Everything ties




21




どちらにお進みになりますか?

main
沖田さんルート

斎藤さんルート

variety





































〜沖田総司〜




竹林の新緑が視界を覆う。
風に揺れる笹の音が耳に心地いい。
笹に撫でられた風は、涼しく爽やかで…何も問題がなかったような凪いた時間。


「お嬢さん、野宮神社はあそこですよ、あの黒い鳥居が見えて来たでしょう」
「はいっどうして黒いんですか?」
「黒木をそのまま使ってるんだよ。奥にある苔のじゅうたんも見るといいよ。そうだ、縁結びのご利益が・・・と、あんたにはもういい相手がいたんだっけね」
「そ、そんな人いないですよっ」

・・きっと、平助君のことを言っているんだろうな、と千鶴はくすっと小さく笑を零した。

人力車がゆっくり体に負荷のないように止まって。
千鶴は御礼を言って、新緑に囲まれた道に足を下ろした。
去ろうとした車夫さんに、私を乗せてと参拝客の声がかかり、違うお客さんを乗せて張り切る車夫さんを見送った後、千鶴は境内に目を向けた。

「・・平助君どこかな?すぐにわかる所に立ってると思ったけど・・・」

辺りを見渡そうと視界を巡らせると、参拝客の合間に見えた目立つ人影。
こちらをじっと捉える瞳は平助ではなく、間違いなく――

「・・・風間さん――どうして、ここに?」

平助が呼んだのではなかったのか。
話は聞かないと避けたつもりだったのに――

「どうして、とは何だ…俺がここにいるのを知って来た訳ではないのか」
「・・・・・知ってたら、来ていません」
「ほう・・・言ってくれる」

千鶴の言葉に怒るでもなく、むしろうっすら笑を湛える表情を向けて来る。

「私は風間さんが待ってるって知らなかったんです。平助君だとばかり・・」
「平助・・?ここには薄桜学園の者は誰も来てはいない。残念だったな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

ふん、と嘲笑する風間に、千鶴はぎゅっと手を握り締めた。
何があったのか、本当に知らないのだろうか・・風間さんは知らないと天霧さんは言っていたけど…

「あの、私がどうして今ここにいるのか・・わかってますか?」
「・・俺の話を聞くためだと思っていたが・・違ったようだな。まあいい、このままお前を連れて行けば済む話だ」
「・・・連れて・・?何の事ですか―そんなことより、その話の為にみんなに迷惑を・・」
「それは俺の知ったことではないが…俺の話が何か聞かずに、そんなことと跳ね除ける謂れはない」

風間の言葉、いつもの「我が妻よ」と言って来る時とは少し違う態度に、千鶴は思わず言葉を詰まらせた。

・・・・・・・あ〜あ、千鶴ちゃんの反撃止まっちゃったよ。そうかもしれない・・とか思ってるんだろうな

こそっと様子を探っていた総司はふぅと気付かれない程度に溜息を吐いた。

「・・・あの、じゃあお話を覗います。でもそれとは別に・・皆さんに迷惑をかけたのは悪いことです。そこは反省してください」
「・・・・俺が命じた事ではない」
「でも、風間さんを思ってした事なんでしょう?それなら・・風間さんなら止められた筈じゃないですか」
「止めていれば、お前は話を聞いたのか?・・ここに来たのか?違うだろう」
「それは・・・・」

・・・・・・・・話があるなら、お前が出向けって言えばいいのに。あんな奴の言うことまともに聞いちゃって・・・全く・・・
思ったよりも、大人しく聞くと言うのは苛々させられるものである。

「あの、・・・お話って何だったんでしょうか・・よほど大事な事、なんですよね?」
「ああそうだ。今から千鶴には俺に付いて来てもらう」
「話は聞きますけど、付いては行きません。私は・・修学旅行中なんです。勝手に行動する訳にはいかないんです」
「今の行動と言葉が一致していないな…天霧や不知火からは何も聞いてはおらんのか」
「風間さんの話を聞けって言われました。…風間さんは私に話すことがあるんじゃないんですか?」

真っ直ぐに自分を見上げる千鶴に、風間はちっと一度視線を逸らした後、
学校にいる時の傲慢な態度とはまるで違う雰囲気を繞った後、もう一度ゆっくりと千鶴に視線を置き、重々しく答えた。

「…今日は、風間グループの集まりがある」
「あ・・・風間さんのおうちが経営してる会社の・・ですか。だから京都に来ていたんですね」

・・違うよ、京都に来た理由は君が目当てだってば。
偶々、その間に京都での用事があっただけでしょう・・・鈍いなあ・・・・・今は助かるけど。

そんな総司の独り言など知らず、二人の会話は進む。

「そうだ、それに…千鶴、お前を連れて行く。そういう事だ」
「・・・・・・・私が?」
「時間がそうある訳ではない。小うるさい土方らには天霧の方から追々連絡を―「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

