Everything ties



本編開始!





「ふぁ…」

昨夜、ドキドキして緊張していたせいか、なかなか寝付けなかった。
けれど寝坊することなく、時計をセットしていた時間よりも早く目が覚めてしまったことで、自分が思っている以上に心が浮き立っていることを感じて。
う~ん、と体を伸ばした後、千鶴はきっと寝ているであろう薫を起こさないように身支度を始めようした。
音をたてないようにそっとドアを開ければ…何故かコーヒーの香りが漂ってくる…

「・・・・な、何で起きてるの」

1階に下りて、ダイニングを覗けば…薫が何事もなかったかのようにコーヒーを飲んでいる。
ちなみに今の時間は午前4時30分…

「別に…目が覚めただけだよ。今日からうるさい連中がまとめて旅行に行くから・・ゆっくり出来るしね」

それなら寝ていればいいんじゃ?と思いつつ。
きっと口ではブツブツ言いながらも見送るために起きてくれたんだろうな…と千鶴は顔を緩ませた。

「…何やってんだよ。おまえはとろくさいんだから・・・にやにやしてないで早く支度すれば」
「あ、うんっ…と言っても荷物はまとめてるから・・・いつも通り身支度して待つだけなんだけど」
「待つだけ、ね・・・・東京駅に何時だったっけ?」
「7時半…早いよね…平助君大丈夫かな?」

言いながら洗面所に向かう千鶴の背に、そんなの放っておけば、と声がかかる。
水をザーっと出しながら、そんな訳には…と心の中で反論しつつ、顔を洗って。
すっきりした鏡に映った自分の顔を見ながら、後で起こしに行こうかな、と呟いて。

「千鶴、コーヒー飲むんだろ?朝食は?」
「うん、いるっ!あ…砂糖入れてね。ミルクも入れてね」
「・・・相変わらずお子様」

とか言いながら千鶴の朝食の支度をちゃっかり進める優しいお兄さんです。

「…ったく、タクシーで行けばいいのに」
「でも、送ってくれるって言ってくれたから…」

食事中、パンにバターを塗りながらブツブツ顔をしかめる薫。その原因は…

『お、千鶴…おまえ明日何で東京駅まで来るんだ?』
『あ・・・タクシーだと。バスとか電車は薫が止めた方がいいって…』
『ああ確かにな。おまえ行先間違えそうだしな』
『ひ、土方先生…』

昼休み、職員室に用のあった千鶴は土方に声をかけられてこんなことを言われていた。そして…

『タクシーなんか必要ねえよ。俺が明日は迎えに行ってやる』
『えっでもそんなこと…』
『気に済んな。おまえを放って待つ方が不安だしな』
『…よおよお土方さんよ…それ明らかに贔屓じゃねえか。いいのか?つうか、それなら俺もついでに…『お断りだ。遠回りになる』

すべなく断られて何でだよ!と騒ぐ新八に、左之がまあまあ、とその肩を慰めるように叩いた。

『住んでた場所が不運だったな、新八。諦めろ…ってことで土方さん、俺はいいよな?』
『てめえで来い!甘ったれんな!』

こんなやりとりがあったのである。

「この学校は教師の風紀まで乱れているよ…馬鹿ばっかりだ…」
「薫、厚意で言ってくれてるのに。…みんながいない間、頑張ってね」
「頑張る?何を。…俺のことなんて心配いらないよ。自分のことだけ考えれば」

ふいっと顔を逸らして、食べ終わった食器を手にキッチンに向かう。
ああいう時は照れている証拠だ。
くすっと笑を零しながら千鶴は最後のパンを口に入れた。
ふと時計に目を向ければ…・まだ5時半にもなっていない。

…ちょっと早く起きすぎたよね、やっぱり…どうしようかな?

食べ終わり、食器を片付けて2階に向かう足取りは軽い。
部屋で身支度を済ませて、うん、よし…とスタンドミラーの前でリボンをキュっと締めた。

・・・準備終わっちゃった…どうしようかな…
薫の部屋にでも行ったら…煙たがられそうだし。

う~んと考える千鶴の部屋はまだ、カーテンを閉めきったままで室内は薄暗い。
これから旅行に行くのだから、カーテンは閉めたままにしておこうか?

