月揺らぎ

「近藤さん!お早いお帰りでしたね!」

近藤さんの姿を見つけるなり嬉しそうに、沖田さんが小走りで傍に向かう。
もちろん、沖田さんだけじゃなく、隊士の皆がとたんに笑顔をみせて、場の空気がガラっと変わる。

「はっはっはっ!みな相変わらず元気そうで何よりだ!頼もしいな」

近藤さんも嬉しそうに皆の顔を見渡したあと、呼ばれていた藩からの任務を説明しだした。


・・・私、この場にいない方がいいよね?と、そっと部屋を出て一息つく。
任務の話になるとまた空気がピシっと引き締まって、時々冗談も交わしてるけど、
それでもどこかでピシっと締まっているその雰囲気には、いてはいけないような気がして。

さっき沖田さんに言われていたことを思い出す。



『近藤さんもうすぐお帰りですね!藩からどんなことを請け負ったんでしょう…』
『そうだね…でも、君には関係ないことだから。考えなくていいんじゃない?』

いつものように口の端だけあげて言う沖田さん。でも、からかうようじゃなくて、目が笑ってないのがわかる。

『あ、あの・・・関係ないかもしれないけど、やっぱりここにいるからには、少しでも役に立ちたいんです。』

何もできずにずっとここに居候のまま、甘えているのはいや。こんな私でも出来ることが、探したらあるんじゃないかって。いつもそんなことばかり考えてしまうから。つい、口にしたとたん、すうっと目を細めて、射すくめるような厳しい視線で。

『君にできることはないよ。いても迷惑なだけ。』

そう言い放つと、険とした空気を身に繞いながら背を向けてしまった。




そんな人が、近藤さんが帰ったとたん、ぱっと顔を緩めて今日1番の笑顔を見せるのだから。
それに、隊士の皆もみんなが近藤さんを大好きで。
そんな様子を見てたら、自分はその輪に入ってはいけないようで、さみしいけど。

仕方ないよね、居候だし…父様を見つけられるまで、それまでせめて邪魔にならないように。
自分の立場を改めて実感した後、ふと思うこと。

「近藤さんってお日さまみたい」
「何ブツブツ言ってるんだ、てめえは」

急に言葉を返されてびっくりして振り向くと、土方さんが怪訝そうな顔をしてこっちを見てた。

「あ、あの、私そんなにブツブツ言ってました?」

だとしたら、恥ずかしくて顔を上げられない。

「・・・いや、まあそんなことはいい。おい、今日みなで飲みにいくことになったんだ」
「あっそうなんですか?じゃあお留守番してますね」
「そうだな、と言いたいところなんだが、お前が残ると誰か幹部を1人残さなきゃいけなくてな」
「そうなんですか…ご迷惑かけてすみません」
「いや、そうじゃねえ。近藤さんが、お前もつれて行けばいいとさ」

思わぬ返事にえっ?と土方さんの顔を仰ぎみると

「おまえもずっと屯所にこもりきりじゃよくない。皆で行けば問題ない、だそうだ…」

眉をよせて、口を尖らしいかにも不服と言いたそうな顔で、

「何呆けてやがる。行く、よな?局長命令だしな」
「はい!嬉しいです!」

何も考えずにはい!と返事するとその元気のよさにびっくりしたのか、薄く笑みを見せてくれた。






「君、本当に来たの?いくら近藤さんがいいって言ったからって」

お店について皆さんがわいわい騒ぎだしたあたりに、突然沖田さんが正面に来た。

う…せっかく楽しくお食事してたのに・・・
初めて来たお店で、舞妓さんのきれいな舞踊をぽ〜っと見ていたら水を差された気分。

「君がいるとみんな遠慮して、いつもどおりにできないんじゃない?」
「え?そうなんですか?いつもこんな風じゃないんですか??」
「・・・・・・・・・・君、本気で言ってるの?」

