その言葉ください!





「何か勝手場が騒がしいけど…あれ何してるの?」

明日には新年だというのに、全く落ち着きのない屯所内。
小柄な少女を見つけようと徘徊する総司の耳に、特に勝手場からだろうか?わけのわからない気合いを入れるような大声が聞こえる。

「ああ、新八が蕎麦作ってんだよ」
「新八さんが?蕎麦って…食べる蕎麦?」
「それ以外に何があるんだよ、新八っつぁんの知り合いに材料とか作り方とか教えてもらったみたいでさ〜」

よし!俺がうまい蕎麦を作ってみせる!と目を輝かせた新八を、左之と平助は不安げに送り出したのだけど。

「へえ、まあ僕はいらないけど。それより…「いや、食ってやれよ?つ〜か、絶対捕まるぞ」
「そうだよ、逃げるのなんて無理無理。土方さんにだって食べさせるつもりだぞ?」

三人の頭に青筋立てて頬を引くつかせる土方の顔が浮かぶ…

「・・・だってあんな声出して何してるのさ。変なもの食べさせられたくないし」
「生地が命なんだと。こねくり回してるんだよ…俺には叩きつけているようにしか見えなかったがな」
「だよな〜楽しそうに見てたのは千鶴だけだよな」
「千鶴ちゃん?勝手場にいるの?」

平助の一言に、探していた名前を見つけて総司は途端にぱっと顔をあげた。
何てわかりやすい態度だろう…狂犬が飼い犬になったみたいだ。
二人してそんなことを考えていると…

「あの声は一体何事だ」

わずかにわかる程度の不機嫌を顔に滲ませて斎藤がひょこっと姿を現した。
相変わらず奥の方からは「どりゃあ!!」だの「うらあ!!」だの雄たけびが聞こえる。

「ああ、蕎麦作ってるんだって。じゃあ僕も勝手場に行こう」
「俺も行く」
「え・・・・・・・・・・」

明らかに嫌そうに総司が顔を歪ませる。
千鶴の話を聞いてついてくる気だろうか?

「副長が留守にしている間に…こんな声を響かせては…」

ああ。雄たけびを注意したいのか、と三人が納得して斎藤を見る。
千鶴云々のことは耳に入っていなかったようだ。それなら…

「僕が言っておくから来なくていいよ、斎藤君は稽古でもしてなよ」
「いや、いい。自分で言う」
「いいってば。人がせっかく厚意で物を言っているんだから、聞いておきなよ(←)」
「何故そう行かせまいとする。自分で言うと言っているだろう」

この石頭!
総司は心の中で舌打ちしながら、諦めて勝手場に向かう。
出来れば千鶴を連れ出して、二人でのんびりお茶でも、と思っていたのに。

千鶴がいるのを目に止めれば、斎藤はきっと一緒にいようとする。
二人きりはお預けか…
ちらっと後ろをついて歩く斎藤に、不満を込めた視線を送った後、総司は溜息をついて勝手場に歩む足を速めた。



「どうだ!!千鶴ちゃん!!」
「すごいです!!お蕎麦になってます!!」

勝手場につくとようやくまとめあげた生地を折りたたんで、その身にふさわしく豪快な切り方で麺を作り出す新八と、それを嬉々として見つめる千鶴がいた。

「・・・楽しそうだね。あの雄たけびはもういいのかな」
「おう!総司に斎藤か!何だ何だ!おまえらも蕎麦が気になったのか」
「僕が気になったのは千鶴ちゃんだけど」「気になったのはあの声だ」

新八の言葉に総司と斎藤は同時に反論する。

「お〜声はなあしょうがねえよなあ?千鶴ちゃん。あれだけ力入れりゃ自然になあ」
「そうですね!すごかったですもんね!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつもなら困ったように間に立ち仲裁に入る少女は、今日は完全に新八の味方だ。
苦言を呈するつもりだった斎藤も、千鶴が新八に同調して勢いよく頷くのでこれ以上言うことができない。

目をランランとさせて、新八の手元をじっと見ているのは正直面白くない。

一向にこちらを気にしない千鶴に、総司はどんどん目を苛立たし気に細めていく。
大体、僕が気になっているのは千鶴ちゃんって言ったのに、それも聞こえてないみたい・・
いつもなら顔赤らめて慌ててくれるのに。

むっと気を荒だてた総司の次に発する言葉が、千鶴の予想外の言葉を引き出していく。

「そんなにじっと見て、楽しいの?」
「はい!とっても」
「へえ、…まあ、確かに珍しいことではあるけど、僕の言葉を無視するほど・・・」

楽しいの?

