Everything ties




3





朝早い東京駅には、すでに同じ制服に身を固めた者が、時間までの談笑を楽しんでいた。
けれど千鶴が構内に姿を現すと、男ばかりのその集団は、本当ならいる筈のない千鶴に少しざわめき立つ。
嬉しそうに顔を緩ませるもの然り。興味本意でじろじろと遠慮ない視線を送る者然り。
けれど、それを一蹴するように、そんな男たちを一瞬にして黙らせるような、攻撃的な視線が張り巡らされた。

「・・・やっぱり千鶴がいることで、他の生徒も浮足立ちそうだな」

土方は、例年より気苦労が多そうだ、と眉間に深く皺を刻む。

「まあでも今は静まったし、問題ないんじゃないですか?」
「土方先生には面倒はかけません。俺が、何があっても対処します」

先ほど皆を竦ませた視線を放った張本人達、総司と斎藤が土方の杞憂を吹き飛ばすようにいつも通りに言葉を返す。

「俺はな、あいつらが千鶴に何かするとは思っちゃいねえよ…やかましくはなりそうだがな?千鶴のことに関しちゃむしろあいつらより…」

てめえらの方が問題だろ、と言いた気に土方が二人を振り返れば…いない。
つい、先ほどまで真後ろにいたのに。いつの間に移動したのか…ちゃっかり千鶴と平助の傍に立っている姿が目に入る。
どうやら、千鶴の荷物を三人で取り合っているようだが…

「お、土方さん。朝から千鶴とドライブはどうだったよ」

そんな土方の肩に、突然ポンと手が置かれた。
同じく教員である左之は土方より少し早く到着していたのか、飲みかけの缶コーヒーを片手に千鶴たちの方へ目を向けた。

「金魚のフンがわらわら付いて来て…それどころじゃねえよ」
「…だろうな、千鶴のやつ、大丈夫か?振り回されて終わらなきゃいいがな…いっそ、俺が京都を案内っつうのは…」

左之がにっと口元を緩ませて、あそこがいいかな、それとも…と言い出すのを見て、土方は余計に深く皺を刻む羽目になった。

「てめえまでそんなこと言ってどうすんだ…ところで…新八はどうした。まだ来ていないのか?」
「いや、売店で…何か買い物するみたいだったぜ?」
「・・・競馬新聞じゃねえだろうなあ」

ピシッと土方がその顔色を変えていた頃―――


「平助なんか自分の荷物さえ、ひきずりそうじゃない。ここは僕に任せた方がいいと思うけど」
「なっ!!んなことねえし!!荷物くらい、軽く抱えてっ…」
「総司も平助も…千鶴の荷物を取り合うな。傷がついたらどうする。乱暴な扱いをするお前たちには任せてはおけない」
「あ、あの…本当に大丈夫ですからっ!」

三人が取っ手を握るバッグに、千鶴が手を伸ばして自分で持とうとした時、

「雪村君」

背中からこの騒動など全く気にしないような静かな声がかけられた。

「えっ…あ!山崎さんっおはようございます」
「ああ、おはよう。今日から一緒の班で行動すると聞いた。よろしく頼む」
「はい、こちらこそ」

にこっと微笑む千鶴に、山崎は少しだけその表情を柔らかくして、千鶴の後ろにいる三人の視線に気付き、またその表情を整えた。

「先日、土方先生に旅行中の君のことを伺ったのだが…しおりには書いていないような細かいこともメモしておいた。これを使ってくれ」
「あっ…わざわざありがとうございます…私が急に参加して…ご迷惑かけます。すみません」
「いや、君が純粋に参加することは嬉しい。迷惑なのは…・ごほんっ」

君に構おうとする沖田さんだ、と言いそうになった口を寸前で止めたのは正解だっただろう。
ただでさえ、二人の会話を面白くなさそうに聞いている総司の姿が嫌でも目に入るけど、山崎は焦点を千鶴に合わせて気にしないことにした。
そんな態度に口を開こうとした総司だが、その前に斎藤が千鶴に渡したしおりを横目にしながら口を挟む。

