんに何をする!という行動に捉えられたらしく。

はははふふふと和やかになる友人夫婦に、ピキッっと総司の背後の空気がひび割れるような音がしたのは気のせいではないだろう。

「違いますよ!この子は土方さんの嫁じゃ〜〜モガモガ〜〜!!!」
「沖田さん!落ち着いて!ひ、土方さん・・・あの、取り敢えず、私は沖田さんと一緒に屯所に戻ろうと思います」

総司が全てをばらそうとしたのを、千鶴は心の中ですみません!と叫びながら、慌てて口を手で塞ぎ防ぐ。
その行動に土方と総司は一瞬驚いて動きを止める。

「・・・総司と一緒にか?なら俺も・・・」
「いえ、土方さんはまだお友達と楽しんでいらしてください・・・沖田さん、一緒に帰りますよね?」

懇願するような視線を向けられて、嫌と言えば、涙が浮かびそうなそんな際どい表情に、
仕方ない、と思えてしまうのは惚れた弱みだろうか?あれ程怒っていたのに(今も怒っているけど)

「・・・・・・・・・・・・・(ペロッ)」
「キャッ!?「どうした?」

返事の代わりに押さえていた手を舐められました。・・・なんて言えません。
総司の顔を見上げれば、くいっと部屋の奥の出入り口の方を示している。
…一緒に戻ってくれるみたい・・・・

「・・あの、何でもないです!・・・じゃ、じゃあ」
「・・・なるべく早く戻る」

未だに総司の鋭い視線を浴びながら、土方は苦々しい表情を浮かべて、何とか言葉を吐いた。
こんな時なのに、帰ってほしくない。傍にいてほしい。
そんな気持ちが湧いてくるなんて、けっこう重症だ。そんなことを思いながら。



「・・・沖田さん、駄目ですよ・・・あんなことしたら・・・せっかくのお祝いの席で・・」
「僕はおしぼり持って行っただけだけど。君の方が駄目だよ」

店からの帰り道、二人は並んで歩きながら屯所に戻っている。(二人・・?他の三人は・・・?)

「・・・私が?」
「僕の好きな人は、残酷だよね。よりにもよって土方さんの…って、見せつけられたみたいだよ」

ピタっと歩みを止めて千鶴をじっと見る。
ふざけた顔、怒った顔、笑った顔、いろんな表情を浮かべる総司の、たまに見せる真剣な表情。

「今日、土方さんと千鶴ちゃんを見た人は、みんな君の事をもう土方さんのものだって思ってる」
「そんなの、我慢しろって?」

一歩、千鶴に近づいて、千鶴の手を掬いあげて、先ほど舐めた掌ではなく、手の甲に唇を寄せた。

「このままずっとこうしていようか。目立っていれば、あれは間違いだったって・・・みんなわかってくれるかな?」
「〜〜〜お、沖田さん、あの、あの、恥ずかしいです。手を・・・」
「嫌じゃなくて、恥ずかしいだけなら・・・離さないけど」

にこっと猫みたいに笑う総司に、どうすればいいのか。
千鶴が悩んでいたその時、ビュっと風を切る音と共に、外された総司の手。
そしてすぐ目の前を、刀が鞘に入れられたまま、振り落とされた。

「・・・・・・・・・・・・・な、なっ!?」

驚く千鶴とは別に、総司はあ〜あと残念顔。

「もう来たの?早いなあ」
「何が…早いな〜っだよ!!総司!わざわざ別の入口からこそこそ出て行くんじゃねえ!」
「もたもたしているのが悪いんだよ」

総司に詰め寄る左之とは別に、先ほど振った刀を持ちながら、キッと総司を睨む斎藤と、そわそわ落ち着かない平助がいつの間にか千鶴を挟むように隣へ。

「…原田さん、斎藤さん、平助君まで!みんな…来ていたんですか?」

驚いて目を丸くする千鶴に、こくっと無言で頷く両側に立つ二人と(二人は可愛い千鶴をようやく間近で見られて照れているのです)、ああ、だけどな?と言葉を続ける左之。

「こいつが飛び出して…挙句俺らが目を離してる隙に・・・別の出口から出やがって・・・」
「そ、そうだったんですか・・・で、でも皆さんどうしてあそこに?」

・・・・・・・・・・どうして?それを聞くのか・・・・・・・

どれだけ鈍いんだろう。
というか、もう気持ちがわかっていて、はぐらかされているとしか思えない。

「本当だね、僕は千鶴ちゃんが好きだから、邪魔したくて行ったんだけど・・・他の人は何でだろうねえ」

面白そうに笑う総司に、三人はむっと顔をしかめる。
そして勢いそのまま・・・

「俺だってそうだって言ってんだろうが!おまえ、自分だけそんな特別な顔してんじゃねえぞ」
「そうだぞ!千鶴のことは、みんな好きだって言ってんじゃん!いっつもいっつも・・抜け駆けばっかしやがって!」
「嫁にしたい女は、千鶴だけだと言った」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

道の往来で、聞いてるだけで倒れそうな愛の告白合戦が始まってしまった。
通る人皆がこちらを注目して・・・・

時折、自分を選ぶだろう?とばかりに寄せられる視線に、どう答えたらいいのだろう・・・
というより、場所を変えて欲しい。
でも・・・そこで決めろと言われたら・・・困る。とっても困る。

混乱した頭に、「どうした?」と救いの言葉・・・・・土方さんっ!!!!

息を切らして、肩を揺らす土方に、急いで戻って来たのだろうか?と・・せっかくの会食を邪魔してしまった・・・という罪悪感と共に存在するほっとした気持ち。

「もうとっくに屯所に戻ってると思えば・・・ったく、おまえらこんなところで・・・」
「そ、そうですよ。皆さん屯所に戻りましょう?」

とりあえず、土方がいる間は・・・こんな騒動も収まるだろう、そう思っていたのに・・・

「何言っているんですか?事の張本人が」
「そうだよ!大体、土方さんがいつもいつもややこしくしてんだろ?」
「俺は、振りとかさせんのはよ、大反対だ。土方さん、もちろん訂正したんだろうな?」
「左之、考え深い副長のことだ。もうしている。・・・・(じっと期待を込めた目で土方を見る斎藤さん)」

・・・・・・・・・うっ・・・・・・・・・

「ほら、黙ってるってことはまだですよね」
「千鶴は土方さんの道具じゃないんだぞ!」
「だから、放っておいても解決しねえって言ったろ?あの時もっと早く部屋に入れば・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

皆の言葉を振り切って、土方が告げた言葉は・・・

「うるせえ!本当に嫁にすりゃ、文句ねえだろうが!道具だなんて思っちゃいねえよ!」

ますます火に油を注いだだけだった。