良薬、わかりやすし。




「千鶴が?」

朝、食事当番である斎藤は勝手場で黙々と朝食作りを進めていた。
そこに当番なのに遅れてきた総司の一言に、手は止めず視線だけを移す。

「うん。いつも手伝うって言うでしょ?だから今日もお願いしようと思って…部屋に行ったら、ね」
「起きられないほどとは・・・風邪か?」

千鶴は今日巡察に同行する予定だった。
それなら副長にも報告して休ませなければ、そんなことを思いながらざっと切った野菜を釜に入れていく。

「それがさ・・・・っははっ!あの子馬鹿だよねえ」
「・・・おまえの言っている意味がわからん。順序だてて話せ」

一人おかしそうに吹き出す総司に、斎藤は釜の様子を見ながら淡々と言葉を促した。
同じく食事当番である総司は先ほどから様子を見ているだけである。

「お腹痛いんだって」
「・・・それのどこが可笑しい?」
「だ〜か〜ら…あの子変に気を遣うでしょう?」

気を遣う、というより、遣わせている。と言った方が正しいのでは・・・
いつも顔を見れば笑顔で和ませてくれる千鶴を思い浮かべながら、斎藤はそんなことを考えて。

「昨日さ・・千鶴ちゃんは人気者だから、大変だったんだよ」
「・・?何のことだ?」
「う〜ん教えてあげたいけど…これは僕だけが知っていることだから…秘密〜」

まるで千鶴と二人で秘密を共有していることを、誇らしげな態度で話す総司。
斎藤は視線を合わさず、釜の中のものを味噌で味を調えていく。

「知りたい?」
「・・・千鶴は腹痛なのだろう?それだけわかれば十分だ。副長に話しておく」
「え〜意地っ張りだな。本当は知りたいでしょう?」

ねえ、と意味ありげに覗きこむ総司に、斎藤は一度だけ感情のこもっていない視線を向けた後、出来あがった汁の味付けを確かめた。

「・・・俺は報告を済ませてくる。総司は和え物をその間に準備しておけ」
「・・・はいはい」

斎藤の変わらない態度に、肩透かしをくらった総司は仕方なしに適当に葉物を取り出して、適当に洗い出した。
その様子を見てから勝手場を出た斎藤は土方の所へ向かう。
けれど、足は・・・千鶴の部屋の前で一端止まった。

ほんの少し思案した後、「千鶴、起きているか」と一言、声をかけた。
総司が部屋に寄ってきたようだから起きてはいる筈だ。
ほどなく、小さな声で「はい」と返事があった。

「少し、いいだろうか?」
「え…はい…どうぞ」

声に元気がないのは…腹痛のせいか?
顔色も悪い。

「総司に聞いた。腹痛は・・ひどいのか?」
「え、ええと…そんなにひどくは…大丈夫ですよ」

でも明らかに千鶴の顔色は悪い…?徐々に赤くなってきている。熱も出てきたのだろうか。
斎藤には・・・その腹痛に思い当る節があった。

「昨夜、俺が渡したせんべいが原因ではないのか?」
「そっそんなことは…」

斎藤が町を歩いていると珍しいにおいが漂ってきて。
見ればせんべいを店の前で焼いていた。
香ばしいにおいは、あまり嗅いだことのないもので、いか墨を塗り付けたものだった。
珍しさでつい、買ってしまったせんべいを・・・斎藤は屯所に戻った後、棚にしまおうとしたのだが。
千鶴の部屋を通りがかった時、千鶴にも・・と、不意に思った。だからそれを渡して・・・千鶴も喜んだのだけど。

「おまえは屯所で出された食事を共に食べている。だが他の者にそれほど腹の具合の悪そうなものはいない」
「・・・・は、はい」
「ならば、俺が渡したものが原因であると考えるのは、当然だと思うのだが・・・すまない」
「い、いえ!美味しかったですし、嬉しかったです!それにせんべいは・・斎藤さんも食べたんじゃ?」

不思議そうに首を傾げる千鶴に、斎藤はそこで黙って視線を逸らす。
せんべいを千鶴に渡した時、千鶴があまりに嬉しそうに、美味しそうに食べるものだから・・・買ったものを全部渡したのだった。
いい、と遠慮する千鶴に、俺の分は他にもある。と言ってしまっていたから…

「…いや、俺はまだ食べていないんだ」
「そうだったんですか・・・でも、せんべいが原因ではないので、食べても大丈夫ですよ」
「…?他に原因が思い当ることでもあるのか?」

