子龍夫妻の悩み事相談B




「・・・・・・・・」
「・・・・・花殿?」

何も言わずに、じっと自分の顔を見上げる花に、子龍は首を傾げる。
何か問いた気・・という訳ではなく、ただ単にじっと…可愛い目をいつもよりもぱちっと大きくして見つめられて・・
少しこそばゆいような感覚。
自然にじんわりと頬に熱を感じる。

「今日ね、子龍くんの話を芙蓉姫に聞いたの」
「芙蓉姫に?どういった話でしょう…」

自分は何か、話題に上るようなことをしただろうか?
取り立てて変わったことはなかったと思うのだが…

「子龍くん、変わったって…よく笑うようになったって」
「はあ・・・」

笑った?そんな記憶はあまりない。
芙蓉姫と話していて、笑ったようなことなどあっただろうか?

花の変わりない様子を確かめて、自分に知らず浮かぶ安堵の微笑みなど、子龍が気付く筈もなく。
子龍は納得しがたいように考え込むような素振りを見せた。

「それでね、それっていいことだと思うの。とっても嬉しいことだと思うし…」

昼間の会話。子龍が自分のことを思って、笑顔を浮かべてくれる。
それは幸せなことだ、それなのに・・・

「でもね、何だかちょっと・・・・」
「?」
「芙蓉姫が、子龍くんの笑顔を思い出して、楽しそうに話すの見てたら…ちょっと…」
「??」

ますますわからない、というように顔をきょとんとさせながら、花の言葉をじっと待つ子龍に。
花は背中を向けた。
今、かわいくない顔をしそう・・・そう思ったから・・・

「その笑顔、見れるの私の特権だったのになって・・・さみしい気がして」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

沈黙。
ああ、やっぱり馬鹿なことを言ってしまった…呆れてしまっただろうか?
時を戻して、自分の口をチャックしてしまいたい、そんなことを考えながら、慌てて振り向けば・・
下を向いていて、表情が見えない。

「あの・・・子龍くん?」
「少し、驚きました」
「・・うっ・・ごめんね。今の忘れて・・・「忘れるなんて、できません」

ぱっと顔をあげた表情は呆れたような、そんなものではなく、うっすら染めた頬と、優しい優しい眼差し。

「あなたがそんな風に思ってくださったのが・・・とても嬉しいのです」
「・・呆れない?」
「いえ、私も・・同じようなことを思いますから」
「え?子龍くんが?」
「はい」

話しながら、一歩、二歩・・花に近づいて、その小さなかわいい手を自分のものに絡ませた。
軽く、触れるだけのような口付けを花に落として、おでこを合わせる。

「――し、子龍くん・・・」
「私も、あなたの笑顔を・・一人占めしたいです。それが無理だとはわかっていても・・そう思うのは・・いけないことでしょうか」
「・・・ううん、嬉しい・・・」

桃色に頬を染めて、至近距離で笑顔を向ける花。
同じように、頬を染めて、花をみつめる子龍の笑顔。
幸せな二人には、幸せな悩みが降り続くものだと思われていたが―――




「花〜これは?どうなってる?」
「あっ!ええと確かここに…あれ?」

慌てて竹簡の山を探しだす花に、孔明はこら〜と花のおでこに指をはねた。

「花は幸せボケかな?」
「・・・すみません師匠・・・」
「何だ、幸せボケは否定しないの?いいねえ若人は」
「若人って・・・師匠だってあまり変わらないじゃないですか」

年寄りのような言い方に、花がぷっと笑いを洩らせば、あっボクのことを笑った?と孔明が花の頭をくしゃくしゃ撫でて・・・

とにかく、楽しそうである。

「子龍、待たせたな・・・どうかしたのか?」
「っいえ、何も・・・」

孔明と花の様子に気を捉えられていたせいか、主君の気配に全く気がつかなかった。
慌てて振り向き頭を下げれば、子龍の視線の先を玄徳が辿っている。

「・・あ〜なるほど・・あの二人は今まで見て来たような師弟よりももっと、仲が良いからな」
「玄徳様もそう思われますか?」
「ああ、師弟にある絆・・もあるだろうが・・・」

納得したように頷く玄徳に、子龍の表情が曇る。
そんな子龍の態度に、玄徳はふっと笑顔を浮かべた。

「まあ、花だから、だと思うぞ?」
「?それはどういう意味でしょうか」
「花は・・どこか、人を惹きつけるところがあるだろう?誰にでもわけ隔てないし・・平等な見方をする」
「はい」

真面目に聞き入る子龍に、玄徳は呼び出した用件であった竹簡を渡しながら言葉を続けた。

「別に、孔明とどう、というわけではないだろう。あいつといると・・みんなあんな風になるんじゃないか?」
「・・・そうですね。わかります」
「子龍も大変だな、気が休まらないんじゃないか?」
「い、いえっ・・・傍にいて頂けるだけで光栄なことだと・・・」

自分の小さな嫉妬心を言いあてられて、バツの悪さと気恥ずかしさに慌てて言葉を返せば。
そんな子龍を穏やかな笑顔で見た後に玄徳は花に視線を戻す。

「・・・あいつは不思議だな、別に三国一の美女とかいう訳でもないんだが・・・」
「・・?花殿は可愛らしい方だと・・・」
「ああ、そうだな」

子龍の素直な返答に、思わず小さく吹き出しながら玄徳は言葉を続ける。
花をじっと見ながら。

「いたら・・・つい目がいく。見たら何だか温かくなる・・」
「・・・・・・・・・・・・」

そうですね、とは言えなかった。
玄徳の、花を見つめる表情を見ると、声にならなかった。
今までどうして気がつかなかったのだろう?

こんな風に、花を見つめていた玄徳に。
その内にあるだろう想いに。

いろんな想いが胸の中を駆け巡る。
沈黙が続く中、花と孔明の賑やかな声だけが、しばらくその場に響いていた。






END




恋人には試練がつきものではないでしょうか。
師匠と花は・・・仲がいいです。子龍さんはきっとむっとはすると思うんですが。
子龍が本当に・・悩んでしまう相手って誰だろう。そう思った時に、
やっぱり忠実な将軍ですから、尊敬する君主、玄徳様だろうと思いました。

読んで頂きありがとうございました!