そのまま会場に連れて行かれそうな雰囲気に、千鶴は慌てて口を挟んだ。

「天霧さんが話を聞いてって言うから来たんです。なのに何の説明もなしに風間さんの会社の集まりに来いだなんて…」
「説明などせずとも、わかるだろう」
「わからないに決まってますっ…どうして、私が行かなきゃ駄目なんですか?」

場違いでしかないのに、と至極普通の疑問を投げかける千鶴に、風間は至って当然であるかのように答えた。

「常日頃、俺はお前に嫁に来いと言っているだろう。俺がお前に決めたからだ。他に何がある」
「・・・・・・・・・・・」

・・・・・・あいつ、馬鹿の極みだね。そんなこと言うなら、僕の方がお嫁においでって先に言ってるよ・・
風間の理論で行くと、僕の嫁になるのが道理だよね。
自分で決めたくらいで嫁になってくれるなら、千鶴ちゃんは完璧僕のものになってる・・・・・なのに・・・あ〜あ、あんなにオロオロしちゃって…

総司の言う通り、千鶴は傍目にわかるほど動揺していた。
困ったように目を左右に動かす千鶴にお構いなしに、風間は話を続ける。

「パーティの表向きの理由は婚約披露だ。婚約者がいなくては話になるまい」
「表向きって…じゃあ本当の理由は…?」
「…それはまだ、お前は知らなくてもいい。とにかくそういう事だ。理解したか」

…する訳あるか、と今すぐ飛び出したい。

「あの、誰と誰の婚約…」
「今の流れでわからない筈もあるまい。俺と千鶴以外の誰がいる」
「・・・・・・・・だって婚約って・・好きな人同士が・・」
「何も問題はあるまい。…行くぞ、あまり時間が―――貴様・・・っ沖田・・っ!」
「・・・え?沖田さんっ!?」

風間の視線が自分の後ろに向けられたかと思えば、ここにいない筈の名前が告げられた。
振り向けば本当に総司が、にっと表情の読めない笑顔を湛えて立っていた。

「沖田さんいつからそこに・・・」
「最初から、ずっと…嫌だな千鶴ちゃん・・僕とこっそりデートする為にここに来たんでしょ」
「・・・・なっ!?」「・・・・・・・へ?」

相変わらず所構わず慣れ慣れしい態度をする総司に、風間の機嫌がみるみる悪くなる。
千鶴も話についていけずに、目を丸くしていたのだが・・・

「野宮神社は縁結びで有名だし。僕と君との縁を末永く結ぶために・・二人で抜け出す約束だったんだよね」
「あ、あの・・・・・・」

流暢にしゃべっていた総司は千鶴の前に回り込むと、風間に背を向け、千鶴の方に体を向けた。
顔を近づけて『僕に話、合わせてね』と片目をつぶられ、ようやく総司の言動を千鶴が理解した。

千鶴が小さく頷いたのを見て、総司はまた風間に振り返った。

「人の彼女に何を言うのかと思えば…あのね、嫁にするって決めた〜で嫁に出来るなら誰も苦労しないよ」
「うるさい。何も知りもしない貴様の言葉など、信じる筈がなかろう。第一、千鶴は平助とやらの待ち合わせだと思っていたようだが―」

あっそういえば平助君の名前を出してたと思いだし、どうしようかと慌てる千鶴とは反対に、至って総司は落ち着いているようだった。

「この子は人気者だから、僕からのお誘いってわかると邪魔者が入りやすいんだよ・・・
信じる信じないは勝手だけど、明らかに怪しいパーティに千鶴ちゃんを婚約者として連れて行くなんて、そんなの止めるに決まってるよね」
「人の言葉の上辺だけを取って、怪しいと言い張る貴様の軽口の方がよほど怪しい。戯言をぬかすな」

低い怒気を孕んだ声に、千鶴は言葉をなくして総司の方を心配そうに見たのだが・・・
総司は相変わらずの笑顔のまま。

「戯言?会社の重役、株主でも集めた表向き婚約披露のパーティなんて、裏にはどんな意味があるんだか・・」

一呼吸おいて、今度は突き放すように冷たい、馬鹿にしたような目を向ける。
千鶴には、その表情は覗えないが―

「僕には知ったことじゃない。千鶴ちゃんにとってもね。自分の会社の都合に彼女を巻き込まないでくれる?」
「・・・・それは―「知らないって言ってるよね。僕たちはまだ学生で、今は修学旅行中。加えて・・・」

