嫁取り物語




13




「…つまり、千鶴と、土方さんが婚姻を結ぶって言うのは…」
「違います。はい…」

言いながら千鶴は、横で倒れている平助を、このままじゃ可哀想だと起こそうとした。

「何でそういうこと早く言わないかな。土方さん、嘘を真にしたくてわざと黙っていたんじゃ…」
「俺は話そうとしたのに、おまえらが聞く耳持たなかったんだろう!?」

その千鶴の行動を、二人とも流暢に話しながら止める。
そのまま千鶴と平助の間に立って、二人を隔てる様は実に自然で悪意がないように見えるからタチが悪い。

「でも、何で土方さんが飯の準備までするんだよ、そういうのは店の仕事だろ?」
「それはだな…あいつの好き嫌いが多いから・・・」
「はあ?いい年した男でしょう?…冗談言わないでくださいよ」

本当のことを話そうとしているのに、問い詰められるように総司と左之がにじり寄る様を見て、千鶴は思わず口を挟んだ。

「あの、そのお嫁さんが、その人の好きな味付けを知りたいって…だからです」
「ふうん・・・土方さん知ってるんですか?」
「ああ、そりゃ少しはな」

でも…と左之と総司が納得しかねるのは…

「そういうのは別に土方さんが店に教えるんじゃなくて、本人が嫁にでも言えばいいんじゃねえか?」
「そうだよね、その会食で食べたいにしても…普通は店側に、味付け書いた紙とかを渡すんじゃないかな」

その言葉に土方がぐっと詰まって動きを止める。気まずそうに目を泳がせて途端にそわそわしたように見える。
その態度だけ見れば…事の発端がわかった気がした。

「…土方さんなくしたんですね」
「だな、それを言うに言えなくて…千鶴に手伝ってもらっていたってか」
「うわ、最低だな」
「う、うるさい!俺にだってうっかりすることはあるんだ!大体なくさないように大事にあの本に挟んで…」

そこまで言葉を連ねると、土方ははっと思い当ったように総司を見た。

「・・・おまえが、そういや隠してたな?取り上げた時は気に留めなかったが…」
「ああ、本って俳句集ですか?あれ、もしかして僕のせいにする気ですか?」
「疑わしいと思われても仕方ないだろうが…」

千鶴は隙をついて平助の方へ行こうとするのだけど、何故か動こうとすると三人の手が同時に千鶴を掴む。

「とにかく、そういうことだ。おまえらが心配することはない。だからもう部屋に戻れ」
「・・・・・・・・でも、今から千鶴ちゃんにまた手伝わせるつもりでしょう?二人きりで」
「もう正直に話して謝ればいいじゃねえか。千鶴に手伝わせるのはどうかと思うぞ」

先ほどから、たじたじとしっぱなしの土方を見て千鶴は思わず、あの、と声をかけた。

「ここまでしたんです。私もお手伝いしたいんです。」
「千鶴、でもな…」
「私だって、たまには皆さんの役に立ちたいんです。それに嬉しいんです。ここまで土方さんに頼られたことなかったので」

本当に嬉しそうに微笑まれては、そのことに文句を言えなくなる。

「・・・わかったじゃあ・・・」
「仕方ないな・・・でも・・・」

「「今夜は俺(僕)も土方さんの部屋に詰める(ます)から」」

「・・・・・・・・は、はあ?おまえら何言って・・・」
「はい、そうですかって部屋には戻れないんですよ」
「そういうこと。・・・おい、総司、先に平助部屋に運ぶぞ?」
「はいはい・・・・」

ようやく平助が起こされて、少しだけほっとするも、平助が不憫で仕方なくて、三人に続いて千鶴が勝手場を出て後を追おうとした時、土方の声がそれを遮った。

「千鶴」
「はい?」
「おまえは…どう思った?」
「どうって…何をですか?」

千鶴が首を傾げると、土方は何だか難しそうな顔をしている。

「だから、俺とおまえが・・・婚姻を結ぶって話だよ」
「あっ・・・びっくりしました!」
「それだけ、か・・・?」
「?・・・あ、でもあの・・・」

言い辛そうに顔を伏せる千鶴の表情を覗うようにすると、千鶴は困ったように小さく笑って・・

「私なんかが土方さんのお嫁さんなら、皆さん納得しないんだろうなって」
「・・・・・私なんかが、って何だ?」
「いえ、あの…居候の身だし。だから怒っていたのかなあって」
「・・・・・・・・・・・・」

あれだけ想いを正面からぶつけて、それに全く気付かれないのも難儀だな…と四人の顔を思い浮かべて少し同情する。
それと共に少しの安堵。

・・・こういうところも、気が緩むっていうか、こいつのいいところか・・・

土方はふっと小さく笑って息を零すと千鶴の前髪をくしゃっと軽く掴んだ。

「あいつらの言う通りでおまえには悪いと思ってる。止めてもいいんだぞ?」
「そんな!大丈夫です!お役に立ちますから」
「・・・千鶴、実はな?もう一つ言っておかなきゃいけねえことがあるんだが」
「はい、何でしょう?」

ぽつぽつと語られた言葉に、千鶴は真っ赤になってしばらく黙る。
それでも最後にはこくっと頷いて、土方はほっと安堵の息を漏らした。