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【斎藤さんルート】





『――…千鶴』

名前、名前の後に続く言葉は何だったんだろう――

同じ班になったと伝えられた時には、本当に土方先生に頼まれたから。
それだけなのだと思っていた。
むしろ、同じクラスの人と…普通に旅行をできない事が申し訳ないと思う気持ちのほうが強かったかもしれない。

でも、違って。
真っ直ぐに、真っ直ぐに、伝えてくれた。
平助君や沖田さんほどは感情を素直に表情に出さない斎藤さんが、真っ直ぐに。斎藤さんの言葉で――

「…斎藤さんが、頼みに行くって…すごいこと、だよね?」

斎藤さんが尊敬してる土方先生の為、とか。
学園の節度ある学生生活を守る為、とか。
そういう理由ならすぐになるほどって思える、けれど…

『一緒に、行動して・・・同じものを見て、感じて、笑いあって――…共有したかったんだ』

・・・・・・・・・・・・どう考えたって、土方先生の為や、風紀委員としての斎藤さんの言葉じゃない。
それが、自分と一緒にいたいから。
そう言われて…嬉しく思わないわけがない。

「・・ううん、嬉しい、とかそういうのじゃない・・何て言えばいいんだろう・・・すごく、とにかくドキドキして…」

じっと見つめられた誠実な瞳に答えることなく、黙っていただけだ。
何か返さなきゃと思うこともなかった。

ドキドキがすごくて、本当に足を立たせているのが不思議なくらいだった――


言葉もない時間、あれはどれくらいだったのだろう?

斎藤さんは、私の言葉を待っていたの?

それとも…まだ何か伝えようとしてくれていたの?


あの時、平助君や沖田さんが戻って、早く帰ろうと声をかけてきてくれて、ハッと我にかえった。
だから、2人について歩くのが精一杯で。
心を落ち着けるのが精一杯で。

ホテルに戻ってから、急にあの名前の続きが気になるなんて…

「千鶴、千鶴…」

普通の名前なのにね、呼び名なのにね。
自分の名前を自分で呼んで、いたって普通の自分におかしくなる。

当たり前のことなのに、斎藤さんに呼ばれて、すごく普通じゃなくなった気がしたから。
この違いって何なのだろう?


・・・・・待っていたのかな、私の言葉。
・・・・・伝えてくれようとしたのかな、名前の続きに繋ぐ言葉は何?


・・・・・・知りたい――


部屋の中にある時計に目を向ける。
時間を手早く確認すると、千鶴は部屋を出た。




階段に向かう心中は昨日とはちょっと違っていて。
何か芽吹くような、そんな期待がどこかにある。
心穏やかというよりは、新しい季節に浮立つような…小春のような暖かさ。

昨日とは違う宿泊先。
ここにいるなんて聞いてもない。そんなメールも入ってこない。
それに今日は色々あったから、一般生徒の警備などしていないかもしれない。

けれど、待っていてくれるような気がした。
階段に向かえば、いてくれるような気がした。
例え理由があって、今日は委員の活動をしなくなったとしても。
何時にとか、今日も、とか約束はしていないけれど――

・・・それでも、いてくれる・・・・・やっぱり――

階段の上から顔だけをひょこっと出した千鶴に、階下にいた斎藤がその気配に顔を上げた。
今日何度も見た、優しい眼差しで――
違うホテルの階段で、こんな風に見つけられた事に思わず顔がほころびあう。

「すれ違いになりませんでしたね」
「・・すれ違い?」

見上げた先の千鶴が、とんとんと階段を駆け下りて来る。
二人が並んだのと同時に、二人で階段に腰を下ろして。
そんなことに心が充足するのを感じていた斎藤に、千鶴がそんな言葉をかけてきて。

「はい。ホテルも変わったし、はっきり約束もしてなかったし」
「…そうだったな。俺もさっきそれは考えていた」

来ないと思った分、ひょこっと揺れた髪を見つけた時、何とも言えない満たされた気持ちになった。

「今日は色々あったから…見張りどころじゃないのかもって思ったんです。それに、見張りの場所も変わるのかも、とか…」
「・・・・ああ、見張りか」

そういえば、まだ千鶴には風紀委員の仕事だと思われている事に気が付かされた。
とはいえ、わざわざ…

「一般生徒の見張りではなく、千鶴の傍に群がる者の警戒をしているとは――」
「・・そうだったんですか?他の生徒じゃなくて、私の?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・・・自分が迂闊過ぎる――

