Everything ties




20





どちらへお進みになりますか?

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何もなかったかのように、穏やかな時が流れる。

適当なところに腰を下ろして庭を眺めているのは総司、斎藤、千鶴の三人だけではなく。
一般観光客や、同じ学校の生徒たちもいたが。

先ほどの騒ぎなど嘘のように、静かな心地よさに、一見、身を落ち着けているように見えたのだが。

「・・・・・」
「・・・暇だね」
「情緒をわかろうともしない言葉だな」

「だって、暇だよ」と総司はすくっと立ち上がると、白砂をじゃりっと音立てて二人に振り向いた。
あくびをふあっとして、背伸びをして。目を擦りながら総司は眠そうに呟いた。

「確かに綺麗な景色なんだけど、ずっと見てると飽きるんだよね」
「そうか?俺は飽きない」
「そうですね、水面をずっと見ちゃいますね」

深緑のような池の色が、周りの木々や空を綺麗にその水面に映す様。
ゆらゆらと揺れ動く景色。
千鶴は退屈だとは思わなかった。

「千鶴ちゃんがずっと映っているなら、僕だってずっと見れるよ」
「そうだな」
「っ!?斎藤さん、そ、そこは納得するところじゃないですよ」

この会話のくだりで、どうしてそういう流れになるのか。
ここに平助や山崎がいたら呆れていたかもしれない(いや、一緒になって乗っていたかもしれない)

「ちょっと眠気覚まして来る」
「覚ましてくるって…沖田さん、どちらに?」
「ん?その辺りブラブラとね。すぐに戻るよ。・・・それとも、一緒に行きたい?」

嬉しそうに体を屈めて覗きこんでくる総司に、千鶴は思わず体を後ろに退け逸らせた。

「そんなに違う〜って全身で示してくれなくても…」
「行くなら早く行け。…それとも、俺達も・・「いや、いいよ。すぐに戻るし」

斎藤の言いかけた言葉に総司はすぐに首を振った。
一呼吸おいて、力のこもった声。

「それじゃあ、よろしくね」
「ああ」

千鶴ちゃん、いい子で待っててねと軽く手を振って、笑って、すぐに背中を向けて。
そんな総司の後ろ姿を見ながら、千鶴はどこか違和感を感じていた。

「・・・・沖田さん、少し・・いつもと様子違いませんでした?」
「・・いや、俺にはいつも通りに見えたが」

どこか考えた様子で、心ここにあらずといった斎藤の返事。

「・・斎藤さんも・・・あの、やっぱりそうなんですね?」
「やっぱり?何のことだ?」
「何って一言では言えないけど、先生や平助君、山崎さん・・それに怪我をした人達・・・」
「・・・・・・・・・・」

黙って千鶴の言葉を待つ斎藤の意識が、ちゃんと全部自分に向かっていないのをどこかで感じる。
周りを気にしているように見える―

「沖田さん、心配で様子を見に行かれたんでしょう?そう言えば、私たちも行くって言うと思ってあんな風に・・」
「それは千鶴の気にしすぎだ。ああいう気まぐれはいつものことだろう?いや、いつもはもっとひどい」

千鶴の言葉を否定する斎藤。
けれど、でも・・と千鶴は思う。

「でも、斎藤さんの様子だって・・落ち着かないみたいです。周りを気にして・・」
「・・・いるように見えるか?」

自分はそんなにわかりやすいだろうか、と一瞬眉を顰めてしまう。
それにしても千鶴は・・おっとりとして鈍いところがあるのに・・こうまで簡単に違いを見破られてしまうとは・・

