Everything ties




序章3




昨日とは打って変わってように、静まりかえった職員室。
中には睨みあったように動かない二人と、困ったように二人を見る千鶴の姿があった。

沈黙を破って、溜息を吐いたのは土方だった。

「・・・あのな、何と言われてももう決まった事項だ。雪村の親にだって了解は取ったんだからな」
「俺はしてません」
「・・・何でおまえの許可まで取らねえといけねえんだよ。この話は終いだ。もう帰・・「納得できないって言ってるんだよ」

教師への敬語を忘れて、苛つ薫の制服の袖を、千鶴は思わず引っ張った。
薫は顔は動かさずに、目だけを千鶴に向ける。
困惑したような視線。それに気遣えるような視線など、今は返せなかった。それどころではない。

「…千鶴、今日は先帰ってて」
「え・・でも・・・」
「そうしとけ。暗くなる前に帰れよ」

後は俺に任せて大丈夫だ、と言わんばかりに土方が千鶴が安心できるように柔らかい表情を浮かべる。
その雰囲気に、漸く千鶴は頷いて職員室を後にした。
教室へ向かいながら、でも、大丈夫かな…といろいろ考えては眉を八の字にしていたのだが…

不意にその眉尻を両方あげられて。
キャッ!?と短い悲鳴をあげながら顔をあげれば、至近距離に覗きこむ翡翠の瞳。

「千鶴ちゃん見〜っけ・・・あんなしょぼ〜っとした顔してたら、幸せ逃げちゃうよ?」
「沖田さん…そ、そんなにしょぼっとしてました?」
「うん。すごく。・・・でも今は怖い顔になってるかも」
「っ!?ゆ、指を離してください〜!!」

キュ〜っと眉尻をあげられて、釣り目になっているだろう自分の顔を想像して、慌てて千鶴が総司の指を離そうと掴むと…

「あ、手を繋ぎたかったの?気が付かなくてごめんね」

嬉しそうに何故か両方の手を握られた。

「そそそうじゃなくって!!あの、手、手…」
「ああ、このままだと歩けないか。いいよ、僕このまま後退するから。手を離さないで行こうね」
「ち、違っ…」

千鶴の言うことなど無視して、そのまま向かい合って両手を繋いだまま、何故か教室に向かう総司だったが…

「馬鹿かおまえは。総司はともかく、千鶴まで変な目で見られるだろう」
「っとにさあ…総司は好き勝手するよな。千鶴、付き合うことないんだぞ?」

言葉と共に、バシっと総司の頭に竹刀が振り落とされた。
見事な音だったので、遠慮なく振り落とされたような…

「・・・竹刀はひどくない?どこから持ってきたのかな斎藤君」
「こんなものどこにでもある」
「いや、ないんじゃね?…ほら、総司、千鶴の手を離せって!困ってるだろ?」

二人の登場時から、こうなるとわかっていたのか、総司の手はぎゅうっと強く握られていたのだけど。

「千鶴ちゃん困る?」
「・・・え〜と・・・少し・・・」
「ほら、千鶴は優しいのに…少しでも困ってるってことはさ、すごく困ってんだよ」
「え〜でも、僕は千鶴ちゃんの困った顔も好きだからな。どうしようかな」
「・・・いずれ愛想を尽かされるな」

斎藤の冷たい視線を受けて、総司は黙って微笑みを返す。
握られた手は離されたけど、すぐに横に来て片手が繋ぎ直された。

「愛想尽かされる前に、振り向いてもらう努力をするからいいよ」

挑発的な言葉と態度に、斎藤の周りがピシっと音をたてそうな勢いで空気が変わる。
あ〜あ、また始まったよ…と平助は二人の間の空気を切るように手を振って。

「こんなことするんじゃなくて、旅行の話だろ?」
「・・・そうだな」「ああ、そうだっけ」
「旅行の話?」

ようやく本題に戻ったらしい三人に、千鶴は問い返しながら職員室に残っている薫を思い出していた。
薫が残っているのは、千鶴を今年の修学旅行に連れて行くのが反対だからだった。

「・・・千鶴、何か不安でもあるのか?」

千鶴の浮かない顔に斎藤が心配そうに顔を覗き込んできた。
きっと喜ぶであろうと思ったことだったが、余計な世話だったのだろうか。と自分のしたことを振り返りながら。

「いえ、私は…昨日電話で教えてもらって…すごく、すごく嬉しかったんです。斎藤さん旅行の時はお願いします」
「ああ」

ほっとしたような斎藤の安堵の表情に、微笑みを返すと、千鶴は総司と平助にも同じようにお願いします。と頭を下げた。

「あれでしょ?どうせ薫がブツブツ言ってるんでしょ?」
「沖田さんよくご存じで・・」
「わかるよ。考えることが単純だもん」
「千鶴一辺倒だしな、あいつ…」
「・・・そういえば、昼の委員会の時も俺は認めないとか言っていたな」

皆が納得。というように頷く中、千鶴は苦笑いを浮かべた。

「・・薫が反対するのもわかるんです。私ドジだし、抜けてるし、一人だと何もできないっていうか…」
「それ、薫の受け売りでしょ?そんなこと・・・少しはあるけど」
「総司、フォローになってねえし」

