Everything ties




8




奈良公園を何故か全力で走りまわされた千鶴は、春日大社に着く前にもう息切れを起こしていた。
両脇を支える総司や斎藤は背負ってあげようか?と優しい声はかけてはくれるけど…
さすがにこの人前で、息切れした程度ではそれに頷くことはできない。

「大丈夫です…わあ、緑の景色が、赤…朱色に変わりましたね」
「そうだな。朽ちずに鮮やかなままだ…これは来た甲斐があったというものだな」
「鳥居からの参道をもっとゆっくり歩いて来たかったよねえ…全く」

ちらっと後ろを振り返って、誰のせいだろうね。と極上の笑を浮かべる総司に、平助が思わず握り拳を震わせた。

「何だよ!総司と一君があんな高速で追っかけてきて、しかも千鶴奪って逃げたんだろう!?」
「止まらせるだけでなく、奪っていくという手段が…もうもはや警護の意味などないですね…」

総司の…あと一応平助の暴走を止める為に一緒の班になったようなものなのに。
むしろ斎藤さんまで一緒に走り出したのはどうなのだ、と問いたい。
が、斎藤から言わせれば、平助と山崎の暴走を止めた、と思っていても不思議ではない。

「でも楽しかったですね、鬼ごっこ」
「・・・・・・・鬼・・?」
「・・・ごっこ、ね。千鶴ちゃん楽しかったの?」

千鶴巡って取り合って、走っていただけのことを鬼ごっこと言い、楽しそうに頷く千鶴。

可愛いなあと思う気持ちが、自然に手に込められて、走って熱くなった手と手が余計に熱く感じる。

「・・ちょ、ちょっとさ〜その手、いつ放すんだよ・・・」
「無駄です、藤堂さん。あの二人には今、我々の言葉は聞こえていませんよ」

山崎の言葉通りだった。

「千鶴にかかると相変わらず、何でも楽しいことに変わるな…本当に心を和ませてくれる」
「私も、斎藤さんといると和みますよ」
「まあ、それは置いといてさ。じゃあ今度は『かくれんぼ』でもしようね」
「かくれんぼですか?はい」

子供の時以来ですね〜と、沖田さんも子供っぽいところがあるんだなあと千鶴はくすくす笑っていたのだが。
斎藤は胡散臭そうな顔で総司を見た。
当然だ。純粋にかくれんぼ、などと言うような奴ではない。

もちろん、かくれんぼに総司は恋愛要素を盛り込もうとしているのだけど。

「・・・では、俺も参加しよう」
「はい、もちろん・・「じゃ、斎藤君鬼ね。千鶴ちゃんは僕と一緒に隠れようね」
「何故そうなる。鬼というのは一方的に決めるものではない」

いつするのか、などと全く決まっていないかくれんぼのことで、不毛な会話を続ける二人にはもう慣れっこなのか。
千鶴は素直に修学旅行を満喫していた。
総司と斎藤と、二人に繋がれたままの手をくいっと下に引っ張り、たちまち二人の注意を引いた。

二人の会話を止めるすべをよく知っている。

「燈籠の数がすごいですね…一部だけでも夜に灯るんでしょうか・・?とっても綺麗だろうなあ」
「ああ、春日大社にはおよそ3000基の数があるらしい。灯ればまた…違った印象だろうが・・」
「夜、ねえ…それなら僕はここもいいけど、若草山からの夜景見せたいなあ。千鶴ちゃん、夜こっそり抜け出しちゃおうか?」

どんな時でも、アタックはかかさない総司に、斎藤は無視を決め込んだ。
いちいち相手をすれば、余計に突っかかってくるだけだ。

「千鶴、ここには千鶴の興味を引きそうな神籤や絵馬などがある。見てみないか?」
「あ、はいっ!そういうの好きなんです。見たいです」
「・・・・・・・流された。あっさり流された・・・まあ、これくらいでめげないけど」

もう三人だけで歩いているようですが、しっかり平助と山崎は後ろを付いています。
悲しいかな、前の三人の会話が、ついつい気になって、無言で歩いて聞き入っていた二人。

「・・・御神籤か〜縁結びとかあんのかな。もういっそ神頼みか!?幼馴染から恋人に…」
「縁結び、ありますよ。ここのは雪村君も喜びそうですが…」
「マジ!?…じゃあオレもこっそりしとこう・・」

小さくガッツポーズをする平助に、山崎がでも…と言葉を濁したのは耳に届いてはいなかった。

一方前三人は…?

