咲き誇る花

「じゃあ、千鶴ちゃんはここで待っててね」

一番組とともに市中見廻り。
店の中を検めて、主人と話をするべく総司は千鶴を表に残して中に入っていく。
かなりの道のりを歩いて、少し重くなった足を休めるべく少しだけ道端に腰を下ろした。
そんな千鶴に目をくれる人などいない。皆が忙しそうに目の前を通り過ぎていく。そんな光景をぼうっと目に流しながら、ふと体の脇にぶらっと下げていた腕に何かが触れた。
そっとその感覚に引き寄せられ目を向けると・・・・

「わあっ…こんなところに…」

千鶴の目に入ってきたのは、人目につかないようにひっそりと咲いていた花。
藍色の花びらと黄色の花弁がきれいに鮮やかに瞳に映る。こんなところに咲いているなんて…と千鶴は驚きを隠せない。
しばらくうっとりとその花を眺めていると、頭の上から「こら」と声が降りかかった。

「千鶴ちゃん、ぼけっとしてないでよ。もう終わったよ?・・・・・・・疲れたの?」

いつもなら、すみません!とすぐに立ち上がる千鶴が、今日は間をおいて、はっと気がついたように立ち上がる。
立ち上がった後も総司に視線をちらっと一瞬よこしただけで、すぐに脇に目をそらす。
そんないつもと違うちょっとした様子に、総司は千鶴が疲れたのかと思ったのだけど。

「い、いえ…違います。大丈夫です。…沖田さん、これ…見てください」

くいくいっと羽織の袖を引っ張られて、千鶴の顔を見れば嬉しそうに微笑みながら足元を指差していて。
その可愛らしい仕草に、つい総司も見廻りはひとまずおいて、指差した先を見てみると・・・

「・・・花?」
「はい!そうです・・・・すごいですよね!こんなところに・・・」

相変わらず微笑みを絶やさずに、にこにこしながら総司を見る千鶴に、総司はなぜか面白くない。

「・・・君って単純だね、こんな花くらいで・・・さ、もう行くよ」
すぐに花から目をそらし千鶴の手をとって、そのまま総司は歩き出す。
花を見ていたのに急に反対方向に引っ張られて、体ごと倒れそうになりながらも、千鶴はなんとか小走りに総司についていく。
ちらっと自分の手をとる総司の顔をそっと仰ぎ見れば、翡翠の色が鈍く苛立つように光っていた。

「・・・・・あの・・・・・・」
「何」

すぐに返された返事は、やはり声色も口調も、何やら厳しく感じられる。

「すみません…時間とらせて…」
「・・・・・・・大した時間じゃないでしょ」
「あの・・・・・・」

ふと心に浮かんだことを総司に聞こうかと思ったけれど、聞いたらますます苛立つような気がして、続く言葉が出てこない。
そんな千鶴に総司はちらっと目を向けて、

「・・別に花は嫌いじゃないよ」
「!?す、すごい…沖田さん私の考えてることわかるんですか?」

千鶴があんまりにも目を見開いて、口を開けて、これぞ驚いた顔!という顔をしたものだから、訳も分からず苛立っていた総司もつい噴き出して笑ってしまった。

「あはははは!わかるよ…君、考えてることが全部透けてるから。丸見え」
「ええ!?…こ、困ります!全部、ですか…?」
「うん。・・・・・へえ、何、わかられたら困ることあるんだ」

愉悦に浸った表情を湛えて千鶴を横から覗きこむ総司に、千鶴は思わずぱっと顔をそらす。

「・・・屯所から逃げたい…とかじゃないみたいだね~…それなら・・・「おおお沖田さん!!」」

総司の言う通り、もし本当に自分の考えが丸見えだとしたら…
総司の話が核心を突いたら困る。
とっても困る。
だから千鶴は総司が言葉を連ねる前に思わず、会話を一端途切るために名を呼んだ。
名を呼んだのは…他にかける言葉が思いつかなかったから。

