Everything ties




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「よし、この時間なら…千鶴ちゃん一人の筈…」

千鶴の家に向かう総司の足取りは軽いなんてものじゃない。
これから旅行。一週間ずっと一緒。
鼻歌すら自然に出てきそうな上機嫌の朝。

いつもの日常も好きだけど。
からかって真っ赤になる千鶴も好きだけど。
だけど恋事にももう少し反応して欲しい。
そろそろ…本気を出そうかな…

そんなことを考えていればあっという間に愛しい千鶴の家の前。

雪村家のインターフォンをためらいなく、押した。
そこには千鶴が…出迎えてくれる筈だった。が・・・・・

「沖田さん、おはようございます…?斎藤さんのお迎えですか?」
「おはよう千鶴ちゃん。嫌だな斎藤君はとっくに行っているんじゃないかな…僕は君の迎えに来たんだけど」

荷物も大変だろうし、一緒に行こう。
持ってあげるよ。と微笑み崩さない総司に、千鶴はきょとんと首をかしげて。

「ええっと…一緒に行く約束してました?」
「うん(本当はしてないけど)」

もし約束を取り付けていたなら、きっと平助や斎藤が二人で行かす訳には…などと言い出して。
二人で行くことなんて無理だっただろう。

だから、昨日、斎藤の時計を早めておいた。
斎藤は・・・いつも時間のチェックは携帯よりも腕時計で確認している。
それを利用して…1時間早く進めた。
斎藤のことだから、千鶴に迷惑をかけるわけには〜などと言い出して、自分や平助を起こす筈。

…僕はまあいいとして、平助はまず、斎藤のコールでは起きない。
早めにセットしたのは、そんな平助を迎えに行った斎藤が、そのまま有無を言わさずに早めに平助と二人で集合場所へ行けば…
規定通りの時間に千鶴と総司が二人でゆっくり行ける…そう思ったから。
(遅くしようかと思ったけど、それはさすがに可哀想だしね)

だった筈・・・なのに・・・・・・・・

「そ、そうでしたか!?すみません・・私忘れていて・・・」
「いいよ。大丈夫。一緒に行けばいいだけだし・・・少し早かった?まだ準備出来てないかな?」
「いえ、そうじゃなくて…実は今日・・・」

千鶴が何かを言いかけた時、総司は千鶴の背後に信じられないものを見た。

・・・・・・・・・・・頭が働かない。・・・!?これ、どういうこと・・・・・????

総司の考え通りなら、もう平助ととっくに出立している筈の斎藤が…
何故か千鶴の後ろから顔を覗かせていたのである。

「総司、人の時計をいじったのはおまえだな・・・どういうことか説明してもらおう」
「・・・・・・・・・・僕の方こそ、説明してほしいんだけど・・・斎藤君は何でここにいるのかな?」

無表情な斎藤。微笑んでいる沖田。
だけど、その心の内はお互いものすごく黒いものが渦巻いている・・・
白い心の千鶴は・・・気付く筈もなく、平和にのんびり、口を挟んだ。

「あ、斎藤さんは今、平助君待っているんです・・準備がなかなか・・・終わらないみたいで」
「・・・なんで千鶴ちゃんの家で?外で待ってればいいじゃない」
「あ、薫が入れって怒ったんです・・ずっと二人で話すと噂が立つって・・・あまり問題じゃないと思うんですけど」
「千鶴が問題じゃないと言うなら・・・俺も・・」

怒っていた空気はどこへ行ったのか、優しく千鶴を見つめる斎藤に、総司はヒクっと口をひきつらせた。

「「あるから、問題大アリだから!!」」

二人の言葉に、ツッコんだ総司の言葉に被せるように、薫の言葉も被さって。

「沖田まで来たの。もういいだろう?さっさと行ってくれない?邪魔なんだよね。朝からわらわらと…」
「あのね、僕は別に斎藤君と一緒に行く予定じゃなくて、千鶴ちゃんと行く約束をしてたんだよ・・・ていうか何?君がいてどうして斎藤君家に入れてるの?」
「あのさあ…朝から、二人でずっと外で話すのを放っておけって言うの?千鶴が斎藤と噂になるのなんて冗談じゃない」

千鶴はどうせ、一人だけ家に入れ、と言っても聞かない。
そういう頑固なところがあるのだ。
それは総司もわかったのか、それでもブツブツと愚痴をこぼす。

「それは僕も同じだけど、そもそも何で千鶴ちゃんまで外に・・・」

もっと妹をしっかり見ておけよ。と言わんばかりの文句ありありな視線を薫に向けて。
薫はおまえが言うな、とばかりの視線を返す。

ようやく口撃が止まって、斎藤は総司の言葉で、時計のことより気になったことを訝し気に尋ねた。

「総司、千鶴と行く約束をしていた、というのは本当か?(油断ならないな)…だが、千鶴は土方先生と行かれるのだろう?」

・・・・・・・・・今、すごい言葉を聞いたような気が・・・・・

総司が一瞬言葉に詰まり、千鶴に問うように視線を向けると・・・

「あ、土方先生が送ってくださるって言ってくださったので、つい、お願いして・・沖田さん・・あ、あのそれなら先生に連絡して・・沖田さんと一緒に・・」
「千鶴。総司のいうことをまともに受けては駄目だ。・・・千鶴が約束を忘れるなど・・・あまり考えられない。時計の細工と何か関係があるではないか?」
「時計の細工?何の事?・・・大体、そうだとしても・・斎藤君は千鶴ちゃんといい思いしたみたいだし?感謝してほしいくらいだよ」