「どうする千鶴ちゃん。全部する?」
「いえ、お願い事は・・・そんなにたくさんしても・・・」
「千鶴は叶えたい願いがあるのか?」

そういえば、この年頃の女の子の悩みと言えば…自分たちにとって今最も優先したい恋愛…と同じ者も多いのではないだろうか?
特に千鶴が誰かを好きなのだろう、と感じたことはないが・・・もし人知れず恋でもしていたなら・・・

そんな思いに絡られて、斎藤が千鶴の返事に注目していると…

「そう、ですね。あります」
「・・・それって、縁結びとか?」

総司も同じように考えていたのか、千鶴に具体的に質問をする。

「縁結び…ってこのハートのでしょうか。かわいいですよね!こんな絵馬初めてみました!」
「ああ、そうだな…すごい数の絵馬がかけられているし・・・ご利益もありそうだ・・(…縁結びを否定しないな)」
「これにする?…千鶴ちゃん、縁結び願いたい人いるってことかな」

千鶴のどんな小さな反応も逃すまい、と二人がじっと千鶴を見守る中。
平助がええ〜!?と声を出して台無しにした。
自然二人の目つきはきつくなる。が、平助はそれどころではない様子で。

「山崎君まで書いちゃったら、オレのが叶わなくなるじゃん!」
「・・・同じ人とは限らないですよ」
「いや、ぜってー同じだろ!?」

平助と山崎がちゃっかりハートの絵馬を手に、買おうとしているのか揉めている。

「・・・平助君も山崎さんも・・・縁結びたい人がいるんですね!」
「・・・・・え」「・・・・!?(気づかれた!)」

こっそりバレないように、と思って注意していた二人。
平助の叫びでバレたくない人にバレてしまった。

「・・・へ〜、これはまた・・・二人ともそんな人がいたんだ。水臭いなあ」
「ちょっ!総司!絵馬を取ろうとすんな!」
「・・・山崎、警護はどうした」
「・・・斎藤さんには言われたくないかと・・・」

殺伐とする四人は置いて、当の千鶴はと言えば…

「そっか。平助君にそんな人がいたのわからなかったな…幼馴染なのに…」
「いや、そこはオレ、わかってほしかったけど…」

ぽわぽわっと、平助に好きな人が、と思っても微笑んで温かく見守るような千鶴の態度に、平助は内心ガッカリしていたのだが…

「・・・・でも、ずっと一緒にいたから。ちょっとさみしい気もする…駄目だね」
「・・っ!?千鶴っ!!さみしいって…今、さみしいって!!」

一転、これはもしや!と頬を紅潮させて、千鶴に近づこうとした平助だが、グっと斎藤に腕を押さえこまれ、総司には二人を遮るように立たれてしまった。

「はい、空耳空耳〜千鶴ちゃんはどうする?この絵馬?」
「総司〜〜〜!!!」
「いや、今のは総司の判断が正しい」
「一君!!腕押さえないで!!ちょっと、朝の総司とやること変わんねえし!!」

ぎゃーぎゃーと叫ぶ平助を余所に、山崎が千鶴に遠慮がちに尋ねた。

「雪村君、この絵馬に一人で書くのもいいが、恋人と二人で書くとその二人は末永く幸せに…と言われている。もし、君にそんな人がいるのならば…」
「恋人と…でも私そんな人いないから・・・」

千鶴がさみしそうに笑うのを見て、すかさず総司が口を挟んだ。

「・・恋人じゃなくても、好きな人がいたら頼めばいいんじゃないかな。僕ならいつでも…」
「沖田さん誘導は止めてください」
「別に誘導じゃなくて、正直な気持ちを言っただけだけど。決めるのは千鶴ちゃんだし」

そんな二人の言い争いを頭に流しつつ、千鶴はじっと考えていた。

『恋人じゃなくても、好きな人』

私の好きな人、好きな人は…

押し黙った千鶴に、もしや沖田さんと書く気だろうか?と山崎が不安にかられていく。
総司もじっと千鶴を見ていたのだが…

「千鶴、無理して書くことはない。縁結びではなくても、絵馬はまだある…千鶴の好みそうなものも・・」
「・・だな、願い事あるんだろ?それを願えばいいからな」

いつの間にか斎藤と平助も加わって、それでもその二人もどこか、淡い期待を抱きながら千鶴を見守っていたのだが…

千鶴は徐に顔をあげた後――



「ハート型の絵馬を選んだのはいいけど…一人で書く、かあ…僕、後でこっそり名前追加して書いておこうかな」
「総司、おまえはこんな時にもそんな事を・・・少しも堪えないのだな」
「・・・何言ってんの?普通に泣きそうだよ」

千鶴は一人、絵馬を書きに離れたところにいる。
何と書かれているのか…気になるところではあるが…少なくともここにいる四人の中に、恋愛対象者はいない、ということだろうか…?