「はい、おおお沖田さんだけど、何?」
「茶化さないでください!・・・・・・・・・」
「ごめんごめん、で、何?」

じっと見られて、話の先を促されるのは、何とも居心地が悪くて。
それでも何か話さなければと…思いついたのは先ほど見た・・・・

「あの、さっきの花…なんて言うか知ってます?」
「あの花?さあ~…ちらっとしか見てないし・・・」

あまり興味もなさそうに呟く総司に、千鶴は男の人はこんなものなのかな…と漠然と思いながら話を続けた。

「あれ、エゾギクって言うんですよ?」
「へ~よく知ってるね」
「はい、父様にいろいろ教えてもらったから・・・」

言いながら、ふと、あれは本当に父様に教えてもらったものだろうか?
なんだか遠い昔、違う人に教えてもらったような気もする・・・ぼんやりとそんなことを考える。
移ろう意識は、総司のそれで?という声に呼び戻されて、

「あ、…あの花は寒いところによく咲くので…京で、しかもあんなところで見かけるなんて・・・と思って・・・」
「寒いところ?じゃあ・・・江戸にも咲いてなかったんじゃないの?よく知ってるね」
「・・・・そう、ですね・・・・江戸にも、こんな風にぽつっと咲いていたのかもしれません」

なんだか本当に何か、懐かしい景色を思い出しそうに、視界がちらちら霞みがかる。
何故かはわからないけれど、胸の奥が熱い…せつなくて、せつなさでいっぱいになって、気が付けば眼の端にじわっとたまるもの。
きっと瞬けば、ぽろっとこぼれおちる雫を、自分でもなぜそうなるのか、訳がわからない涙を必死に耐えていると、急に視界が暗くなって前が見えない。

「キャッ!?」

視界が暗転し、よろめく千鶴をそのままがしっと受け止めて、動かさないのはきっと総司の腕。
この状況は一体?
体を包むもう一つの温度が、総司の傍だということを如実に物語っているけれど・・・

暗い頭上で総司の少し休憩~と隊士に呼び掛ける声が聞こえる。
はい!と了解する隊士の声が耳に届いたと同時にそのまま抱え込まれて、どこかへ移動してる。

ばっと視界が開ければ・・・路地裏の方に連れられたようで、明るいとは言えど、軒蔭の仄かに和らいだ日差しが丁度いい。
そして、千鶴は今まで総司の羽織で包まれていたのだとわかった。
そのまま・・・きっと抱きしめるような形で・・・そう思うと顔に熱が集まるのを自覚して、それとともに、総司の「考え丸見え」発言を思い出して、気まずそうに顔をそらした。

「父親のことを思い出していたの?」

不意に問われた言葉に、何と言えばいいのだろう?と暫し考えをよぎらせて、はい、と短く答えた。

「・・・・ごめんね」
「?」

たった一言、総司の申し訳ないという気持ちがいっぱい詰まったような、優しくあやすように紡ぐその言葉に、声に、千鶴は頭をあげてきょとんとした顔をする。

「花、もっと見ていたかったんでしょう?」
「い、いいえ!大丈夫です!」

総司が憂慮していることに思い当って千鶴はぶんぶん強く首を横に振る。
花を見ていた時にはそんなこと、考えもしていなかった。総司に花のことを話す時に浮かんだだけで。
花を見ていた時に思っていたことは・・・・

「・・・・あの花見ていた時には・・・こんな風に生きたいって思っていたんです」
「・・・・・・あの花みたいに?あんなひっそり?」

困惑したように眉をしかめる総司の表情がなんだか珍しくて、ついふふっと軽く笑ってしまう。

「ひっそり・・・でもいいんですけど。人が手入れしなくても・・・ちゃんと生きているでしょう?たくましいです!そんなところを・・・」
「美談だけど、日に照らされて、雨に打たれて、風に吹かれて、人や馬に踏まれて・・・そんなことばっかりじゃない?」
「・・・・・・・沖田さん」