バチバチっと視線がぶつかって、一触即発な雰囲気が広がる――

「か、薫・・・何だか・・・二人とも怒っているみたい」
「放っておけば。・・というか早く出てってくれないかな・・もうそろそろ来るんじゃないの?」
「え、もうそんな時間・・「千鶴〜待たせてごめん!」

寝癖をぴょこんと一つ、つけたまま、平助が慌てて飛び込んできて。
玄関の密度の高さに薫はうんざりしていて。
だけど、平助の朗らかぶりは、その場の空気を少しだけ和やかに・・・・

「遅い。平助・・大体、こういう時さえも人に頼らないと起きれないのか・・・旅行中、くれぐれも集団行動を乱すな。」
「・・・お、おう・・悪ぃ一君」
「・・・平助・・・君がちゃんと起きてれば・・・今頃はさ・・・・」
「そ、総司っ!く、苦しいって!!お、起きる!明日からは絶対起きるから!」

・・・和やかにはならなかったけど。

「・・・ごほっ!・・・あ、そういや千鶴!土方先生がちょうど迎えに来てたぞ!約束してたんだってな〜」
「あ、うん。・・・でも・・・」

ちらっと総司に目を向ける千鶴。
約束したのを破るわけには・・・と思っているのだけど(しつこいけど、本当は約束してない)

「千鶴ばっかりずりぃ〜!オレも乗せて!じゃないと遅刻するかも〜って言ったら・・・オレも乗せてくれるって」(平助が騒いでうるさかったから。渋々です)
「そ、そうなの?」
「お〜一君もいるって言ったら・・もういいから乗れってさ、急ごうぜ」
「でも沖田さんが・・・」

そんな千鶴の態度に、総司はにこっと微笑み一つ。
千鶴の荷物をひょいっと取り上げると、千鶴ちゃん行こうと口にする。

「総司待て。土方先生がせっかく迎えに来てくださっているのに・・」
「総司も乗れるんじゃね?頼めばいいじゃん」
「・・・・・とにかく、行くよ千鶴ちゃん。先生が待ってるみたいだし(すっごく微笑んで)」
「はいっ・・えっと、じゃあ薫、行ってきます!」
「・・・出発から心配になるようなことばかりだね・・・せいぜい気をつけて」

溜息まじりに漸く4人がいなくなれば・・・静かになる家の中。
けれど、やはり旅行を認めるんじゃなかったと・・・薫は頭を抱えていたそうな。



「土方さん、おはようございます…抜け駆けですか?いい度胸ですね〜先生のくせに生徒に手を出して・・・殺っちゃいますよ?」
「・・・おまえまでいたのか・・・別に抜け駆けとかじゃねえよ」
「これを抜け駆けと呼ばずに、どう理由付けるつもりですか?」
「とか言いながら、ちゃっかり乗ってんじゃねえよ!誰もいいとは言ってねえぞ・・ってこら!千鶴が助手席だろうが!」

外へ出るなり、先ほどの微笑みはどこへやら。土方を睨む総司の目。
総司を見つけた、嫌そうな土方の目。
とっても対照的なようで、似たような表情。

これが世が世なら…刀でも交えていたかもしれない感じだった。

そしてブツブツ言いながらも、千鶴を後方の席に先に座らす総司に、土方は慌てて千鶴に前へ!と言うものの・・・

「いえ、三人乗るなら私が後ろじゃないと・・・気にしないでください。土方先生迎えに来てくださってありがとうございます」

千鶴にこう言われると…前に!とはあまり強く言えなくなる。
千鶴を助手席に乗せて・・・のんびり行こうと思っていた土方はわかりやすく肩を落として。
それでちゃっかり千鶴の横に座ろうとした総司に、腹立たしさを増長させて「前に来い」と告げた。

「・・・何で僕が・・・嫌ですよ」
「俺だって嫌に決まってんだろうが!車に乗るなら大人しく言うことを聞け。てめえが一番図体でかいだろう!?」
「・・・・・・え、斎藤君前がいいって?そう、じゃあ前どうぞ」
「俺は千鶴の横でいい。そう図体は大きくないのでな。千鶴、荷物はトランクに入れる。それはいいのか?」
「あ、これは・・手持ちで持っておこうと・・・」

横でいい。じゃなくて、横が、いいの間違いでしょう・・・とチっと舌打ちしながらちらっと横を見れば・・・
嬉しそうにもう一つの千鶴の横に入ろうとする平助の姿が・・・

「平助、前がいいんでしょう?どうぞ。譲ってあげるよ」
「はあっ!?別に俺は前じゃなくて千鶴の横が・・・」
「(・・・今、前に乗ってくれたら・・・新幹線の時、千鶴ちゃんの横、譲ってあげるから)」
「・・・・・・絶対だな?」
「うん。僕が嘘を吐くと思う?」

思う。と頷く前に、はいはい、座ってと押し流されて。
結局千鶴は総司と斎藤に挟まれて真中に。

眉間の皺をより一層深くする土方さん。
まあ、今始まったばかりだし!と気分を新たにする平助。
狭い車内を利用して、カーブの時にわざと千鶴に身をもたれて幸せそうな総司。
それを押し返しながらも、密着する千鶴との距離に顔を赤らめる斎藤。
そんな4人の気持ちなど意に介さず、ひたすらワクワクする千鶴。



さあ、東京駅。まずは京都まで新幹線です!!







続く