Everything ties




14




キキーッ!!!

土方、千鶴、総司、斎藤の4人を乗せた車は順調に距離を進んでいた。
道路沿いに広がる景色には緑が目に入る。
平助と山崎が頑張っているのだろうか…風間の妨害も未だないまま、平和に吉野へ向かっている筈だった。

突然の急ブレーキに「キャッ!?」と千鶴の小さい悲鳴があがったのだが、その声は聞こえないほどに車内はうるさかった。


「危ないな~土方さん。千鶴ちゃんを助手席に乗せているんだから気をつけてくださいよ。ほら、斎藤君なんて頭ぶつけてますよ」
「それはお前のせいだろう。先生のせいではない」
「頭をぶつけ・・っ斎藤さん!大丈夫ですか?あ、私冷やすものとか何も・・」
「いや、大丈夫だ。心配しなくてもいい」
「何かな、その腹の立つ視線・・・大人しく座ってないのが悪いよね」

会話が途切れることなく、ずっと繫っている。
そう、奈良市内を出発してからずっと――

「だあああうるせえよ!!もちっと静かに出来ねえのか!?」
「す、すみませんっ!!」
「・・千鶴に言った訳じゃねえよ。おまえが謝ってどうする」

ただ、三人が仲良く話しているだけなら、ここまで苛々しなかったかもしれない。

「すみません。運転をお願いしておいて…以後気をつけるようにします」
「・・いや、斎藤もな・・そんなに気にするこたねえよ」

申し訳なさそうに、後ろで頭をさげる斎藤をバックミラーで確認して・・違う違うと手を振った。
斎藤も騒ぎの原因となってはいたが…彼は止めようとしていただけだ。

ここまで苛々することになったのは――

助手席に座った千鶴。
ナビは必要ない、とは言ったのだが・・添えつけられた地図に目を通していた。
観光案内なども見ながら、楽しみと頬を緩ませて・・それを見て男三人もつい、つられて緩ませていたのだが・・・

ここで車内の席を確認しておくと。
運転席は当然土方。
助手席には千鶴。
運転席後ろ、後部座席が斎藤。
助手席後ろ、後部座席は総司。

千鶴の後ろを総司が陣取ったことによって、和やかではなくなったのかもしれない。

「ねえ千鶴ちゃん、僕も一緒に見せて」
「え、一緒に?」
「うん、こうすれば見える」

後ろから身を乗り出して、手は出すわ顔は出すわ・・
斎藤が総司に座れ、と言っても効果なし。
言って駄目なら…実力行使。

こうして狭い車内の中は出発してからずっと・・・子供がお気に入りのおもちゃを奪い合うような、そんな騒々しさだったのである。
プツっと土方先生がキレて、そこらのコンビニに逃げ込みたくなっても仕方ない。
急ブレーキにするつもりはなかったのだけど、総司が不用意に顔をちょこちょこ出すのがつい不愉快で強めにブレーキを踏んでしまっただけ、らしい。


土方はちらっと鏡越しに、元凶の総司に顔を顰めて見せれば・・・全く気にすることなく、性懲りもなく同じことを繰り返そうとしている。

「――っ総司!!てめえがうるさくしてる原因だろうが!!何澄ました顔して千鶴に話しかけてんだ」
「・・僕が?僕は普通に仲良くお話していただけですけど・・・ああ、この車会話一切禁止ですか?横暴だなあ、ねえ千鶴ちゃんもそう思うよね?」
「え?あ、あの・・」

突然会話に巻き込まれた千鶴は土方と総司の顔を見比べて、困ったように斎藤に視線を向けた。
斎藤は小さく頷き返すと、総司の体を掴み、強制的に座らせた。

「・・・総司、そうして千鶴に自分の意見を押し付けるな。大体、おまえの行動が原因だと言っているだろう」
「意味がわからないな、それより早く車出してくださいよ」

しれっとした総司の態度。

「・・・斎藤、帰りはおまえがそっち座れ。わかったな」
「はい」
「何でそこ二人で勝手に決めるかな。というか、帰りこそ千鶴ちゃん後ろに座らせてくださいよ」

成長しない会話が、車を降りるまで続いたのは言うまでもなく――


「・・・・疲れた・・・」
「お疲れ様です、先生・・・あ、何か飲み物でも・・」
「気にすんな。ほら、紫陽花見たかったんだろ?行くぞ」
「はいっ!」

下千本の駐車場に車を停めて。
車を降りた途端に体をぐっと伸ばして、深く息を吸い込めば・・やっぱり市内とは違って空気が澄んでいる気がする。
そんな空気と、千鶴の健気な態度に癒されながら・・土方は三人の後をゆっくりついていった。