そう聞こうとした言葉は、千鶴の声で遮られる。

「はい!お蕎麦の麺作りなんて初めてみました!!すごいです!!」
「お〜そんなに喜んでくれると、俺も作った甲斐があるな!!」
「もう見入ってしまいました…すごく、すごくかっこよかったです!まだどきどきします。また、見たいです」
「そうか!ははっありがとな〜おし!出来たらたくさん食べろよ!」
「はい、是非!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

総司と斎藤は二人して黙っている。
いや、喋れないのだ。

千鶴が新八に向けた言葉、あんな風に言われたことがあっただろうか?
二人は同時に頭の中を探るも、そんなこと言われた記憶はない。
となると、そう言われたいと思うのが心情である。

てっとり早いのは蕎麦を作ることだろうけど、今ほどの千鶴の感動を得られるとは思わない。
どうしたら…?

「お〜い、新八〜進み具合どうだ?」
「お、左之。もう少しだぞ!後は茹でてだな〜」

勝手場に顔を出した左之は、蕎麦より総司と斎藤の浮かない顔が目に入る。
考えるまでもない。二人に目もくれず新八に釘付けになっている千鶴が原因だろう。

…ガキだな、まあ気持ちもわからなくもないが…

少しお節介でも焼いてやろうか、と左之は千鶴、と声をかけた。

「はい?」
「おまえどんな男が好みだ?」
「ええ!?い、いきなり何ですか!?」

慌てる千鶴に左之はにっこり笑って…

「いや、新八みたいな豪快な男がいいのかと思ってよ」
「お、俺か!?そ〜か千鶴ちゃんは俺のこと…」
「新八は黙ってろって…で、どんなのがいいんだよ」

そんなことを聞いてどうするんだろう?
そんな疑問は抱きつつも、何だか自分の答えをじっと待つ空気に促されるように口を開いた。

「私は・・・

1 優しい人

2 楽しい人









































「優しい人が好きです」

「優しい人?」
千鶴の言葉に総司が反応する。

「はい、一緒にいて…心が安らぐような人がいいなあって…」
「それって…」

総司はちらっと視線を横にずらす。
自分と同じ様に千鶴に想いを寄せているのであろう斎藤のことではないか?

「何か普通の答えだね、優しい人なんてどうやって判断するのさ」
「それは…」
「優しければ誰でもいいの。いい人ぶって、猫かぶって、君に優しくしてるだけの人でも好きになるわけ?」
「そんな…」

千鶴が困ったように視線を落として、おい、総司と左之が咎めるように肩を掴んでくる。
こんなこと言いたい訳じゃない。けど、千鶴が語った好きな人の傾向に自分は当てはまらない。
そう思ったら、言葉が自然に口をついて出てくる…

「せいぜい好きになった人に裏切られないようにね、君は騙しやすいと思うよ」
にこっと、口だけ微笑ませて、悔しいのか悲しいのか、そんな傷つけるような言葉ばかりを連ねて。
総司、いい加減に…と制しようとする斎藤の手は、千鶴の言葉で止まった。

「私、騙されないです」
「・・・・・・・・・何?」

落ち込むだけだと思った千鶴は、何故か総司をじっと見返して、その目に迷いはない。

「私が好きになった人は…優しいですよ?」
「・・・そう・・・勝手にすれば?」

・・・どうして、そんなに微笑みながら・・・どうしてそんな自信に満ちて・・・
いつものようにからかってしまえばいいのに、千鶴の本気が目に込められていて・・・何故かそうできなくて。
なすすべなくその場を離れることしかできなかった。

ぼんやり、と木の幹を背に空を見上げる。
吐く息が白い。寒い筈なのに、それを感じる余裕もないのか・・・

「・・・優しい人・・・」
ぽつっと呟いた言葉を掬いあげるように「見つけた」と声がかかる。
声に導かれるままに見上げれば、両手を後ろに組んで、千鶴が自分を見下ろしていた。

