発売まであと2日!




アルルSS




『懐いてみようか』




せっかくの休日だけど、ルルはその日は街へ行かず寮にいた。
その理由は…目の前にある。

「わ〜!美味しそう!ずっと食べたかったんだよね…」

食堂で出た新しいデザート。ふわふわのチョコシフォンケーキに色とりどりのクリームと装飾。
おまけにホットショコラまでついている。
男子には甘甘すぎる、という理由でとかく敬遠されているのだけど、見た目ほど甘くないケーキに甘い飲み物。
この組み合わせが女子には大人気で、いつ来ても売り切れ。

ルルは休日に狙いを定めて、食べたいのをずっと我慢していたのだ。

「えへへ、いただきま〜「・・・一人で食べていて、さみしくないの?」

今まさに口に入れようとした時、ルルのすぐ後ろから、振り向かなくてもすぐわかる、聞き慣れた声。

「今日はどこにも出かけないって言ってたから・・・てっきり補習かと思っていたのに。
 食い意地の方だったとは…さすがだね」

何だかさらっとピリっと嫌みを利かせているようなのは、きっと気のせいじゃない。
当たり前のように、ルルのすぐ隣に座ってわざわざ椅子を寄せて座るアルバロに、ルルは思わずじと目になる。

「・・・あれ?もっと嬉しそうにしてくれてもいいんじゃないかな。露骨に嫌がっているように見えるよ」
「だって、ゆっくり食べたいんだもの」
「俺と一緒だとゆっくり食べられないってこと?一人で背中がさみしそうだったから声を掛けたのに」

優しい表情を装って、しらじらしい声。
これほど信じられないものはない。

「ご心配なく。さみしくなんかないもの」

本当は、アミィと一緒に食べる予定だったけど、急な予定が入って駄目になった時は少しさみしかった。
けどそこでアルバロを呼ぼう!とかは全く考えなかったけど。
別に会いたくない、とかではなく、単にアルバロが甘いものを好んでいないから除外されたということで。

「ふうん…ねえ、ルルちゃん。たまにはさ、甘える素振りでも見せてみたら?」
「・・・・・甘える・・・?」

明らかに、こちらの出方を楽しもうとしている表情に、ルルは警戒しながら言葉を返す。

「うん、そう・・・だって、俺をたらしこむって言ったっきり、別に何かしてくる訳でもなく・・・」
「・・・・・・・(そんな簡単にたらしこめる相手じゃないんだもの)」
「いつも俺を警戒してるよ。山猫みたい。たまには飼い猫になってみたら?」

目を細めて顔を覗き込んでくるアルバロに、ルルは顔をツンと逸らした。

「警戒させているのは誰なの?それに、そんなのアルバロにだって言えることでしょう?
 アルバロこそ、たまには飼い猫になってみれば」

下から香るホットショコラが鼻をくすぐる。
アルバロは無視して、ひとまずケーキとショコラを・・とルルは構わずケーキにフォークをさしてパクっと。
口の中に何とも言えない柔らかい感触と、ほどよい甘さとが広がって、みるみる笑顔になっていく。

「美味しいっ!!わ〜…待った甲斐があったわ!!」
「ルルちゃんって本当に色気より食い気先行だね」

呆れたような笑みをわざとらしく浮かべた後、アルバロはルルの手からフォークを取ってしまった。

「あっ!何する・・・って食べるの?アルバロも食べたかった?頼んで来る?」

徐ろにケーキを切り分けるアルバロに、珍しい、食べたかったんだ。とルルが目を見開いてその様子を見ていると、
当然のことながら、切り分けたケーキをルルの口の前に差し出される。

「はい、あ〜ん」
「・・・・・・・・あ?あああ〜ん!?何言って・・・・」
「俺の話しより、大事なんだろう?ケーキが」

にこっと笑うその顔に、抗うことなんてできない絶対的な力を感じて、ルルは口を開けた。

「・・・・美味しい」
「よかったね。次はホットショコラ?」
「い、いい。自分で・・・は、話も聞くから!」

食べることを優先にしたから、不機嫌になったのだろうか?とも思ったけど。
アルバロがそんなことで不機嫌になるだろうか?とも思って、ルルは頭の中を必死で、どういう状況か理解するべく巡らせていた。
答えは単純で、明快だったけど…

「ルルちゃんが飼い猫になれって言ったんだよ。だから、飼い主様にご奉公してるって訳」
「もう、何がご奉公…そんなんじゃなくて、ひねくれた態度をどうにかしたら?」

このままずっと食べさせられるなんて冗談じゃない、とルルがフォークを奪い返した。
すると、何だかアルバロが一段と楽しそうに顔を歪めて…

「飼い主の愛情がないから、ひねくれるんだよ。懐きようがないってこと」

懐く気なんてまるでない癖に、反応を見て楽しんでいるアルバロ。
なのに、その視線に、必要以上にドキドキする自分が悔しい。必死に押し隠すようにケーキを取って一口。
せっかくのケーキなのに、味なんてわからなくなってくる。

「…愛情は今までにたくさんあげたけど、ちっとも懐かないもの」

少しだけ本音を言葉に乗せて、冗談まじりで目を向ければ、視線を外して小さく洩れた笑い。

「じゃあ、懐いてみようか」
「・・・・・・・え?」

思ってもみなかった言葉に、思わずむせそうになるのをぐっと耐えて、恐る恐るアルバロに視線を移せば、
今から懐こうと思っているとはとても思えない表情。
それでも頬に触れる手は、勘違いしそうになるほど優しい。

「今はおまえ以上の玩具もないし、懐いて、甘えてやろうか?」
「何言って・・・」

アルバロの顔が少し近づいて、ピンクの瞳は悔しいくらい冷静で。
戸惑いがルルの表情に浮かぶのを見ると、いつもの表情に一瞬で変わる。

「少なくともルルちゃんが、懐く俺が本当に嬉しくないのか、本当は嬉しいのか・・・俺にはわかっちゃうと思うけどね」


瞳を三日月に歪めて、作られた笑顔が間近に迫る。


――俺にひた隠す気持ちを、晒してしまえば、その後、おまえはどうする?

――そんなことを知って・・・俺はどうしたい?


二人の唇が重なった瞬間、

晒し出された気持ちは、誰のものだったか――









…愛情は今までにたくさんあげたけど、ちっとも懐かないもの』

自分で言ったことを、わかっているのか?
それは、俺に告白したようなものだろう?
おまえがそう言うのなら、おままごとにもっと真面目に付き合ってやろうか――