Everything ties




25





沖田さんルート

斎藤さんルート

































沖田さんルート


一生懸命小走りで、軽く肩を上下させながら駆け寄ってくる千鶴に。
いつも通りの自分で、とばかりに腕を広げた。
広げられて、おいでと言わんばかりに開いた胸を目にして、千鶴が走るテンポを緩めて困ったように笑顔を見せる。

腕の中に納まることのないまま、あの、と目の前で止まって視線を下ろして。
弾む息を軽く押さえ込んだ後、自分を見上げた目は照れている、というよりどこかホっとしたものだった。

「私、無神経なことをしてすみませんでした」
「…?無神経?どういう意味?」

予想外の言葉をかけられて、少し目を丸くした総司に、千鶴はぴょこっとそのポニーテールを揺らして頭を下げた。

「沖田さんを追い返したみたい…でしたよね。あの、私どうかしていたんです。一生懸命考えていたつもりなのに――」
「…知ってる。君はいい加減に言葉を吐くような子じゃないって」
「・・・・・・沖田さん――」

すごく考えて、考えて行動する子ってわかっていたから。
あの行動に傷ついたんだ――

でも、今彼女はこうして謝ってくれてる。それは――?

「何を考えてたの?一生懸命って…」
「え?そ、それは…そのっ……あの…自分でもよくわからなくて、どう言ったらいいのか…」

しどろもどろになりながら、目を泳がせて。
あっという間に顔が赤くなる千鶴に、どうしたって…口元が緩む。
これって、いいんだよね。期待するの、間違ってないよね?

まだ、手で顔を覆ったり、髪を落ち着き無く掴んだりする千鶴に、こんな時だからこそと聞いてみる。

「…千鶴ちゃん、僕のこと、嫌い?」
「っ嫌いなわけないです!嫌いじゃなくて…っ…あ…」

勢いあげた顔は、言葉を最後まで言わずに真っ赤になってその口を閉ざしてしまったけど。
嫌いじゃなくて、の続きは――?

聞きたい。
すごく聞きたいけど、今は周囲にうるさく耳を立ててるのがいる。
それに、千鶴自身も戸惑ったような表情をしてる。
自分の気持ちを持て余しているような、そんな様子――

…それでも、聞きたい、けど…焦るな。
焦ってる、でも…誘導じゃなくて、千鶴にちゃんと「沖田さんが好きなんだ」と、思って欲しい。

でも、彼女はきっと、僕を好きだ――

「・・・沖田さん?」
「ん?」

見上げられた瞬間、へにゃっとなった顔を引き締めて。
何?と小さく笑いながら首を傾ければ、今無理に答える必要はないよという意図が伝わったのか、千鶴もいえ、と笑顔を浮かべる。
悩んでいた午前が、至極馬鹿らしくなるくらい、晴れ晴れとした世界に包まれていく。

「ねえ、ちょっと寄り道しようよ。小腹空いた」
「寄り道?」

話が逸れたことに安堵したのか、千鶴の顔から力が抜けていく。

「うん、ちょこちょこよさそうな店あるし、いいよね〜?」

総司が聞き耳立てる3人に同意を求めると、別に構わないけど、という返事が返ってくる。

「朝から何も口にしてないんだよね、急にお腹空いてきた」
「そうなんですか?ちゃんと食べなきゃだめですよ」
「・・・君が言える立場…?誰の所為だと思ってるのさ…全く…」
「・・?」

とにかく、総司もいつもの調子に戻ったようで、それが何よりよかったと胸を撫で下ろして、無邪気ににこにこ笑顔を浮かべる千鶴に。
少しだけ仕返しとばかりに、頬を指ではねた。

「っひゃっ!?」
「甘いものが食べたいな〜」
「沖田さん、行動と言葉が全くかみ合ってないですよ。…甘いもの、いいですね」
「うん、いいね」

手を、繋いでしまおうかとも思った。
それでも、昨夜から距離を空けられていた二人の間が、いつも通りよりもほんの少し近くなっていて。
そんな変化に、それだけで嬉しくなっている自分に笑が漏れる。

・・・今はこれで――…まあ、そのうちすぐ足りなくなるだろうけど

銀閣寺手前の茶屋に入って、一和み。
やっぱり京都のは豆から違って美味しく感じる―とぱくぱく食べる総司。
斎藤はよくそんなに食べられるなと言いたげな視線を横から向けた後、時計に目を落とした。