呆れたような、侮蔑するような視線を向けられて、つい顔を下向けると、追い打ち。

「まあ、ずうずうしいのは最初からだし、気にしないことにするよ」



・・・・・他の幹部の皆さんは、少なからずもっと優しく、気を使ってくれるから。それに慣れてしまったのかな、沖田さんの言うことにいちいちへこんでしまう。

やっぱり、来るんじゃなかった。
湧き上がりそうな涙を必死で抑えて、皆さんに迷惑かけないようにもう帰ろうか、いや、それも迷惑かけてしまうのかな・・・
とりあえず、何もせずにうつむいてたら誰かに気がつかれるかもしれないから何か…と顔をあげて。
ふいに、のどの渇きを覚えて、そばにあったお茶をぐ〜っと飲んでしまった。

・・・・・・のどが熱い・・・・これ、お酒!?
初めて飲んだお酒は飲んだとたんカーっと顔が熱くなって、のどの方もジンジンして、何ともいえず気持ち悪い。頭がクラクラする…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「あ〜あ、千鶴ちゃんつぶれたね」
「は?って誰だ!千鶴に酒飲ましたの!!」
「やだな、土方さん、そんなの千鶴ちゃん本人が飲んだに決まってるじゃない」
「・・・・・こいつは自分から飲むような馬鹿はしねえよ」

ふうん、えらく高い評価じゃない?
土方さんの言葉にちょっと意外な視線を向けながら飄々と言い放つ。

「ま、お茶を酒とすり替えたのは僕だけど」
「・・・・・・っ総司!!この馬鹿!!どの酒だよ!」
「これ」

何の悪気もなさそうな顔で差し出したのは、原田など酒に強い奴でも飲んだらすぐに参りそうな度の強いもので。
あまりの怒りに沸点はとおに越してしまい、言葉もなくにらみつけていると、

「だって、この子いつも下向いて言いたいこと言わないし、気持ち悪いんだよねそういうの」
「お前にだけじゃないか」
「僕以外の人にだって本音を話してはないよ、いつも周りのこと考えてビクビクして、さ」
「・・・・・・・・・・・」
「酒でも飲んではっちゃけちゃってもいいんじゃない?って思っただけ」
「・・・・・・お前「総司!!」

いきなり土方さんの声にかぶせるように会話に入ってきたのは近藤さん。

「総司も、雪村君のことを考えてやったんだな!!嬉しいぞ!!」

涙までたたえて感無量といった近藤さんは、誰が見ても明らかに酔っていて。

「雪村君!このさいだ!いつも思ってる不満を打ち明けていいんだぞ!!」

と千鶴を揺り起そうとして。慌てて原田と平助が止めに入る。

「ちょ、ちょっと!!そんなことしたら余計気持ち悪くなるって!」
「近藤さん!すっかり酒回ってるよ〜」

止め甲斐もなく、うっすら目を開けた千鶴は回りを見渡して、ぼんやりしてる。

・・・・・・・焦点が合ってない・・・・・・

皆がそう思ってる中、一人元気に話し出すのはもちろん酔いのまわったあの人で。

「雪村君、たまには自分の思ってることを言ってごらん!大丈夫!無礼講だ!ははは!!」

そう言われて背中をバンバン叩かれた千鶴は少し気持ち悪そうに顔をうっとしかめたあと、

「・・・・・・・思ってる、こと。れすか〜?」

ああ…大丈夫かこいつ。とは思うけど、少し気になる内容だから、自然皆が口を結んで。
飲み屋とは思えないような静寂が訪れる。

「・・・・・・はい、近藤さんは〜おひさま、れす!」

思わぬ反応に皆が肩の力を抜いて、崩れた空気ににぎわいがまた増してくる、と思われたとき

「おひさま、らから、みなさんを照らします。近藤さんがいると、あたたかくなって、えがおになって、う〜〜〜〜なんていうか〜〜〜〜そおだ!みんなにひかりをあらえてくれるから〜〜」

