他の誰よりも――




「ですが仲謀様」
「くどいっ俺はそんな気はさらさらない」

声に怒気をはらませて、そのまま部屋を飛び出して来た仲謀と、仲謀が出て来た部屋に用があって廊下を歩いて来た花。
ばったり出会った二人は暫し様子を覗うようにお互いを気にして。

「…お前、何してるんだ?」
「え?私は・・ここに呼ばれて・・・」

花が開け放しになった扉の向こう側を少し見ようとすれば、自分を呼び出したであろう武官がいる。
それを聞いた仲謀は、不機嫌を露わに眉間に皺を寄せて、部屋の中を振り返った。

「・・こいつに余計なことを言うなよ。その件は二度と聞く気はない。わかったか」
「・・・・はっ」

苦渋の決断を渋々飲み込んだ、というようなその男の顔に、花は何があったのだろう?と仲謀の顔を仰ぐ。
その男に釘を刺すようにもう一度睨みを利かせた仲謀が、視線を感じたのか花に振り返り、その手をとった。

「行くぞ」
「え?でも・・私は呼ばれて・・・」
「俺様が行くって言ってるんだ。いいんだよ、行くぞ」

仲謀は一刻も早くその場を逃れるように、花を引っ張って中庭の方に向かって行ったのだった。


「・・何の話だったのかな」
「どうでもいい話だ」
「どうでもいい話なら…仲謀はそんな顔しないと思うな」

時折何か考え込むように、顔を曇らせる仲謀の顔を見ていると、とても「そうなの」とは返せない。
花は仲謀の正面に立つと、覗きこんでその顔をじっと見上げた。

「一緒に歩いていけって言った癖に・・・」
「・・・・・?」
「悩んでること、考え事、教えてくれないの?悩み事だって一緒に悩みたい。考え事だって考えたい」

「一緒に歩いていくって・・・そういうことでしょう?同じことを見て、考えたいよ」
「・・・花」
「仲謀が一人で、抱え込むのは嫌だよ」

さみしさを感じて、くしゃっと顔を子供の泣き顔のように崩す花の頭に、優しく花より一回り大きい手が乗せられた。

「・・悪い。でも考える必要のないことなんだよ。答えなんか最初から決まってることだしな」
「・・・何のことなの?」

やっぱり教えないと食い下がりそうのない花に、仲謀は諦めたように息を一つ吐く。

「縁談だよ」
「・・・縁談?」
「おまえのことは・・・悪く言う奴なんて、一人もいない。ただ・・」

仲謀は遙か向こうに存在する敵を見据えるように目を細めた。

「孟徳がもう攻めてこないって訳じゃあない。玄徳と同盟を組んで、それでもあいつの力は強大だからな」
「うん・・・」
「頭の古い・・・一握りのやつなんかは、まだ正室のいない俺に、そういう力を持つ者を後ろ盾に、そう考えるやつもいるってことだ」
「・・・・・・・・・・」

どう答えていいのかわからない。
仲謀は戦いのない未来を望むって言ってた。
それなら…孟徳軍が簡単に攻めることのできない、そんな後ろ盾をつけた方が・・・いいのかも知れない。
そんな結婚なんて…って思ってた。
けど、尚香さんと玄徳さんの婚姻だって…同盟の結びつきを強める為で。
それを…口を挟むのをいけない気がした。

「花、お前何考えてる?」

先ほどとは反対に、今度は仲謀が花の顔を覗き込んでいる。
その表情はさっきよりも心なしか穏やかで。

「何って…何考えてるのかも・・よくわからないけど、考えてる」

花の正直な答えに仲謀はぷっと吹き出して、花の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「だから、考える必要なんてないって言ってるだろ?」
「でも、だって・・・正論だなって・・」
「孟徳との脅威に対抗する力は・・・もう得てる。現状で、玄徳との同盟以外に孟徳に示す強い力なんてない」

花が考えるであろう、憂いをなくすために。
仲謀は迷いなく言葉を連ねた。

「…それでなくとも、俺はお前以外の女を嫁にもらうなんて無理だしな」

きっぱりそう言い放つ仲謀の言葉が少し嬉しい。
あの時、玄徳さんとの同盟を、戦いのない未来への選択を選んだ自分の決断が、本当によかったと思える。

「俺は・・領土を広げることじゃない、揚州を守ることで・・皆を守るって決めただろ?」
「うん」
「今の現状では守りに足ると・・・思えないやつもいる」
「…そうだね」」

仲謀は花にしっかりと視線を預けると、その決意をもう一度、花に誓って身に刻むように。

「婚姻とか持ち出してくるやつらだって、国を思ってる。あいつらの気持ちを無下にするつもりはない。あいつらが納得するように、安心できるように
…俺は焦らないで、ちゃんと足元見てゆっくり未来を見据えようと思ってる」
「…うん仲謀…頑張ろうね!」

皆を守ろうとする仲謀は素敵だと思う。
仲謀のそんなところが好きだと思う。揺れる不安な気持ちに、温かい安心をくれる彼の言葉に、
思わずぱっと顔を輝かせる花に、仲謀も小さく笑を返した。

「だから、お前も・・もし、一部のやつらが変なこと言って来ても気にするなよ?それは俺の力量不足だからな」
「・・・違うよ、一緒に歩いていくんだから、私の力量不足だよ」

にこっと笑顔で、すぐにそんなことを返す花に、仲謀は一瞬口を噤んで、視線を逸らした。

「お前、思ったことすぐに口に出すな!それ…かわいすぎるから止めろって言ってるだろ」
「そんなこと言っても…仲謀だってかわいいって…恥ずかしいよ…」

周囲から見れば、ああまたいつものやり取りが始まった…と何となく二人を避けて通路を選ぶような雰囲気が広まりだす。
事実、二人の周りには誰もいない。

「お前の言葉はいちいち・・・こう・・・平静でいられなくなるんだよ!ちょっと思っても…一度頭の中で考えてから言うようにしろ」
「頭の中で考えてから?」
「そうだ。いちいち顔赤くして…こんなもの兵士たちに見られたら示しがつかない」

もう周知の事実ですが…気付いていないのは二人だけ。

「わかった。そう・・してみる」
「よし。・・・そうしてくれないと、いつまで経っても・・・一番幸せにしてやれないからな」
「・・・?どうして?今でもすごく幸せだよ。だって仲謀って本当に、この土地もみんなも私も大切に思ってくれてモガモガ・・・」

仲謀の一言に、思わず花が口を開けば、お前わざとだろう!と赤くなりながら仲謀が花の口をその手で塞いだ。

「他の誰よりも幸せにするって言っただろ?今のままじゃ…俺の方が絶対幸せなんだっ」
「・・・モガモガモガ・・(仲謀の方が絶対言ってることの方が・・絶対すごいよ)」

手で覆われていない、花の頬や耳は見る間に赤くなっていく。
これ以上ない幸せに、今でも包まれていると、どうすれば伝わるだろう、と考えながら。
黙ったらしい花の様子に、おずおずと離されていく仲謀の手。
仲謀の言われたように、考えて、考えてから…伝えたい言葉を。


「私も同じように、他の誰よりも仲謀を幸せにしたい」







END






仲謀さんはまた口を塞いだと思います。
どうしてもどうしても…それかわいいから止めろっていう仲謀がかわいすぎて…
それを盛り込んでしまいます(笑)
かわいいですよね、俺様。かっこいい俺様も書きたい!って思ったんですが…
結局かわいい傾向になります。
読んで頂きありがとうございます!