斎藤はそんな思いは口に出さず、至って普通の体をしていた。が、内心気を研ぎ澄ませていた。
あからさまに何かをしかけて来るような・・そんな空気を感じたから―

そんな斎藤の様子の詳細にはさすがに気が付けず、千鶴は尚も言葉を続けようとした。
けれど、その背後に急に現れた人影に声をかけられ、その言葉は出る事はなかった。

「――こんにちは」
「・・こ、こんにちは・・天霧さ、ん・・・って。え?…どうしてここに・・」
「・・・・やはり、事の元凶はお前たちか――修学旅行を乱し、己の欲の為だけに・・よくもっ」

斎藤が千鶴の腕をすぐに掴み、自分の背後へと隠した。
一人、状況が呑み込めない千鶴をよそに、二人の対立が増していく。

「・・おかしいですね。そこまで目立つことはしていない筈ですが」

どこがだ、と半眼を天霧に遠慮なく斎藤が向けるも、天霧は堪えないように微笑むばかり。

「聞かなければならないことがある。今度のことは千鶴を攫う為に全て仕組んだことなのだろう?」
「・・・・・・・え?さ、攫う?」

背中から、顔を出そうとする千鶴を斎藤の腕が防いだ。
大人しく、隠れていろ―と暗に告げられている気がした。

「攫う、とは人聞きの悪い。我々は彼女と風間に話をする機会を・・と思っているだけです。
いつもあなた方が傍にいて、風間にはそんな機会など与えられないでしょう?」
「だからと言ってこんな強引な―」
「それは認めます。ですが時間がなかったもので・・今回は手荒な真似になったとは思っています」

吶々と、話す口調を一切変えずに、切り返される言葉。
けれど、最後に付け加えられた言葉だけには、申し訳なさが滲んでいた。

「一般の生徒を巻き込んだのだろう?」
「・・いえ。巻き込んでいません。関係のない者を巻き込んで・・それが明るみに出れば不祥事として扱われますからね」
「・・・そうか、最初の生徒が不知火。次のはグループ一味の者、ということか」
「・・・やはりよくご存知で。だからこその、あの警戒・・見事でした」

総司と、斎藤と、千鶴と…
三人になってからの二人の警戒のしようはすごかった。

そもそも、倒れた生徒を見た時の彼らの反応。
心配な様子でもない、怪訝な様子でもない。
まるでその生徒を検分するかのような視線だった。

自分たちの計画をこの時点ですでに気が付いてはいつつも、様子を見ているのだということはわかった。
彼らにとって最優先は雪村千鶴。
こちらにとっても最優先は雪村千鶴。
計画が露出しようとしまいと、遂行出来さえすればいいのだ―

所詮は学生が二人。
ねじ伏せてしまえばいい、とも思わなくもなかったが・・
それをさせない警戒があったと言える。

「今頃、他の者も事情を察し、こちらに戻って来ている頃だろう。諦めろ」
「そういう訳にはいかないのです。・・もう一人の彼、沖田総司が何かを考えてこの場を離れたのはわかりますが・・」

周囲にゆっくりと、わざと見せるように視線を向けて。
今まで以上に落ち着いた、貫禄を漂わせた。

「彼が何をしようと対応できると私は考えています。ですから、せっかく作ってくれたこの機会を逃しはしません―」

学校にいる時とはあまりに違う天霧の貫禄に、千鶴は名前を呼ばれて、反射的に一歩退いた。
声が穏やかなのに、差し出された手は拒むことを許してはいないように見える。

「一度、風間の話をきちんと聞いてあげてください― 責めならその後に」

一転、懇願するような声――

千鶴は聞いていてもよくわからなかった。
けど、先生が向かった橋のこと、平助、山崎が奔走しているあの生徒たちのこと。
それが・・・生徒会の一味のしたことだ、というのはわかった。