「…銀閣寺を見る時間が、もうあまりないな」
「え、も、もうそんな時間ですか。すみません…っ」

斎藤の呟きに、千鶴がまだ残ってる豆かんを急いで頬張った。
その様子に、喉を詰めるぞと笑いながら斎藤がお茶を差し出す。

「いや、歩き詰めだと体力もすぐ奪われます。こういうのも予定に入れておくべきだったということですよ」

急いで食べることはないですよ、と山崎が声をかけてくれたので、千鶴はゆっくり味わうことにした。

「・・そうですね。もう行くところい行くところってそればかり考えてて…斎藤さんも山崎さんも一緒に決めたら完璧でしたね、きっと」
「ええ〜千鶴っオレと総司と、一生懸命決めたのにさ〜そんなん言うなよ」
「ふふっごめんね平助君」
「それにさ〜銀閣寺って別に銀色な訳じゃないんだろ?いいんじゃねえの?雰囲気を楽しむだけで」

言いながら、ペロっと最後のあんみつを口に入れて、食べ終えた平助に「間違ってはいないよね」と総司も頷いた。
斎藤や山崎が若干難色を示したが…そんな様子が楽しくて。
元に戻って本当によかった、と今更ながらにホっとしつつ、黒みつをかけて味を変えたところで…ふと、隣に座る空の容器をすることなくいじる平助に気がついた。

「あ、平助君。これも食べる?豆かんも美味しいよ。今黒みつかけたんだけど」
「え?マジで!!やったーサンキュー…っひでっ!?」

突然背筋を伸ばして、それから身を前倒して脛をさする平助に千鶴が慌てる。

「ど、どうしたの?」
「・・っいや、そ―「疲れて、足が攣ったの?軟だね平助。千鶴ちゃん、僕のも美味しいよ、はい」
「え?・・・あ、じゃ、じゃあ・・・」

平助に出した手を戻して、総司に差し出されたものを小皿で受け取ろうとしたら、それを避けてそのまま口に入れられた。

「・・・・・っ」
「今日のメインは夕方の金閣寺だしね。のんびり行こう」
「は、はいっ」

顔を赤らめて、もぐもぐ口を動かす千鶴に総司の顔はご機嫌。
斎藤と山崎は同時に平助の方を哀れな面持ちで見守ったのだった。

沖田総司、落ち込んでいても、元気でも周囲に迷惑な男である。


ゆっくり甘味を味わい、小休憩を取った後。
一同は銀閣寺へ。

「銀色じゃないけど、何かすげー!!」
「平助君らしいね、ふふっ」

眼前に広がる自然のストライプに、自然に声を出す幼馴染に千鶴が笑いながら頷く。

「銀沙灘と、向月台だな。…平助、庭園を見た感想としてはおかしい気がするが――」
「い、いいだろ一君!感想くらい好きに言わせろよ〜…これって昔の奴が作ったんだろ?見えないよなあ」
「史跡なんて、どれも昔の人が作ったものですが。それを見る為に我々は…」
「だあああっ山崎君までそんなツッコミいらないし!」

ブツブツ口を尖らせる平助に、千鶴はわかるよ、と一人味方をした。

「デザインが今作られたものって言われても、そうなんだって思えるような斬新なものだものね」
「千鶴・・・っそうだよ、そう言いたかったんだ」
「平助はいつまで千鶴ちゃんに頼りきるつもりなんだか…止めてよね?もうちょっとしたら頼れなくなるよ」
「「え?」」

幼馴染。
当然のようにいつでも味方してもらえて、ニコニコ空気を作る二人が同時に総司にきょとん、とした目を向けた。
千鶴はずっと「???」のままだったけど、平助はその総司の表情から顔色を青ざめていった。

「…もうちょっとって、な、何で総司にそんなこと言われなきゃ…」
「確固たる理由を知りたい?知りたいなら教えてあげるけど」
「っ!?い、いいっオレは聞かねえからな!!…くそ〜その笑顔腹立つんだよ!!今朝気にかけたオレ、馬鹿だ!馬鹿だったよなあ」
「別に気にかけてって言ってないし」