「山崎、俺とおまえは土方先生のクラスでずっと行動する、で間違いなかったな」
「はい。そうですね…自分のクラスに属するのは宿の部屋くらいでしょうか。後は土方先生のクラスで、とのことです」
「ええっ!?…移動の時とか食事は別に…一緒じゃなくていいよねえ、平助?僕らがいるんだし」
「そうだよなあ、寝る時以外はずっとうちのクラスって…何か変な気がするけどな」

何だか斎藤と山崎の二人が、『だから千鶴の傍にずっといます』と暗に宣言したような…
そんな気がして、ここは協力とばかりに総司と平助が不満を漏らす。

「同じ班なのだから、俺は至極当然のことだと思うが」
「俺もそう思います。特に我々は雪村君の警護を任されたのですから」
「け、警護ですか!?」

一体何から??

困惑する千鶴が目をぱちくりさせて驚いていると…

「ほら、千鶴ちゃんだってそんなこと言われてびっくりしてるし。…むしろ、いない方がいいんじゃない?」
「そうだよ、そんな言い方…千鶴だって旅行楽しめないじゃん」

反論する総司と平助が、二人揃って同時にねえ、なあ?と千鶴の顔を覗きこむ。

「そ、そうですね…私が迷惑とかじゃなくて…せっかくの旅行なのに二人が警護するっていうのはちょっと…」
「「ほら」」

勝ち誇った様子で斎藤と山崎を見下ろす総司。見上げる平助。

「警護と言っても、ただ、千鶴の傍にいると言うだけだ。何があるかわからないからな」
「…雪村君。危険はいつもすぐ傍にあると認識してくれ」
「す、すぐ傍に…?私誰かに恨まれているんでしょうか」

物々しい言い方に、千鶴が思わずくしゃっと顔を崩して不安そうに瞳を揺らす。

「そんな訳ないだろ!千鶴が誰かに恨まれるなんて…絶対ない!ないから!」
「平助君…でも」
「そうそう。君のことが好きで好きで…構ってほしい人は多いと思うけどね?」
「そ、そんなこと…」

二人が顔を近づけたまま、そんなことを言うから…千鶴は自然に顔を赤らめて。
こんなことで照れて可愛いね、と総司の指が千鶴の髪に触れそうになった時、指に何かが命中して、思わず「い゛っ!?」と総司が声を漏らした。

「そうですね、好意を持つ者の方がある意味やっかいだと思います。」
「…牽制のつもりかな?ペン先が当たったから。普通にイラっとするんだけど」

一瞬のことで、千鶴の目の届く範囲ではなかったため、千鶴は何故そうなっているのかイマイチ理解出来ていない。
だけど何故か山崎のペンが転がっているのには気付いたのか、それを取りに行く。

「もう警護が必要のようですから。俺の目の届く範囲では何もさせませんよ」
「ふうん、ごめんね。無理だと思うよ。する気満々だから」

総司と山崎が静かに睨みあう中…

「一君、あれ、やりすぎだろ??いくら何でも…」
「総司に関してはやりすぎだということはないと思うが…千鶴」
「あ、はいっ」

総司にぶつかって落ちて転がっていたペンを拾っていた千鶴に、斎藤は声を一変させ、柔らかいものにした。

「千鶴をずっと監視する、ということではないんだ。ただ、おまえが安心して楽しく旅行を過ごせるように傍にいたい。迷惑か?」
「い、いえ…斎藤さんと山崎さんといて迷惑なんてことは…ただ、お二人が楽しめないんじゃないかと思って…」

だから、と顔を俯けて。
自分のことではなくて、斎藤と山崎のことを思慮してくれる、こういうところが――
斎藤は千鶴が拾い上げ、手にしているペンをゆっくり受け取りながら…

「土方先生に頼まれたから、というのもある。だが、それ以上に、俺自身が千鶴の傍で…その、…そう思ったからしているだけのことだ。
構わないか?」
「…斎藤さんがそうおっしゃってくださるのなら…ありがとうございます」