しかも、自分と話をする、ただそれだけの為に――


私は――

「行きません」

「行きます」





































「行きません」



「私は、行きません―」

「千鶴―」と安堵したような斎藤の声が聞こえる。

斎藤の声を聞きながら、これでよかったのだと自分に言い聞かせていた。

そこまでして、自分に話したいことを聞かなくてもいいのだろうか…
少しは頭を過るそんな考え。

けれどそれより遙かに…
そこまでして、何の話をしたいのかもよくわからない。

みんなに、迷惑をかけて―
人を傷つけて―
どんな理由であっても、頷けない――

そう思う気持ちが強くて。
その手は取らない、とばかりに自分の手を胸の前でギュっと繋ぎ合わせた。

「・・景観を損ねては大変ですから、ここでは出直ししかないでしょうね」

千鶴の強い意志に根負けしたような声。
そこで一瞬でも安心したのはいけなかったのだろうか―

「あと、誤解なさらないでください。これは風間の意思ではなく、私たちが勝手にしたこと。
それでもそのように思うのなら…風間に直接、あなたご自身の口からお伝えください」

一瞬で縮まった距離。
耳元でそう告げられた言葉に、体は何が起こったのかわからず動かない。

「千鶴ーっここは俺が押さえる―総司の許に・・」
「斎藤、あなた一人で私の相手が務まりますか?」

押された体。
行け―と告げられた声に従うように、足がよろっと前に出て。
千鶴は総司が足を向けた方向に、ひたすら足を動かした。

千鶴の姿が遠くなっていくことに、斎藤は安堵の息を漏らして、なのに天霧も焦っている様子はない。
落ち着き払って、目の前の相手を最速の時間で対処しようとしている。

「よろしいのですか?彼女を一人にして。あなたが守らなくてはならないのでは・・?」
「―――」

天霧の様子、きっとまだ何かを仕掛けてはいるのだろうが・・・
こちらにも総司がいる―

斎藤は見えない姿に向かって、胸の内で頼んだ―と呟いた。



…はあっ…はっ…

すぐに息が切れるのは緊張しているから?

すぐに見つかると思った長身の姿はどこにもなくて。
それなら、一番近いのは・・山崎さんのいる所―

すぐに目の付く場所の筈なのに。
何事もなかったかのように誰もいなくて。

自分だけが嫌な夢でも見ているような気がしてくる。

「お嬢さん、雪村千鶴さんかい?」

こちらの気持ちなどお構いなしの、明るい声が頭から振って来た。
千鶴がゆっくり首を振ると、人の良さそうなおじさんが、これこれ、と人力車を指差した。

「待ってるからこれに乗って来いって言伝だよ、乗るかい?」
「・・・言伝?誰から…?」

平助君や山崎さんだろうか。
怪我した生徒を運んで、そのまま集合場所に向かうということだろうか・・?

「ああ、平助って言ってたかな。何でも嬢ちゃんがコレに乗りたがってたからって言ってたんだが・・」
「・・平助君・・っあの、そこどこですか!?私すぐに行かないと・・・」

こちらの状況を話して、早く斎藤のところに戻らなければ―

「野宮神社だよ。だけど嬢ちゃんが走るより乗った方が早いと思うがな、道わかっているかい?」
「・・・・あ・・・」
「それに、金ももう貰ってるからな。せっかくだから乗ってやんなよ」

千鶴はもう一度辺りを見渡した。
総司も、平助も、山崎も…やはり、どこにも見当たらない。

「・・それじゃあお願いしますっ」
「おうっ急いでいるようだから、観光はしなくていいんだな?」
「はい」


「・・・はあ、千鶴ちゃん。僕たちの様子には気が付くくらい鋭いのに・・」

ああいうのには、てんで弱いな・・
こんな時に、いくら平助でも人力車なんて頼むわけないじゃないと、総司は苦笑いを浮かべた。
肩についた葉を振り落としながら、やっぱり千鶴ちゃんって放っておけないよね、放っておく気はないけど。と一人ごちながら、嵐山の簡易マップを広げた。

