Everything ties
16
薄桜鬼学園が宿泊するホテルが、何事も問題なく穏やかに三日目の朝を迎え、
二日目と同じように皆で仲良く…千鶴の奪い合いを・・もとい、朝食をとっていた頃。
一足先に京都に入り、とあるホテルにて朝食をとっていた生徒会御一行は…
「ふあ…ねみぃ。昨日はとんだ無駄足だったからな・・・大体ここに来る気のない女を連れて来いっていうのが既にやる気なくすんだよな」
「千鶴は奥ゆかしいところがある。好意を寄せていても・・素直に言えないのだ。そこに気付いてやれてこそ、夫、というものだろう」
「では彼女の衣装なども支度を…?」
何やら書類のようなものにざっと目を通しながら、風間は頷いた。
「必要なものはすべて準備してある。後は我が妻を此処に連れてくるだけだ」
「…んでそれは俺らに任せるってな?」
「昨日の様子だとそう簡単にはいかないでしょうね」
思ったよりも、こちらは警戒されているようだ。
まさか行先を変えて行方をくらますとは思っていなかった。
「ふん…土方の画策だろう。千鶴といういい妻を迎えられる俺に対しての嫉妬か…無駄な努力をしているようだが」
「・・・嫉妬、とは違うだろ。今までのことをふまえての妥当な対応だろ?」
「貴様、誰に物を言っている」
片手に持っていた書類をテーブルの上に投げやりに置くと、風間の目が不機嫌そうに細められた。
慣れたものなのか、不知火はへえへえ、とあしらいながら天霧の方を向いた。
「あいつらが京都に入るのは午後だろ?んじゃその時だな」
「ええ、そうですね。彼女が一人になる時間が出来れば・・それが一番なのですが。…風間」
「何だ」
生まれた時からの育った環境、そして今の立場で風間はいつも尊大な態度をとる。
その態度を変えろ、というのは難しいことだとはわかってはいるが…
「…もう少し自分の気持ちを・・伝える事が鍵だと思いますよ」
「・・俺はいつも伝えている」
「嫁に、って言ってるだけじゃねェか。そうじゃなくて、もっとその前に伝えることがあるだろ?」
「俺が千鶴の気持ちをわかっているように、千鶴にも伝わっている」
立ち上がり、そのまま部屋に戻るかと思われた風間だったが、一度足を止めて二人に振り返った。
威風堂々といった表情に強い光を灯す瞳に、ほんの少し揺らぎが見えたような気がした。
「・・・迎えには俺も行く」
「ま、当然だな。これでお守からも解放か」「それがいいと思います」
部屋に戻る風間の背中を見送りながら、天霧と不知火は薄桜鬼学園の本日の行動予定をもう一度確認し。
綿密に計画を実行するべく・・手順を決めていった。
「風間の野郎が京都に…?」
「ああ、そう言ってた。…んでどうにも気になってよ、確か今日…何かあったような気が…」
ロビーに着々と集合する生徒を見ながら、土方と左之は会話を進めていく。
「原田、そういうことは昨日の内に言っとけよ。何だあいつら東京に戻ってねえのか」
「千鶴の傍に張り付く訳でもなくなあ、京都で待ち伏せする意味がよくわかんねえんだよな」
結婚とか言っていたらしいが、それはいつもの空言なので放っておく。
わざわざ進言する必要はないだろう、と左之は思っていたのだが。
「・・京都・・・そういや、あいつ今日は確か・・旅行に来る前から休むの決まっていたよな?」
「・・・・・・・・あ、そういや・・・そんなことがあったような・・・」
『ふっ俺がいなくてはこの学園も運営ままならないだろうが・・どうしても外せない用があってな。休む』
いっそずっと休んでくれればいい、と心の中で思ってしまったものだ。
「あいつのお家の事情・・・とかだったな」
「・・じゃあ別に千鶴を待ってる訳じゃないんだな?」
それなら気に病むこともないだろうと、ほっと胸を撫で下ろした左之に、いや、と土方が顔を曇らせた。
「何か大きいお披露目みたいなのじゃなかったか?・・何か嫌な予感すんだよな」
「土方さんは色々考えすぎだぜ?あんまり考え過ぎると・・・その年で禿げるぞ?」
「うるせえな!!こういう性分なんだ!!・・・まあ、自由行動がある訳でもないし、大丈夫か・・・」
昨日の生徒会の引き際を考えれば、そこまで大袈裟に考える必要はないだろう、と・・そう考えてしまったことを二人はこの先、後悔する。
西大寺の一室。
僧侶が見たこともないような大茶椀にお茶をたてていく様子を、千鶴は目を輝かせてじっと見つめていたのだが…
隣に座る平助は何故か苦々しい表情を浮かべていた。
「・・平助君、どうしたの?」
「うう〜いや、今から大茶盛だろ?もういいから・・京都早く行きてえな」
顔を顰める平助に、千鶴はくすくす笑いながら問いかけた。
「・・抹茶あんまり好きじゃなかったの?」