総司は千鶴を自分の横に立たせると頬を両手でそっと覆った。
ひやっとした手が頬や耳をくすぐって、千鶴が恥ずかしさに戸惑いながら総司を見上げれば、にこっと一度微笑まれて。

その笑顔に微笑み返す間もないほど、あっという間に近づく唇。
翡翠の瞳が愛しそうに揺れて・・・どれだけ近いのかがわかって。
閉じた瞼につられるように、そっと目を閉じた。

真っ赤になる千鶴に、総司はいい子だね、と頭を撫でた後、風間に言葉の続きを付けくわえた。

「この子は僕の彼女。この子の気持ちは僕にある。千鶴ちゃんを連れて行くなら・・僕の婚約者として、僕が連れて行くけど?」

にっと浮かべる笑みに、風間が「おのれ・・・・っ」と半眼で睨みを利かせてくる。

「風間、もう止めとけよ」

どこから現れたのか、はあ、と諦めたような溜息を吐きながらひょこっと姿を現したのは不知火だった。

「パーティの事も、婚約披露の事もバレた以上・・・こいつ本当について来んぞ。それだと意味ねェだろ?」
「・・・・・・・うるさい」
「・・・気持ちはわかるけどよ、でもそろそろ行かねェと時間やばいぞ。遅刻する方がまずいんじゃねェの?」
「・・・・・・・・・・・・」

怒りを顕著に総司に向けて、睨みつけた後、風間は無言で体を飜してそのまま足を早めた。
その背中をあ〜あ、と見つめながら不知火がこちらに振り向いた。

「千鶴、悪かったな。でも・・あいつに悪気は本当ねェから。それは信じてやってくれ」
「・・・・・・・はい」
「それと、沖田・・・・あいつは騙されてるけど、俺様の目はごまかせねェぞ」
「・・・・・・・あの男一人騙せれたら上等だと思うけど?」

その総司の態度に「っはっ!違いねェけどな」と吹き出した後、足早に去って行く不知火。
残されたのは総司と千鶴だけ。
いつの間にか参拝客もいなくなっている様だった。

「終わった終わった。千鶴ちゃんのおかげだね」
「・・・・・え?私のおかげって…」
「だって、顔そんなに赤くして…目も閉じて恋人の雰囲気すごく出てたよ。だからあいつも渋々納得した感じだったし」
「・・・・別にそんなの、そうしようと思った訳じゃなくて―」

風間から見れば、きっと二人がキスしたように見えたのだろう。
実際、触れそうな寸前で、総司は止めていたのでキスはしていなかったのだが…
不知火の最後の言葉、彼にはキスしていないことがバレていたのだろう。
総司があの僅かな時間に三人の立位置を考慮して、行動するほど余裕があるのが千鶴には何となく癪だった。

「・・・・あれ、口尖らせてご機嫌斜め?・・・・ひょっとして、したかった?じゃあもう一度」
「そんなことないですっ!!も、もう一度って…一度もしてないですから!!」
「うわ・・・そこまではっきり言わなくても・・」

こんなことを言われて、拗ねた振りしつつ、笑いが止まらない。
総司がいたってご機嫌なのは、きっと千鶴がいまだに真っ赤になって必死に普通を装っているのがわかるから。

「千鶴ちゃん、帰る前にせっかくだから参拝しようよ。縁結び・・・僕とする為に抜け出したんだしね」
「違いますっ・・・・もう・・・お芝居は終わりですよ」
「・・・・お芝居ね・・・」

でも、君は前の時みたいに…勢いで目を閉じた訳でもなくて。
前の時みたいに、どうしていいかわからずに僕をじっと見ていた訳でもなくて。
自然に・・あのまま僕を受け入れようとしてくれてたのに―それも芝居だって言うのかな

「しときゃよかった」
「・・?何をですか?」
「こっちの話。やっぱり参拝しとこうっと」

手水舎で手を清め、言葉ほど軽くなく、何となくで一緒にお参りしてはいけない気がするくらいの雰囲気を、本殿に進む総司から感じる――

縁結び、春日大社で千鶴が願ったのは・・特定の人を指してはいなかった。
いつか、良縁に恵まれますように―と。
総司はあの時、絵馬に書くでもなく・・・千鶴に祈っておこうと言っていたけど――

・・・・・本当は、こんなに真剣に願う人がいる――

「・・・沖田さんがそんなに熱心にお参りって、何だか不思議な気がします・・」

ぼんやりとそんなことを考えてかけた声は、自分でも気持ちが籠ってないと思う程、抑揚のない声だった。

「必死だからね」

お亀石を撫でながら、総司が小さく笑った。
どうしてか、胸がツキンと痛む。

「・・・・必死、ですか」
「うん。・・・・・・・・・・・鈍いね、相変わらず。けど、でも…」

終わったのか立ち上がり様、手を引っ張られて、そのまま鳥居をくぐって。

「…浮かない顔の千鶴ちゃん、何でかな――」
「・・・え?」

何でだろう・・・?