「野宮神社ね・・千鶴ちゃん達はあっちに向かったから・・じゃあ、僕はこっちから・・あの早さなら先回り出来る・・よし――」

簡単に確認するや否や、地図を乱雑に閉じてそのまま走り出した。
軽い口調とは裏腹に、その表情は人が見たら慄いてしまうような、沸点を振り切ったような、怒気を閉じ込めたものだった。

倒れた生徒。手刀か何かで倒されたようだが・・・
一般の生徒とは思えないような太い首。
普段、鍛錬で慣れているからこそ、彼らはうまくオチられたのだ―

そんなことを出来る奴が、何故今ここで―

考えればすぐにわかる単純な仕組み。

それに気が付いたのは自分だけではなく、斎藤も・・
だからこそ、自分が離れると言った時の、わかっているっと言ったような、あの表情だったのだろう―

最初は生徒会のことなど放っておけばいいと思った。
けれど、やり方が手段を選ばなくなってきている。
ここで追い返しても、どうせ千鶴を攫うまでは諦めないだろうから・・とわざと隙を作って、こちらが先に吊るしあげればいいと思ったのだが。

「・・ただ単に、千鶴ちゃんと観光したいって訳じゃなさそうだったな・・だとすると今振り切っても、この先しつこそうだし・・」

そんなのごめんだ、と思う。
千鶴と、せっかく旅行に来ているのに、こんな攻防戦で終わらせる気はない。

「馬鹿の居場所もわかったことだし、親玉撲滅。その後は全部、僕との時間に――」

させるからね、と怒気を一時収めて、ふっと顔を和らげて。

目指すは同じく野宮神社――





21 main沖田ルートに続きます。








































「行きます」


「・・わかりました、行きます」

その千鶴の言葉に天霧は微笑んで、斎藤は驚愕の顔をした。

「・・千鶴、本気か?こんなことをする相手だぞ―」
「私も、風間さん達のしてきた事、いけないって思います。だけど・・このまま話を聞かずにいたらずっと繰り返すかも・・しれなくて。
それはもっと駄目だと思うんです」
「それは、そうだが…普段のあの男の様子を考えると、お前の言葉が通じるとは思えん」

常に横柄な態度で学園を練り歩き、千鶴を見つけては我が妻我が妻と連呼して。
困った様子を見ても怯むことなく、勝手にポジティブに考え、千鶴の言を変換して自分のいいように解釈。
まるで話しになったことがないというのに。

「でも、確かに私・・風間さんとゆっくりお話したことないんです。何も聞かずに突き放すのは・・ちょっと違うと思うんです」
「・・・・・・・・・・・・・」

確かに話しかけてくれば、途端に自分や総司、平助などが千鶴の周りをガードするようにしていた気がする。
それはあの危ない言動故の行動だから、正しいことだと思っていたが…

「あなたにそうおっしゃって頂けると、こちらも助かります・・では、私について来て頂けますか」
「はい」

すっと今までの非礼を詫びるように頭を下げて目の前を通り過ぎる天霧。
その後を追うように歩こうとする千鶴。

「待て、ならばその話の場、俺も付いて行く」
「え?で、でも・・」

斎藤さんがいなくなったら、沖田さんや皆さん困るんじゃ・・と言う千鶴に、携帯で連絡を取ればいい、と言い切り、いいな?と天霧に確認を取ろうとした。
けれど、天霧はその申し出に難色を示した。

「あなたが付き添いで来るとして、風間が冷静に話を進められるとは思えません」

逆上して、とりあえず千鶴の言うことは聞かずに斎藤をどうにかしようと思いそうだ。
だが、斎藤も一歩も退かなかった。

「かと言って、千鶴一人をその場に連れて行くことに頷くことなど出来ない。・・・約束する、口は挟まない。その話とやらが終わるまでは見届けるつもりだ」
「・・・その話の結果、彼女があなたの希望とは違う選択を選んだとしても、口を挟まないと誓えるのですか」
「・・・・・それは――」

