嫁取り物語



17



「千鶴、寒くないか?」
「いえ、大丈夫です」

店に向かう途中、並んで歩く千鶴に目を向ければ…いつもと見違えるように綺麗になって・・つい目を留めてしまう。
緊張しているのか、表情は少し強張ってはいるけれど、それでも、十分に惹かれるのは…

あいつらにいろいろ仕事を押し付けておいてよかった…
昨日の求婚合戦はすごかった。
あの様子じゃ今日の千鶴を見れば…一緒に行くとも言いだすのではないかと思ったものだ。
出がけに顔を合わさないように、仕事を割り振ったのに、どうにかして見ようと動こうとするので、帰ってから酌でもしてもらえ!となだめて来たのであった。
なるたけ四人に警戒を起こさないように、昨日は千鶴と少し距離をとろうと試みていた。
それが意外に苛々して、そんな自分に驚いたものだったけど…

「・・そんなに緊張すんなよ。おまえが主役じゃねえんだからな」
「はい。でもいろいろ…考えちゃって・・・」
「・・?俺が頼んだことか?」
「え、そ、それもあるんですけど・・・」

こうして既知である友人や世話になっている人と会う場合、土方には必ず自分を売り込もうとする女性が一人はいる。
いつもならすぐに断るけれど、人を介して頼まれるとなると断るのにも一苦労で…
今回もきっとそうなるだろう、と思っていた土方は、千鶴に事情を話し、頼んだのだった。
ようするに恋人役をお願いしたのだった。
千鶴は驚きつつも、いつも仕事に明け暮れている土方の負担を減らせるならば…と、少し気恥ずかしく思いながらも承諾したのだった。

もちろん、そんなことは他の四人は知らない。
知っていれば…一日限りの役とはいえ、きっと千鶴が行くのを止めただろう。

「他にも何かあるのか?」
「えっと…お料理、大丈夫かなって…もし何かあったら…」

一方的に手伝わした仕事を、嫌な顔せずに引き受けて、今なお気にするほどに責任を感じて…

「…おまえはそんなこと気にしなくていい。何かあってもそりゃ俺が悪いんだからな」
「そんなこと…」
「それだけか?何か他にもあるんじゃねえのか?」

まだ時間は十分にある。
少し歩調を緩めて千鶴に合わせると、千鶴は眉根をさげて少し困ったように微笑んだ。

「あの…本当に私でいいのかなって…」
「?何が」
「その、恋人役です」

今まで、曲がりなりにも男装をして傍にいたから、土方に寄せられる多くの視線に、ここまで気がつかなかった。
今、女性の格好をして傍にいると…嫉妬も交えたような視線すら感じる。

「土方さんみたいなお方に…その、私だと納得しないんじゃ…」

むしろ、何か言われてしまうのではないか、そんなことを気にして顔を曇らせる千鶴に、土方は目を見開いた。
自分を押し付けようと、媚びうる女性は多々見てきたけれど、千鶴のように謙虚で優しい女はそうはいない。
自分の胸の奥にずっと忘れていたような、甘いような、苦いような感覚がじわっと広がる。

「・・・そんなことねえよ、そんな風に考えなくていい」
「土方さん・・・」
「おまえが不安だっていうなら、無理してやることはない。だけどその場合は・・・」
「?」

土方は千鶴の手を取ると、歩みを止めて千鶴に微笑んだ。
その様子に遠巻きに見ていた観衆(おもに女性)が悲鳴をあげそうになっている。
それが気にならないくらい、土方の微笑みは優しい。

「俺がおまえに、ベタ惚れだってことにしとくか」
「っ!?そ、そそそそんなの…と、とんでもないです」
「気にすんな」
「気にします!」

手を繋いだまま歩みを再開して、店に向かう。
土方はこの時、この様子があっという間に広がる、などと考えていなかった。
自分の微笑みがそんなに珍しいものだとは…後に複雑な思いにかられることになった。




「あ〜疲れた…千鶴ちゃんもう行ってる・・よね、これ、絶対土方さんの策だよ…あ〜やだやだ」
「総司、副長のことを悪く言うな」
「だけど見たかったよな〜…こんなにオレらに仕事一気に割り振るってのは、総司の言うとおりだと思うけどな」
「だな、・・・まあ帰ってから酌してもらえって言ってたから・・・見せてはくれんだろ」

