嫁取り物語




15




「昨夜、巡察にて何かあったのか?」

まだ寝ぼけ眼の平助の、痛んだ体を見て斎藤は思う。
平助にこんな痣を作らせる相手だ。普通の浪士ではないのだろう。
そんな真面目な斎藤の視線を受けた平助は、しごくあっさりと問題発言をした。

「これは〜土方さんと、総司と、左之さんにやられたんだよ…あ〜まだ痛…」
「…副長が?」
「いや、だから総司や左之さんも…」

そんな平助の言葉は耳に入らない。
副長が平助を…ということは、それなりのことを平助がしたのだろう。
理由もなく、こんなことをする方ではない。

それまで心配そうな色を映していた斎藤の瞳が、静かな怒りに溢れていく。

「平助、何をした」
「え・・な、何にもしてなっ!・・・くもないこともないけど、でもわざとじゃないっつうか!」
「何を言っている?」
「う〜・・・大体、一君には俺に文句言う資格ないし!」

・・・・・・俺にはない?どういうことだ

「そうだよ・・・一君だけじゃない、よく考えたらあの三人だって人のこと言えないじゃん」

思いだしたようにブツブツ話す平助に、斎藤はちゃんと順序立てて話せと問えば・・・・・・・・・



「は〜じ〜め〜君!!ほら、行こうぜ?あの後どうなったか気になるし!」

あの三人があの後どうしたのかわからないけど、自分がここに寝ていたということは連れてこられた。ということだ。
左之の部屋なのに、左之はいない。
こんな朝早くに起きて動いているとは思いにくい。
もしかしたら…まだ揉めてたり?もしくは・・・・・ち、千鶴の部屋に・・・・

考えたくはないけど、そんな心配が頭をずっとちらつく。
この時間によく朝稽古をしているらしい総司の気配も全くない。
早く様子を見に行きたいのに・・・

平助は頭を抱え込むようにして俯いてる斎藤に、困ったように目を向けた。

「もうオレ一人で行くからな・・「俺も行く。もう少し待て」

先ほどからずっとこの調子。
千鶴と土方の婚姻が間違いだと言うくだりは喜んでいた斎藤。
皆に追われて隠れていた千鶴の話を聞いて、憤怒していたように見えたけど。
千鶴が皆にされたことの話を聞いて・・・もちろん斎藤がしたことも平助の口から聞かされて・・・その後固まったままだ。

でもそのおかげで平助は、皆に殴られる羽目になったくだりを言わずに済んでいるのだけど。

「あ〜終わったことは仕方ないだろ!?つ〜か、早く状況判断しとかないと…千鶴が心配じゃないのかよ」
「・・・それは、そうだ」

副長はともかく、総司なんかは何をするかわからない。
そう考えればようやく体は動いた。動いたけれど・・・顔をあげた斎藤を見て平助は目を丸くした。

「へ〜・・・一君も照れたりするんだな」
「別に・・そんなことはない」

いや、目にわかるくらい顔が赤いから。

心の中で斎藤に突っ込みつつ、二人は千鶴の部屋に向かった。



「いないな・・・まさか出て行ったとか?」
「それはないと思うが・・・総司や左之もいない。・・・・後は・・・・」

二人は自然に土方の部屋の前で足を止める。
中に人の気配はあるものの、穏やかでとても何か起こっているようには見えない。
日頃、疲れをものともせずに新選組をになう土方の就寝を妨げるのはいかがなものかと思うが、事情が事情だ。

非礼を詫びつつ、斎藤は「副長、朝早くに失礼します。少しお伺いしたいことが・・・」

声をかけるも返事はなく、しびれを切らした平助がそっと中を覗くとそこには・・・・?



『何がどうなってこうなった?』

二人は暫し立ち尽くす。
考えもしていなかった光景に、頭がうまく回らない。
目の前には、

真中に置かれた机のすぐ傍にこてっと横たわる千鶴。
その千鶴の手を握って自分の方へ引き寄せようとするように眠っているのは土方。
本当なら正面から抱きよせるようにしたかった彼を止めているのは左之。

土方と千鶴の間に割り込んで、土方の足を蹴飛ばして居場所を作ったのか。
土方の方に行かないように千鶴のお腹辺りをぎゅっと抱きしめて眠っている。
そんな二人に我関せず、好きなように千鶴を自分の傍に留めているのは総司。

千鶴の背後から、軽くどころではない。
ぎゅっと自分の腕を絡ませて首元に頭を寄せてそれはもう心地よさそうに眠っているけど・・・

「・・・・・・な、何やってんだよ〜羨まし・・・じゃないっ!!起きろよ!何してんだよ!

何だか泣きだしてしまいそうな声の怒号に、ようやく四人が目を覚ます。
しかしどの顔も疲れ果てていて、はっきり目覚めるにはまだ時間がかかりそうだ。

「離れろよっ!ったく・・・だ〜土方さん手を離せよ!左之さん手どけて!総司千鶴の首が締まるっ!」

呆然としつつもハっと意識を取り戻した平助は、取り敢えずこの状況を何とかしようと動くのだけど。
一緒にこの部屋に来て、千鶴が心配だと言いながら全く動く気配のない男がいる。

「一君も手伝ってくれよ〜ほら、起きろって!」

千鶴が心配だったから探したけど。
平助に言われたことは半信半疑で、とてもすぐにそうか、とは信じられなかったけど。
いざ、目の前に千鶴がいるのを見ると、何となく・・・甘い夢を見たような、そんな気がして・・・

そう思えば尚更動くことが出来ずにいる斎藤の前に、平助の怒号でいち早く目が覚めて、何とか体を起こした千鶴がいつの間にか立っていた。

「斎藤さん、おはようございます。朝からご迷惑かけてすみません」

寝起きの少し掠れた声で、まだ少し眠そうなとろんとした顔で笑顔を作られて、

一人奮闘する平助を余所に斎藤は、また顔の色を先ほどと同じように変えて、立ち尽くしてしまったのだった。