嫁取り物語




18




「だ〜か〜ら〜言ったでしょう!?土方さんがそんな御礼とかだけで、会食なんかに連れていかないって…」
「そんなこと言ったって…おまえだって結局わからなかったじゃねえか。んな俺に当たるなよ」

会食の場所はわかっている。
総司は向かいながら、嫌な予感が当たったことに眉を寄せて不機嫌を顕わにして、左之がそれに付き合わされている感じである。

ちなみに、普通に会話していますが…四人は全速力で走っています。

「なあなあ、土方さん本気なのか?」
「・・・さあなあ・・・多分面倒事を回避するために、千鶴に頼んだってことだろうが・・・」
「そうだね、僕もそう思う」

平助の問いへの答えに、意見が一致した総司と左之は、けど、と顔を吊り上げた。

「振りでも虫唾が走る。そんなこと頼んで・・・大体女性の格好させるとか、そんなのいつもは厳しいくせにさ、私用で許すって・・・」
「同感だな、よりにもよって千鶴を・・・んなの、自分で何とかするべきだろう」

うんうん、と怒りをあらわにしながら先頭を走る二人には悪いが、平助は若干安心していた。
ほっとしたのか、顔が緩んだ平助に、斎藤が気付いて不思議そうな顔を浮かべる。

「どうかしたのか?」
「いや〜・・・土方さんが本気だったらさすがにやばいかなあって思ったんだけど!振りって聞いて安心したんだ」
「?安心できる要素は一つもない」

・・・・・・・・・え?

無表情で、不安になるようなことを言う斎藤に、平助はたまらず反論する。

「な、何で?千鶴が恋人役してるうちに・・・す、好きになっちゃうかもだから?」
「いや・・・逆だ」
「逆?」
「振りをしていて、副長が本気になる可能性が高い、ということだ。いや、もうそうかもしれないな」

淡々と述べるには、さらっと聞き逃せないことばかり言う。
土方歳三、女に困ったことのない男。本人さえその気になれば・・・女はすぐにころっといってしまいそうな危険人物。
・・・・・・・・・・・が、本気??

「は、一君冗談きついって・・「冗談ではない」
きっぱり言い放つと、斎藤は苦しげに眉を寄せた。
そして、平助にキッと視線を寄せながら、そう考えるに至る、斎藤の中で至極当然な答えを述べた。

「千鶴はどの女より可愛いだろう?」
「・・・・・・・・・・はい」

「・・・・後ろの二人、何してんの?何だか苛つくんだけど」
「構うなって、ほら急ぐぞ」

四人はそれぞれの想いを胸に、ひた走る。
会食場所となる店はもう視界に入っていた。





一方、土方と千鶴の二人は…?

今日の主役である土方の友人と、妻になる女性が入ってきたところで、会食は始まった。
最初、勘違いしてこの婚姻は意に反したものなのだ、と思いこんでいた千鶴だったが、自分がそんなことを考えたのが恥ずかしくなるほどに二人は仲睦まじい様子だった。

運ばれた食事に箸をつける様子に、千鶴はビクビクしながら様子を覗っていたのだが、どうやらどれも喜んでいるようで。
横に座る土方が気がつくほどの大きな安堵の息を漏らした。

「なんだ、まだ不安だったのか?」
「は、はい。でも喜んでもらえたようですね」
「・・・おまえのおかげだ。お疲れさん」

普段見せない微笑みが、千鶴一人に向けられて。
その綺麗に結わえた頭をそっと撫でられた。

「・・・土方さんのお役に立てて、嬉しいです」

・・・まるで部屋の中にいる主役が霞んでしまいそうな、そんな甘い空気が広がって。
それに気がついた主役である男性が、土方と千鶴を呼び寄せた。

「雪村千鶴、と申します。本日は私までご相伴にあずかりまして・・・」
「いや、そんな堅苦しい言葉はいいよ。・・・しかし、驚いたなあ・・・」

千鶴の前にいる、一組の男女は、何やら嬉しそうに土方と千鶴に交互に目を向けて…

「まさか歳三が連れを連れて来るなんてなあ〜…ついに身を固めるのか?」
「そんなんじゃねえよ」

・・・・あれ?恋人役をしてくれって…??