平助がドンっと総司の脇腹を肘でつくと、総司は軽く笑顔で倍返ししながら(平助君倒れちゃいました)、でもね、と続けて千鶴に言いたかったことを…

「でも、千鶴はそこがかわいい。それに出来ないことに努力する才能は人一倍だ。俺は十分だと思う」

斎藤が先に言ってしまい、千鶴が照れてる事態に総司の苛々度が傍目にも上がっているのがわかり、平助は慌てて話題を変えた。

「しゅ、修学旅行!奈良と京都!自由行動多いからさ、どこ行くか決めようって話だったよな!?」
「自由行動は班行動ですよね?・・あ、私はそういえばどこの班なんだろう?まだしおり見てなくて…」

そういえば、クラスもどこと一緒なのだろう?
今日帰ったらゆっくり見てみようと千鶴がぼんやり考えていると…

「千鶴ちゃんは僕と同じ班だよ。新幹線も、バスも・・自由行動も、部屋も全部一緒だよ。嬉しい?」

にこにこと、満面の笑顔でそう言われ、千鶴も仲のいい沖田がずっと一緒だということで思わず頷きかけたのだが・・

「千鶴、頷いちゃダメだ。気付けよ。部屋が一緒はおかしいだろ」
「・・・あっそうか」
「・・・平助、余計なことしないでくれる」
「更に、おまえだけではない。班が同じなのは俺と、平助と、山崎もだろう」
「えっ!?斎藤さんと山崎さんはクラスが別なんじゃ…」

クラスが別なのに…班が同じなことなんてあるのだろうか。
千鶴が首を傾げていると・・・

「千鶴の知らないやつが班にいてもなあってことでさ」
「というか、僕一人でいいのに・・・鬼教師がうるさくてさ・・・」
「おまえが一番危険だろう。俺と山崎はおまえの目付でもある・・・ということだ」
「そうなんですか・・・でも・・・」

あまり考えていなかったけど、自分の知らないところで、みんなが自分のことを考えてくれて。
誰ひとり嫌な顔をしないで、優しく手を差し伸べてくれる・・

「どんな理由でも、皆さんとずっと一緒で嬉しいです・・・楽しみです」

嬉しくて、嬉しくて、感情が溢れそうだった。
それがそのまま表情に出た千鶴を見た三人は、暫し停止状態。

「・・・・・あの?」

ぽ〜とその表情に素直に見とれるもの。
珍しくその頬を染めて、やられたって顔をしているもの。
正視できなくなりぱっと顔を背けたもの。

各々の反応をしていた三人は、千鶴の声でぱっと動きだした。

「い、いやっ・・・じ、自由行動はさ〜美味しいもんいっぱい食べたいよな!千鶴は何がいいっ!?」
「私は何でも・・・」
「僕はさ、千鶴ちゃんに舞妓さんの格好させたいんだよね。どう?」
「ま、舞妓さん!?・・でもそれだと皆さんが退屈なんじゃ・・・」
「そんなことはない。・・・俺はゆっくり寺院も見て回りたい」
「そうですね。せっかくだからたくさん回りたいですね」


結局、この後自由行動について残って話した後、暗くはなってしまったけど。
帰りは当然の流れのように、三人が送ってくれた。


「ただいま」
「おかえり薫・・・不機嫌だね」

土方が折れる筈もなく。結局千鶴が行くことは決まったのだろう。
いくら千鶴でも、むすっとした表情と、陰鬱な声で聞かなくてもわかった。

「・・・私、大丈夫だよ。ちゃんと迷惑かけないようにするから」
「別に、あいつらに迷惑かけようと知ったことじゃないよ。むしろ迷惑かけた方が喜ぶような連中ばかりだし」
「迷惑かけて喜ぶ人なんていないよ」
「・・・・おまえがそんなだから・・・・」

千鶴を一瞥するその表情は、怒ってはいるけれど・・・怒っている、というよりむしろ・・・

「ねえ、薫・・・・」

「・・・・・・・・・」







































「ねえ、薫・・・・」

言いかけた千鶴の声を遮るように、チャララ〜チャララ〜♪と携帯の音が鳴る。

「出れば。どうせあいつらの内の誰かだろ?相変わらず暇だな…」
「これはメールだから大丈夫。・・・薫も一緒に行きたかったの?」
「はあっ!?」

何を馬鹿なことを言ってるの、おまえ。とそんな気持ちを隠しもしないで変な顔を浮かべる薫に、珍しいと千鶴は見入って、笑った。

「何が可笑しいんだよ、可笑しいのはおまえだろ。変なことばかり言いだしてさ・・・」
「だって、さみしそうに見えたから・・・薫も一緒に行けるんじゃないかな?一緒に行くのは問題ないんじゃない?」
「問題大ありだよ・・・そんなこともわからないの?千鶴・・・」

