ここにいる意味




ドンッ

「うわっ」「きゃっ!」

大喬小喬に一緒に遊ぼうと誘われて、廊下を急ぎ渡っていたところ、ちょうど死角の位置から人が急に出てきてぶつかってしまった。
バラバラとちらばる竹簡を拾わずにまず、すみません!と平謝りする文官に、花はこちらこそ、すみません!と頭を下げた。

すると文官は少し不思議そうな表情で花をじっと見た後、花が竹簡を拾い出すのを見て慌てて自分も、と手を伸ばした。

「あの、花殿。こんなことはなさらなくて結構です。私一人で・・・」
「でも、私の不注意ですし・・・それに一人より二人でする方が早いですよ」

にこっと笑いかける花に、文官はあ、ありがとうございます。と頭を下げる。
残り一つの竹簡を拾おうとしたところで、二人が同時にそれに手を伸ばした。
手と手が一瞬ぶつかるように、それに弾かれたように文官の手が引っ込んだ。
花は不思議に思いながらも、最後の竹簡を拾い、はい、と手渡そうと差し出せば・・・

文官は慌てて受け取ろうとして、集めていたものをまた落としてしまった。
ああっと急いでまた拾おうとする文官がおかしくて、花はつい、笑顔になってそれを手伝おうとしたところ・・・

「何をしている」
「ち、仲謀様!申し訳ありません。すぐに片付けますので・・・」

文官の背後から、不機嫌そうに仲謀が仁王立ちして、二人を見下ろしている。
もちろん、手伝う気はないようで…

「そんなことはわかってる。花、大小に呼ばれてるんじゃなかったのか?」
「あ、うん。そうなんだけど・・・私がぶつかっちゃったから一緒に・・・」

言いながらも、また全部を拾い集めると、今度は文官も慎重に受け取って。
何だか背後から突き刺さるような視線を浴びて、文官は身を縮こませながら御礼を言うと急いでその場を去っていった。

「あっ・・・あんなに慌ててたらまた落としちゃうんじゃないかな。大丈夫かな?」
「おまえ、俺様がここにいるのに、考えるのはあの文官のことか?」

顔だけじゃない、声までどんどん不機嫌なものに変わっていく。

「・・・どうしたの?何か問題でもあったの?」
「問題大ありだっ!!…他のやつのことを考えるのは止めろって、いつも言ってるよな?」

大ありだっ!と声を荒げるものだから、もしかして孟徳軍や玄徳軍と何か…とも思ったけど、どうやら原因は自分らしい。

「・・・他のやつって・・・さっきの文官の人のこと?」
「・・・そうだ!他に誰がいる。おまえまさか・・他にも考えてるのがいるのか」
「い、いないよ!いる訳ないでしょ!・・・大体、さっきのは私がぶつかって、私が悪いんだから気にするのは当然でしょう?」

むすっと表情を崩さない仲謀に、だけど仕方なかったんだよとばかりに花も口を尖らせた。

「おまえ何だその態度。俺様に申し訳ないとか、これっぽっちも思っていないような顔だな」
「だってじゃあ、私がそういうのを無視して、通り過ぎるような子でも・・いいの?」
「いい」

てっきり、「それはそうだ…」とか返してくれるかと思った花だったけど、仲謀ははっきり「いい」と答えてしまった。
意地になっているとしか思えないけど…

「嘘だよ。だって、そんな子仲謀が好きになるとは思えないもん」
「いいんだよ。もうおまえは好きになってる、…嫌いになんかならないのわかってるしな。
それでおまえが他の男と話さないなら・・俺様はそれでいいんだ」

いつもの、小さいかわいいヤキモチとはちょっと違って、今日は本当にイライラしている。
話すだけでここまで言われたのは初めてかも知れない・・・どうしたんだろう?