全くそれが原因だとは思っていない千鶴に、今度は斎藤の方が首を傾げる。
そこで千鶴は、しまった、というような顔をして、顔を俯けてしまった。

・・・聞かれたくないことなのだろうか。そういえば――

「…総司は知っているようだったが」
「あ、はい…沖田さんには…見られてて…」
「見られた?何を・・?」
「え、え〜と…それは…」

困ったように言い淀む千鶴が顔を少しだけあげれば、斎藤は黙って眉を寄せて視線を落としている。
・・・私が言わないから、困っているのかな。で、でもこんなこと…うう…

「・・・千鶴、いい。俺に話せないのであれば・・・無理して聞く気はない。」
「・・あっ・・・」

黙って立ちあがった斎藤を、慌てて視線だけ追いかけると、こちらを振り向いて。

「体をいとえ」

一言だけ、いつもより優しい声で言葉をかけてくれた。
千鶴が思わず、あのっと声をかけた瞬間…斎藤が戸を開けるより早く、総司が戸を開けて入ってきた。

「総司、当番は・・・」
「終わったよ〜・・・何だやっぱり気になっていたんじゃない。素直じゃないよね」
「何しに来た。千鶴はもう休ませないと・・・」
「何しにって…僕は優しいからね」

口端をあげてにっと笑顔を作ると千鶴を見下ろして。

「千鶴ちゃん、はい。これ、効くよ」
「え、あ、あの・・」
「下剤。欲しいでしょう」
「お、沖田さん〜〜!!」

・・・・・・・下剤??

「腹痛とは・・・」
「千鶴ちゃんのは、食べ過ぎだよね。あはははっ」
「・・・・・うう〜〜皆さんには言わないでくださいって…」
「うん、言ってないよ。皆さんにはね、斎藤君には聞かれちゃったね。ごめんね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

涙をうっすら目に浮かべて頬を赤くして、顔を下にする千鶴に、斎藤はわからない、と思う。
・・・解せない。食べ過ぎ、というのを何故隠す必要があるのか。

「僕としては…皆に言いたいんだけど。その方が邪魔者も減るしね」
「言わないでくださいっ」

・・・・邪魔者??

「あれ?僕に口を挟む気?生意気だな。大体君がみんなにいい顔するから、こういうことになるんだよ」
「別にそんなつもりじゃ…」
「…いい顔とは?」

一人話に入れずそのまま話が進む状態に耐えきれず、斎藤が口を挟めば、ああ、と総司が顔を斎藤に向けた。

「斎藤君も、覚えておきなよ。千鶴ちゃんにお土産買ったら駄目だって」
「?何故…」
「だって、千鶴ちゃん昨日どれだけ食べてると思う?」

朝食昼食夕食の他に、斎藤のあげたせんべい。茶の時間に菓子でも食べていたかも知れない。
その程度だろうと思われた斎藤の耳に、総司が指を一つずつ折りながら、千鶴の食べた物を言っていく。

「ご飯の他に、平助がくれた桜餅。左之さんがくれた落雁。新八さんがくれた焼餅。土方さんがよこした団子。
山崎君が持ってきた饅頭に、島田さんがくれた最中・・・挙句、近藤さんに誘われて、僕と一緒におそば食べたんだよね」
「・・・・・・・・・はい」
「…それを、一日で・・か?」
「・・・・・・・・・はい」

驚いた視線をよこす斎藤に、千鶴は恥ずかしくていたたまれない。

「よりにもよって、みんな別々の時に…いや、わざとかな?誰もいない時を狙って千鶴ちゃんのところに来て…これ、どうぞって言うからさ
千鶴ちゃんはそれ、性格上断れないよね」
「…何故総司がそこまで知っている」
「暇だったから張り付いていただけ」

あっけらかんと言い放つ総司に、斎藤は露骨に呆れた視線をよこした。
本当に見られていただけのようだが…これはこの先注意しておく必要がある、と斎藤は改めて認識した。
千鶴を見れば、その顔を隠すように首をすくめている。

「…断れなくて、皆、食べたのか」

それでは自分がせんべいを渡した時、千鶴はもうきっと、食べ物など見たくもなかったのではないだろうか?
なのに、にこにこと、そんなこと微塵も感じない笑顔だったが…

「これでさ、『皆さんがくれすぎるから・・・お腹痛くなったんです』とか言えば、みんな止めると思うのに。気を遣ってそれも言わないって言うんだよね」
「…それは、皆さんが厚意でしてくださったことなのに…気にされたらやっぱり嫌です」