総司らしいといえば総司らしい物言いに、思わず苦笑いを浮かべながら、それはそうだけど…でも…と言葉を続けようとする千鶴の口を遮って、

「それに・・・君みたいに見つけてくれる人がいたらいいけど、いないかもしれない・・・それでも?」
「花になりたいって言うのじゃなくて、花みたいに!ってことですよ・・・もし、見つけてくれなくても・・・一人でも生きてける強さが必要な時だってあるんじゃないでしょうか」

最後にぽつりと呟かれた言葉には、千鶴の、未来に対する不安な気持ちが込められている。
そんな気持ちを察してか、自分の胸に湧く気持ちに突き動かされたのか、総司は手を伸ばしてそっと千鶴の指に自分の指を絡める。

「・・・・・沖田さん?」
「・・・君は一人じゃないでしょ?」
「それは・・・でも・・・」
「僕がいるじゃない・・・まあ、他にもたくさん…いるけど。・・・君を、一人にはしないよ」
「沖田さん・・・」

思いがけない言葉に、そっと総司を覗うように顔をあげた千鶴の目に入ってきた総司は・・・
いつもなら考えられないけど、少しだけ頬を染めて、じっと見つめる千鶴の視線をさけるように横にずらして照れくさそうに。
そんな表情が、本当にそう思っているんだよと、優しく語りかけてくれるようで。
思わず握った手をきゅっと握り返す。

「ありがとうございます・・・嬉しいです」

そんな表情を目に留めておきたい。
総司の顔をじっと見て微笑みを浮かべる千鶴に、余計頬を染めながら総司は千鶴に向き直って・・・恥ずかしさを隠すようにいつものような軽口を叩く。

「それに、花みたいに、とか思わなくても、もう、屯所に咲く一輪の花・・・とか何とか言われてるじゃない。よかったね?」
「それは意味が違います!」

もう!と口を尖らせて、総司を見上げる千鶴の表情はそれでも明るく。
先ほどまで胸を覆っていた霧は、繫れた手から伝わる温かさと・・・冗談を言うような総司の、その穏やかな声色で晴れていく。

あの花のように・・・強く、生きられたらいい・・・それでも・・・
繫れた手にそっと目を落として、その温もりに願ってしまったことがある。
・・・沖田さんに見つけてもらえたなら・・・
ひっそりと抱えるこの気持ちは総司には邪魔でしかないだろう。
わかりやすい自分の気持ち、まだ、伝わりませんように。
そんなことを思いながらそっと身を半歩だけ総司に近づける。



自分を見上げる千鶴の表情は、もう今は明るく。あの花を見つけた時のように微笑んでいる。
その微笑みを自分に向けられたことで、ようやく先刻何に苛立っていたのかを思い知らされる。
・・・花にまでヤキモチ、かな・・・あ~あ・・・

自分で思う以上に夢中になっているようだ。
花のように生きたい、か・・・もうそうしているのに・・・とつい顔を緩ませてしまう。
自分の心に咲く花は、いつの間にか根付いて、自分にはいらない感情だと、抜こうとしても抜こうとしてもその兆候は一切なく、日ごと花を咲き誇らせていく。
可愛い声も、薔薇色の頬を湛えた笑顔も、純真を秘めて澄んだ瞳も、芯を持つ表情も、泣きそうに潤んだ瞳も、怒って拗ねた愛らしい表情も、全部、全部が花を咲かせる肥やしとなる。
だから他のどんな花も目に入らない。
惹きつけるものは、心の中に咲く花だけ。

先ほど千鶴に言ったように、千鶴の考えが本当に透けて見えたならいいのに。
千鶴に想い人が出来た時、わかるように・・・それが自分であるように・・・と願いを込めながら、
総司はそっと身を半歩だけ千鶴に近づける。



二人で近づきあった距離は二人の心をも一層近づける。
触れ合うところに感じる熱は確かな恋の始まり。




END







花を使ったSSは好きです。
本当はもっともっと書きたいことがあるんですがSSにならないので・・・また別のお話に。
まだ両想いとわかる前の二人。
傍から見たらバレバレだとは思うんですけど・・・本人同士は気づいていないとうことで。
千鶴が気がつかれたくない気持ちっていうのは、もちろん沖田さんを好き、という気持ちです。