そう言ってニコっとほほ笑む千鶴に、一瞬みんなが釘付けになって。


「はいはい、千鶴ちゃんもういいから、帰ろうか。僕のせいともいえるから、送ります」


周りに有無を言わせぬうちに、千鶴の腕を取り、自分の背におって店を出る。






亥の刻あたりだろうか、人の気配は全くなく、時折吹く風が心地いい。
虫の輪唱が自然と耳に入り、真っ暗ではなく、月明かりが夜道を仄暗く照らしてくれている。


・・・お酒を飲ましたのは、ほんと言うと、面白半分だったんだけどな

土方のあまりの怒りっぷりに、こんな日にしぼられるのはごめんだと思って言っただけだ。
他に何もなかった。
なのに・・・

「あれが本音ね、まあ、おひさまっていうのは間違ってはないけど」

居候といっても、監禁のようなもので始終見張られて、それで思っていたことがおひさま。

「君って本当に馬鹿だよね」

何も返答ない背中にそっと語りかけて。

「近藤さんが太陽なら、僕は何っていうのかな」

いつも邪険にしてるから、きっといいものではないだろう。でも花が咲いたような頭の中を持っている千鶴に聞いてみたくなった。

「千鶴ちゃん、僕は、何?」

背おったまま、少し揺らすとうんと声がして一言聞こえた。

「ひまわり・・・」
「ひまわり?誰が?」

決して自分にはあてはまらないと思ったから、誰のことかと聞くと

「だって・・・ひまわりは、・・大きくなるために、いつもおひさま見てる・・・ずっと、追いかけてる」

たどたどしく話すけど、先ほどよりはよっぽどしっかりしゃべってる。
ひまわりとは、隊士の皆のことだろうか、それとも自分のことだけさしているのだろうか、どちらにしても。

「ひまわり…でも僕は、きっと路地裏とかにはぐれて咲いてそうだね」

自嘲気味に吐いた言葉に、千鶴ちゃんはいやいやするように背中に顔をこすりつけてきて、

「どこに咲いていても、光は届きます。おひさまだもの、届くから、咲くんです」


小さくつぶやくような声で、でも、優しく響くその声を耳にして、胸にほのかに光がともる気がした。
しばらく、歩いたあと、そっと肩越しにのぞき見ると目は閉じていて、


「また寝たかな?」
「・・・・・・・・・・」

スースーと規則的な寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っている。
もう起こさないように、少し歩幅を小さくして、ゆっくり歩く。
ふと空を仰げば雲がかる夜空に、月だけが雲の隙間から姿をみせて、道を照らしてくれている。
ああ、なんだか・・・


「近藤さんがおひさまで、僕が、路地裏のひまわりなら・・・」
「千鶴ちゃんは月、みたいだね」

おひさまが見えなくなって、闇にかこまれたひまわりを、そっと見つけて照らしてくれるのは月だから。

太陽のように一気に明るくはできないけど、でも、

皆を魅了するその輝きが、皆を惹きつけて。




先刻の千鶴の笑顔を思い出す。
皆が一瞬押し黙って、その笑顔に釘づけになってるのを見て、
何かわからないけど、ものすごくいやな気持になった。

気がつけば千鶴を背おって、外に出ていたのだけど。

「千鶴ちゃんは、月」

背中にほんのり感じる彼女の温かさに、なぜか自分の胸の奥までが温かくなっていて。

こんな風に彼女を背おう自分に、とまどいがあって居心地も多少悪い気がするけど。

それでも、なぜかもうちょっとこのままでいたいというように、足がゆっくり進んでいく。

「ま、いいか。たまにはね」


明日からは、また元通り。彼女のことなんて、知ったことではない、けど。

月を見たらなぜか自分が揺らいでしまいそうな、そんな気もする。









END




いつも甘くてへたれな総司さんしか書けないので、今回は少し意識して甘くならないように、と。
最後甘いですか?^^;シリアスはむずかしいと、ひしひし感じました。
気にいっていただければ、幸いです。










い繞う