そうだ、と言いきれない自分がいる。
千鶴を他の者の手に渡すなど、考えたくもないのだ。
今、自分を見つめる千鶴の視線に、誠実に応えられていない気がして、斎藤は顔を俯けた。

「誓えないのなら、この場でお待ちください・・我々も彼女の気持ちが変わらないのなら、無理強いはしません。約束しましょう」

斎藤とは違って、はっきり約束を告げた天霧に、斎藤は二の句が告げない。
何を話しているだろうと困惑する千鶴と、冷静な天霧に、この空気にはそぐわない明るい声がかけられた。

「おっその子が雪村千鶴ちゃんかい?もう乗せていいんかな」
「・・・??あ、はい。雪村千鶴です。こんにちは・・」

千鶴は、その男と、その後ろにある人力車を交互に見て目をパチパチさせている。

「あ、あの・・乗せるって?」
「ああ、こん人に頼まれたんだよ。嬢ちゃんを乗せて野宮神社に案内してくれってな」
「私を・・野宮神社に?」

千鶴は戸惑いながら、天霧に咎めるような視線を送った。
天霧はそれに頷きながら説明をした。

「仕方なかったのです。あなたと沖田は二人とも剣道部でも突出した才能の持ち主ですし・・そう簡単に彼女だけを私が連れ去ることは難しいかと・・」
「だから、この男に頼んで千鶴を運ぼうと・・・そんなことを聞いて千鶴一人を行かせられる筈がないだろう!」
「そうは言っても、彼女の行くという一言がなかったら、あなたも何が何でも彼女を手放さなかったでしょう、違いますか?」

再び、二人の間に冷戦の雰囲気が漂って。
千鶴はもとより、人力車の車夫は本当に関係のない人なので巻き添えである。

「あ、あのお三人さん・・じゃあ乗らんってことでい・・「いえ、乗ります」「そうだ、乗らない」

埒があかない――

「え、ええと・・斎藤さんっ・・行かないのは・・私、話は聞かなきゃって思うんです」
「だが――」
「それに天霧さん、やっぱりこう用意周到にされていると・・私も不安なので斎藤さんについて来てもらいたいです」
「・・・・・・困りましたね」

膠着状態の3人、いや、車夫も入れて4人。
天霧がそれなら千鶴を人力車に乗せて、自分が斎藤の足止めを・・そう考えた時。

「あ〜あ、面倒臭いことしてるよね。斎藤君もさ、野宮神社って行先わかったんだから・・もっと柔軟に対処しなよ」
「・・総司っ」「沖田さんっ」
「・・・厄介なところでご登場ですね。今までは様子見ですか」

今までずっと余裕の態度だった天霧が、初めてその姿勢を崩した。
もう少し、というところだったので余計である。

「そう、いいところで王子様の登場って感じの筈だったんだけど・・」
「何が王子だ、こんな時に冗談を・・っ」
「うん、冗談じゃないよってことで――っ」
「っ!?」

総司によって千鶴も斎藤も無理やり押し込み乗せられて、車上であたふたと起き上がろうとした時、「車夫さん、二人を連れてってね」と声がかかった。

「は、はい〜じゃあ行きますよ〜」

とにかくこの場から離れられるなら・・と車夫は人力車を出来得る限り早く発進させた。
その間、天霧が大人しくしていよう筈もなく、もちろん妨害しようとしたのだが・・・

その妨害を総司が全て封じていたのである。

「もともと、千鶴ちゃんとあの馬鹿な会長をお話させたかったんでしょ。これでちゃんと出来るんだから、邪魔はしないでくれるかな」
「・・・・あなたが乗りたかったのでは?よろしいのですか」

