嫁取り物語




16




「斎藤さん?どうかしましたか?」
「・・あ?い、いや・・・何でも・・・」

ないことはないだろう。昨夜のことを切り出さねば、と思うのに。言葉が思うように出ない。
顔を赤らめて目を逸らす斎藤に、千鶴もつい言葉が出なくなる。

・・・・もしかして、覚えているのかな?だ、だとしたら・・・どうしよう。

・・・二人の間に漂う独特な空気に感化されたのか、土方、総司、左之の三人が完全に起きて、こちらを注視しているのには二人とも全く気付かない。
・・・記憶がなかったのは一君だけだからなあ・・・そりゃ戸惑うか・・・
平助だけは・・・面白くない気持ちを押さえつつ、見守るように見ていたのだけど。

「昨夜はその…千鶴に…いや、…」
「・・・斎藤さん、覚えているんですか?」

斎藤の様子を見れば、そう思えて、恥ずかしながらに千鶴がそう問えば、斎藤は馬鹿正直に困ったような表情を浮かべた。
その表情で覚えていた訳ではないというのがわかって…でもその方がいいような気がした。

斎藤さんみたいに真面目な人だと、覚えていたらきっと気に病んじゃう・・・

他の幹部に対してこう思わないのは…きっと千鶴に対する態度の違いだろうか。一番申し訳なさそうにして、言葉もしどろもどろな斎藤を見ていると、つい、そう思ってしまう。
千鶴は斎藤の気持ちは(それどころか皆の気持ちも)自分にはないと思っているので…斎藤を気遣うつもりで声をかけた。

「あの、大丈夫です。わかってますから」
「・・・わかっている?」
「はい、あの・・・そ、そういうつもりじゃなかったんですよね?わかって・・・「違う」

じっと千鶴を見つめる視線に、それ以上言葉を続けるのをためらわれるような視線に、千鶴が黙っていると、不意に後ろの方から小さく「危険だ」と声が聞こえた気がしたけど・・・?

「中途半端な想いで…あ、あんなことはしない」
「――え?」

後ろからの不穏な空気に気が逸れていた千鶴を、その言葉で一瞬にして自分の方に向かせると…

「副長との婚姻は、間違いだと聞いた」
「あ、はい!お騒がせしてしまって…「千鶴」

一呼吸置いて…千鶴の手を取る。

「「「「あ」」」」

後ろで四人が動く気配がした。

「俺の嫁に・・・「こんなところで何言ってんだよ!!」

平助の叫びで最後まで言えず終いに終わった言葉に、斎藤は不満気な視線を送るけど。
それ以上に四人は睨みを利かせていて・・・
千鶴は、というと・・・しっかり途中までの言葉を聞いてしまい、大混乱だった。

・・・・よ、よよよ、嫁!?斎藤さんが!?
ほ、本気で・・・どうしよう?ど、どうしたら…何て答えるの?はい?それじゃ受諾したことに…
え、でも断るなんてそんなこと…「千鶴ちゃん、考えない!」

声とともに、総司は斎藤を視界から遮るように間に立つ。先ほど斎藤がしたように千鶴の手をきゅっと握ると…

「僕だって好きだよ?言ったよね」
「え…あ、あああの…」
「君は僕のお嫁さんになるって言ったよね?」
「ええ!?そ、そんなこと…」

いつもの茶化した感じではなく、いかにも真剣な眼差しでそう言われて。
総司のそんな表情に胸が高鳴る。
そんなこと、言ったつもりはないけど、でも…そう思わせるようなことを言ったのだろうか?と暫し考えている間に…
総司は千鶴の手を取りながら斎藤を振り返った。

「ということだから」
「何が、ということ、だ。おまえが一方的に言っているだけだろう?」
「それは自分もでしょ…それに…僕だって君と同じことしてるし」
「あ、あの〜・・・」

私の気持ちは…?

その時、総司の手から千鶴の手を奪い去って守るようにその背にかばったのは…

「いい加減にしろって!千鶴が困ってんだろう!?」
「平助君!」
「千鶴、あんなの気にしなくていいから。やることあるんだろ?手伝うよ」
「・・・平助君・・・」

五人の中では比較的小さめな背が、大きく見える。
とっても頼り甲斐のある人に見えてドキドキする。
ありがとう、頑張るから手伝って、と背をきゅっと掴めば、嬉しそうに頬を染める様子に千鶴も思わず微笑んだ。

・・・・・・・・・・・・面白くない・・・・・・・・・・・・・・

残り四人の心の叫びは統一された。
もっとも敵視していなかったのに、案外一番注意しなくてはいけないのは…
四人がそう認識を置き換えた。

「平助、一人だけいいかっこする気?」
「そんなんじゃ…総司達が困らせるからだろ!?」
「とか言ってよ、じゃあおまえにはそんな気持ち、ないんだな?」

左之の言葉に、平助はぐっと言葉を詰まらせた。

「人の告白をあんなの呼ばわりして…平助は違うんだね」
「同感だな」
「え、ちょ、ちょっと待てって…」

そんなのお構いなしに、左之が千鶴を平助の背からいとも簡単に引き寄せると…

「千鶴?前にも言ったけど、真剣だから・・・放っておけねえんだ。おまえが困るのもわかるけど・・」

そう言いながら頭をそっと撫でて、千鶴を間近に覗きこむ。
その目はとても優しくて、愛情に満ち溢れていて…

「ちゃんと、考えてくれよ?」
「あ、は、はい…」

真っ赤になってキョロキョロ三人を見る千鶴の頭はもう何を考えていいやら…

「お、オレだって千鶴のこと好きだけど!そんな風に困らせんのはって思わないのかよ!」
「・・・もう、好きって言った時点で、僕らと一緒じゃないの?」
「・・・・・・あ・・・・・・ち、千鶴?その・・・オレ・・・」

一斉に告白を受けた千鶴の様子を、何も言わずにただひたすらに見ていたのは土方。
四人にじっと見つめられ、動くことも出来ないようだ。
ふう、と溜息をつくと土方は千鶴の腕を引っ張った。

「・・・あの?」
「取り敢えず、飯だろ?その後は明日の準備だ。まだ終わってねえぞ」
「あ、・・はい!」
「おまえらも、話はまた今度にしろ、いいな」

千鶴が明日の為に頑張っている姿勢を見て来たから、そこはさすがに皆も頷いた。

この後、一日かけて必死に料理をこなした千鶴は、会食までに無事に仕事をこなすことができた。

頑張ったご褒美と称された会食出席当日。

その日は女性の格好をして綺麗に着飾って、土方と共に出かけたのだが…?