嫁取り物語



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「左之さん、どう思う?」
「あ?何がだよ」

平助を斎藤と同じ部屋に適当に転がすと、二人は今二人きりになっている、土方と千鶴の許へ足早に歩みを進めていた。

「だから、土方さんが千鶴ちゃん連れて行くのってさ…本当に御礼かな」
「他に何があるんだよ、千鶴もたまには可愛く着飾ってもいいんじゃねえか?」
「・・・単純だな」
「何だよ、おまえだって、はっきり何がある。とは言えないんだろうが」
「そうだけど」

眉を寄せて総司を横目で見る左之に、ちらっとも視線を交えず、総司はぼんやり考えていた。
その考えを遮断するように左之は総司の肩にぽんと手を置いた。

「まあ、いいじゃねえか。別に本当に嫁にいく訳じゃなかったんだろ?」
「うん・・・」
「それに、千鶴の女姿見られるし、よしとすりゃいいんじゃねえか?」
「・・・う〜ん・・・」

この時、すでに土方の部屋のすぐ傍まで来ていたので、二人の会話はここで終わったのだけど、後に総司の杞憂が大当たりするのはまだ誰も知らぬこと・・・


「千鶴ちゃん、来たよ〜」
「俺には挨拶なしか、ここは俺の部屋だぞ」
「まあまあ、土方さん・・・俺らも何か手伝うことあるか?」
「ない(きっぱり)、つうか、むしろ邪魔だ」

うんざりするような土方の視線をものともせず、二人はちゃっかり千鶴の横に、千鶴を挟むように座ったのだった。

「今、何してるの?」
「ええと、土方さんから簡単に見た目とか、味付けとか教えてもらって…明日試しに屯所で作るんですけど、ちゃんと作れるようにまとめています」
「はあ・・・こりゃ大変だな。徹夜になるんじゃないのか?」

机の上に千鶴が描いたのか、料理の絵と説明がびっしり書かれている。
今までにわかったものは土方が清書しているらしいけど・・・

「土方さん、僕が清書しましょうか?字は僕の方がうまいでしょ」
「何言ってやがる。どう考えたって俺の方が・・」
「いや、しかし、女みたいな字だな」
「左之!てめえ!!」
「あの・・・・今、夜中ですよ?」

昼間と同じように騒ぐ三人に、千鶴がたまらず口を挟んだ。
ぱぱっと進めていきたいのだけど、これでは進めるのも難しいかもしれない。

「千鶴ちゃん、ひょっとして困ってる?」
「え?あの・・・間に合わないのは困るかなって・・・」
「大人しく見てる方が助かるか?」
「助かるっていうか、お二人は明日もお仕事あるし、起きていて体調崩さないか心配です」

・・・どう見たって邪魔な二人に何て優しい言葉・・・
こいつ菩薩みてえだな

土方が心の中でこっそりこんなことを思っているなど、露知らず。

「しゃあねえ、こうまで言われたら・・・総司、とにかく邪魔しないようにするぞ。土方さんここで寝てもいいよな?」
「出ていけって言っても聞かねえんだろうが・・・」
「千鶴ちゃん、邪魔しないで寝ることにするけど・・・」
「はい、沖田さん、原田さんお休みなさい。明日の朝は私が起こしますね」

私が起こす・・・何だか新婚みたいな言葉に二人はちょっとじ〜んとしたり。一人面白くなさそうだったり。

「よし、寝るか・・・って総司!おまえ言ってるそばから!!!」
「え、大人しく寝てるよ」
「あああの、膝枕はちょっと・・・その、恥ずかしいです」

いや、そういう問題じゃない。

「とにかく離れろ!子供かおまえは!」
「子供でいいです。膝枕してもらえるなら」
「千鶴、おまえが離れてって言わないと、こいつしがみついて離れねえよ」

苛々した土方の視線。
縋るような総司の視線。
懇願するような左之の視線。

三人の視線を一身に浴びて・・・心苦しいながらも千鶴は何とか・・・

「沖田さん、えっと今日はすみません。きっと立ったりすることもあるので」

だから違う!そんな断り方じゃきっと・・・・!!
土方と左之が千鶴の優しい物言いに、心の中で同じことを叫ぶと、予想通りの行動を起こしたのはやっぱり・・・

「今日は・・・じゃあ、今度違う日にしてくれるってことだよね?」
「え、そ、そういうことになるんですかね?」
「うん。なる。約束だよ?じゃあ退く」

にこにこしながら、頭は下ろせど・・・相変わらず千鶴の傍は保って横になる総司に二人の苛々は増すばかり。
総司の後頭部に思わずいい加減にしろ、と手刀を下ろしてしまいたくなるのを、千鶴の手前ぐっと堪えて…

「…千鶴、俺にもじゃあ今度お願いな」
「え?は・・・「駄目。僕だけだよ」「左之!てめえまで何言ってやがる!!!」

そして延々とまた騒ぎだす三人を千鶴はぼんやり眺めながら、仲がいいんだなあと見当違いなことを考えていた。
三人は放っておいて、土方さんに言われたことをまとめていこうと一人真面目に頑張ったのである。




・・・・・・・・・・・・・・・・・これはどういうことだ?

明け方、目を覚ませば何故か左之の部屋にいたままだ。
部屋に帰れないほど酔っていたのだろうか?

そして部屋の隅には何故か平助が横たわっている。
少し打撲の跡があるけれど・・・巡察で何かあったのだろうか?

「平助、起きろ。もう朝だ」
「う、うう〜〜もう、勘弁してくれえ・・・見たけど、見てないんだ・・・」
「?・・・・何を言っている?」

土方の部屋で何が行われていたかなど全く知らず、
そしてのんきに自分がしたことも覚えていない斎藤が。
不慮の事故でえらい目にあった平助が。

二人が絶句するのはもうすぐ。