多くの人を魅了する筈の銀沙灘と向月台の前で、すでに千鶴に魅了されきっている二人が醜く言い争っている。

「雰囲気を楽しめば―と言っていたのは聞き間違いか―」
「あ、斎藤さん」

スっと横に現れた斎藤は呆れた眼差しを二人に向けた後、周りを見渡しながら千鶴に向き直った。

「人がだいぶ増えてきた。先に進もう。まだ肝心の銀閣を見ていないしな」
「そうですね。…また、平助君の銀色じゃないけど―が、聞けるかも」

まだ言い争う二人を目にしながら千鶴が言うと、黙ったままだった山崎が「さ…」と切り上げるように告げた。

「先に進みましょう。あの二人と一緒では風情も何もありません」
「同感だな」
「・・・・・・・え、ええっと・・」

いつもなら、今までだったら。
笑いながらそうですね、と頷いて二人に付いて歩いて。
それに総司達が追ってくる――

そんなことの繰り返しだったけど。

身体は前に向けど、目が後ろを追いたがる。
足は進めど、気持ちはどんどん後ろに残ろうとする―

「・・・っ沖田さん!平助君!先に進みますよ〜!!」

たまらず声をかけて、呼びかけた声に二人が慌ててこっちを向いて。
向いた瞬間、あった総司の瞳が、嬉しそうに微笑んだ――





26へ続く




























斎藤さんルート



「『急だから…降りるなら手を――』だって。そのまま…あれは僕の役目だったのに」
「でも大人しく千鶴渡しちゃったんだろ〜隣でブツブツ言うなよ」
「だって千鶴ちゃんが手を置いちゃうから!!…にしても、山崎君…なんでいつもみたいにさっさと歩かないの」
「歩いたら、あの二人に追いつくからです」
「「・・・・」」

南禅寺を後にして、「哲学の道」を進む班。
斎藤と千鶴が時折いろんなものを指差したり、止まって目を向けては歩き、先行しているようで…かなり後を行くメンバーに気を遣わせていることに全く気が付いていない。

「確かに…追いつきたくないよなあ…何か急に千鶴の態度、変わった気がする…」
「ええ、馬に蹴られるだけですから」
「・・・そんなに二人の世界?そんなの、認めないけど・・」
「総司だって、どこかでそう思ってるから・・一君に千鶴の手、取られちゃったんだろ?」
「うるさいよ」

こんな道、男3人で歩いて何が楽しいんだとばかりに少しやさぐれている二人。
山崎がわからなくもないとばかりに同調して、一緒に歩いているが。
そんなことなど知らぬ前の二人はいたってマイペース。

「何か、有名な…映画のセリフを言いたくなります」
「有名な…?それはどんな?」
「斎藤さん言いたくなりません?こういう自然のアーチを歩いてるとつい、あのアニメ映画の……のトンネル!って」
「ああ、わかる。それはわかった」
「・・・わ、わかったんですか?それも意外な気がします」

てっきり、そんなものかと言われるかと思ったのに、こくっと頷いて木々を見上げる斎藤に千鶴がえっと声を上げた。

「…子供のような気持ちに、帰る気がするな」
「斎藤さんの子供の頃って今と同じように落ち着いていた姿しか…想像できませんけど」

どうしても、周りにいた男子達と同じように、していたとは考えにくくて。
男子!の象徴のような平助とはきっと、違っていたのだろうなと想像を膨らませて。

「そんなことはない」
「そうですか?斎藤さんは…薫と似た感じで、ちょっと落ち着いたところがあったんじゃないかな」

同じ風紀委員で、案外あの素直じゃない兄とうまく活動してる斎藤。
人の持つ空気を、受け止めてくれる雰囲気があった。

「落ち着いて…いるように見えるのか?」
「あ、今ちょっとそう思っただけです。そんなに考えこまなくていいですよ」

うん?と首を傾げて難しい顔をする斎藤に、気を逸らすように「あ、木漏れ日がきれいですよ」と空を指して。

「千鶴の傍にいると、妙に落ち着かない時が多いから…そう見えていると助かる。…ああ、きれいだな」

その言葉がどんな効果があるかなんて考えもせずに。
空を見上げる斎藤に千鶴は、木漏れ日どころじゃなくなって赤くなる。

こんな事の繰り返しをされれば、さすがの3人も後退するというものである。


銀閣寺の総門をくぐれば、中門まで竹垣が続く参道がすぐ参拝者を迎える。

「…高いですね〜どうしてこんなに高いんだろう」
「それはね、現実と浄土の結界を表しているからって言われているんだよ」
「そうなんですか…沖田さん物知りですね!」
「そうそう、だからちゃんと逸れないように、傍にいようね」

したり顔で千鶴にうまいことを言う総司に、千鶴は無邪気にはい、と笑って。

「…真っ直ぐの一本道だ。逸れようもないだろう」
「うわ、斎藤君…聞いてた?これが結界でって話。風情の欠片もないね」

ガイドブックを隠し持ちながら説明する総司に言われたくない―

先ほどまで当たり前のように二人だったからつい頭から失念していたが、これは修学旅行で班行動である。
こうしてみんなで賑やかにいくのが、当然のことで千鶴が笑うのもいいことで。
なのに顔は反比例的に無表情に強張っていく。