「ふ~ん、いい景色だね。千鶴ちゃん記念に一枚撮っておこう」
「本当ですね・・駐車場下りてすぐこんな・・・空も澄んでてすごく綺麗・・」

サーっと風が千鶴の髪をさらっていくのを押さえながら千鶴が振り向いて。
総司はそれを逃さずシャッターを切って、満足そうに微笑んでいる。

何だか恥ずかしい気がする…

「あの、私だけじゃなくてみんなで・・・」
「う~ん・・・(別に斎藤君と土方さんのはいらないんだけどな…)じゃあ、それとは別に一枚、僕と二人で撮ってくれる?」
「はいっ」

そんな二人の様子を見ながら土方はぽりっと頬をかいて。

「総司はああいうのには気が回るな・・・斎藤、お前はいいのか?」
「俺はカメラを持ってきていません。そこまで考えていなかったので…」

語尾が弱弱しくなって、何故か落ち込む、というより照れている斎藤に土方はふっと笑いを漏らす。

「千鶴が来ることになって…急に考えることが増えたからな」
「そ、そういう意味ではありません」

斎藤らしくなく、慌てて返された言葉。
その言葉に、千鶴の写真撮りましょう~という呼び掛けが重なる。
悪い、からかったつもりじゃねえからな、と土方は、固まる斎藤の背中を押したのだった。






「わあ…っ白い!!白い!!」
「二度言わなくても聞こえている、千鶴…白いのが好きだったのか?」

七曲がり坂の、くねった曲がり坂道が続く・・その道の両端に紫陽花がきれいに咲いて四人を迎えてくれた。
白の紫陽花が道を彩って、周りの空や、緑の中にあって引き立てあっている。
一層嬉しそうな声を出してはしゃぎ、紫陽花の方へと駆け寄る千鶴。
紫陽花ばかりに目を向けるそんな千鶴を斎藤は可愛く思いながらも、転ばないように、と足元に目をやった。

「白いあじさいって…珍しくないですか?」
「そうなのか?」

首を傾げる千鶴にそう聞かれれば、そんなような気もしてくるけれど…

突然、総司がひょいっと二人を隔てるように顔を出す。

「千鶴ちゃんは…紫陽花って漢字から紫が頭に浮かんでいるんじゃない?」
「あ、そうですね・・どっちかと言えば…紫とか、青とかを思い出します」
「イメージというものは先入観を受け付けるからな。・・千鶴が一番好きな色は・・?」
「私が好きなのは…青の…かな?でも…白もすごくいいなって思います」

白の紫陽花に顔を近づけて、いい香り・・と千鶴がゆっくりと微笑んで。
総司と斎藤の頭によぎったことは、きっと、同じだったろう。

「…いろんな紫陽花があるよ、ゆっくり歩こうね」
「はいっ」
「千鶴の好きな青の…きれいに咲いているといいな」
「はいっ」

二人の優しい言葉に千鶴は振り返りながら返事をして、そこで土方の姿がないことに気が付いた。

「・・?あの、土方先生は…」
「先生?先生なら後ろに…??どこかへ行かれたのだろうか」
「気を遣ったんじゃない?ほら、修学旅行だし、僕たち学生組だけにしてくれたんでしょ」

気にしなくていいよ、行こうと声をかける総司に、千鶴はきょろっと視線を巡らせて…

ちょっと駐車場の方を見て来よう。

…そう、なのかな?





