「・・・やっぱり何かあったの?」
「ここで、さっき、あったんだよ」
「それだけじゃないでしょう!!ちゃんと言ってくれないとわかんないよ」
「だからっ!言ってるだろうが!!」

声を荒げて、どんどん不機嫌になっていく仲謀。
このまま話していても、埒があかないかもしれない。
訪れた沈黙がとても気まずい。顔をあげれば、仲謀はじっとこっちを見ていて、余計に居心地悪く感じて・・・

その時、大喬小喬の笑い声が微かに聞こえた。
そうだ、呼ばれていたんだ・・・用事を思い出して何だかほっとする。
とりあえず、もう少し落ち着いてから、仲謀とはまた話そう・・・花はそう思い、あのね、と切り出した。

「一緒に遊ぼうって言われてたから・・・行くね?あの、後でまた話し聞くから」
「・・・・・花」
「・・・何?」

少しだけ和らいだ声に安心して、聞き返せばとんでもないことを言い出した。

「今からずっと俺様の傍にいろ。とりあえずまだ仕事が残ってる。政務室に行くぞ」
「ちょ、ちょっと・・・」

花の腕をぎゅっと掴んでそのまま引っ張る仲謀の力は強くて、振りほどくことはできそうにない。

「い、痛い・・・痛いよ仲謀・・・」
「・・・・・」

無理やり振りほどこうとしたら、力を込めて離させようとしないのに。
花の痛いという言葉を聞くと、すぐに手を離してくれた。
振り向いた仲謀の顔は、まるで仲謀が痛い思いしたみたいな――

「…おまえ、ふらふらするなよ」
「うん・・ごめんね。今度から気をつける」
「あんまり気安くぽんぽん笑いかけるな・・・おまえの笑顔はかわいいんだ。危ないだろうが」
「・・・そ、そんな風に思うの仲謀くらいだよ」

嬉しいような恥ずかしいような・・・花が目を逸らすと仲謀はその手をとる。

「もっと自覚しろ。ちゃんと見ろよ。あいつ赤くなってただろ?」
「・・・・そうだった?」
「・・・・・だからっ!危ないっていうんだ。おまえは・・・・」
「だ、だって男の人なんてじっと見ないし・・・」
「見てたまるか!」
「言ってることが無茶苦茶だよ、仲謀・・・」

でも、何となくいつもの声色に戻って来た。
不機嫌から、拗ねたような表情になってきた。
繋いだ手をぎゅっと握る力が強くなる――

「・・・それに、俺様以外の男に・・気軽に触れさせるな」
「触れさせる?そんなこと・・・・」

言いかけて、竹簡を拾った時のことを思い出す。
あの様子を見て、それで・・・・

「あれは・・・たまたまで・・・」
「たまたまだろうが、俺は嫌なんだよ。気をつけろ」
「うん・・・そうだね。反対の立場だったら・・私もそう思ったと思う」
「反対の立場?」

繋いだ手を、ぎゅっと力を入れて握り返す。
仲謀は・・・他にもお嫁さんもらったっておかしくない。
孫家の力を強固にするためにって婚姻を進めてくる人もそのうちいるかも知れない。
それなのに、そんな気はさらさらないと言ってくれる彼に、仲謀の気持ちに安心して甘えているのかもしれない。

「・・・うん。私以外の人のこと考えないで。私のことだけ見て。他の人に触れさせないでって思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「仲謀?」
「・・・・なんでそういう…
「・・・ん?」

下を向いて、顔を隠す仲謀を覗きこもうとすれば、繋いだ手が離されて・・・
怒ってしまったのかと思えば、瞬く間に腕の中にいた。
ぎゅうっと抱きしめられて、先ほどまでの空気は嘘のように。

「・・・俺は、怒ってるんだよっ!そういう可愛いこと言うなよ!それじゃあ怒れなくなるだろ・・・」

風に梳かれた髪が凪いで、耳に上昇した体温を感じる。
重なった心音は幸せの証。

「私が、この世界にいる意味は、仲謀のそばにあるんだよ」
「・・・・これ以上、かわいいこと言うな!貸しを増やさせるなよ」

一際強く抱きしめられた後、それとは反対に優しい口付けが落とされた。







END






ああもう俺様大好きです。
三国キャラの中で一番こう…他の人にとにかくヤキモキしていた気がします。
揚州も花も守るって言い張る彼が大好きです。
とにかく最初は嫉妬させようと思いました。
そろそろ大小が迎えに来ると思うのですが…(笑)

読んでくださりありがとうございます!