二人を包むほのぼのとした空気。
それを呆れた様に傍観しているのは…

「…何だよ、一君が何だかんだ言って一番…でも総司みたいな計算じゃないんだよなあ…」

むしろ一君が警護なんて逆効果なんじゃ…と平助が心の中で呟いた頃。
全く平助と同じことを考えた総司さん。

「ちょっと!よく人のことが言えたもんだよね。千鶴ちゃん、もう付き合うことないよ、行こう。そろそろ時間だし、並ばないとね」

千鶴の荷物をひょい、と軽々抱えた。
荷物さえ抱えれば、千鶴は絶対にその傍に来るのだから。

「雪村君は俺と、斎藤さんと一緒に座ることになっていますが」
「はあ?そんなの聞いてない。というか、警護が警護になってないと思うよ。違うかな」
「・・・・・・それは・・・・」

口ごもる山崎に、斎藤だけが何故だ?と首を傾げている。

「ちょっと山崎君!ダ~メだよダメ!!千鶴はオレの横に座るって決めたんだからな!そうだよな、総司!」
「?・・・・・あ~・・・・(土方さんの車の中の話か…ま、いいや。ど~せ…)そうだね、平助の隣だったね」
「そ、そうだったの?」

取り敢えず、千鶴の荷物を抱えたままの総司の許へ千鶴が駆け寄ろうとすれば、自動的に斎藤も付いてくる訳で。

「沖田さん、あのっ荷物…」
「…あのさ、千鶴ちゃんはどっちがいいの?どっちと座りたい?」
「え?」

総司から受け取ろうと手を伸ばしたバッグはちっとも渡す気がないのか、千鶴の手には戻りそうにない。

「千鶴ちゃんの気持ちが大事だと思うんだよね…僕らに流されてばかりだと千鶴ちゃんだって楽しめないと思うし」
「そうだよな…総司、たまにはいいこと言うじゃん」

うんうん、と頷きあって…自分たちの方に来ることを疑わない二人。

「…この状況で雪村君に判断をゆだねるのは…俺はどうかと思いますが」
「土方先生が決められたことには、意味があると思う。だが…千鶴の意にも添いたいと俺は思っている。千鶴、・・どうする?」

『先生が決めた』ということを前面に押し出すけど、本当はすごく一緒に座りたい二人。

「ええと、椅子を回転させればいいんじゃ…?」
「「「「それは無理(だよ・だな・です)」」」」


沖田さんと平助君。斎藤さんと山崎さん。どちらと一緒に…??

沖田さんと、平助君と一緒に…

斎藤さんと、山崎さんと一緒に…




































沖田さんと、平助君と一緒に…

「ち~づるちゃん」
「沖田さんご機嫌ですね」
「そりゃね、君がちゃんと僕の傍を選んだから・・・いい子だね」

今は新幹線車内。
薄桜学園一同はひとまず京都へ向かっている。
満足そうな表情を湛えながらバッグを何やらゴソゴソする総司とは反対に、何やら納得いかない!とばかりに頬を膨らます平助。

「…平助君はどうしたの?何かあったの?」
「…いや、別に…何でもねー」
「そうそう、平助は放っておいて…「いや、総司は気にしろって!何だよ結局総司も千鶴の横…これなら譲るんじゃなかったって…

ごにょごにょ不服そうにしながら、千鶴越しに総司に文句を言う平助。
平助が報われないのは、総司がそれをまるで気にしていないことだろう…

「平助君、窓際がよかったの?」
「いや、オレそんなんで拗ねねえから!…そう見えるのか?」
「「うん」」

まさか千鶴にまで肯定されるとは思わなかったのか、平助はちょっと、いや、かなりへこんで。
くっ!この旅行で千鶴にもっと大人っぽくてかっこいいところ見せてやる!と誓ったのだった。

「千鶴ちゃん、手を出して」
「え?手?」

総司に言われるまま、千鶴が両手を前に出すと、千鶴の頭上からパラパラパラと小さいかわいいお菓子がたくさん降ってきた。

「…お菓子?これ、全部専門店とかのじゃないんですか?」
「うん?そんなのいいから…あげる」
「これ全部ですか?で、でも…」

かわいく個包装されたキャンディーやらマカロンやらチョコやら…ぱっと見ただけでも少し、高そうな気がするのに…
いいのだろうか?
千鶴が遠慮がちに総司に顔を向ければ、総司は、ん?ととぼけた顔にすぐ、笑を浮かべた。