総司の言葉に、素直に考える千鶴のおでこに触れる熱とともに、弾むような声。

「――僕の願い、叶うかも」

総司の嬉しそうな笑顔に、まだはっきり答えも浮かばぬまま、触れた熱が消えないように掌で額を隠して。
頭よりも素直な心は、甘く轢むようにトクンと音を立てた――







22へ続く

























































〜斎藤一〜




竹林の新緑が視界を覆う。
風に揺れる笹の音が耳に心地いい。


「竹林、きれいですね・・・こんな時でなかったらもうちょっとゆっくり歩いてみたかったな」
「・・・すまないが、ここで下ろしてくれ」
「・・え?」

人力車がゆっくり体に負荷のないように止まって。
斎藤が先に降りると千鶴にゆっくり手を伸ばした。
千鶴は戸惑いながら、新緑に囲まれた道に足を下ろしたのだが。

「もう少し行くと見える、黒い鳥居が野宮神社ですよ」
「ああ、ありがとう」
「いえ、では私はこれで・・」

ぺこっとお辞儀をして帰って行く車夫に、千鶴もお辞儀を返して。

「・・・悪いことしちゃいましたね。・・でも…急がなくてよかったんですか?」
「いや、見届けると言っただろう。このまま神社まで向かう訳にはいかない。俺は・・その場にいない方がいい」
「え、・・でも・・・」

斎藤が天霧と話していたことを思い出して、千鶴は首を傾げた。
一人にする訳には―とあんなに言っていたのに。

「もちろん、千鶴に何もないように・・目の届く範囲、声の届く範囲で身を潜めるつもりだ。」

千鶴の戸惑いに答えるように、斎藤が言葉を重ねた。

「俺がいては…冷静に話が進まない―というのも分からなくもないからな」
「…じゃあ、私このまま行きますね」
「ああ、千鶴の思う通りに・・すればいい」

最後の言葉は千鶴に向けて、ではなく、自分を納得させるように言った言葉かもしれない。
斎藤はそれでも千鶴を見守るような目で、送り出そうと背中を押した。

「・・・あの」
「・・?何だ」
「心配、しないでくださいね。私、ここぞって時はしっかりしてると思います」

自分に、優しい目でそう告げる千鶴に、斎藤も微笑んで「ああ」と返した。
しっかりしているのは知ってる、ここぞと言う時は抜けている気がしなくもないが・・・

そう思いながら千鶴の背中を見送り、何かあれば俺が守ればいいだけだ、と一人力強く頷いた。


黒木の鳥居をくぐり、風間の姿を他の参拝客の中から探すまでもなかった。
女性が多い中、一人佇む姿は目立ち、千鶴の目にすぐに留まった。

右奥のじゅうたん苔の前で、じっとその景色に見入っていたかと思うとすぐにこちらに目を向けた。
千鶴を視界に入れ、ゆっくり目を細めてこちらに体を向ける。

「・・・遅い。どれだけ待ったと思っている」

待ちわびていたような気配はなく、緩慢に刻む声に千鶴も言葉を返した。

「私は風間さんが待ってるって知らなかったんです。約束もしていなかったですよね」

少しずつその距離を詰めて、赤く見下ろす瞳に負けじと見上げると、愉悦を帯びたように唇端をあげた。

「ふん、言ってくれる・・・会う約束などしても意味はなかろう」
「そんなこと…」
「千鶴の問題ではない。お前に群がる虫どもの話しだ」

どうしたって割り込んでくる、千鶴の周囲の男達を思い出したのか、風間が顔をやや顰めた。
千鶴はふと、左右に視線を向ける。

・・・本当に・・斎藤さん、どこかにいるのかな・・?