こんな近くに来るまで気がつかなかったなんて、余程ぼうっとしていたのか…

「何?」
「…お蕎麦出来ましたよ、一緒に食べましょう」
「いらない、構わないでくれる」

新八にじっと見入っていた千鶴をふと思い出して、不機嫌に拍車がかかる。

「そういう訳には…」
「うるさいな、八方美人は止めてくれる?目障り」
「…沖田さん、これ、あげます」

何もいらないと、きっと視線を向けようとした時に目に入ったのは…

「・・・舟」
「はい、折り紙の舟」

千鶴がその舟の先を総司に持たせる。
そっとその小さな手で総司の目を隠して…ゆっくりその手が離れた時には…

「あれ?違うところを持ってますね。不思議ですね」
にこっと笑う千鶴に、さっきまでの不機嫌が飛んでいく。

「…私が屯所に来た頃に、塞ぎこんでいた私に沖田さんがしてくれたんですよね。覚えてますか?」
「…うん、覚えてるよ」

気まぐれに、部屋を訪れた。
今、千鶴に抱くような感情は持ち合わせていなかった。
からかっても、元気のない千鶴に、近所の子供に教わったばかりの折り紙を見せた。

「私の好きな人、優しいでしょう?」
「――それは…」

…でも違う。あの時は、君を気遣うとかそんなつもりではなく、本当に気まぐれで…
そう言えば、彼女は気持ちを閉ざしてしまうだろうか?

「それがきっかけでしたけど…それだけじゃないですよ?」
「今みたいに、好きだって思えるまで、いっぱいいっぱい…」
「だから、はっきり言えるんです、私の好きな人は優しいって…私、勝手にしますから」

にこっと微笑みを向けて、自分がさっき彼女に投げつけた言葉を優しく返してくれる。
不安に捉われる心を見透かして、それを晴らしてくれるような言葉。

「うん…勝手にして…僕も勝手にする」

折り紙を掴んだ手を自分の方に手繰り寄せると、抵抗もなく胸におさまる千鶴をそのまま抱きしめて。
千鶴の体が冷え切っているから、外が寒いのだとようやく実感する。

手も耳も赤くなるような寒空の下、二人の白い吐息が閉ざされる。
重なった吐息は、そのまま相手にそそがれて、お互いを内から温めて。

肌を刺すような寒気も、その時ばかりは春が訪れたように――




END








































「一緒にいて楽しい人が好きです」

「楽しい人?」
千鶴の言葉に、斎藤はふと自分の横にいる総司に視線を寄せた。
自分のことだろうと総司も思ったのだろうか…何だか嬉しそうに見える。

「はい、傍にいるとつい…口がゆるんじゃうような…楽しい人がいいなって思います」

言いながらにこにこ笑う千鶴を見るのが少し辛い。
自分と一緒にいても、そんなに楽しい思いはさせていないだろう。
無口で、話題にも乏しいというのは自覚している。

「そうだよね、一緒にいるなら楽しい方がいいよね」

千鶴と同じように、にこにこしながら返事をするのは総司。
何だかこの場に居づらくなって、勝手場を離れようかと思った時、

「おし!蕎麦第一弾出来たぞ!!特別に…今この場にいるおまえらに食わせてやる!」
「え…いいですよ、僕は別に」
「総司、一人で逃げようったってそうはさせね〜ぞ〜」
「左之!逃げるって何だよ!千鶴ちゃんも食うよな?斎藤も!」

満足げに器に蕎麦を盛る新八に、千鶴は笑顔で頷いて、斎藤もそれにつられて頷いてしまった。

「あ・・・平助、僕は平助呼んで…「なんか小腹空いた〜って、蕎麦出来てるじゃんか!この際新八っつぁんの蕎麦でもいいや」
「…うわ、平助…間が悪いな…」
「あ?何で」
「いや…はあ、もういいや、じゃあ少しだけ頂くとしますよ」

諦めたように息をつくと総司は一つの蕎麦の器を取ろうとした、が…

「少しだけって何だよ!男ならいっぱい食え!」
「だって僕少食ですから」
「何言ってやがる!飯を山ほどいっぱい食う…そういう男の方が千鶴ちゃんだって好きだろ?」
「はい、おいしそうにパクパクご飯を食べる人好きです」

その言葉にぴくっと反応したのは…全員でした。

「お〜し!!オレはいっぱい食うぞ!新八っつぁん!山盛り!!」
「おっしゃ!じゃあ俺も便乗するかな、山盛りな」
「うっ…じゃあ、僕も一応…」
「山盛り、もらおう」

四人が一斉に蕎麦をすする。
食べてみれば味は意外や意外、普通に食べられて…(少しざらつくけど)
そんな四人を少し驚きの表情で見つめながら、千鶴は自分の配分でゆっくり食べておいしい、と言っていた。