厳しい表情で総司を見据える天霧に、総司は飄々とした笑顔で応えた。

「こっちの心配してていい訳?借りは返さないと気が済まないタチなんだ…これからは邪魔出来ないようにしてあげるよ」

思い通りになんかさせない、と総司は天霧に向かっていった――



「沖田さん、大丈夫でしょうか…」
「総司なら大丈夫だ」

心配そうな千鶴に、斎藤は間髪なく答えて。

「・・いつも、文句ばかり言いあってるけど、やっぱり信頼し合っているんですね」
「普段はな、その・・千鶴が絡むと…
「え?」
「いや、何でもない―」

いつもは客に観光の名所を教えながら、説明をしながら通る道。
まったくそんな話は一切せずに、ひたすら野宮神社へと先を急ぐ車夫には・・後ろの雰囲気はつらかった。

「・・・千鶴、一つ約束して欲しい」
「はい」

今から千鶴に言う言葉は、自分にかける誓約。
違うことのないように、斎藤はゆっくり口を開いた。

「話を聞きたいという・・お前の気持ちはわかった。ただ・・」
「・・・・・・・」
「その場の、一時凌ぎの感情に流されないように、よく考えて返事をしてくれ」
「・・返事を?」
「そうだ、お前がよく頭で、心で考えた末の言葉なら・・俺は受け止めるから・・」

口は挟まない、と千鶴の前ではっきり告げた。
この約束は違えないという、斎藤なりの気持ちの証だった。


目指すのは、野宮神社――





21 main斎藤ルートに続きます。











































variety




ガン!!!と橋を蹴つりたくなる気持ちを押さえて、にこにこと営業スマイルの如く笑顔を浮かべ、橋一角辺りを頭を下げて回っているのは土方歳三であった。
橋に群がる人達。その目線の先に馬鹿な生徒がいると思いきや…いない。
どこに行ったのかと、その群衆に生徒の様子を聞けば、皆野次馬精神が強いのか、協力的なのか。

「すっごく身軽だったのよ〜!あれは自分で落ちたのよ!絶対よ!!」とか。
「落ちた後も笑顔で立ち上がってなあ…そのまま中州から対岸へ…どういう体しとんじゃ!すごい鍛え方やな!」とか。
「映画の撮影か何かと思ってたのに!事故だったの!?みんなカメラを探していたんだけど…それじゃあの生徒さんどうしてピンピンしてたの!」とか。

聞けば聞くほど、頭が噴火しそうになる土方が、それを必死に抑えつつ。
ご迷惑をおかけしましたと謝っている様…なかなか見れるものではない。

「すげ…珍しいもん見たな。総司より土方さん怒らせるの上手いじゃねえか、そいつ」
「何がすげえだ!!てめえ…俺一人にさせやがって!!」
「んなこと言っても、俺は病院への連絡や着替えの準備って言ってたじゃねえか。俺だって病院に一応大丈夫そうだって謝ってだなあ」

ようやく橋の人群れが散開して、そのまま橋にぐったりもたれかかる土方。
さっきまでのストレスをこちらに向けられているようでたまらない。

「わかってんだよ…ったく…・・・・・・ここから、落ちたんだよな」
「ああ…普通…怪我なし!なんて無理だぜ無理!あらかじめ下に何か用意してたとか…こうなるとやっぱ呼びに来た奴も怪しくねえか?」

映画の撮影かと思った、という人の意見が大多数で。
皆、心配というよりは、貴重な場面に立ち会えたという興奮に包まれていた。
なのに、あの男は心配していたのだ。
そして心配してた割に、帰りには仕事をやり遂げたように・・満足そうにゆっくり歩いていて――

「…怪しいとしてもそいつは別に直接何かした訳じゃねえ。本当の親切かもしれねえしな。問題は生徒だろ。そんな面倒臭えこと…何でしやがる?」
「さあ、何か理由があったんだろ…その生徒の特長は?」

聞いたんだろ?と左之が問いかけると、黙ったまま煙草を取り出した。
腹立たし気に徐に一本、口に咥えてゆっくりとその煙を吸いこんで、少しは落ち着いたのか、ああ。と返して。