「あの、お話って何でしょうか・・」

あそこまでして、自分と話そうとした事は一体何だったのか。
千鶴は気になっていたことを切り出した。
遠まわしに事を運ぶのは得意ではない。

「話、というほど大袈裟なものではない。俺に付いて来れば・・それでいい」
「私は・・修学旅行中なんです。勝手に行動する訳にはいかないんです」
「…天霧や不知火からは何も聞いてはおらんのか」
「風間さんの話を聞けって言われました。…風間さんは私に話すことがあるんじゃないんですか?」

真っ直ぐに自分を見上げる千鶴に、風間はちっと一度視線を逸らした後、
学校にいる時の傲慢な態度とはまるで違う雰囲気を繞った後、もう一度ゆっくりと千鶴に視線を置き、重々しく答えた。

「…今日は、風間グループの集まりがある」
「あ・・・風間さんのおうちが経営してる会社の・・ですか。だから京都に来ていたんですね」

でも、それと自分と何の関係が…?
ますます話の先が見えなくなったように思う。

「そうだ、それに…千鶴、お前を連れて行く。そういう事だ」
「・・・・・・・私が?」
「時間がそうある訳ではない。小うるさい土方らには天霧の方から追々連絡を―「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

そのまま会場に連れて行かれそうな雰囲気に、千鶴は慌てて口を挟んだ。

「天霧さんが話を聞いてって言うから来たんです。なのに何の説明もなしに風間さんの会社の集まりに来いだなんて…」
「説明などせずとも、わかるだろう」
「わからないに決まってますっ…どうして、私が行かなきゃ駄目なんですか?」

場違いでしかないのに、と至極普通の疑問を投げかける千鶴に、風間は至って当然であるかのように答えた。

「常日頃、俺はお前に嫁に来いと言っているだろう。俺がお前に決めたからだ。他に何がある」
「・・・・・・・・・・・」

どうしよう、全く話がわからない。
困ったように目を左右に動かす千鶴にお構いなしに、風間は話を続ける。

「パーティの表向きの理由は婚約披露だ。婚約者がいなくては話になるまい」
「表向きって…じゃあ本当の理由は…?」
「…それはまだ、お前は知らなくてもいい。とにかくそういう事だ。理解したか」

…理解したか、と言われても…

「あの、誰と誰の婚約…」
「今の流れでわからない筈もあるまい。俺と千鶴以外の誰がいる」
「・・・・・・・・だって婚約って・・好きな人同士が・・」
「何も問題はあるまい。…行くぞ、あまり時間がない」

そう言って、千鶴の手を取り歩き出そうとする風間に、千鶴は慌てて抵抗するが力では敵わない。

「私じゃなくても…ち、違う人に頼んでくださいっこんなことでみんなを困らせるのを止めてくださいっ」
「これは冗談でしている事ではない。俺はお前を妻にすると決めていると言っているだろう。それに、邪魔をするのは向こうだ」
「冗談じゃないなら、尚更私は行きません…っ私は、あなたの妻になるなんて、言ってない―」
「・・・ふん、直そう思うようになる」

何故わからないのか―

あくまで大人しく従おうとはしない千鶴に、軽い苛立ちを込めて振り返った風間と千鶴の間に、いつの間にか立っている者。
風間の手を振り払って、威嚇するように、嫌悪感を出した鋭い視線を風間に集中させていた。

「・・斎藤さん・・」
「・・・・・貴様っ・・やはりいたのか・・・邪魔をするな」
「邪魔はしていない。俺は千鶴の思うように、と思っている。・・千鶴は行かないと言っているだろう」
「あんなものは照れ隠しだ。真に受けてはいられん」
「千鶴の気持ちを汲もうともしないお前の言葉など、俺が納得する訳がなかろう」

斎藤のいつもよりも強く、言い切る口調に、風間よりも千鶴の方が驚いて肩を揺らした。
風間はぎりっと忌々しそうに唇を噛み締めている。

連れて行くべき千鶴は、斎藤の背中に隠れている。
それが尚更気に入らない。

「貴様には理解できないだろう事が、世の中には腐るほどある。全てを知ったような顔をするな」
「・・・・・風間、俺がわかっているのは・・・」

斎藤は、背中に伝う千鶴の温もりを感じながら、ゆっくりと言葉を吐いた。

「俺が止めたのに、あんたの話を聞くと言った千鶴に対して…誠実ではなかったあんたの態度だ」
「・・・何?」
「千鶴を想うなら、何故包み隠さずに話そうとしない」
「・・貴様に何がわかる。こちらの事情を知りもしないお前に、とやかく言われる筋合いはない」

斎藤を退けようと、肩を掴みかかる風間に、斎藤は肩を掴み返した。

「わかろうとも思わない。あんたのは…一方的に自分の都合に千鶴を引っ張り回す為だけに、己の気持ちを振りかざしているようなものだ
「・・・貴様・・・・」
「想う相手が大切であればある程…自分の気持ちを理解して欲しいなら、まず相手の気持ちを理解するのが先だろう・・俺は・・」