少し考えた後…まあ、行くまでに空気を入れ替えておこう。そう思って。
カーテンを開けて、部屋にほんのり朝日が差し込んで、目を和らげた千鶴は、自分の目を疑ったのである。


斎藤一は今、携帯電話片手に顔を曇らせていた。
理由は一つ。

毎度毎度この手の行事に遅刻しては迷惑をかける、平助と総司の二人。
放っておいて、痛い思いをして反省すればいい、と思うのだが悲しいかな、彼らは平気で事を繰り返す。
特に今回は…何かあった場合千鶴にも迷惑をかけることになる。
出だしから蹉かない様に…とわざわざ二人を起こす為に電話をかけたのだが…

『…起きてるよ~決まってるじゃない。千鶴ちゃんが一緒なのに遅刻する訳ないでしょう』

総司は不機嫌そうな寝起きの声。
どう考えても今、起きたのだろう。とは思うが起きたのならそれでいい。
そして問題は…

鳴らせども鳴らせども、出ない平助であって。
それなら直接…とも思ったのだが、こんな早朝にインターフォンを鳴らすのはどうか、と家の前で気が付いたりする。
一向にカーテンの開かない平助の部屋を、恨めしそうにじっと見ていたのだが…

「おはようございます、斎藤さん」
「っ千鶴…お、おはよう…」
「…どうしたんですか?ひょっとして平助君のお迎え?それにしては早い・・ですよね?」
「早い?もう6時半だろう?」

斎藤が自分の時計に目を向ければ、時計は間違いなく6時半を示している。
そんな斎藤の時計を覗き込むように、千鶴が頭を動かして。

「あ、この時計1時間早いですね…今は5時半ですよ?」
「・・・・・・5時半?」
「はい。平助君は…きっとまだ寝ているかと・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

何故、1時間も進んでいるのだろうか?と思案に更ければ。
そういえば総司が昨日…何やら時間を見せろと言っていじっていたような…

あいつの仕業か。

黙って、この場にいない総司にイライラと怒りを静かに募らせる斎藤に、思いもよらない声がかかった。

「斎藤さん、うちにあがります?」
「・・・・・千鶴の家に?」
「はい、朝はまだちょっと肌寒いし…うちにあがって…コーヒーでも如何ですか?」

薫が淹れたの美味しいですよ、とにこにこ微笑む千鶴に、思わず頷きそうになったのだが。

「い、いや…千鶴も準備があるだろう…俺には構わなくていい」
「いえ、準備は終わったので…お嫌でなければ」

嫌な筈なんてない。
だけど、朝から人の家にあがりこむ、ということが…どうしても…

「いや…平助を起こさなくてはならないし、その後は家に戻ることにする」
「でも、荷物をまた持って歩くなんて」
「平気だ。これくらい何てことはない・・・」

返事をしながら斎藤は何かを思い出したように、ゆっくり顔をあげた。
千鶴に向けた眼差しはとても柔らかい。

「千鶴には重いだろう。辛ければ俺が持とう」
「い、いえっ!自分の荷物は自分で…」
「…これから一週間、同じ班で行動するんだ。我慢されるよりは甘えてくれる方が助かる」

ふわっと微笑みながら、そうでないと困る、と言うように告げられて…千鶴は落ち着かない気分でその大きな目をキョロキョロさせた。

「え、ええっと…じゃあどうしても…持てない事情が出来たら…お願いします」
「持てない事情?」
「はい、たとえば怪我をして…持ちたくても無理になったりしたら…」
「・・・・・・そんなことにはならないだろう?」

斎藤の表情がきょとんとしたものに変わって。

「あの…「俺がついている。怪我などさせない」
「・・・・・・・・」

再び、微笑まれて。
二人の間に漂う、何とも言えない優しい空気に、少し訪れた沈黙に耐えきれず、千鶴が携帯を取り出して。

「へ、平助君。起こした方がいいんですよね!私がかけてみます」
「だが、一向に出る気配が…」

困ったように窓を仰ぐ斎藤の横で、千鶴がもう平助に電話をかけているのか、待機音が聞こえたのだが…それは一瞬で繋った。

「・・・あ、平助君?そろそろ起きて準備しないと…斎藤さんももう来てくれてるよ」
「うん、うん…大丈夫だよ…私はもう準備終わって…」

・・・何故、あれだけ鳴らしても出なかった、起きなかった平助がいとも簡単に電話に…?

まさか平助が千鶴からの着信だけ音を変えていて、すぐに反応しているからだということに斎藤が気付く筈もなく。
パタンと携帯を閉じた千鶴が、にこっと微笑みを向ける。

「起きましたよ、これできっと…多分大丈夫だと思うんですけど…」
「ああ、ありがとう。千鶴はもう家に戻れ、俺は大丈夫だから・・・」
「…戻っても、することないんです。だから…ここで一緒にいてもいいですか?迷惑じゃなかったら・・」
「…それなら、旅行の日程をもう一度確認しておこう。自由行動が多いからな」
「はいっ是非」


『早起きは三文の得』

三文どころではない得をした斎藤はこの後、薫が近所に変な噂が広がる!と怒って外に出て来るまで千鶴との時間を堪能出来たのでした。






続く