ちょっと駐車場の方を見て来よう。



「…でももしかしたら忘れものとかかも…あの、私ちょっと見てきます!」

二人の間をすり抜けて、駐車場の方へ行こうとした千鶴の肩を、咄嗟に斎藤が軽く掴んだ。

「千鶴、それなら俺が行こう。お前はここで待って・・・」
「いえ、私一人で大丈夫です!私にも何か役立たせてください。」
「じゃあ、僕も行くよ」
「私と先生が、もし・・入れ違いにでもなったらいけないので・・ここにいてくれると・・」

お願いします、と二人に頭を下げて。
そこまで言われれば、聞かざるを得ない、という空気が三人を包んでいく。

「・・ではもし土方先生がここに来たら…呼びに行く」
「少し様子を見て・・いなかったらすぐに戻って来るんだよ?」

二人の言葉に頷いて、千鶴は体を飜したのだった。


一方土方は、千鶴の予想通り駐車場の方に戻っていた。
煙草を忘れたと思い、車に戻ったのはいいが…
煙草を手にとって…それを吸わずに暫し考えた後、くしゃっと握りつぶした。

ぼうっと周辺の景色に目を向けていると、昨夜、左之と話したことがどんどん頭に浮かんでくる。

『全く、俺は土方さんのクラスの尻拭い係じゃねえんだぞ?あんまり苛々して騒動大きくすんなよな』
『あいつらが馬鹿ばっかりしやがるのが悪ぃんだよ』

そうだ、千鶴が来たことで…いつも以上にあいつらが馬鹿騒ぎ。
そのせいだ――

『…普段、新八や総司に苛々してんのとは…ちと違うような気がするんだけどよ』
『同じだ。』
『・・・素直じゃねえよなあ』

その左之の言葉に、何が言いたいんだという感情をそのまま視線に乗せる。
けれど、左之はその視線すらに、ほらな、と含んだ笑を余裕で返してきた。

『あいつらと同レベルで競り勝とうとしてどうすんだよ』

競り勝つ?俺は…問題を起こさないように…

『焦る気持ちは…わからないでもない…つうか、俺にも痛いほどわかるんだけどな?』
『誰が、何に、焦ってるって?』
『土方さんが…誰とは言わねえけど、うまく関われないことに焦ってんだろ?』

左之の言葉に、千鶴のことが頭に浮かぶ。
冗談じゃない、あいつは生徒で・・俺は教師で――

『…そんなんじゃねえよ、変に勘繰るな』
『じゃあ、そういうことにしといてやるよ』

ふっと笑いながら、話は終わったのだと思った。
どこかでほっとした所で、追い打ちのように言葉を放られたのだ。

『また…苛々すんなよ?恋を知ったばっかの少年みたいだぜ?』
『・・・誰がっ!!てめえは~…ったく、違うって言ってんだろうが』


一言一句を思い出して、また眉間に皺が寄る。
違う、違うと思っているのに。
心は勝手に苛々を募らせる。
朝からずっと、そんな感情が自分の気持ちをささくれ立たせているようだった。

そんなんじゃねえ、と小さく一人ごちて、ふと、握りつぶした煙草を見る。
ゴミ箱に放り投げようか、そう思い辺りを見渡せば、千鶴がこちらに駆け寄って来るのが見えた。

・・・何だ?忘れものか?

それだけ思ったならよかったのに、何故か喜んでる自分に腹が立って。


「土方先生、忘れものですか?」
「ん?あー…千鶴はどうしたんだよ、おまえも忘れものか?」

それなら車のロック外すが、とシャラっと鍵を取り出せば、違いますとすぐに首を振られて。

「先生の姿見えないから探しに来たんです。よかった・・やっぱりここでした」
「・・俺を?・・おまえ、一応修学旅行なんだから教師なんて気にせずあいつらと・・」
「・・・?教師は一緒に行動しちゃいけないんですか?」
「いや、普通・・・生徒が嫌がるだろ?」

特に総司は、それに斎藤だって・・本当はこんな少しの時間さえ、一緒にいたいと・・・今頃千鶴の帰りを待ちきれなくて向かって来ていそうだ。

「それが普通なら、普通はわかりませんけど・・私は嫌じゃないです。ここまで来たら一緒に、ですよね」
「むやみに笑顔放るなよ」
「・・?」
「あ~いや、んじゃこれ捨てた後・・」