はあ、と呆れたように溜息をついた後、さっきの表情以上に珍しい顔。優しく仕方ないな、と兄の表情になった。

「行ってくれば。たまには離れて、俺のありがたさを知るといいよ」
「…薫こそ、私がいるありがたさを知るといいよ」
「・・・・・・・・・もう知ってるけどね」
「?今、何て言ったの?」
「何でもない。それよりメール見たら?」

そのままダイニングに向かう薫を追いかけながら、千鶴は携帯を開くと・・・

『千鶴、修学旅行のしおり見た?足りないものあったら、オレと週末買いに行こうっ!!』
『旅行楽しみだね、この時間もずっと一緒にいれると思うと待ち遠しいけど、その前に準備だよね。
僕も買いたいものあるから・・・ついでに甘いものでも食べて、映画でも見よう。週末、よろしくね』
『今日は計画を立てる筈が何も決まらなかったな。どうも自分たちの意見を千鶴に押し付けている気がする。
千鶴が行きたいところを優先するつもりだ。希望を言いにくければ、メールででも伝えてくれればいい。
準備も、わからないところがあれば聞いてくれ。足りないものがあればいつでも付き合う』

「平助君と、沖田さんと、斎藤さんからメールだ・・・すごい、ほぼ同時・・・」
「思考回路が一緒なんだよ。どうせ内容だって同じだろ」
「・・・うん、そうかも」
「千鶴、沖田には気をつけろよ。構うとロクなことにならないからな」
「・・・沖田さんは、優しいよ?」
「・・・おまえに言わすと、みんな善人になっちゃうよ」

そうかな?と、ふふっと笑う千鶴に、千鶴、ご飯はと問う薫はいつも通り。

着々と、修学旅行に進む時間。
楽しみな時間を過ごせますように――





続く





















































「・・・・・・・・・」

そんなだから・・・何?何だろう…
考えてもわからない。
薫も別に言おうとしている訳ではないようで、そのままダイニングに向かってしまう。

でも、ちらっと見せた顔は怒っている、というよりむしろ、さみしそうだった。

さみしい?
いつも、仕方ない。好きで傍にいるんじゃない。そんな感じだけど…
何だかんだと目をかけてくれるのは…
何だかんだと、私に甘いのは…

「薫」

冷蔵庫を開けて、水を手にした薫に千鶴は何と声をかけようか、一瞬迷った。
考えず、そのまま、口をついた言葉は…

「私、行かない」
「どこに」
「修学旅行」

ゴンッ!!

鈍い音が響く。
薫が持っていたペットボトルを落としたからだ。
そんなことするなんて珍しい。

慌てて、千鶴が呆気にとられている薫の足元に広がる水を拭き取ろうとすれば、馬鹿じゃないの、と震えた声が耳に届いた。

「俺に気を遣ってるの、千鶴。行きたいくせに・・・聞いたよ?おまえが一緒に行きたいって言ったんだろう?」
「それは…一緒に行きたい?って聞かれて・・・楽しそうって思ったけど」

零れた水、小さな水たまりをぼんやり見ているだけなのは、薫が千鶴の手を掴んでいたからだった。

「でも、薫も一緒がいいかな。兄妹だもん。同じ学校、学年で、離れて行くの・・変だよね」
「俺と行ったら、あいつらとは行けないんだよ。俺を憐れんでいるの、おまえが…そんなの、お断りだよ」

でも手は掴んだままで。
怒っているなら、部屋に戻ればいいのにしない。
ちょっとずつわかってきた、天邪鬼な薫。

「憐れむとかじゃなくて、薫と行きたいの。無理して今年行くことないと思うから」
「千鶴は…あいつらの中で好きなやつとか・・・いないのか?」

手が緩む。零した水を拭き取ろうと薫の手が動く。

「好き、とか・・・まだよくわからない。一緒にいて楽しいけど・・・そういうのって・・そのうちわかるのかな」
「・・さあね・・・千鶴は愚鈍だから、わからないんじゃない」
「・・・ひどい」

先に拭こうとした千鶴より早く、薫は手際よく拭いた。
水たまりがなくなると同時に、薫の表情も何故か、柔らかい。

「仕方ないから、それまでおまえの子守り、してあげるよ」
「子守りって・・・・・・そんな年じゃない!」
「似たようなものだろう?」


ふんっと鼻で笑うような薫の目は優しい。
いつもより、穏やかに思うのはきっと気のせいじゃない。
そんなやり取りが変わらない関係を約束してくれるようで。

今はもう少し、このままで変わりない日常を続けていたい――






END






「ちょっと待って何これ。千鶴ちゃん修学旅行来ずに終わり!?」
「千鶴は優しいから・・・ああでもオレ一緒に行きたかったな・・・」
「どちらも…お互いを放っておけないのだな。・・・千鶴らしい、と思う・・・」
「無理しちゃって・・・斎藤君、ものすごく落ち込んでるよ」
「わかりやすいよな」


ということで、another ED1番です。
薫EDです…こんな感じでうっかり違う人とのEDがあると思うので…
沖田さん斎藤さん大好きなお方は迷わないように気をつけてください^^;

旅行中は強制的に旅行終了とかになりますので。
最後までじっくり見られるのはやっぱり沖千斎千です。