「色黒で、長髪で、口も悪ぃ…柄の悪そうなやつだ」
「・・・・・・・・・・」
「修学旅行には来てない筈の野郎しか思い浮かばねえけどな」
「不知火か!!確かにあいつなら…何か準備して怪我なく・・・ん?待てよ。ってことは…」

ぱっと左之が土方に顔を向けた。
土方も仕方なく頷いた。

――風間一味が動いているのに間違いない

「・・っばっ!こんなところで一服してる場合かよ!!早く戻らねえと・・・天霧と風間の野郎も何か仕掛けてんじゃねえか?」
「・・だろうな」
「だろうなって・・おい、そんなに落ち着いて何見て・・」

と、左之が体を一転させればすぐにわかった。
橋の向こうから、平助がこちらが気付くようにか両腕を大きく振りながら走ってくる。
そのせいで、若干スピードが出ないのか、よたよたしているが…

「…何か、あったんだな…ここはもう引き上げでいいよな?」
「おう、平助の話を聞くか。あんま喜ばしいことじゃなさそうだがな」
「あいつら――昨日はあっさり引き揚げたんだろ?何で今日は・・こんなに食い下がるんだ?」

左之の言ったことが、大きな手掛かりになるということは土方もわかってはいた。
だけど詳細が掴めない。
今日、京都で何があった?そこを詳しく思いだせれば…

あるいは、平助の話を聞けば何かわかるかと思ったのだが…

「・・・・何だそりゃ・・ただの喧嘩か?」
「そう、オレも思ったんだけどさ、何か違和感感じてさ〜…」
「違和感?」

平助も観察眼は鋭い方である。
こう見えて剣道部でも期待されている。
二人が自分の意見を真面目に聞こうとしているのがわかった平助は、緊張し、喉を鳴らした後自信なさ気に話した。

「倒れ方がさ、一瞬の手刀みたいなのでおちたみたいなんだ」
「・・・・それで?」
「だけどさ、そいつ首がすっげー太くて・・・」
「・・・首が太かろうが、おちる時はおちんだろ?」

うまく伝わらないもどかしさに平助が、「だから!」と声を荒げた。

「ぱっと見、普通なんだよ!全然鍛えてないですよ〜みたいに体隠すように制服を着つけてるっていうかさ、だから首の太さがえらい目立ってて・・」
「・・・それは確かに妙だな」
「だろ?何つうか、そういうのに慣れたものが・・手刀を受けて、うまいことおちましたーって感じに見えてさ」
「・・・・・・・平助、正解だな」

ぽすっと平助の頭をよくやったとはたいて、土方はそのまま平助の来た道を戻るために走りだした。
途中携帯を出して、千鶴に何もないかと総司に連絡しつつも・・・

「・・・・・ちっ出ねえな・・何かあったか?」
「総司と一君は千鶴と一緒にいる筈だぜ?山崎君がその生徒一人で見てる筈だっ」
「ほう、山崎がねえ・・・じゃあ向こうから走ってくる人影は誰だ?」
「んなの・・・・・って、ええっ!?山崎君じゃん!!」

走りながら平助は目をゴシゴシとするも、紛れもなく山崎本人だった。
珍しく慌てた様子で、皆の許へと駆けよって来た。

「・・どうしたっ何かあったのか?」
「すみません、いなくなりました――」
「いなく・・?え、だってあいつら、完全におちてたよな?」

信じられない、と平助が目を白黒させている中で、土方と左之は冷静に、考えられないことではないと思っていた。
その強さ、日々の慣れで、ある程度の時間を計算しているのかもしれない。

「普通の生徒とは思えない力で振り払われて・・事情を聞こうとしたのですが・・・」
「逃げるようにってか。ますます平助の言った線が濃くなったな」
「あの手の攻撃は天霧さんが得意としていた気がします。俺は生徒会が怪しいと思うのですが・・」

