『Chocolat chouchou』
※
ワンドオブフォーチュン2のアルルです。
3年後設定です。
ずっと傍にいれば、今まで自由に染めきっていた心は傍を離れて自由を求め。
恋人という関係さえも、枷にもならない――望んだ一人の時間はやはり居心地良くて、これが自分の性に合っている。
鏡に映った「アルバロ・ガレイ」の表情に満足して、気の赴くままに動いて。
なのに―――
ずっと離れていれば、時にちらつくルルの気配。
遠く離れたミルスクレアの地から、感じる筈のないルルの気配。
一度それを認めれば、日を追うごとに増えるルルの影が自分の意識化にまとわりついて。
例えば、一人部屋に戻った時。
例えば、一人作業のように食事を済ませた時。
例えば、朝、起きがけにぼんやりと天井を眺めた時。
濃くなった影は、まるで残像のように強烈に意識させる。
声までもが、誘うように勝手に響いて。
傍にいた日々、当たり前のように自分を纏っていた甘ったるいルルの匂いはとうに消えていて。
ラティウムを出た時の服をふと引っ張り出せば、存在を主張させるような、甘ったるい彼女の―――
その匂いを逃さないように、それを羽織った時には、もう、欲しくなってる。
勝手気ままに彼女の元を去った足は、今度は勝手気ままに彼女の元へと戻る。
戻り際、ふと考える。
なんだかんだと、好き勝手させてくれるルルと、
好き勝手している筈が、こうしてルルの元に帰る自分と。
執着しているのは、どっちなのだろうと―――
「…………なんだ、これは―――」
ラティウムのドラカーゴの発着場に着くなり、甘ったるい匂い。
嫌いではないルルの匂いではなく、本気で甘ったるいチョコレートの匂いが咽かえるように鼻をつく。
これほどまで強いチョコレートの匂いを漂わせている発信源は何処だ――と苛つきをそのままに周囲に視線をやるも、特に変わったことはない。
小さな屋台のようなもので、土産でも売っているのか菓子が置かれてはいるがそれくらいで。
留まる理由は何もない、アルバロは鼻が利かなくなってしまう前にと早々にこの場を後にしたのだが………
「…2月14日……なるほどね」
発着場を離れた後、大通りを抜けて広場に出たところで未だ異様に漂うチョコレートの匂い。
大通りを歩きながらそれとなく目を向けて、イベント事だろうとは思ってはいたが。
広場のオープンカフェや屋台はわかりやすくメニューボードなどを外に出したり、ディスプレイを飾り付けたりなど、バレンタインフェアを大々的に打ち出している。
アルバロは今回、自分が戻るとは伝えてはいなかった。
自分が戻るとは思っていないルルは、こういうイベント事に乗りたがる性分なのは自他共に認めているところ。
ルルなら、戻らない自分にも何かしようと画策しているのではないか――そう考えてアルバロはミルスクレアへとまた足を進めた。
人でごった返す中を颯爽と人を縫うように歩きながら、突然現れた恋人に彼女がどうするのか。
楽しみで仕方ないというように、その歩みは速まったのだが――――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
魔法院に着く手前、アルバロは倒れそうだった。
呼吸する度に嫌でも身体の中に入る酸素が、甘くて、甘ったるくて。
それがずっと消えない。
身体の中までチョコレートで侵食された気分がした。
神経に障るような毒にだって多少は慣らされているこの身体が、蝕まれたように、重い―――
周りに店はなく、どう考えても、自然にこの町に漂う匂いとは思えなくなっていた。
おかしい、おかしい―――
そう思い出していた思考は、別の思考に一気に差し換えられた。
見間違える筈のない恋人が、自分以外の男に何かを渡していたから。
14日である今日、渡してあんなに喜ばれるものは、一つしかない―――
アルバロは二人に気付かれないよう、重い身体を引き摺るように近付いた。
***
「え〜っと……これは?」
「これもお願いしたいの!さっきのは最初に作った失敗したケーキだったの……」
ルルに、ラッピングされていない剥き出しのガトーショコラを手渡されたユリウスは、最初戸惑っていたものの、ルルの言葉にすぐに笑顔になった。
「ああ、そういう事。うん、わかった。大丈夫だよ」
「ありがとうユリウス…っ!」
ホッと笑顔になったルルに、ユリウスはだけど…と首を傾げた。
「さっきの、失敗だったの?俺にはすごく上手に作ってあったように見えたけど」
「うん。味には問題ないと思うわ、だけど…アルバロってあんまり甘いの好きじゃないのに、すごく甘めに作ってしまって…」
「そっか。それでもう一度作り直したんだ、すごいね、ルル。こっちのケーキも美味しそうだよ。アルバロが食べないの、勿体ないって思う」
「うんうんっ!私もそう思うわ!」
ルルは我ながら自信作!とばかりにガトーショコラに一度目を落とすと、少し悪戯めいた声で続けた。
「…ユリウスにはいつもこうして協力してもらっているから……その内アルバロから嫌味の一つも言われてしまうかも」
「う〜ん…もし言われても俺は魔法の研究は楽しいから…としか答えられないけど」
「ユリウスらしい答、え………ね?」
「……あれ?この匂い――」
いつもなら――
いつもなら、気配を絶って様子を窺うことなんて朝飯前、基本中の基本で。