「・・・でもさ、もしかしたら…この中の誰かだけど、恥ずかしくて言えない〜とかかもしれないじゃん!」
「藤堂さんのその考えも否定はできないと思いますが…どうなのでしょうね」

そんな希望も抱きつつ、四人の中では…

誰か他の一人がいるのでは??

そんなネガティブな考えがいくらでも頭を埋めようとしていた。


「ああ!!もう、これ何?僕と千鶴ちゃんのラブラブ修学旅行の物語の筈なのに!」
「それを言うなら一と千鶴の…だろう?」
「・・・言っててむなしくなんないのかよ、二人とも…」

弱弱しくツッコミながら、千鶴のいる方向に目を向ける平助に、総司が宣言をした。

「1、千鶴ちゃんが何と書いたか気になるので見に行く。2、大人しく待ってる」
「・・・・おまえは一体何を言っている。そんなの答えるまでもない」

「見に行く」

「見に行かない」

「選択肢発生した!!何で!?」
「・・・たまには僕たちも自分たちで進む道を決めないとね」
「これは…危険な気配を感じるが…」
「そうですね、慎重に行動しましょう」




































「見に行く」


「選んじゃったね、見るからに危険な選択肢」
「気になるものは気になる・・ということか。たまには自分の心を抑圧せずに…行動するのも…」
「一君。そんなに抑圧してたんだな…」
「シっ!いましたよ雪村君」

千鶴が絵馬を書き終わったのか、たくさん連ねてかけられている中に、自分の絵馬をかけようとしている。
その場所をじ〜っと四人は見る。
後で間違えないように…

千鶴はその場で、少しの間目を閉じて。

「叶いますように…」

掠れるような声は、それを本心から切望しているようだった。
余計に、絵馬に書かれた内容が気になるところだが…

千鶴はゆっくり目を開けると、総司達が先ほどまでいた方向に走って行く――

それを見計らって出て来た四人組。
傍から見れば怪しすぎることこの上ない。

「さ、ぱぱっと見るよ。早く戻らないと千鶴ちゃん心配するし」
「お、おう!…でも緊張する…」
「…千鶴のは…・?」
「これ、ですね…」

四人はその絵馬を覗きこんだ。
途端に四人の動きがピタッと止まった。そして四人同時に叫んだのであった。
以下、同時に叫ばれた言葉です。

『沖田さんと、両想いになれますように』
「やった!!千鶴ちゃんが好きなのは僕っ!!!あああこれからの旅行中、どうしよう?取り敢えず今夜は甘〜く愛を聶いて…明日からは…」

『斎藤さんと、両想いになれますように』
「千鶴は俺を…っ…どうすれば…この場合・・どうすれば…?いや、まずはっきりとこの想いを伝えて・・・どうやって?言葉は難しい・・・ならば態度・・態度――」(何を考えたのでしょう)

『平助君の好きな人が、私でありますように』
「・・う、うあああっ!やっぱり俺のことっ!!さみしい発言は本当だったんだ!だから言っただろ!?・・千鶴・・ようやく幼馴染から・・・恋人・・千鶴を一人占めに…」

『山崎さんの好きな人が、私でありますように』
「・・ゆ、雪村君の好きな人は俺…こんな展開、想像だにしていなかったが…こんなに心が乱れるとは…ありがとう雪村君。今から、その気持ちに応える…」

「「「「・・・・・・・・・・・・ん?」」」」

喜ぶのは自分だけの筈。
なのに…何故か皆が喜んでいる…
これは一体??

