Everything ties




19




ぱたぱたと千鶴は天井に目を固定しながら、天龍寺の法堂の中を行ったり来たりしていた。
天井から目を離さない千鶴と、天井と。交互に見つめながらその様子を見守るのは三人。
そう、三人。

平助は千鶴と同じように、隣で天井を見ながら行ったり来たり。
千鶴が止まると同時に平助も止まって。
二人でにっこり顔を合わせた。

「どうだった?平助君」
「確かにどこにいても睨まれてる気分だったよなあ。でもどうせならさ・・・」
「うん」

今も上を見上げれば、こちらを睨んでいるような龍。
千鶴と仲良くしてるのを気に食わない、後ろにいる三人も同じような目をしているのには流石に気が付いてはいなかったが。
そんなことはどうでもいいやとばかりに、にかっと歯を見せて、千鶴に笑いかけた。

「どこにいても笑ってくれるような龍がいいんじゃねえかって思うけどな!」
「それ、平助君らしい…平助君が画家ならすごく楽しくなる天井画を描きそうだね」
「千鶴ちゃん、平助のは天井画、とは呼ばないんだよ。落書きって言葉になるんだからね」

放っておけば、いつまでも続きそうなほんわかした会話。
そんな二人を現実に戻すような冷たい一言が平助に降りかかった。

「落書きって・・・総司だってオレと対して変わらねえだろ?」
「そんなことないよ。僕の絵はセンスがあるって・・原田先生だって言ってたしね」
「それは…まさか、あの古典の答案に描かれていた…」

斎藤が総司の言葉にピクっと反応した。
職員室で答案を手に怒っている土方を見かけ、その原因が落書きであったこと。
そしてその落書きを左之が意外に褒めていたのを見ていたのである。

「そうそう。よく知ってるね」
「沖田さん、絵がお上手なんですね。私も見てみたいです」
「いや、雪村君。あれは…」

うまいと言うより、ただ単にからかった代物で―
どう表現していいやら、言葉を詰まらせる山崎に総司がん?と首を傾げた。

「山崎君。何で僕の描いた土方さん知ってるの」
「・・・あれは・・・何故か保健室に置いてあったんです」
「答案用紙が!?それって問題じゃん!!」
「いえ、答案用紙ではなく、落書きだけが・・沖田さん、いろんなものに落書きしていますよね」

それは、そう。と頷きつつも・・何故保健室に?と皆が沈黙する。

「山南先生が気に入っているようでしたよ・・土方先生が知っているのかは・・知りませんが」
「へえ。やっぱり僕の絵の芸術性がわかる人にはわかるんだね」
「すごいですね!沖田さんっ」
「いやちょっと待て!!絶対違う意味だろ!?」
「総司はその絵を・・千鶴に胸を張って見せられるのか?」

斎藤の素朴な質問に、・・・・と明らかに怪しい沈黙の後の「もちろん」は信憑性が全くない。
これ以上この話が続くのはよしとしなかったのか、総司が唐突に話題を切り替えた。

「ねえ、ここはもういいよ。次は庭園見に行こう」
「大方丈にも龍の襖絵があるようだが…」
「時間はありますが、今だと庭園の方が空いていそうですね。効率よく回る方が良いと思います」

庭園を見るなら受付を済ませないと…と山崎が踵を返したところで、生徒たちが法堂正面奥で騒いでいるのが目に入った。

・・・・何だ?

よく見てみれば、地面に倒れている男子生徒が二人。
喧嘩でもしたのだろうか?