「そんなことないですよ。さっきもずっと歩きながら思っていたんですけど…」

斎藤のそんな変調に気付いた訳でもなかったのだが、千鶴が総司にやんわり反論した。

「斎藤さんって奥ゆかしいものに理解を示すっていうか…銀閣ってぴったりなイメージがあります」
「・・・・・・・ええ〜?」

総司の孤軍奮闘ぷりに、あいつ頑張るなあと後ろで見ていた平助と山崎は思わず、『ああ、馬に蹴られた』と思っていた。

「じゃ、じゃあ僕は?」
「え?じゃあ沖田さんは…金閣寺かな?」
「金閣寺…って何で?」
「ほら、近藤校長先生がいつも笑顔でニコニコ明るくて、一緒に傍にいるっていう…」
「それ、金閣寺は近藤さんのイメージでしょう?・・・・・・・ええ〜」

僕だって、斎藤君みたいな理由が欲しいと、ブツブツ言う総司とは対照的に、斎藤の表情は和らいだようだった。

『総司、お疲れ』
山崎と平助が二人で心の中で合掌していたのは言うまでもない。


「池に映える銀閣がいいですね。質素な美しさですよね」
「そうだな」

後ろで何で銀色じゃないのに、銀閣なんだ!と感想を漏らす幼馴染に、思わず二人で笑い出す。

「平助君たら…確かに金閣寺に比べたら簡素だけど」
「観音殿を何も知らずに見たら…ああ思うのもわかる気はするがな」
「もし銀色だったら…どうでしたでしょうか。やっぱり、金閣寺みたいに見た目華やかできれいだったのかな」
「わからないが…俺はこの佇まいが好きだ。このままの方がいい」

自分のいいものは、いいとはっきり口に出して言える。
満足そうに国宝を眺める斎藤に、暫しの沈黙の後千鶴は言った。

「銀箔が塗られていない理由、色々言われていますけど…斎藤さんみたいにこういうのがいいって…そういう理由だったらいいですね」
「千鶴…」

何でもないやり取りなのに、千鶴に自分の思ったことを受け止めてもらう度に温かい。

「なあ〜腹減った!そろそろ出て昼飯にしようぜ〜」
「あ、うん!」

ぐて〜っと千鶴の肩に顎を置いて、気力がなくなったのをアピールする平助に千鶴は仕方ないなあとクスクス笑っているが。
総司の時とは違って、幼馴染の絆のようなものを感じて口を出していいものか逡巡する。
千鶴も全く嫌がってもいないし、困ってもいないだけに難しくて。
そうこう悩むうちに、飯だ〜!とすぐに離れてはくれたのだが――

「…こういう事にも、はっきり口を出せればよいのだが」
「え?何がです?」
「いや…千鶴と平助は仲が良いな」

肝心なことは、はっきり言えない。
言えそうな気はするのに、二人の仲に口を出してはいけない気もするし、と…どこかで逃げ道を作ってしまう。

「斎藤さんだって、仲良しじゃないですか」
「・・・俺も・・?」
「はい、同じ学年だし。平助君『一君』、『一君』って名前で呼んで…すごく楽しそうですよ」

ああ、俺と平助のことか、と思いつつ。
平助の真似とはいえ呼ばれた「一君」に動揺してしまった。

「平助君は誰とでもすぐに仲良くなれるけど、特に沖田さんや斎藤さん、山崎さんとは楽しそうに…って、斎藤さん?」

足が止まって、何かを耐えるように下を向く斎藤に千鶴が慌てて足を戻した。

「どうしたんですか?具合…悪いとか?」
「いや、違う…悪いが先に――」

中門の前辺りで、催促するように平助や山崎が手を振って、隣で総司がかったるそうに座り込んでいる。

あんなところで座り込むな、と思いつつ、一度意識して上昇した熱は止みそうになく。
先を促したのに…

「お店に入って、とかじゃなくて。来るときちらっと見えたお店が並んでいたところで…お土産探しつつ、食べ歩きでもいいなあと思っていたんですけど…」
「ああ、それもいいと思う」
「…具合、悪いとかじゃないんですよね?」
「ああ」

誤解させれば、千鶴は先に行かないと思い、まだ意識したままの表情を何とか上に上げて。
顔色の良さをわかってもらえれば、先に行くかと思ったのに。

「じゃあ、一緒に行きましょう。みんな一緒じゃなきゃ…斎藤さんがいないと、私楽しくないです」

くいっと引っ張られた袖に、心臓が跳ねる――

「俺も、同じだ」と返すのが精一杯だったけれど。

その精一杯につられるように赤く染まったのは、千鶴――






26へ続く