さて…時間は経過し…

「う〜・・・・もう食えない」平助の前には器が4つ。
「俺も…無理だ…腹が…」左之の前には器が3つ。
「蕎麦なんてもう見たくもない…」総司の前には器が2つ。

そしていまだに食べ続けているのは…斎藤一人。

「斎藤さん…あの、もう6杯目ですよ?止めたほうがいいんじゃ…」
「まだ大丈夫だ」
「さ、斎藤…俺の作った蕎麦がそんなにうまいのか…(じ〜ん)」

違う、と食べながら心の中で呟いて、さすがに苦しくなったお腹がつらくなってきた。
それでも…

楽しませることなど、どうしていいのかわからないから。
これが好きと言われたことは、出来るなら頑張りたい。

そんな思いを一心に募らせて、その思いだけで蕎麦をすすっていく。
おいしそうに食べる、ということより、たくさん食べるということが先行しているようだけど、斎藤は最初から無表情で淡々と食べて、その速度も落ちないので、おいしいのだろうなと周りに思わせる。

そしてその淡々とした食べっぷりと、つらさが表情に出ないのが仇となった。

「うっ・・・・・」

急に声を詰まらせたかと思うと、あまりの苦しさに動けなくなったのである。

「斎藤さん?…く、苦しいんですか?」
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです!無理しないでください…永倉さん、運ぶの手伝って頂けますか?」
「お、おう…こんなになるまで食べて…安心しろ、また作ってやるからな」

感動しながら斎藤を運ぶ新八に、もういい。との一言が出せない。
そのまま部屋に運ばれれば、先回りしていた千鶴がすでに床の用意をしていた。

「はい、寝てください」
「すまない…」
「じゃ、俺は土方さんの分でも作るとするかな。千鶴ちゃん、斎藤頼むな」
「はい」

新八が部屋を出るとすぐに千鶴が斎藤の顔を覗き込んでくる。
心配したその表情に、迷惑をかけたことが恥ずかしくなってくる。

「斎藤さん、お薬…もらってきましょうか」
「いや、薬なら石田散薬があるが。…今はもう何も口に入れられそうにない」
「そうですか…」

千鶴の表情が何故か一瞬緩んで、口元に笑みを浮かべた。
・・・・おかしいことを言っただろうか?
不思議そうに千鶴を見上げる斎藤に、千鶴は、あ、と気がついたように口元を隠して…

「すみません、斎藤さんが苦しいのに…」
「いや、かまわないが…何がおかしい?」
「…怒りません?」
「怒らない」

じっと千鶴を見上げる斎藤の視線を、困ったように受け止めながら千鶴が理由を話した。

「だって、斎藤さんあんなにぱくぱく食べてて、急に突っ伏して」
「・・・ずっと表情変えてなかったから余計…ふふっ」
「お茶目なところ、ありますよね」

・・・・・お茶目・・・・俺が?

「…そんなこと初めて言われたな」
「それなら嬉しいです!」

千鶴は時々、訳のわからないことを言う。
何が嬉しいと言うのだろう?

「お蕎麦、おいしかったんですね、私も作ってあげられたらいいんですけど…」
「いや、店の方がやはりうまい」
「え・・・・」

今度は千鶴が不思議そうな視線を向けてきた。
・・・・・今度は何だ?

「あの、・・・それならどうしてあんなにたくさん…」
「それは…・」

『千鶴がおいしそうにパクパクご飯を食べる人が好きだと言ったから』

理由を言いかけて、ぐっと何とか留める。
でも他に納得できるような理由が思い浮かばない。

困ったように視線を逸らす斎藤の頬はうっすら染まっている。
それが答えだというように…

千鶴はそんな斎藤を見て、また口元に笑みを浮かべた。

「やっぱり、斎藤さんといると…口が緩んじゃいます」

その言葉は…斎藤が視線を思わず千鶴に合わせると、斎藤に負けず頬を染める千鶴がいた。

「しっかりしているようで…今日みたいなことするし…」
「傍にいて、楽しいです…」

ゆっくりと、紡ぐ言葉とは裏腹に、心臓はどんどん早く胸を打って。
それが自分だけではなく、斎藤もそうなっているのだと、抱きしめられた腕の中で気づくのはほんの少し後。

同じ心音に気がついた時は、千鶴の緩んだ口元を、同じように微笑みを浮かべた斎藤が優しく塞ぐ少し前。







END