バレることなんてありえなかったのに、今日だけはうまくいかなかった。
強烈なチョコレートの匂いが、アルバロの周囲に漂っていたからである。
そしてアルバロはようやく、このチョコレートの匂いは自分の周りだけに留まっているのだと、ユリウスとルルの態度から認識したのだが、もう遅かった―――
「アルバロ!?帰って来ていたの!?」
「…帰って来ちゃ、悪い?ルルちゃん――ところで、一つ聞きたいんだけど、この匂いは――」
アルバロが答えを求める前に、ユリウスがそれはまあキラキラした目で嬉々と答えてくれたのは言うまでもない。
「わっ!!すごいチョコレートの匂い!!通常の匂いだと他の匂いと混じって伝わらないかもって思って、ルルから預かったケーキの匂いを10倍圧縮して、風に乗せてアルバロに送って、しかもその匂いが空気に散布せずにアルバロの周りに留まるよう、空気の成分を調整する光と水の魔法も律に編みこんだんだけど、それもちゃんと発動して全部がうまくいってる!やった!うまくいったね!ルル!あ、このケーキもしておく?」
「ユリウス君、少し、黙っててくれる――?」
ユリウスがもう一度魔法を施そうかとしたケーキを、アルバロが辟易した思いを隠そうともせずに取り上げる。
残念、と苦笑いを浮かべるユリウスに、「頼むから、これ以上余計な魔法を彼女に教えないでくれるかな」と、威圧してるんだかお願いしてるんだかわからない態度で告げるアルバロに、
ルルは楽しそうに笑い声をあげた。
***
適当に取った宿屋の部屋。
中に入るなりベッドに腰掛けると、アルバロは気だるそうに背中をベッドに押し付けた。
魔法で送られたルルのチョコレートの匂いは、その解除方がわからない、というとんでもない事情により未だアルバロに纏わりついている。
「身体が重い…くそ…」
「ただのチョコレートケーキの匂いじゃないの。大袈裟ね」
「ただの…?ああ、この10倍に増した甘ったるい匂いが、ただのチョコレートケーキとはね。全く…お前は相変わらずやってくれるよ」
「……惚れ直した?」
甘い甘いチョコレートの匂い、それが別に気にならないのか。
平気そうな顔で隣に腰掛けたルルは、余裕すら窺えるような微笑みでアルバロを見下ろした。
皮肉交じりの言葉を褒め言葉のように受け取って、ルルは軽く身体を屈めて。久々に会えた恋人にようやくのキスを一つ。
久しぶりね、元気だった?
そんな挨拶も込めてのキス。
変わらず、私はあなたのこと、大好きよ?
そんな意味も込めてのキス。
匂いなんてもうこれ以上嗅ぎたくないチョコレートの匂いしかわからなかったのに。
その瞬間に身体の苦痛が和らぐような甘い、匂い。
それを欲して来た、彼女の、ルルの匂い―――
「愛を受け取りに、戻って来たの?」
身体を起こしかけながら、確認のように頬を優しい手つきで撫でてくるルルにアルバロは、腕を伸ばした。
引き寄せた身体が腕の中に落ち着くと同時に、望んでいた甘ったるい匂いが、自分を包む。
「悪いけど違うよ、バレンタインの事なんて頭の片隅にもなかったし、……ああ、だけど―――」
軽く手遊びのようにルルの髪をいじっていた指を、その細い身体を掴むことに回して、一呼吸。
抱きしめた身体からは、咽るような、甘い、甘い匂い。
焦がれているのは自分の方か―――
「愛を伝えには、戻って来たよ―――」
耳元でわざと囁いて、ルルが発火したのを確認すればいつもの余裕を湛えて、ルルを組み敷く。
形勢逆転。
吐息があたる程のキョリまで顔を近づけて、これから何が起こるのかを期待させるように視線を逸らさない。
隠しようもなく、熱が帯びていく。頬に唇に、全身に―――
漏れる吐息が熱く触れる。
チョコレートよりも、甘く、甘く―――
媚薬よりもたちの悪い、ルル―――
「………愛してる―――」
ずっと、なんて言葉は付け足さない。
人の気持ちなんてわからない。
今は愛していても、ずっとだなんて思えやしない。
それでも―――
今、ルルを求める気持ちは確かにあって。
囁かずには居られない程の熱は、確かに自分にもあったから―――
組み敷かれた身体から、小さく聞こえたものは、自分の言葉に答えたものだったのか、か細く啼いた声だったのか。
息も絶え絶えに、幾度となく繰り返した睦みを重ねる。
重ねる度に強くなる甘い匂い。
衝き上げる度に漏れる甘い声。
余韻に浸る間の、甘い視線。
自分が欲しかったもの。
ルルにだけ求めているもの―――
蜜時を終えて朝を迎えたアルバロを満たす、これ以上ない甘い匂い―――
end
アルルのVDのSSでしたー!
3年後だったらユリウスもルルももう少し落ち着いているんじゃない…?と思わなくもないのですが…
ユリウスがたまに「こんな魔法があるんだけど、ルル、試してみる?」って言ってると楽しいです。
その度にバロさん振り回されるといいv
バレンタインのチョコの風習なんて…ない…けどそこはご都合主義です(土下座)
傍にいないアルバロに、ルルは匂いだけでも伝えようとしたんです。
10倍にしたのはユリウスの独断です(笑)
…これくらいなら、R15にもならないよね?
ちなみにタイトルは『お気に入りのチョコレート』という意味です。
チョコレート=ルルなので、chouchouにしています。
バレンタインなので甘くしようと頑張りましたー!!