婚約披露と聞いて、気が気ではなかった。
けれど、千鶴の答えを聞くまでは、と耐えて待ったあの僅かな時間が、どれほど長く感じただろう―

「・・・俺ならそうしたいと思う、少なくとも自分の都合に連れ回そうとは思わない」
「・・・・・・・」
「千鶴の意思を、一番に考えたい―」

斎藤の、想いの詰まった言葉。
誠実な、真っ直ぐな言葉。
背中越しに伝わった言葉の中に、突然現れた自分の名前。

―――私?――

「・・・・・・・貴様、ぬけぬけとよくも――」
「風間、もう止めとけよ」

どこから現れたのか、はあ、と諦めたような溜息を吐きながらひょこっと姿を現したのは不知火だった。

「今のは完全にこいつの言い分が正しいと思うぜ?お前なあ・・ちゃんと話せって言っただろうが…順番が間違ってんだよ、考えろよな」
「貴様まで戯言にたぶらかされるのか―」
「・・・んな事ねェよ。でもそろそろ行かねェと時間やばいぞ。遅刻する方がまずいんじゃねェの?」
「・・・・・・・・・・・・」

苦々しげに斎藤を睨みつけながら、風間は体を飜してそのまま足を早める。
その背中をあ〜あ、と見つめながら不知火がこちらに振り向いた。

「千鶴、悪かったな。でも・・あいつに悪気は本当ねェから。それは信じてやってくれ」
「・・・・・・・はい」
「それと、諦めの悪さは天下一品だからな。これで退くとは思うなよ、斎藤一」
「・・・・・・・さっさと行け」

にっと笑顔を残して、足早に去って行く不知火。
気がつけば、二人の迫力に近寄りがたかったのか・・参拝客もいなくなって斎藤と二人きりだった。

「・・・あの、斎藤さん・・ありがとうございました」
「いや・・やはり付いて来て正解だったな。手は何ともないか?」

千鶴の手を取って、無事を確認する斎藤の行動に、それだけで胸がドキっと一度大きく鳴った。
意識しないように慌てて手を払う。

「・・大丈夫ですっそれより、沖田さん・・・それにみんなも・・大丈夫でしょうか。戻らないと」
「そうだな。先生達の様子も気になる。戻ろう――」

・・・斎藤のまるで変わらない態度
千鶴は頷きながら、先ほどの言葉を思い返していた。

『千鶴の意思を、一番に考えたい―』

あそこで出た自分の名前には、あまり意味はなかったのだろうか、でも――

話の前後を考えると、どうしてもそこが気になってしまう。
いつの間にか足を止めていた千鶴に、斎藤が首を傾げた。
ぼうっとしてる千鶴の視線の先にあるものを見て、顔を和らげた。

「千鶴、俺には遠慮しないで言いたい事を言えばいい」
「・・・・・・・え?あ、あの・・・・・・」
「お亀石と言ったか?願いが叶うとか・・したいのだろう?参拝の仕方が確か・・・」
「・・・・・・・・・」

きょとんとしてる千鶴に、また、優しい笑顔を向けて。

「・・これくらいの時間は許されるだろう。千鶴、行くぞ」
「・・・・・・・・はい」

自分が参拝したくて足を止めたと勘違いしている斎藤に漸く気がついた千鶴は、同じように笑顔を返した。
今までだって時折繋いでいた手。

どうしてかわからないけど、「はい」と言いながらキュっと繋いでみた。
差し出された訳でもないのに――

繋いだ瞬間、斎藤の頬が染まるのを見て、何故かそれがひどく嬉しく思えた瞬間――







22へ続く










































〜variety〜




竹林の新緑が視界を覆う。
風に揺れる笹の音が耳に心地いい。
鮮やかな緑の中に見えて来た黒い鳥居。

探すまでもない、風間は黒木の鳥居のすぐ傍に立っていた。
縁を求めて訪れる人々が、風間のことを興味深そうに視線を送っているように見えた。
それはそうだろう。
若い男が一人で何をする訳でもなく、じっとそこに佇む姿は目を引いた。

そんな視線をものともせずに、風間の目には漸く自分の許へ来た千鶴の姿。
それ以外、瞳に映ったものには何も興味がないように・・・じっと千鶴だけを捉えていた。

「風間、待たせましたね。彼女は話を聞いてくれるようです・・・場所を移しますか?」

千鶴をスっと風間の方へと促しながら、天霧は周囲に目を向けた。
恐らく、千鶴を探そうと動き出している彼らに、ここにいては容易に見つかってしまうだろう。

「いや、ここで構わん。…貴様のことだ、験を担いでこの場を選んだのだろう」

俺は信じはしないが、とふっと顔を和らげる風間に、天霧は「はい」とは答えなかった。
けれど穏やかに笑顔を浮かべている。

・・・験を担ぐって…野宮神社は確か…

縁結びが有名だと思い当った千鶴は、どう反応して良いのかわからず顔を俯けた。

「では私は…」
「ああ、任せる」

不知火と合流し、千鶴を探す面々の陽動、撹乱をと天霧はその場を離れたのだが、千鶴にはそこまでわかってはいなかった。
言葉もなく、「任せる」と天霧を送り出す風間に、千鶴は俯いていた顔を上げ、じっと見つめた。