朝方からのみっちり詰め込まれた仕事に、一時の休憩でそれぞれが体を瘉している。
こうしている間に、一人だけ着飾った千鶴の傍にいる…と考えると胸糞悪いけど。
あと少し我慢すれば会えるのだ、酌をしてもらって…

「いっそ口で酌してもらおうかな」
「・・・総司、心の声が漏れてんぞ?んなことさせるわけって斎藤、何真っ赤になってんだよ」
「本当だ、いつもなら総司の冗談に真っ先に怒るのは一君なのに?」
「平助、僕のは冗談じゃないよ。斎藤君、それいいなあって僕に同調したんじゃない?」
「違う」

きっぱり否定しながら、顔がますます赤くなってますよ斎藤さん。
皆の沈黙に、何か?と普通にしているのが何だかかえって何とやら。

そんなほのぼのした空気の中(どこが!?)、一人仕事を押し付けられず、まったり非番を楽しんでいた新八が広間にやってきた。

「おっ!揃ってんな〜」
「何だよ新八、ニヤニヤ締まりない顔して・・・」
「いや、それはもとからでしょ?」
「来て早々、喧嘩売ってんのか!左之!総司!面白い話聞かせてやろうと思ったが・・・もうやめだ!」

新八のいう面白い話って言ってもなあ、たかがしれてるだろう…と皆があまり興味なさそうにしていると…

「極秘も極秘情報だぜ!?俺は信じなかったけどな?でも偶然見ちまったんだよなあ〜」
「何だよ、結局新八がしゃべりたいんだろ?それなら早く話せよ」
「それならもっと、聞く態度ってもんがあんだろうが!!」

ブツブツしかめっ面を作る新八に、それでも変わらぬ態度で思い思いに寛ぐ皆さん。
彼らを責めてはいけません。
普通にしながらも頭は千鶴でいっぱいなのです。

「なんだよ、おまえら・・調子狂うな・・・せっかく土方さんと千鶴ちゃんの驚きの情報を・・「ごめんなさい新八さん、やっぱり聞きたいです」
部屋を去ろうとした新八の腕を総司がぐっと掴んだ。
何だか皆の態度が一転して、自分の言葉をじっと待っている。

・・・・な、なんだなんだあ!?

話を聞く、というより、早くしゃべりやがれ!といった鬼気迫るような空気に、なぜ?と思いながらも…
ようやく皆の注目を浴びて、新八は少し満足そうに口を開いた。

「いやあ、行った店でな?いや、店って言っても島原とかじゃねえぞ?」
「店はいいですから、それで、土方さんと千鶴ちゃんが何ですか?」

「お、おう。いや、顔見知りの女がしょげててよ、そいつ土方さんのことよく思っていたからな」
「副長は素晴らしいお方だからな・・・それで、副長と千鶴が?」

「待てって!聞いてみたらよ〜土方さんについに恋人が出来たってんでよ」
「土方さんに恋人!?・・・え、え!?でもちょっと待ってくれよ、千鶴の名前が出たってことは・・・?」

「おっ!平助感づいたか!なんと相手は千鶴ちゃんだぞ!意外だよなあ〜結局ああいう子に落ちるんだな」
「新八、そりゃ誤解だ。今日は一緒に出かけているだけで・・・」

左之の言葉を遮って、いや!これは誤解じゃない!と新八が高らかに叫んだ。

「だってよ、俺見たんだ。おまえにベタ惚れだっつってよ・・・手繋いで微笑みあって・・・ありゃ本気だな」

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「ん?どうした?」
「すみません、僕、用を思い出したので」
「理由あって、留守にする。ここは頼んだ」
「オレも行く!!新八っつぁん!この後の指南よろしく!」
「ってことだ、頼んだぞ新八。今度仕事変わってやるから」

「・・・・・・・・は?」

あっという間に広間を去った四人の残された仕事、俺一人でこなせと??

ふざけんな〜!!!

新八の叫びなど気にせず、皆さん向かうところは同じ場所。