「うっ・・・あれさあ、苦いだけであんまりうまくないんだよなあ」
何でわざわざ今から茶を飲むのか。
順々に大茶椀の抹茶を口にして、賑わう生徒たちを横目で見ながら…何度も漏れる平助の溜息に、横から茶々が入った。
当然、総司である。
「お子様だよね、平助。抹茶はおいしいと思うよ。ねえ、千鶴ちゃん」
「そうですね。初めて頂いた時は・・ちょっと苦いとは思いましたけど・・お菓子と食べると丁度よくて」
「そうそう、僕もそう思う。ということで、今度一緒においしい抹茶とお菓子を―「オレを無視すんじゃねえよ!!」
総司はどんなところからでも誘いに繋げるから、たまったものじゃない。
一列に並び、千鶴を挟んで座っている為、総司に文句を言おうと頭を出す平助に、千鶴が「でも―」と声をかけてきた。
「平助君、私が中学生の時に家でお茶をたてた時には・・・おいしいって笑顔で飲んでくれたよね」
「・・・へ?あ、ああそういや・・・」
「やっぱり・・あの時無理してたのね」
「いやっそれは違くて…」
「へえ〜千鶴ちゃんがたててくれたお茶をねえ・・・家でねえ・・へえ」
横に座っていたらきっと、見えない所を笑顔で抓られたりしていただろう。
笑顔で頷いている総司と目を合わせまい、と平助は座り直した。
そんな隠れた黒いやり取りが発生しそうな状況とは知らずに、千鶴が笑顔で平助の袖を引っ張った。
「大丈夫だよ、平助君。今日のはいつもたててる人がしているんだから・・美味しいよ。」
「いや、あれは千鶴がしてくれたから嬉しくて・・・本当にオレさ、おまえがたててくれるんなら・・苦くない、普通にうまいって思えるんだけどな」
「ふふっまた気を遣って、そんなこと言って・・」
いっそ平助の順番の前に座って、抹茶を大量に追加してやろうか―
二人のほのぼのとした雰囲気に、頭の隅でちらっと総司がそんなことを考えていたなんて、幸い二人には伝わっていなかったけれど、
後ろで三人の様子をじっと見ていた、斎藤と山崎の二人には伝わったらしい。
「沖田さん、またよからぬことを考えていそうですね・・西大寺で問題起こされたら大変ですよ」
「そうだな。・・まあ、考えているだけで行動には千鶴の手前・・移しはしないと思うが――それより、千鶴は茶道部だったのだろうか」
「注目すべきはそこですか、斎藤さん・・・さあ、俺は聞いたことがないですけど」
話しながら、少し想像してみて。
お茶をたてる様子がとても似合っている気がする。
少しドジをしそうなところも想像して、顔が思わず弛んだところでその当人が振り返ってこちらを見ているのに気が付いて――
「・・お二人とも・・大茶盛が楽しみなんですか?お茶、好きなんですね」
「っあ、ああ。そうだな。とても楽しみだ。山崎とそう話していたところで・・」
「・・そ、そうそう。おいしいですしね、斎藤さん」
慌てて話を合わせる二人に、総司と平助が胡散臭そうな視線を向けている。
「どうしたんだ?あの二人・・何かおかしくね?」
「そう?…はあ、簡単に想像できるっていうのが・・・すごく嫌だな」
二人が何を考えていたのかなんて、先ほどの会話を考えれば簡単だけど。
そこに気付かない平助は…想像しなくてもその千鶴を知っているからだ。
総司はまたムカムカしてくる気持ちのままに平助をじっと一睨みして…
「・・・な、何だよっ」
「・・・別に?何も・・・・」
総司は不機嫌な視線を一転させると、千鶴ちゃん、もうそろそろ回ってくるよ、と千鶴を前に向かせた。
「ね、今度僕にもお茶をたててよ。僕も飲みたい」
「・・あ、私のは・・止めた方がいいと思います。おいしいお茶は・・今から頂けますし」
「君がたてるっていうのが・・大事なところなんだよ。ね」
お願い、と手を合わせる総司に、千鶴が困ったように笑いながら頷こうとしたところで…「ぎゃっ!!」と平助の声が―
「きゃっ!平助君大丈夫?ええと…はい、ハンカチ」
「あ、悪ぃ・・これ、重いよな・・気合いで飲もうと思ったら一気に茶が…」
「あ〜あ、せっかくのお茶が・・・普通こぼすかな。飲みたくなかったんじゃないの?」
中を見ればお茶はあと少しになっていて。
しょげる平助に、千鶴が気にしないで、と口元を拭っているのが・・総司にはまた気に食わない。
「私も悪いんです。横で支えなかったから・・・この碗大きいし・・ほら、他の人もみんな横の人が支えて・・ごめんね平助君」
「いや、オレも一人で飲めるって思って・・勢いでやっちゃったからさ」
「どうせ格好つけようとしたんでしょ」
うっと黙って顔を赤くする辺り、図星だったらしい。
「ん〜・・・これ、どうせ後千鶴ちゃんと僕の二人だけだし、このままでいいよね。さ、千鶴ちゃんの番だよ。どうぞ、支えるからね」