「・・・・・・何だ」

戸惑っていた千鶴が、真っ直ぐに自分を見ている様子に、風間が訝し気に首を傾けた。

「いえ、その…いいなって思って」
「いい?何がだ」
「天霧さんと風間さんですよ。不知火さんもそうだと思うんですけど…何も言わなくてもわかってるって感じが…いいなあって」

ずっと一緒だから、仲が良いんですね。と自分の言葉に頷く千鶴に、風間は余計に眉を顰めた。

「お前は、妙なことを言うな…」
「妙…ですか?」
「…まあいい、そんなことを話す為に呼んだのではない。夜までそう時間もないからな」
「夜?何かあるんですか?」

そうだ、天霧と風間、二人の雰囲気に和んでいる場合ではなかったと、千鶴はしゃんと背筋を伸ばして風間に向き直った。

「今日は、風間グループの集まりがある」
「あ・・・風間さんのおうちが経営してる会社の・・ですか。だから京都に来ていたんですね」

でも、それと自分と何の関係が…?
ますます話の先が見えなくなったように思う。

「そうだ、それに…千鶴、お前を連れて行く」
「・・・・・・・私が?」
「時間がそうある訳ではない。小うるさい土方らには天霧の方から追々連絡を―「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

いつの間にやらガシっと掴まれた腕。
そのまま会場に連れて行かれそうな雰囲気に、千鶴は慌ててその場に足を踏ん張った。

「天霧さんが話を聞いてって言うから来たんです。なのに何の説明もなしにこんな―」
「説明なら今しただろう」
「何もされてないですっ…どうして、私が行かなきゃ駄目なんですか?」

場違いでしかないのに、と至極普通の疑問を投げかける千鶴に、風間は至って当然であるかのように答えた。

「俺がお前に決めたからだ」
「・・・・・・・・・・・」

どうしよう、全く話がわからない。
困ったように目を左右に動かす千鶴に、風間はその腕を掴む力を強めた。

「一族経営に異を唱える者が…昨今多い」
「・・・・・・?」
「特に、ここ数年の業績が思わしくないことで、反対派閥の勢いが増している」
「・・・・・・・・」

風間がきちんと、話そうとしてくれているのだとわかった千鶴は、風間に対して抵抗の力を緩めた。
そんな千鶴の態度に、風間の手の力も心なしか緩む。

「我が一族の統べる方針を変えるつもりはない。だが、頭の古い連中にいつまでも任せる訳にはいかない」

その赤い瞳は学校で、いつも威風を漂わせているよりもずっと、真剣で―

「俺が後を継ぐ。わかりきっていることではあるが…こういうことは示すことが大切だ。故に、今夜は・・・」
「・・・その為の、集まりなんですね」

自分が思ってるより、ずっと大変で難しい立場にいるのだとわかって。
だからだろうか…学校に留まっていたのは――?

「パーティの表向きの理由は婚約披露だがな」
「婚約披露という名目で集まってもらって、とにかく風間さんを認めてもらうってことですね・・・・・・・・ん?」

・・・・・・・・・・・婚約披露?

目をぱちくりさせる千鶴に、風間がふっと上から笑を零した。

「漸く理解したか」
「り、理解したかって…そんなの説明されないとわからないですっ!!・・・それに、あの―」
「まだ何かあるのか」

理解したなら話は早いとばかりに、風間が千鶴の手を再び取って。
歩き出そうとする背中に、千鶴は躊躇しつつも声をかけた。

「そういうのは・・・私じゃない方がいいんじゃ・・・」

それほど大きい家なら、きっと家と家との関わりなどもあるだろう。
自分がしゃしゃり出ていい筈がない。

千鶴は、婚約者としてパーティに出て欲しいという風間の意図を、汲み違えていた。
今だけでも、協力して欲しい―フリをして欲しい― そんな意味で捉えていたのだが。

「・・・・?お前はまた、妙なことを言う―」
「妙じゃないですよ、だって…」
「嫁にする気もない女を連れて行き、どうしろと言うのだ。我が妻を連れて行くことに意味がある」
「風間さん、またそういう・・・」