「いいの。それで…一番美味しかったの、教えてね」
「沖田さんも甘いもの好きですよね?召し上がらないんですか?」
「う~ん…千鶴ちゃんが…これが一番って言うのを知りたいんだよね。そしたら…」

一端言葉を区切って、少し目線をずらした後、再び合わさった目は・・何か考えているように細められた。
平助に聞かれないようにか、耳元で小さい声で聶かれる。

「そのお店に連れて行く。二人で…行こうね?」

・・・すっと差し出された小指に、千鶴が笑顔で同じように小指を絡めようとした時。

「千鶴、オレにもそれ頂戴」
「えっあ、…「駄目だよ、僕が千鶴ちゃんにせっかく用意したのに」
「オレ何だか小腹空いてさ・・・頼むから!」
「・・・・・そのうち弁当が配られるんでしょ?我慢しなよ」
「いいじゃんか!!ケチだな!さっきの悪いと思うならそれオレにも…「全く悪いって思ってないから、遠慮してね」

千鶴を挟んで言い争い。
その声は決して小さくはない。というか、平助の声はどちらかと言うと…前方に座る土方の耳に軽く届いて苛々させるくらい大きい。

「食べらんねえと思ったら余計腹減ったあ!!!」
「うるせえっ!!平助!!てめえは落ち着きない小学生かよ。ちっとは静かにしろ」

しょ、小学生っ!?
さっき、かっこいいところ見せるって誓ったばかりなのに…
ガーンと、またしても落ち込む平助を、大丈夫?何かないか・・とバッグを探そうとする千鶴の小指に違和感。

その変化に、そっと総司の方へ振り向けば、目配せだけされて総司は窓の外の景色へ目を逸らした。

「おい、千鶴。総司にいちいち餌付けされて無理すんなよ?もうすぐ弁当配られるし…お前入りきらないだろ。何かあったらすぐ俺のところへ来い、いいな?」
「は、はいっ」
「平助、総司。あんまり騒ぐなよ」
「へ~い…」「はいはい」

ふぅっと軽く息をついた後、自分の席に戻る土方。
その背中を見えなくなるまで見つめた後、千鶴は自分の右手に目を向けた。

こっそり、二人の視界の外で繋れた小指。
どうしたものか、と千鶴がピクっとその小指を動かせば、少しだけ込められた力と共に笑顔一つを添えつけて。

「約束。取り付~けた」

ね、と確かめられるように問われて、無意識に頷いてしまった千鶴の口に。
甘い約束を証付けるように、甘いチョコが入れられた。








続く




































斎藤さんと山崎さんと一緒に…

「あの二人にも困ったものだな」
「そうですね、俺的にはもう一人、困った人がいるような気がしますが」
「…誰のことだ」

今は新幹線車内。
薄桜学園一同はひとまず京都へ向かっている。

いえ、何でもありません。と流す山崎に、斎藤が怪訝な表情を向けていた。

「山崎さんは…何か役を受け持っているんですか?」

新幹線の席で、何やら名簿らしきものを広げる山崎に、千鶴は邪魔にならない程度に覗きこんだ。

「これは…保健係だ。本当なら班の者だけチェックしていればいいんだが…」
「うちのクラスの者全員と、行動を一緒にすることになった土方先生のクラスと、全員分か?」
「ぜ、全員?」
「…こういう性質なんだ。気になって…」

名簿に何やら記号を書き込む山崎に千鶴が感心していると、そういえば、と斎藤が話しかけて来た。

「千鶴は…体調は問題ないか?その、寝不足など、何も…」
「あ、…寝不足はでも病気じゃないですし。元気いっぱいだから、大丈夫ですよ!」
「そうか、もし、何かあればすぐに…」
「・・言います。斎藤さんは、そればっかり・・ふふっ朝から何度も聞いてます。何だか薫が一緒にいるみたい」