一緒にいることで浮かれているのだろうか。
斎藤は気を入れ直すように、口を真一文字に引き締めるのだが…

「もしかして、風間さんの事とか…初日から警戒していたんですか?あ、だから……」

納得したように首を振る千鶴に、何が『だから』なのだろうと思考を巡らせて、一つのことに思い当たる。

「・・・・今日、お前に告げた事は、その事とは関係ない」

きっと、風間との事が落ち着いた後に千鶴に話した…土方先生に千鶴と同じ班にして欲しいと頼んだ事を、指していたのだろう。

『風間の事があったから、守りやすいように同じ班にしてもらっていた』

千鶴が考えそうな事ではあるけれど…それは全く違う。
同じ班にしてもらった理由は既に告げてはいるけれど、きっと風間の事、今口を滑らせた見張りの事。
その2つが千鶴の判断を曖昧にさせるのだろうと思った。

だから、違うと…関係ない事だとはっきり言い直した。
それだけなのに、緊張するのは何故だろう。

「…風間の事は、本当に旅行前には知らない事だった。昨日の朝、土方先生に聞かされた。同じ班になったのはあくまで、…千鶴に今日、伝えた通りだ」
「…は、はいっ」

千鶴の気遣うような声が、とたん上ずったものに変わる。
膝を抱えた手の先が、何か落ち着かないように動くのを見止めて、こんなちょっとした高揚感は自分だけじゃないのかもしれないと思うと…
つい、口が緩みそうになる。

「・・・・あ、あの・・でも私の傍に群がる者の警戒って…じゃあ何の事でしょう?」
「それは――」

千鶴の知らない所で、警戒をしている分には千鶴の迷惑にはならないだろうと始めた事だったのに。
今こうして知られていて、しかもちゃっかり二人で話していて。
かなりの墓穴を掘っている気はするが…(実際千鶴に執着する生徒達には、かなりのやっかみを受けそうだ)

「…やはり一人しか女生徒がいない特殊な環境で、千鶴に好意を抱く者もいるだろう」
「特殊な環境ですけど…いるんでしょうか。親切な厚意はたくさん向けてもらえてると思います。とっても嬉しいですっ」

あれだけ好意を向けて、自分を売り込もうとしているメンバーに囲まれてもこの一言。
そのメンバー中にはもちろん、自分も含まれている分複雑なものである。

「千鶴が、そう思う厚意でも…重なればお前の負担になることもある。旅行中、そういうものに振り回されて、千鶴に迷惑がかからぬ様…独断でしていた。反って迷惑だったらすまない」
「迷惑だなんて…そんな…」

とんでもない、と千鶴が慌てて首を振る。
そんな事、思いません!と態度で強く否定した後、笑って言った。

「斎藤さん…らしい」
「…俺、らしい?何がだ」
「だって、警護とかは…その…一緒の班になるために理由が必要だったからって言ってたのに、きっちりしてるところが…」

さすが風紀委員ですね、と微笑んだ後、視線を外して顔を赤らめて。
それが、つい次の言葉に期待してしまうような表情で、目を逸らせない。

「あの、私…まだ斎藤さんに言えてなかった事があって、どうしてもそれを伝えたくて…今日も会いに来たんですけど」

千鶴がたどたどしく語った言葉、最後に斎藤の顔もほんのり赤くなる。
最初の夜、千鶴は見張りの手伝いをすると言っていた。
昨日は、約束をしていたからだった。
でも、今日は、会いに来たと言ってくれる――

「私も、斎藤さんと同じ班で…一緒に、行動して・・・同じものを見て、感じて、笑いあって――…」

「共有できて、嬉しいです」

そういうことは思っていても、いざ実際相手に伝えるとなると妙に気恥ずかしいものである。
千鶴も例外ではなく、照れくさそうに手で口元を覆って、目だけ細めて笑っているのがわかる。

「・・・そうか」

気の利いた言葉が浮かばない。
それしか返せない自分が嫌になるけど…

嬉しいと、その気持ちが強いほど…当てはまる言葉なんて浮かばない――

「あの、・・・名前・・・」
「・・・・・・名前?」

「千鶴」って呼んでくれた後、黙っていたのは何故?

聞きたい、知りたいって思ったことが、何故かすごく聞き辛い。

「名前がどうかしたのか」
「いえ…呼ばれたような気がしたから」

息が詰まってくるような雰囲気で言葉を濁した千鶴に、斎藤がゆっくり呼び名を紡ぐ。

「千鶴」

名前なんていつだって呼んでる。
いつだってお前のことを考えてる。

そんなことを考えながら――


3日目の夜。

同じような気持ちで、名前を返される日が来るのだろうか。

そんなことを願いながら、愛しい人の名を紡ぐ――





24へ続く