…だから、言いたくなかったのか…
周りのことを考えて、気にして、しすぎる彼女は優しすぎるのだろう。

「・・千鶴、そういうことはきちんと言え」
「で、でも…」
「おまえに、喜んでほしくて皆していることだろう。そのおまえに…無理させていたとわかれば後でもっと気にする」
「……はい…」

申し訳なさそうに落ち込む千鶴に、斎藤は再び千鶴の横に腰を下ろした。
千鶴が落ち込む必要はない。どうも自分は…言葉が足りない。

「千鶴の…無理している様子を気が付かず、すまなかった…以後、俺も控えるようにする」
「それは…違います。気が付く筈がないんです。だって…」

顔をあげた千鶴は、言っていいものか少し思い悩んだ後、きゅっと口を一度結んだ後に、口を開いた。

「本当に嬉しかったから。斎藤さんからお土産頂いて、嬉しくて…それだけでいっぱいになって
…無理なんて、してなかったんです…ひ、控えないでください…」

普段、あまり表情を崩さない斎藤が、お土産を食べている自分を見ている時に少しだけ見せてくれる笑顔。
それが嬉しくて、それだけに気持ちの全部が向けられて、苦しいことなんて忘れていた。
だから、気が付く筈がない・・・

顔を真っ赤にして、体を硬くして、言葉を紡ぐ千鶴の姿。
総司からすれば、斎藤に告白でもしているような勢いに見える。

「へえ〜無理してないなら、今日は僕のお土産食べてくれるんだよね」
「えっ?…・あ、は、はい「総司、無茶を言うな」

立ちあがった斎藤はいつものまま。いつもの表情、態度。
総司を見る目は照れを隠しているようには見えなくて。

・・・・全く変わらない。千鶴ちゃんも不憫なものだね

ちらっと千鶴を見下ろせば、千鶴と顔を合わせようともしないまま、総司を連れて部屋を出ようとする斎藤の様子を見て、
そのいつも明るい表情が落ち込んでいるのが…目に見えてわかる。

きっと、嫌われたとか何とか、否定的に考えているんだろうな・・
…面白い

総司がそんなことを考えていた時。

バン!!!

すぐ脇ですごい音がする。
千鶴から斎藤の方に目を向ければ…閉まったままの戸を開けもせずに頭からぶつかっている。

「・・・・・・・・・・何してるの」
「だ、大丈夫ですか!斎藤さんっ」

慌てて千鶴が重い体を起して斎藤に近寄ろうとすれば、大丈夫だ、と千鶴を制して戸を開けようとした。けれど・・・

ガタガタッ・・・・・

戸は開かない。当然である。反対方向に開けようとしていたのだから。

「・・・・・斎藤君。何してるの」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・?あ、あの私が開けます」

千鶴がすっといとも簡単に戸を開けると、すまない、と小さくぼそっと呟いて、部屋を出たかと思えばその足を止めた。

・・・どうしたのだろう?また、何かあるのかな・・??
千鶴が斎藤の背中をじっと見ていると、顔も振り向かないまま、一言だけ。

「控えないことにする」
「・・・・・え?」

それだけ言うと足早にその場を去る斎藤。曲がり角で曲がらず真っ直ぐに歩いて落ちかけていたけど。
千鶴はそんな様子は見えていない。
真っ赤になって、斎藤のくれた言葉の意味を考えているのだろうか。
苦しがっていた体のことなど忘れて嬉しそうに佇んで。

・・・あ〜あ、どっちも自分でいっぱいいっぱいだよね。

総司は一人、溜息をついた。
去り際、瞬時に赤くなった斎藤の耳を千鶴が見ていたら、自信も持てただろうに…
…教えてあげるほど、僕は親切じゃないけどね

「…千鶴ちゃん、お腹もういいの?」
「え?お腹・・・って・・・あ、ああ・・・そうだ、苦しくって・・・・ううっ・・・急に・・・」
「君には斎藤君が傍にいるのが、一番の薬みたいだね」
「な、何のことですかっ!?」

真っ赤になって慌てる千鶴に、総司は当分退屈しないな、と笑うのだった。
あちこち体をぶつけながら、斎藤が薬を持ってくるまで千鶴はからかわれ通しだったとか。







END