「?そうなのか?てっきり…」
「違いますよ、きっと照れているだけです。こんなに可愛いらしいお嬢さんだもの…ねえ?」

にっこり微笑まれて、同意を求められて困った千鶴は、土方に助けを求めるように視線を移した。
するとそこには・・・

「なんだ、そうなのか?ごまかすなよ・・・そんな照れるくらいならな」
「うるせえ、照れてなんざいねえよ」

「じゃあ、熱でもあるのか?顔が赤いぞ?」

ニヤニヤと笑いを浮かべる友人に、土方はあっさりと「あ〜そうだよ、熱があるんでな」と冗談で返しているけど。
そこは冗談で受け取らない、鈍い女がこの場にいたのである。

「土方さん、熱があるんですか?」
「はあ?」

心配そうに覗きこむ千鶴に、土方と友人はきょとんとした顔を浮かべ合う。

「具合悪いなら…無理なさらない方がいいんじゃ…」
そういえば、ご飯の進み具合も遅かった気がする。千鶴はそんなことを考えていた。
ただ単に、この日の為に昨日食べ過ぎて口に入らないだけだったのだが…

一瞬訪れた沈黙を破ったのは、千鶴に優しい視線を向けるお嫁さんだった。

「まあ、本当に純粋で可愛いらしいお嬢さん…土方さんがこの方を選ばれたのがよくわかります」
「本当だな、いい子を見つけたな」

・・・今の会話の流れで、どうしてこうなっているんだろう??
混乱する頭をもっと混乱させる言葉が、土方の口から発せられた。

「ああ、そう思うが・・・残念なことに俺の一方的なもんだからな。嫁とかじゃねえんだ」

・・・・・・・・その設定は困るって言ったのに!!
私が土方さんを袖にする女だなんて…む、無理!!絶対無理です!!

戸惑ったような視線を土方に向けると、困ったように苦笑いを浮かべて、千鶴の頭だけを自分の胸に引き寄せた。

「それとも、応えてくれるか?」

流れで言ってしまった。流れで引き寄せた。…というのもあるとも思う。
けれど、本当に無意識に、自然に口をついた言葉だった。
それには、土方自身も驚いていた。
――本気で…本気になってしまったのだろうか?

内心穏やかでない土方に、千鶴は、得たり、と頷いていた。
ここから、ちゃんと恋人役をこなせってことだよね…頑張らなきゃ!!
・・・土方の心、千鶴知らず。である。

どう返事をすればいいのだろう?
少し躊躇した後、千鶴は頭をもたげて、土方に満面の笑みを浮かべた。

「はい。お慕いしてます」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・な、なんだその顔!!
つうか、小娘一人にこんなに動揺してどうするんだ、俺は・・・・!!

みるみる顔を赤らめて、くっと耐えきれなくなったのか顔を逸らす土方に、友人が大笑いして。

「ははは!よかったじゃないか!めでたいなあ」
「本当に」

め、めでたくねえ!
こんなんで、屯所に戻って…俺は今まで通りでいけるのか??

「なんだ、本当に熱があるみたいに真っ赤だぞ?」
「おしぼりでも持ってきましょうか?」
「あ、それなら私が…」

千鶴が言いかけた途端に、目の前を白い物体が飛んでいく。
一瞬のことだった。
その物体は、ビチャッ!!と音を立てて、土方の顔に見事に命中したのである。

「っって〜な!誰…「おしぼり、必要みたいでしたから。僕…優しいんですよね」

・・・・・・・この声は・・・・・・・・・

目を隠すおしぼりを…取りたくはない。とりたくはないが…
勝手に落ちてひらけた視界には、これでもかとばかりに殺気を放ち、黒い微笑み浮かべる一番組組長が立っていた。