嫁取り物語



※みんなが千鶴を大好きです。
  終盤、やや沖千寄りになっていますがEDはオールです。
 









・・・・・ん?なんだ?こんな時間に・・・

一時の憩いを求めて、屯所にいる一輪の花を探し歩けば、勝手場の方から何やらいいにおいがする。
高く結わえた髪を犬の尾のようにふりふりさせながら、平助はそのにおいにつられて勝手場の方へ駆けだした。

「誰か何か作ってんの?」

声をかけて中の様子を覗きこめば、探していた人物、千鶴がちょうど味見をしていたところだった。

「千鶴?今日は当番…じゃないよな?」

声をかけた途端に千鶴がびくっと体を揺らした後に、肩をすくめたのは気のせいだろうか?

「あ…へ、平助君。ちょうどよかった〜!これ、味見お願いできるかな?」
「え?ああ、いいのか?」
「うん!ぜひ!」

差し出された煮物を一口口に入れれば、味がしっかり染みていて、優しい味で…とっても美味しい。けど・・・言ってもいいのだろうか?

「うまいんだけど、・・・う〜ん、なんか、いつものより・・・」
「うん」
「少し甘いような・・・」

気まずそうに感想を述べる平助に、千鶴はにこっと微笑んで、

「そっか、ありがとう正直に言ってくれて。・・・甘めに作ったから、これでちょうどいいの」
「そうなのか?」
「うん」

ご機嫌な様子で手早く皿にその煮物を盛り付ける千鶴。しかし、その皿に盛られた量はどうみても少なくて。
一人前しかない。鍋の中にも、全く残っていない。

「これ・・・今日の夕餉のじゃなくて?」
「え?ううん違うの。これは…土方さんの」
「土方さん?何で?」
「え〜と…最近忙しくて・・・ご飯まともに食べていないから!うん、疲れた時には甘いものがいいでしょう?」

にこっと笑って、その場をてきぱき片付けて、じゃあ持って行くね!とその場を去る千鶴の背を見る平助の表情は冴えない。

せっかく、一緒に休憩して、話でもしようと思ったのに・・・
つ〜か、土方さんずるいよな!?別に千鶴は土方さんの嫁でも何でもないのに・・・・
そりゃ小姓ってことにはなっているけど・・・千鶴は少し気を遣いすぎじゃ…?

ブツブツ呟きながら、俯きがちにその場を離れようとした時、ぼすっと誰かにぶつかった。

「・・・平助、勝手場で何をしている?」
「一君、あ〜今日当番だったっけ?」
「ああ、・・・しかし何やらにおいがして・・・もしかしてもう作っているのかと思ったのだが」
「これは違うよ、千鶴が土方さんの為にさ〜・・・」

事情を説明すれば、なるほど、と頷いて、何も不満を顔に出さない斎藤に、

「一君は・・・何とも思わないの?」
「何がだ?」
「ほら、土方さんちょっと千鶴に甘え過ぎじゃ・・・とかさ」
「いや、きっと副長の指示ではなく、千鶴の厚意だろう?俺達ももっと副長の体調に、敏感にならなければ・・・」
「あ〜・・・うん。そうだな・・・じゃ、俺行くわ」

こんな風に考えてしまうのはオレだけなのか?
そんなことを考えながら、少し重く感じられる足を進める平助の背中を、無言で見送った斎藤は、勝手場の中を見渡す。

先ほどまで調理していたとは思えないくらいに整然とされている。
かまどの前はまだ暖かく、その場に立つと、料理している千鶴が浮かんでくるような気がした。

・・・・・・・だが、今朝がた、副長は確か・・・・・
斎藤の脳裏に朝、いつもどおりに朝餉を食べていた土方が浮かび上がる。
確か総司が、和え物の味がしないと言って、残そうとしたのを怒って食べさせて・・・副長自身も残さず食べていたようだった。
とすると、千鶴の言葉には矛盾が出て来る。

・・・・・・ならば何故?そのようなことを言わなければいけない理由でも?
考え出せば、妙に胸騒ぎがして落ち着かない。
気がつけば斎藤はその場を去って、土方の部屋へと向かったのであった。



「あれ?千鶴じゃないか?」
「ん?本当だ、あれ…何持っているんだろう」

千鶴の方からは視界には入らないであろうところから、顔を覗かせてその様子を見る二人はちょうど雑談していた総司と左之。
千鶴は何やら周囲を覗って警戒しながら、何かを運んでいるように見える。

「・・・・・・・・犬猫でも拾ってきたのかな?」
「千鶴がか?う〜ん確かにあの様子は何か隠そうとしているよな・・・」

総司と左之は顔を見合わせて頷きあうと、そっと気が付かれないように後をつける。
その二人の様子に気がついたのは、どうしても千鶴の様子が気になり、足が自然と土方の部屋に向かっていた平助。

・・・・なんだ?二人とも何して・・・ん?千鶴?
気になって、千鶴の後を追う二人の後をつける。
その平助に気がついたのは、斎藤。

・・・・あれは一体何だ?何かまた馬鹿なことをしでかそうとしているのでは?
あまり好ましくない組み合わせが後をつけあっている様に、顔をしかめながら斎藤もその後をつける。

そうして皆がこっそりと見守る中、何も知らずに千鶴は土方の部屋の前で立ち止まる。
辺りを見渡してから誰もいないのを確認すると、「千鶴です。入ります」と小声で呼び掛ける。
返事があったのかなかったのか、そのまま千鶴は土方の部屋へと入って行ったのだけど。


自然、その部屋から少し離れたところに四人が顔を合わせることになる。

「・・・何してんの?平助、斎藤君」
「そういう総司と左之さんこそ、なに千鶴の後なんか付けているんだよ?」
「いや、何かこそこそしてたから・・・隠し事でも?と思ってな?」
「・・・・・・隠し事か・・・・」
「?一君は知ってるだろ?あれは土方さんに作った煮物を、運んでいるだけで・・・」
「煮物?何で?こんな中途半端な時間に?」
「それ、何か変じゃね〜か?」
「俺に聞くなよ!千鶴がそう言ったんだから・・・」

口を尖らせる平助に、ふうん、と総司は一言漏らすと、そのまま土方の部屋までそっと忍び足で近づく。

『え・・・ちょ・・・総司!何しようと・・・』
『し〜…決まってる、何話してるか聞くんだよ』

そのまま足を進める総司に続いて、俺も、と左之が続き、斎藤まで足を進める。

『は、一君!?一君は理由知っているだろ!?』
『いや、副長はしっかり食事を召し上がっていたことに気が付いた』
『・・・・そ、そういえば・・・・・今朝も…・』
『ああ、このような手段はどうかとは思うが・・・ここまで来て知らない振りは出来ない』

気にならない訳はない。
気になって当然で。
皆が聞いているのに、自分だけその場を離れるなど、出来そうにない。

・・・千鶴、ごめん・・・・
心の中で謝りながら、平助もそっと足を忍ばせた。

こうして四人はこっそりと部屋の中の様子を探ったのだった。