ゴミ箱を目で探す土方の手元にある、くしゃっと握りつぶされた煙草。
千鶴はそれに気がつくと…

「土方先生、忘れものって煙草・・だったんじゃないですか?」
「ああ、でもこんなんだしな」
「あ、私がもしかして・・踏んでたりとかしてたんでしょうか!?」

助手席にでもあったのを、知らず踏んでしまっていたんじゃ・・と千鶴が顔を青くする。
赤くなったり青くなったり・・信号みたいだ、と土方はふっと笑った。

「これのどこが踏んだ後だよ、俺がこうしたんだ・・おっあそこか」
「・・土方先生が?でもそれまだ残って・・・」

ゴミ箱に向かう土方に、千鶴も付いて歩き、素直に疑問を口にすれば。
土方もそんな素直さにつられて、言わなくてもいいことを言ってしまった――

「おまえが紫陽花の香り楽しんでいる時に、横で煙草はねえだろうが」

何も考えずに、正直に話した言葉に千鶴が顔を赤く染める。
ふと、足が止まった千鶴にどうしたのかと振り返って、ようやく自分の発言を思い出して…

そんなことで赤くなる千鶴に、どうしようもなく溢れてくる気持ちがある。
ごまかすように、大人の態度でと…

本当は抱きしめたいと思って伸ばした腕。
けれどその気持ちを閉じ込めて、そっと頭の上に乗せた。





続く























































…そう、なのかな?




いつも怒鳴って、鬼のように怖い教頭先生と噂される土方だが、根はとても優しい。
教頭としての立場があるから・・・そうせざるを得なくてそれで、表面上は厳しく生徒に接しているように見える。

・・・そうかも。土方先生は学生同士でって思ったのかな。
気にしなくて一緒でいいんだけどな…

辺りを見渡しても戻ってくるような気配はない。

「千鶴、気になるなら先生を探そう。俺もその方がいいと思う」
「何で?いないならいないで・・僕はそっちの方がいいと思うけどな」

・・・あ、どうしよう。私が迷っているせいで二人の意見まで割れてきちゃった・・・

「我々だけでは何かあった時に困るだろう?」
「別に、携帯だってあるんだから。困ったことがあれば電話すればいいだけの話じゃない」
「あ、そうですね。それなら今・・メールして聞いてみましょうか?」

総司の言葉に、そんなことすっかり忘れていた、と千鶴が携帯を取り出したのだが。
ごく当たり前にメールを打ち始める千鶴の姿に、総司と斎藤は二人して口をつぐんでしまった。

・・・何故、メルアドを知っているのか??
一応教師なんだから生徒には手を出さないだろうと高をくくっていたのがいけなかったのか。

二人それぞれの胸中に、それぞれの複雑な思いが湧いていく。

「・・・あ、メール返って来ました。・・気にせず先に行け・・・これって・・・やっぱり気を遣ってくれたのでしょうか?」
「・・・そうだな」「だと思うよ」

二人の言葉には何か力がない。

「・・お二人とも先生がいなくて寂しいんですね。先生がご覧になったらきっと喜ぶと思います」

いや、それはどうだろう。
いや、むしろ気味悪がると思うよ。

喉まで出かかった言葉を何とか言わずに、二人はこの鈍感な少女にニコっと微笑みを何とか向けた。

「紫陽花、だったな。土によって色が変わる・・というのは本当なのだろうか」
「あ、聞いたことあります。そうだったら…いろんな土を揃えて咲かせてみたいですね」
「そうだな。千鶴の好きな・・青色のものを咲かせる土が…俺は欲しい」

・・・うわっ何でもない会話から…そういう方向に自然に変えるよね・・斎藤君って…

侮れない――

やはり目下、一番邪魔なのは斎藤だ。
どうしようか・・と思った時に、千鶴の赤くなった頬が目に入る。
原因はわかってる。鈍いくせに、そんな言葉には反応するんだ――


「・・・・・・・・・・・沖田さん?」
「っ!?・・何?」
「いえ、ぼうっとしてたから・・大丈夫ですか?」

いつもはずっと話しかけてくるのに、だんまりだとどうしたのかと思う。
千鶴は総司を気遣うように覗きこんだのだけど・・・

「・・うん、大丈夫じゃない・・全然大丈夫じゃない・・気持ち悪い」
「やっぱり!日が強すぎるのかな・・大丈夫ですか?日射病とかじゃないといいんですけど・・」
「ああ、そういうのじゃなくて・・・」
「・・そうじゃないなら何だと言うんだ」