「すみません。少し様子を見てきます」

同じく異変に気がついたのだろう、不安そうに表情を一変させた千鶴に、ただの喧嘩ですよ、きっと。と一言付け加えて。
山崎はその二人と、同じ班なのだろうか。傍に立っている者二人の許に向かった。

「・・・・・これは?」
「あ、あんた保健委員の・・・丁度よかった!こいつらが突然っ・・」

青くなって必死で倒れている二人を指さして。
そうなるのは当然かもしれない。
殴り合ったとかではなく、突然倒れたように見える。
お互いに一切抵抗したような痕跡がなく、怪我したところもない。

「・・突然と言いましたね。何もなく、ですか?」
「俺らが前を歩いてて、こいつらが後ろを歩いていたんだ。それで急に倒れる音がして…」

だからっとうろたえる二人に、山崎は軽く首筋を押さえ、ゆるく打つ脈を確認する。

「山崎君っ大丈夫か?それ・・喧嘩じゃ・・」

遠目に見ていた平助は山崎の傍にかけよると小声で確認した。
今のところ、喧嘩でもしたのだろう、と周囲にいる者は思っている。
あまり騒いで事を大きくしてはいけないのはわかる。

「喧嘩ではありません。恐らく、頸動脈に衝撃を与えられて・・・」
「・・そんなの、ドラマとかじゃねえんだし・・出来るのかよ」
「実際見たことはありませんが、不可能ではないと聞いています」

事実、そうして「おちた」ようにしか見えないのだ。

「・・・とにかく、俺はここに残って様子を見ているので・・藤堂さん、申し訳ありませんが先生を・・」
「呼べばいいんだな?わかった」
「出来れば、土方先生や原田先生、永倉先生が適任かと思うのですが・・」
「でも土方先生と、原田先生はさ・・」
「そうなんです。渡月橋の方に・・」

こんな時に、と思う。
永倉先生は今日は見かけていない― 一体どこに行ったのか…

山崎の考えていることは自分と一緒だろう、と平助も来た道の先をじっと見ていた。
新八っつぁんはいなかったよな・・探すより、戻ってどっちか一人を呼び戻すか・・
悩みながらも平助はこくっと頷いて、気がかりなことを問う為に口を開いた。

「あのさ、変な奴がいるなら、千鶴達も・・あんまり動かない方がいいんじゃ・・」
「・・そうですね。でもここにいても不安を煽るような気がしますし・・受付を済ませて、庭園にでも入って待っていてもらう方がいいかと」
「それもそうだな。総司も一君もいるし、そっちの方が・・心配ない、か」

せっかくの修学旅行に、千鶴を怯えさせたくない。
くそっどこの馬鹿かしんねえけど、犯人見つけたらオレが殴ってやる!!

平助は勢い立ち上がり、そのままこちらの様子をじっと見ていた三人の許に向かった。

「・・あのさ、オレ先生呼びに行くから。千鶴、総司と一君と・・庭だっけ?見て待っててくんねえかな」
「・・それなら私も戻る!一人より二人の方がいいでしょう?」
「オレ一人の方が、早く呼びに戻れるからさっ!すぐだから・・庭で待ってろよ?」

平助は千鶴の頭に言い聞かせるように優しく手を置いた。
少し力を込めて、千鶴の頭を下げさせて「幼馴染の言うことは聞いとけよ!」といつもの口調で言いながら・・

総司と斎藤と、視線を交わす。
何も言葉を発することはなかったけれど、平助の様子に二人は無言で頷いた。

そのまま、千鶴と目を合わすこともなく、急いで先生を呼びに戻る平助。
確かに自分の足だと足手まといかもしれないけど…
どんどん小さくなる平助の姿を見送りながら、これで今日は2度目だな・・とぼんやり思う。


平助君の言うこと、ちゃんと聞かなきゃ。

ごめんね、平助君。私、やっぱり――







































平助君の言うこと、ちゃんと聞かなきゃ。





周りから人がいなくなっていくようで。
千鶴は総司と斎藤を交互に見上げた。二人まで、いなくなったら…
何だかそんな不安がわけもなく押し寄せて来たから。

「・・どうした、千鶴…、寂しいのか?」
「・・はい、少しだけ・・何だか背中を見送ってばかりだから・・」
「寂しい、かあ。そんな風に思ってもらえるの、羨ましい気もするな」
「??羨ましい?どうしてですか?」