遠慮がちだが、自分の考えは間違っていないと思っているのか。
背筋を正して土方に進言する山崎に、皆ふっと笑を漏らした。

「・・な、何がおかしいのでしょうか」
「いや、そうじゃねえ。みんなあいつの仕業だなと認識しだしていたところだ」
「・・・そうだったんですか・・・それでは、早く沖田さん斎藤さん雪村君と合流した方が・・」

山崎がそう言った時だった。
メールの着信音が同時にかかる。

土方と左之がすぐに携帯を取り出すと・・・

『千鶴ちゃんがそっち向かってる。見つけて』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「な、・・千鶴が?つか、これは二人が千鶴を見失ったってことか・・・っ!?」
「え?えええっ!?どういうことだよそれっ!!オレにも携帯見せて・・・って、ん?そういやオレの携帯もピカピカ・・・・・ゲ、総司からだ・・・」
「・・・・・・・・つまり、状況は最悪だってことだな。千鶴は・・・今――」

土方が深く溜息を吐いた。

「「「一人」」」

「・・・・・ど、どうすんだよ!早く戻らねえと・・」
「落ち着け平助。取り敢えず別れて探さねえと・・左之、総司と斎藤にもその旨打っといてくれ」
「了解っと・・もし、あいつらにすでに攫われてたら・・?」
「学園内のことなので、内輪で。ですか?」

もし、攫われていたとしたら、どの方向に逃げるだろう・・と山崎が地図を広げながら土方に尋ねる。

「だな・・近藤さんの耳に入る前に迅速に対応だ・・・」

いっそ退学でも何でもして、どっか行きゃいいのに――

土方は風間の動向に恨みながら心の中で吐露していた。


その頃、千鶴は――


「どうして天霧さんがここに――」
「あなたを探していたのです。私と一緒に来て頂けませんか?」

総司と斎藤をまいた天霧に見事に捕まっていた。
逃げ切られる筈もなかったのだが(本人は追われている自覚が全くなかった)

「天霧さんと・・?でも、私旅行中だし・・平助君や先生達のところに・・・」
「先ほどの騒ぎはすべて収まっています。あなたには風間の話を聞いてもらいたいのですが」

すべて、収まった・・と言っただろうか・・
それなら、もう皆、戻ったということだろうか?

「収まったって本当ですか?もうみんな旅行に・・通常通りに戻って・・?」
「・・・それは・・どうでしょう。あなたを探そうと躍起になっている頃でしょうか」
「っそれなら、私行けません。みんなに心配なんて・・」

かけられない、とふるふると首を振る千鶴に、天霧がでは、と言葉を続ける。

「こうして、一人で行動を起こしたことは問題ではないと・・?」
「それは――」
「責めるつもりはありません。ただ、話を聞いて頂けませんか?あなたは・・風間の話をきちんと聞いたことがありますか」
「・・・・・・・・・・」

風間さんの話?
だって、真面目に話を・・といった雰囲気のことなんて、一度もなかったと思ってる。
違ったのだろうか・・

そんな千鶴の感情が表に出ていたのか、天霧は顔を和らげた。

「誤解されやすいですが、彼はいつでも真剣ですよ。一度、話を聞いて頂けませんか」

無理やり、聞けと言われたなら・・断ったかもしれない。
でもそんな風に言われてしまうと・・・

いつでも真剣だと天霧が言っている風間の言葉を、自分は真剣にとらえて聞いたことがあっただろうか。

・・・だって、いつでも我が妻よ、とか。俺の許に来い。とか・・・あれも、なの?

どうしようか、と悩みながらも千鶴は頷いていた。
自分がそんな気持ちを、知らずに無下にしていたのなら・・傷つけていたのかもしれないと思ったら。
自然に頷いてしまっていたのだ。

風間だけでなく、皆にそう想われていることなど知らない千鶴は、大人しく風間が待っているという野宮神社に向かうことにした。




目指すは、野宮神社――





21 varietyに続きます。