嫁取り物語



12




どうしてこんなところに千鶴が寝ているのか、全くわからないけれど。
よく様子を覗えば、唇も青く、肌の色もない気がする。

・・・・こんなところで寝てたらそりゃ寒いよな…と、とにかく起こさないと。

「千鶴、千鶴…」

夜中だし、そんなに大きな声は出さない方がいいかなと思って、咄嗟に小さめの声で呼びかけるも反応なし。
寝間着姿の千鶴に少し、どきどきする気持ちをごまかしながら、平助は袖を遠慮がちにくいっと引っ張った。

「千鶴、起きてくれよ…風邪ひくぞ」
「う〜ん・・・・・・あ、平助君。もう…朝かな」

何だかまだ寝ぼけてる千鶴に、違う、まだ夜中だぞ〜と目の前で手をひらひらさせると、漸く気がついたようにはっと目を見開いた。

「平助君!巡察終わったの?」
「ああ、終わって…小腹が空いたからここに来たら千鶴が…」
「…あの、私を探しに来た。とかじゃなくて?」
「?土方さんが菓子を食べていいって言うから、ここに来たんだけど…何かあったのか?」

探しに来た、と尋ねるってことは、千鶴が隠れていたということだ。
その考えに辿りついた時、平助はさっき会った三人を思い出した。
思い返せば、誰かを、千鶴を探してうろうろしていたんじゃないか、という気になってくる。

「うん…何か皆さんの様子がちょっと変で。どんどん状況が悪くなるから・・・」
「変って何が?」

千鶴の言葉に聞き返しながら、平助は千鶴がぶるっと震えたのに気がついた。
「あのね…「千鶴、その前に部屋に戻った方が…」
「…土方さんとか、沖田さん、原田さんはもう寝たかな」
「・・・・・・・・・・・・・・

やっぱりあの三人か…一体何があったんだろう?

「いや、まだ起きてる。多分千鶴を探しているんだと思うけど」
「喧嘩してなかった?」
「喧嘩?…別々に行動してたからわかんねえな〜何、あの三人喧嘩してたのか?」

立ち上がろうとしない千鶴に、自分の羽織を脱いでかけてやると小さく笑って平助に視線を向けた。

「ありがとう…でも平助君がそれじゃ寒いよ」

そう言うと千鶴にだけかけていた羽織を、平助にもかけて。
自然二人は体が触れ合って、お互いの体温がまた温かい。

う、うわっ!で、でも寒いし仕方ないんだし!別に下心とかない、…し…いい、よな?

二人で狭い隙間におさまるように座って、土方に言われたお菓子を一緒につまみながら千鶴の話を聞いていく。
きっとくだらないことで喧嘩して、剣幕が怖くて千鶴が怯えて…そんなことだろうと思っていたのに。


「な、なな…そんなことされたのか!?」
「うん。沖田さんも斎藤さんも原田さんもきっと傷ついて…ヤケになっているんだと思うんだけど」

そりゃ千鶴が土方さんの部屋に…とか見たらなあ…オレだってかなりへこんでいるけど、でも…

「いくら傷ついたからって…それはしちゃいけないことだ!好きになった女はもっと大切にしないと…」
「そうだよね…私のことは何とも思っていないから・・・そんなことするのかな」
「・・・・・・・・・・・は?」

今、千鶴は何と言っただろう?
空耳か?

「…平助くんも、もしかして好きなの?」
「え、お、オレ!?」

不意に顔を覗きこまれて心臓が一気に高鳴る。い、言うのか?今言うのか?
・・・・オレは本気だし、千鶴と出来ればずっといたい。

・・・・・・・よし!!い、言うぞ!!

「オレも好きだよ。…一緒にいるだけで幸せっていうか、胸の中がぽかぽかするし…」

少しだけ触れた指先を絡め取り、ぎゅっと自分の掌で千鶴の手を包むと、しっかり気持ちを伝えようと、続けてまた言葉を紡ごうとした。けれど、その言葉を紡ぐ前に千鶴のやっぱり!という声がそれを遮って…

「そんなにみんなに想われるって…すごいね、その人…私も見習いたいな」
「・・・・・・・ちょ、ちょっと待て千鶴、その人って…?」

やっぱり何かおかしい。話がかみ合っていない。
一世一代の告白を…と思ったのに。この状況を訂さないとことには徒労に終わる気がする…

「え?土方さんのご友人のお嫁さんになる方のことでしょう?」
「は、はあああっ!?だ、誰だそれ!?そんな奴顔も見たことないし!何でそいつが急に出て来るんだよ!」
「ち、違うの!?だって…その人と、土方さんのお友達の婚姻を止めさせたいんでしょう?」

だからてっきり。と話す千鶴に、平助のこんがらがる頭の中に一つの嬉しい事実が浮かび上がった。

「それってつまりさ、土方さんと千鶴が夫婦になる訳じゃない…ってことか?」
「ええっ!?夫婦!?ちち違うよ!私は会食の準備のお手伝いするだけで…」
「会食の準備?(…それで飯を作っていたってことか?)でも千鶴も出席するんじゃ…?」
「うん。お手伝い頑張ってくれたから、連れて行ってやるって。女の格好出来るからって」

そこでようやく驚いた顔が綻んでいく。
そっか、それで…・千鶴だって、たまには可愛い格好したいよな…でも、土方さんがそれくらいでそう言うかなあ…?

若干腑に落ちない気もするけど、とにかく婚姻は勘違いでそれはとても嬉しい。

「・・・あれ?も、もしかして他の皆さんも勘違いしてたり…する?」
「あ、そうだ!みんなそう思ってんだ!ちゃんと話とかないと…(みんな千鶴が土方さんに取られるって必死なんだろうからなあ・・・)」
「そっか…それで…」

・・・つと訪れた沈黙に、ああっ!ということは…千鶴もようやくみんなの想いに気付いたってことか?
そう思って、先ほど告白を決意した癖に妙に慌ててしまう自分が情けないけど。

・・・・・?何だ?表情が暗いような…??

首を傾げながら「千鶴?」と声をかけると、はっとしたように顔をあげた。

「い、いけない!早く訂正しないとね!行こう平助く・・・・っ!?キャー!!!!」
「ど、どうしたんだよ!?千鶴…「み、見ないで!ちょっと待って…」

ぺたんと座りこんで前身を隠すようにもぞもぞする千鶴に、どうしたのかと思えば…

「…ん?何だこれ、紐?」
「!?あ、それ私の!!」
「え、ちょ!千鶴引っ張んな・・・・・・」

引っ張られるままに千鶴の上に覆いかぶさる形になった。
・・・というか、う、うわあああ!?

「ご、ごめんね腰紐が立とうとしたらほどけたみたいで…」
「ち、千鶴…・(肌蹴てる!!肌蹴てるから!!)」
「あ、あれ?紐がまたどこかに…」

お互い混乱してそのままの状態で。
平助はばくばくすごい音を立てる心臓に悲鳴をあげそうになりながら、咄嗟に千鶴の襟を掴み前を合わせた後、見てません!とばかりにばっと後ろを向いて…向いた先には――


「平助…菓子はうまかったか?」
「すごい状況だよね、覚悟はいい?」
「場所を変えて話そうぜ?あの姿は目に毒だしな」


張り付けた笑顔とは裏腹に、底冷えのする視線と声を向けられたのだった。