始めは千鶴と同じく、どうしたのだろう?と思った斎藤も、今のやりとりで完全に嘘だと思ったようだった。

「千鶴、大丈夫だ。気にしなくていい」
「何で斎藤君がそう言えるのかな。元凶のくせに」
「その言葉…行きの車の中でのお前にそっくり返そう」

紫陽花で和んでいた筈の空気は、何故か殺伐としたものに変わっていく。

「あ、あの…沖田さんが大丈夫なら、ゆっくり紫陽花見ましょう?」
「そうだね、がく紫陽花見に行こうよ」「そうだな、千鶴の好きな青の紫陽花を見よう」
「・・・・・・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・」」

自分は何もおかしなことは言っていない筈なのだけど、何故、空気がより険悪になっていくのだろう??

「え、ええと…沖田さん、がく紫陽花って?」
「千鶴ちゃんも見たらきっと喜ぶと思うな。少し違うんだよ・・可愛いから、さ、見に行こう」

さっと千鶴の手を掬いあげるとそのまま、どこかに咲いてるであろうがく紫陽花を探さん、とばかりに総司が千鶴を引っ張っていく。

「え、お、沖田さんっ手は繋がなくても・・」
「だめだよ、坂道危ないし。君は紫陽花に夢中で足元見てないから危ないよ」

そう言われれば、確かに紫陽花ばかり気にしてるかも…と千鶴も返す言葉がない。

「紫陽花に向ける気を、ほんの少しでも僕に分けてくれるなら離してあげてもいいよ」

ええっ!?と慌てて困りつつも…総司の提案する訳のわからない二択を悩む様子の千鶴。
総司の不機嫌な背中は一転、楽しそうに見える。
いや、笑っているのだろうか、千鶴もつられて、笑顔になっていく。

斎藤は前を歩く二人を見ながら、そっと自分の手に目を向けた。

…総司は・・同じように足元が危ないと思っても、傍にいて注意していただけの俺とは違って簡単に手を…

どうすれば、意識せずにそういうことが出来るのだろう――

不自由な選択だとしか思えない。
そんなことを突きつけて、千鶴はさぞ困るだろうと思うのに…今は笑っている。
どうして、笑うんだ…離そうとは思わないのか――

苦しい、と顔を逸らした斎藤に、「斎藤さん―」と声が届いた。
遅れがちだった斎藤に、こっちです!と手を振ってくれる。
総司と重なっていた手は、今は重なっていない。

・・・総司の言う条件を、聞いたのだろうか?

「見てください、青の紫陽花…きれいですよね」
「千鶴ちゃんが好きなのもわかるよ」

じっと紫陽花に見入る千鶴に、総司の先ほどの言葉も、少しだけわかる気がした。
そのほんの少しでもいいから、見て欲しい――

そんな気持ちは口には出しかねて・・斎藤はその次に思ったことを伝えようと、ゆっくり口を開いた。

「旅行から戻って、あの街にも青の紫陽花が咲いているところを見つけたら・・千鶴に一番に教えよう、約束する」

そうすれば、今度は二人で見られるだろうか、と期待も少し込めて。

「・・ありがとうございます」

千鶴の返事に、温かい空気の流れ始めた二人に・・・

「がく紫陽花!!がく紫陽花見に行くんだよね、千鶴ちゃん、ほら、行くよ」
「え?あ・・」
「総司、千鶴を急かすな」
「・・・とか言いながら、今、妨害したよね。手、妨害した?ふうん・・」
「妨害したらどうした。大体、千鶴が一番好きな紫陽花だろう?もっとゆっくり…」
「そんなのわかってるよ。言っておくけど、大体・・はこっちのセリフだよ。人がせっかく挽回したと思って…」
「・・・挽回?何から…そんなことはいい。いい加減手を出すのを諦めて・・」
「うるさいよ。邪魔、邪魔邪魔!」
「あ、あの!落ち着いて・・・」
「「落ち着けない!!」」


奈良に戻るまで…いや、きっとずっと、二人の争いは続く…






続く