千鶴の言葉に山崎の手と、斎藤の動きがぴたっと止まる。
薫と一緒。
それは、お兄さんのよう、ということだろうか?
何だかもやもやしたもので、千鶴の言葉なのに、あまり嬉しくない・・・

・・・斎藤さんも哀れな…
複雑な表情を浮かべている斎藤にちらっと目を向けた後、またペンを走らせる山崎。
けれど、千鶴の言葉には続きがあって…

「でも薫は家族だから、心配してくれるけど。斎藤さんはそうじゃないのに、同じくらい・・ううん、それ以上かな?気にかけてくれて・・
私なんかにそこまで・・本当に優しいですよね」

ありがとうございます。と、少し照れくさそうに小さくお辞儀する千鶴に、何故かいや、こちらこそ、と頭を下げる斎藤。
斎藤さんはかなり、照れているのです。

そんな二人の雰囲気をまともに受ける山崎には、目の前の仕事に没頭するしかなかった。
黙々と進めていると、不意に千鶴が振り向いて…

「山崎さん、手伝います。一人では大変でしょう?」
「いや、大丈夫だ。気にせずゆっくりしているといい。」

仕事が終われば、少しどころではなく、ここに居辛くなる気がした。

「千鶴、悪いが…山崎に渡されたしおりを見せてもらえるだろうか。少し確認しておきたいことが…
「あっはい。ちょっと待ってくださいね・・・・どうぞ」
「すまない」

千鶴からしおりを受け取って、京都についてからのことをチェックしていく斎藤に付き合うように、千鶴も一緒にしおりを見て。
いつの間にか、しおりを見ながら奈良に移動した後の話で盛り上がっているようだった。

暫く二人で談笑をしていた様だったのに、山崎がようやく名簿に記入を終えて、一息つく頃、何故か隣はシン…としていて。
大体予想は出来たものの、こっそり視線を送れば、寝不足だと言っていた千鶴の穏やかな寝顔。
時々へにゃっと幸せそうに笑っている寝顔を見ていると、何故か勝手に顔が赤くなるのは仕方ない。

そんな山崎以上に赤くなっている男が一人。

「・・斎藤さん、顔が赤いですよ」
「そうか」
「沖田さん達が来ないことを祈りましょう」
「そうか」
「警護、も大変ですね、こうも安心しきられるのも…」
「そうか」

・・・何を言っても返事は変わらず。
まあ、当然なのかもしれない。
反対の立場なら、そうなっていたような気もしないでもない。


「おいっそろそろ弁当の配布を…って…」
「俺が手伝います」
「…おお頼む山崎…にしても…斎藤、役得だな」

珍しく自然に優しい表情を向ける土方のその言葉に、斎藤は余計赤くなることしかできなかった。

眠りこんだ千鶴の枕は斎藤の肩。
ふわふわと柔らかい髪が、頬や耳をくすぐって。
すーっと時折聞こえる寝息がかわいくて。
五感全部を千鶴がもたれた部分が攫っていく、そんな感じで。

動けない。
動いて起こすのも嫌だ。
寝かせて、あげたい。
そのままでいてほしい。

そんな気持ちを自覚すればするほど。
膝の上に置かれた手は、何故か汗をかいていて。

「・・・へにゃっと笑いやがって、どんな夢見てんだかな・・・」
「寝顔でも、瘉してくれますね、雪村君は…」

土方と山崎がそんなことを言って、この場を離れていく。

・・・寝顔・・・・

斎藤からは、千鶴の寝顔は全く見えない。
けれど、あの二人が微笑んでしまうような寝顔・・・・・

少しだけ、顔を動かすもやっぱり見る事はかなわず。
それなら―――




「斎藤さん、お弁当です。雪村君をそろそろ起こしま・・・・」
「まだ、大丈夫だろう?もう少しだけ・・・」
「そうしましょうか」

何も言わずに、山崎の口元が一瞬だけ緩められた気がした。
眠っている千鶴の顔にいつのまにかかけられていたハンカチ。

「やっぱり、困った人がもう一人、いるような気がします」

山崎の言葉に、今度は心当たりがあったのか、斎藤は気まずそうに窓の外を眺めたのだった。









続く