思わず反論しかけて、口を閉ざした。

いつも言われること。
『我が妻』

冗談のようなものだと思ってた。
風間さんにとって、挨拶のような…軽いものだと…

『誤解されやすいですが、彼はいつでも真剣ですよ』

天霧に言われた言葉が、頭を過ぎる。

「・・・そういう・・・何だ?」

風間は今も、何もおかしな事などないように、ずっと変わらぬ表情だった。

言葉をあやふやに仕立て上げて、切り上げようとしていたのは自分の方だった。

「…何もないのなら、大人しく付いて来い」

掴まれた腕は、言葉とは違って強要されていない。

話は聞いた。戻ろうと思えば戻れる―けど、

・・・・ちゃんと、考えなきゃ――

自分の気持ちに向きあって、心に嘘なく正直に答えられるように・・・
そうでなければ、きっと風間さんも納得しない筈―

軽く掴まれた腕に促され、まだ決めかねる気持ちを量りかねながら…
千鶴は風間と野宮神社を後にした。



「・・・・・・・どうする?」

左之の問いかけに土方はゆっくり空を見上げた。
もう夕闇が付近を仄暗く染めている。
他の生徒はとうに集合して、宿泊のホテルへと戻る道中だろう。

けれど土方の言葉を待つ一同は、帰る気など欠片もないようだった。

「…戻るぞ」
「戻るってホテルか?」

土方の言葉に「何でだよっ」と声を荒げて詰め寄ろうとする平助を止めながら、左之は土方の言葉を待った。

「ああ…俺らの生徒は千鶴だけじゃねえ。こいつらだってホテルに戻す義務がある」
「・・・まあ、確かに・・だけどよ・・・」
「僕は嫌ですよ。このまま…あいつらのいいように事が進むのを部屋でじっと待つだけなんて―」
「オレだって!!何だよ、探すなら人手が多い方が…っ」
「うるせえな!!」

どうしたって納得しないのはわかってる。
総司や平助だけじゃない、言葉でこそ文句は言わないが斎藤や山崎だって必死に自分の思いを殺しているのはわかってる。
けれど…

「いいか、天霧や不知火がちらちら目撃情報を残して…踊らされてんのわかってんだろ」
「・・・・・それは・・」
「それすらなくなった。この付近にはもういねえだろ…一端戻る。これは教師としての決定事項だ。逆らうな」

言葉尻は説教よりも、懇願のような声色だった。
土方の口から洩れたとは思えないような、ひどく弱い声。

「・・・とにかくてめえらを戻さねえと、千鶴を探すこともままならなくなるってことだよ。言うこと聞いとけ」

そんな土方の様子に、たまりかねた様に左之が助け舟を出した。
暫くじっと黙って、返事はなかったが…

「・・・わかりましたよ。とりあえず、ホテル戻ります」
「・・オレも。とりあえず!戻ってやるよ」
「俺も戻って連絡を待ちます。こちらからも何かあれば連絡いたしますので・・」
「無理はなさらないでください」

勝手に戻るとばかりに体を飜し、駅の方に向かう総司、平助、斎藤、山崎に、左之はいいのか?と土方に目を向けた。

「ああ、その方が助かる――とりあえず、だろ?あいつら…戻ってから勝手に動きそうだな」
「・・だな、それに関しては向こうにいる教師の責任って事で任せとこうぜ」

ふっと緊張していた空気が一瞬和らいで、土方はいつもの調子に戻ったのかぱっと腕時計を見た。

「・・よし、原田手伝え」
「おお、何をすりゃいいんだ?」
「決まってる。風間が京都にいた理由・・・何かあっただろ」
「ああ、そういや…」

だから今日は大丈夫だろうと…安心していたのだったと思いだす。

「昼間に何かあったんなら、あいつらこんな所に顔出さねえだろ。夜、何かあるんだろ」
「・・・・・そうか、そこを探しゃあいいってことか・・でも、京都のどこだよ」
「知らねえよ、まああいつのお家のことならどっかのホテルの会場だろ。しらみつぶしに探すぞ」
「なるほどな…了解っ」

その場を駆けだした所で、土方がそういや・・と呟いた。

「新八はどうした?あいつ今日一日どこ行きやがった」

新八の手でも借りたいのだろうか、急に土方がそんなことを言い出し左之は「おおっ!?し、新八?」と見るからにギクっとしている。

「さては競馬か・・・あいつ・・・・・・・・・」
「お、落ち着け!今は千鶴だろ?しらみつぶしって・・・電話でもして確認か?」
「んなのいちいち問い合わせして教えると思うか?あいつらのことだからホテルにも口止めしてんだろうよ」
「ってことは・・・足で頑張るしかねえってことだな。千鶴の為だし、気合い入れるか」


風間と共に会場に向かった千鶴。
その千鶴を探す土方と左之。
生徒であるが為にホテルに一端戻る総司、斎藤、平助、山崎。
どこにいるのか新八。

様々な想いが、京都を駆け廻る








22へ続く