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【沖田さんルート】




今日で3日目。
家を出て、奈良を巡って、今日は京都。
京独特の雰囲気というか空気というか――そういうものに包まれるような感覚がある。

今日回ったところのことを考えて、明日はどこを回るんだ、とか。
何が食べられるかなとか。
いろんな寺社を回って、目に留めておきたいとか。

きっと、普通ならそんな事を考えるのだろう。
でも、今日の千鶴は違った。
奈良では、普通に旅行のことを考えてられていたけれど、今は――

「・・・・・・わからない」

ぽつっと漏れる言葉は何度目か、それもわからないが本人の自覚はない。
意識をどこか余所に置いたまま、お風呂に入ったり寝転んだり。
いつも落ち着く頃にはきちんと片付いた部屋が、多少乱れているのはそんな影響もあるのかもしれない。

「・・・・・・・わからない」

ポスっと枕に顔を埋める。
さっきから、そんな筈がないのに額ばかりが熱をもっているような気がして。
熱を冷ますように、冷たい無機質な温度の枕に顔を埋めたのに、枕もすぐにほんのり温かくなってくる。

わからないと呟いては、音沙汰の無い携帯やドアをつい見てしまう自分。

今日は京都のホテル。
けれど今日の帰り、総司と手を繋いだままだったから…自然に流れで部屋まで送ってもらうことになった。
だから、部屋を総司はわかってる。

だからドアや携帯を気にしているのは何故か、そういうことで掻い摘んでいけばすぐに理由はわかる。
理由がわかるのも、わからない。

わからない、わからない――

「・・・・・もう、今は旅行中なんだから…旅行に集中!集中…」

ふるふると首を振って起き上がると、少し乱れた髪を手櫛で直して。
もう一度、ベッドを降りながらドアをちらっと見る。
人の気配なんて、全くない。

「・・・・・・沖田さんはああいう人で、意味なんてない・・んだから」

前から私のことを、幼馴染の平助君と同じ…時にはそれ以上に気に懸けてくれて。
意地悪だけど、優しい――
今日向けられた視線に、初めて感じた苦くて甘い感情。
それが何かもよくわからない。

胸がキューっと締められて、苦しいのか、嬉しいのかもわからない変な心地。

その時だけなのかと思った、けれど――
額におちた熱を思い出しては疼く感情。
握られた手に、込められた優しい力。

ふわふわと胸が高まって。

・・・・真剣に祈ってた恋の成就祈願――

途端に、締め付けが強くなる…

何でそんな堂々巡りの感情に、自分が陥っているのかもよくわからない。
好きな人がいるのに、自分にこういう態度をする総司もわからない。

「・・・・・・わからないです」

自然にドアを見る自分に、何となく口を尖らせる。

もう、寝よう。寝る努力しよう。
・・・努力しないと寝られないのかな・・・いつも布団に入ったらすぐウトウトするのに・・・

ここに誰か他の人がいたら、女友達でも傍にいたら。
『それは、恋患いじゃないの?』って教えてくれたかもしれない。
けれど、千鶴には・・薄桜学園には女生徒はいないし…
いくら気のいい友人でも、男の人に、こんなことで気が詰まるって相談はしにくい。

千鶴らしからぬ小さなため息を吐いて、もう一度布団に入ろうとした時。

――コンコン

周りに気取られないような、小さなノック。
あんなに気詰まっていた自分があっけないほど、軽い足取りでドアに向かう。

「・・はい」
「僕だよ、沖田総司です」
「はいっ」

答えた名前に、千鶴の返事がハキハキと、喜びの色が乗って。
それは総司にも伝わった。
ドアを開けて、また今日も待っててくれた様子の千鶴に自然に笑顔になる。

「ごめん、今日はお土産ないんだけど…来ちゃった」
「お土産なんて、いいんです。気にしないでください」
「・・・・・それって、僕が来るだけで嬉しいってこと?」
「え?」

含んだ笑顔で、何か誘導されているような気がして、千鶴は慌てて必死で言葉を繕う。

「そ、そういう意味じゃなくて…」
「嬉しくはないんだ、じゃあ迷惑ってこと?」
「そうじゃなくて…しゃ、写真を…昨日も一昨日も見せに来てくれたじゃないですか。だから…その為に来て…なので迷惑とかそんな事は――」
「・・・・・今日はカメラも持ってきてないけど、それでも来てよかった?」