「あ、はいっお願いします」
「総司っ!碗をそこまで拭かなくてもいいだろ!」
「消毒だよ消毒」
キュキュっと飲み口を拭き取り、千鶴に碗を差し出した。
千鶴の顔がまるまる隠れてしまうような大きな碗を、何とか持とうとする細い腕。
それを総司がすぐに支えて…
「あ、オレも支える!」
ふらつくもう片方を平助に支えられて・・ゆっくり少しずつ碗を傾けて…千鶴はお茶をこぼさずに口に含むことが出来た。
「・・おいしいっどこのお茶でしょうね。平助君と沖田さんのおかげで一服を堪能できました。ありがとうございます」
「あれがおいしいのかぁ…千鶴はオレより大人かもな」
「じゃあ、次は僕ね。」
にこにこと、すごく嬉しそうに碗を受け取る総司に、千鶴もつられてにこにこ返して。
「沖田さんはお茶好きなんですね、一人で持つんですか?」
「うん、どこかの誰かとは違ってこう見えて力はあると思うよ。あと…好きなのは『お茶』というより、君の後に飲むお茶が…痛っ!!」
思わず碗を持つ手がぐらつくほどの頭に突然の衝撃――
「おまえは…純粋に茶を楽しむ、ということが出来ないのか。その年中花を咲かせた頭に浮いた言葉を、そのまま千鶴に言うんじゃない」
「え?斎藤さん?ど、どうして…」
何故かはわからないけれど、斎藤が総司の頭を…殴ったらしい。
総司の碗に添えられた指先が白んでいる気がして…千鶴は恐る恐る怒っているのだろうか、と総司の顔を覗ったのだけど…
「その、年中花を咲かせた頭と同じことを考えているからこその、君のその行動だって何でわからないかな」
「おまえの行動が一辺倒で単純だからだ。俺とおまえを一緒にするな」
「一緒じゃないなら…放っておいてよ。すっっっっごく不愉快なんだよね。」
今は夏の筈なのに…冷気が漂っているみたい――
「へ、平助君何とかして…」
「よ、よし・・総司に一君っ!今は体験学習中だろ!静かに…おわっ!?」
「っ!?」
立ち上がった瞬間、大茶碗につまずきそうになり、慌てて姿勢を変えれば…無理が仇となり千鶴の方へ…
「危ないっ雪村君!」
「きゃっ!!」
ドテッ
千鶴と、あの重い大きい碗だけを、平助の倒着地点から瞬時に遠ざけたのは…山崎。
当然、平助は誰に受け止められる筈もなく、そのまま倒れてしまった。
「よかった…君も碗も無事だな」
「え、ええ・・そうですけど・・でも平助君が・・」
「オレはどうでもいいのかよ!ひでえ山崎君・・・」
「そんなことより、雪村君は沖田さんに遠慮して・・本当に茶を僅かしか口にしていないだろう?これを―」
「無視か!!!」
山崎が千鶴に差し出した碗は…まだ抹茶の緑が鮮やかに碗を彩り揺れていた。
「え?でもこれは…斎藤さんと山崎さんのじゃ…」
「いや、もう嗜んだ。気にする必要はな「目いっぱい気にするよね、そんなの飲むくらいなら…これをどうぞ千鶴ちゃん」
「総司、それはもうほとんど残っていないだろう?せっかくの機会だ、千鶴・・遠慮は―」
「茶くらい静かに飲んでみろ!!うるせえんだよてめえらは!!俺は小学生の引率か!!」
穏やかに楽しむ、大茶盛の体験学習は…今にも噴火しそうな…いや、もうしているのか土方先生のお出ましとなってしまった。
「うわっ怖ぁ…千鶴向こうに行っとこうぜ」
「え?で、でも私も当事者で…「てめえもだ、平助!」
「え!!オレも!?」
オレはわざとじゃないのに!!と首根っこ捕まえられて引きずられる平助を・・どうしたらいいのかと千鶴がおろおろしていると。
ポン、と肩に置かれた手と共に・・・放っとけ、の一言。
「原田先生…でも…」
「もうある意味才能だな…俺は違う意味であいつらに感心するぜ」
「・・・?」
「千鶴、土方さんの怒りが収まるまでこっち来とけ・・んでほら、これやる」
教師は最後だったのか、手つかずの碗が――
「・・でも・・」
「いいんだよ、たまには俺にも、おまえを甘やかせる役をくれると嬉しいんだがな」
「・・いつも甘やかせてもらってます!これ以上なんて…」
遠慮する千鶴に、左之が違う違うと手を振って。
「いつも甘やかしてんのは…あいつらが主だろ?俺が、おまえを甘やかせたいんだよ」
「今でも十分ですよ・・・でも、じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
「おし、手伝ってやる」
5キロもある大きな碗を二人でゆっくり持って。
口に含んで、おいしいと微笑み、表情で訴える千鶴に。
宇治の抹茶が使われてるみてえだから、京都でも飲めるといいなと・・優しく微笑み返す左之。
鬼の形相の土方の背後に見える、その二人の光景を…正座しながら四人が恨めしそうに見ていたそうな。
続く