総司の言葉に千鶴がきょとん、と目を丸くした。

「だって僕は、君に寂しい〜とは思ってもらえないからね」
「そ、そんなことないですよっ!?私は沖田さんも斎藤さんもいなかったら・・・」
「千鶴、俺たちはお前の傍を離れないから・・という意味だ」
「―――え?」

自分の先ほどの不安を打ち消すような、ほしかった言葉。
どうしてわかるのだろう。

「・・・斎藤君、僕のセリフ横取りしないでくれる?それ、一番言いたかった言葉だよ」
「総司が千鶴を慌てさせるようなことを言うからだ。最初から素直に言えばいい」

いつもの二人。
私を挟んで、会話して。
心配する暇もなく、傍にいさせてくれる。

…こんなに、嬉しい――

「ふふっ・・・」
「千鶴ちゃん?」「千鶴?」

ただの偶然なんだから、私は心配性なのかな、と大袈裟に考え過ぎと言い聞かせて。

「…あの、庭ってそこの曹源池庭園のことですよね・・受付、行きましょう。待っていたら、すぐに追いつきますよね」
「そうだね、向かおうか。せっかくだから手でも繋いじゃう?」
「写真と実物は違うからな、楽しみだ。行くぞ、千鶴」
「ちょっと斎藤君!さり気に間に入るの止めてよ」


三人で受付を済ませ、庭園へと入って行く。

その様子を気配を察せられないように、息を潜めながら眺めていた天霧は、ふむ、と腕を組んで。

「これで、残り二人・・・計画通りと言えば計画通りですが・・・」

今頃当主は野宮神社に辿り着いているだろうか、と一抹の不安を残しながら、後を追って行った。





Everything ties 20 mainルートに続きます。










































ごめんね、平助君。やっぱり、私――





「さ、じゃあ受付にでも向かおうか」

総司のそんな言葉が頭上から届くけど、足は向かおうと動いてくれない。

「・・・私、聞けないっ」
「・・え?」「・・・っ千鶴っ!?」

平助の見えなくなる姿に、いてもたってもいられなかった。
私だって、何か出来る。
何かあった時、一人より二人の方がいい。

背中にかかる二人の制止の言葉を振り切って、千鶴はそのまま平助の許に向かおうとした。
いつもならすぐに引き止められただろう。けれど今起こっている事態に、総司や斎藤は自分なりの考えを巡らしていた。
その結果、二人の手を簡単にすり抜けて、千鶴は走り出せたのである。

「私も先生呼んで来ますからっ!沖田さんと斎藤さんは待っててください」

全力で、振り返らないで、平助の消えた背中を追って、一生懸命に地面を蹴って。かけて。

そのまま走っていたら、きっと総司と斎藤にすぐに追いつかれていただろう。
なのに、何故追いつかれないのか…

振り返らずに、前だけを見ていた千鶴には知る由もなく―




「・・・くっ何これ、煙幕?」
「・・・いや、砂塵か?こんなものを…」

ごほっと喉の奥にきれいな空気を入れようと、深く咳こんで。
千鶴の背中を探しては見たが…

「いない・・・くそ・・・っ」
「だが、これではっきりしたな」
「犯人は、馬鹿でしょ」
「生徒会一味だな。千鶴を奪う為に暴挙に出たか…」

総司は携帯を取り出すと、ピっとどこかに発信をしたようだが…

「出ない・・・」
「誰に?」
「平助だよ。念のため、教師陣にもメールを・・」
「そうだな。それで、どうする?」
「・・・当然、怪しいところを探す。それしかないよね。とりあえず、渡月橋の方でしょ」
「ああ、手分けするか」



皆が別行動になってしまった修学旅行。

千鶴が行く先に待っているものは――






Everything ties 20 varietyルートに続きます。