どうしてこの人は・・・・・・そういう意地悪な・・・

「あの、とりあえず部屋の中に・・・」
「どうして?土方さんや左之先生に見つかって、僕が追い返されると困るから?」
「沖田さん、さっきから質問ばっかりです」
「君が答えないから」

そして今日に限って…中々動こうとしない。
何故か嬉しそうに、千鶴の顔を見つめて突っ立っているばかり。
何か答えてくれないと、動かないぞって言われているようなものである。

「カメラがなくても・・・一緒にお話するの楽しいですから」
「そう、ありがと・・・・・・・・・・本当は、ちゃんと持ってきてるけど」

当然だよね、毎日君と撮るって決めてるんだから。と破顔させて、目の前にカメラを取り出すのはどうなのだろう。

・・・・・パシャッ

「・・・・・・・・え・・・・」
「あははっ君があんまり呆けた顔してるから・・・可愛いけどね?じゃあ、お言葉に甘えて入らせてもらうね」
「・・・・・・」

ああまた…沖田さんのペースだと思う。
嫌いじゃない、そのペースに取り込まれてしまうの。
でも、可愛いとか、そんな言葉一つに・・いちいちどこか反応する自分に、気が付かれたくない――
昨日まで思わなかったようなことが、次々心に浮かんで。

「・・また、変な顔してました、絶対。今の、見せてくださいっ」
「ええ〜…だって変だったら消してくださいって言いそうだし」
「言いますよ・・・そんなの、当然じゃないですか」

沖田さんのデジカメだと思うと、余計にそう思う気持ちが強くなる気がする――

心の中に浮かぶ自然な言葉は、どれも言うことを躊躇うようなことばかり。

「だったら嫌。・・・・今日、僕ここに来るのちょっと遅かったよね?」
「え?そうですね。来ないなあと思ってて…」
「ふうん?」

横目で見つめる瞳が、楽しそうに細まって。

「だって、写真…約束してたじゃないですか。明日も撮るみたいに言ってて…」
「そうそう。それでタイミング外さないって言ってた千鶴ちゃんは、さっきものの見事に外しました、と――」
「それは言わないでください〜」

あはは、とまた笑いながら、総司がベッドに腰を下ろした。
続いて千鶴が、人一人分のスペースを空けて横に座って。
昨日と同じ距離、ではなく…何故か拳一つも二つ分も離れたような距離。
千鶴は自然にその位置に座ったように見えるけれど――

「・・・・遅くなったのは、ちょっと近藤さんに連絡取ってたからなんだけど」
「そうなんですか。今日の風間さんのことで?」

さり気なく距離を詰めようと、総司が千鶴の傍に自然に腰を下ろし直したのだが。
さり気なくまた開けられて…

「そう。今頃パーティの最中だし。まだ油断はね・・・・ということで結構みんなピリピリしてたよ。ここは安全だとは思うけど・・」
「い、意味がわかりませんっ!!」

千鶴が会話の流れを断ち切ったのも無理はない。
総司が今度は距離を開けられないように、逃げられないように…がっちり肩を組んだからです。

「ん?何が」
「何がってこの状態です!」
「写真を撮る為。はい、笑ってね」
「ええっ!?」

いきなり笑えと言われても、大概混乱しているのに――

パシャっと撮られた顔はまたきっと…変な顔をしているだろうなと思い、千鶴は珍しく深くため息を吐いた。
そして、肩は組まれたままで――

嬉しいのに、居心地悪くて。
今までこんな時、どう対応していただろう――?
考えなくても、普通に行動できていたことが、今はできない――

表情が歪になっていそうで――

「・・・やめてください、こういうの、よくないと思います」
「・・・・・・千鶴ちゃん?」

いつもと違う、沈んだ声。
「嫌だよ、このままがいい」などと軽く受け流せない雰囲気で、流石に肩に置く手も迷いながら戻した。
覗き込もうとした顔を、ふいっと避けられて。

「風間さんのことも、大丈夫です。だからもう部屋に戻ってください。遅いですし…心配してくれて、ありがとうございます」


自分を気遣うような言葉。
いつもの優しい彼女の言葉。

でも、二人の時間を切り上げてしまう、残酷な言葉にしか聞こえない。

そう思えたのは、遠まわしな拒否の言葉に違いなかったから――


3日目の夜。

近づいていた距離が、一気に開いてしまった気がしていた夜。

本当は、ずっとずっと、昨日より近づいていたのに…気が付けなかった夜――







24へ続く