「・・・現実を受け入れられなくて…頭が混乱してるの?千鶴ちゃんが選んだのは僕だよ」
「何を言う。俺だ。ここにしかと…」
「そうだよ!平助君って…!!」
「いえ、山崎さんの、と…」

四人の笑いがぎこちなくなるのは…きっと不安に包まれてきたから。
皆は恐る恐る、もう一度しっかり千鶴の絵馬を見つめてみた。

あまりのショックで、きっと見た瞬間に、己の願望でその事実を書き換えてしまったのだろう。

『大鳥さんに、もう一度お会いしたいです。縁がありますように』


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

「…誰!?この選択肢選んだの!!」
「俺は危険な気配が、と言っただろう?ここを突き進んだのは俺のせいではない」
「っていうか、こいつ誰!?この話に名前出たことある!?」
「いえ…ここには…しかし、土方先生のご友人だと…」

ガーーーーーン!!!

「こんな終わり、僕は嫌だ…認めない…っ!!こんなの嘘だ!!」

総司の叫びと共に、景色が揺れる――
いろんなものが暗転して、まじりあうようなそんな感覚――




「・・・・・・・何か、変な夢見た気がする」

総司はふぁぁとあくびをした後、ゆっくり体を伸ばした。
そこで自分が異常に汗をかいていたのに気が付いた。

「・・・何だろ、怖い夢でも見たかな。でも最初は楽しかったような…」

ううん、と眉を寄せて、ふと、カレンダーの日付に目をやって。

そういえば、もうすぐ修学旅行か…

そう思えば、何故か千鶴と一緒に旅行に行ったような気になった。
学年も違う。行ける訳がない。
わかってはいるけれど…確信のようなものがあった。

一緒に行ける、と――

「・・・今日辺り、ちょっと相談してみよう。とりあえず、平助と…あと真面目な斎藤君も引きこんで説得、かな」


きっと旅行が終わるころには、と夢見つつ。

話は最初に戻るのである――








END







「でもこれ、見に行かなきゃ…結局千鶴ちゃんの書いた願いわからないじゃない」
「…恋とは…耐え忍ぶ時も必要なのだな」
「さらっと真顔で、恋とか言わないでよ、一君」
「…俺には、沖田さんがこの夢を見て、本当に旅行に雪村君を連れて行くことを思い立ったのか、それが気になります」


BAD ENDへようこそ〜
いえ、危険ですよ。とすごくアピールしてました。
誰かとのラブラブEDだけでは…ないのです。

これからも注意してください^^;

序章の1に続く、的な終わりです。
今度こそ、続きに進めますように…


































「見に行かない」

「・・・・まあ、そんなことしたら千鶴ちゃんの好感度はきっと下がるだろうからね…うん。じゃあ行っておいで平助」
「意味わかんねえし!!尚更行くかっ!!」

待つ時間というのは、とても長く感じる。
けれど、千鶴が待ってて、と言うのなら…いくらでも待つ。

それでもはやる心は、視線に現れていた。
今か今かと、皆が千鶴が姿を現すであろう一点だけをじっと見ていると・・

「お待たせしてすみません!」と笑顔で戻ってくる千鶴の姿。

戻って来た笑顔を見れば、ああ待っていてよかったなあという思いも湧くというもので…

「うん、大丈夫。しっかりお願いした?」
「はいっ!…叶うと嬉しいんですけど・・あの、皆さんはされないんですか?」

元々、平助君や山崎さんはしようとしていたし…
沖田さんや斎藤さんだって…と千鶴が四人を気遣うように見渡せば。

「じゃあ僕も願っておこうかな…一番ご利益あるそうだから」

そう言って、総司は千鶴に向かって手を合わせて、お願いね、と聶いた。
千鶴は目が点になって、え?え?とおろおろしていたのに、次々と…

「それでは俺も…きっと、叶うように…だが、自分でも努力する、と約束しよう」

何故か、斎藤に熱のこもった目で見つめられ、またもや手を合わされた。

「じゃあ、オレも!…頼むぞ〜脱幼馴染!」
「…口にしているじゃないですか…では俺も。…叶うといいが…」

平助や山崎にも手を合わせられて、千鶴はどんどん混乱するも。
皆の温かい視線に、自然に笑顔が浮かぶ。

「・・・私の願いも…皆さんが叶えてくれるのかもしれないって…そんな気がします」

優しさに漏れた言葉は、四人の心にたちまち希望を灯していく。

何となく察した千鶴の願い。

どうか、叶えるのは自分でありますように、と一層気持ちを強くした。






続く