バレンタインSS




『二人だけの伝え方』




どうしてそうなったのかなんて、俺様が聞きたい――

呉。
肥沃な土地を求めて、孟徳からの圧力のかかるこの土地を守っている君主、仲謀は一人、非難の眼差しにさらされていた。
君主たる自分を恐れもせずに睨んでくる大小は、ご立腹のようだった。

「まったく!女心っていうものがわかってないんだから〜仲謀は!」
「花ちゃんに逃げられたって知らないから〜」

ぶぅぶぅ文句を連ねる二人の言葉に、少しギクっと動揺してしまう自分が情けない。
小さな不安を振り払うように、いつもの尊大な態度を見に纏った。

「あいつが俺の許から去るなんて、あってたまるか。大体、ここに残ったのは…俺の傍にいたいから、なんだしな――」
「うわ、強気だ〜仲謀の癖に〜」
「〜仲謀の癖に、だと〜?小、誰に物言ってんだ!!」
「そんなこと言って、さっきから不安そうにしてるし〜」

ね〜!と顔を見合わせて頷く大小に、仲謀はそんなこと、と言えずに口をつぐんだ。
気にするに決まっている。不安にだってなるのは当然で。
そのくらい、自分の中で花の存在は大きいのだから否定できない。

仲謀に今わかっているのは…花の様子がいつもと違うということだけ。
つい先ほど、廊下でばったり会った(探していたとも言う)花に声をかけたのだが。
会話中も気はそぞろで、ぼんやりして…時折何か言いた気な顔をして。

「小腹が空いたから、何か口に入れるか。花も一緒に食べるだろ?今、持ってこさせる」

元気のない花には、甘いお菓子でも…そう思った自分なりの気配りだったのに。
その言葉を口にした仲謀に、花は「いらないっ」とだけ突きつけて、背中を向けて走って行ってしまったのだ。

「何だあいつ…」

この俺様がせっかく――と思いつつも、気になって追いかけようとしたところ、いつまで職務から離れるおつもりですか。と公瑾に捕まった。
花のことが気がかりながらも仕事をしていると、公瑾に何か気がかりなことでも?と細目で問い詰められてしまい――

「いや、子敬がな…言っていたんだが(許せ、子敬)」
「子敬殿が?一体何を…」
「いや、気になる女が…自分といても気がそこにない様子で、つまらなそうで…誘っても逃げられて…」
「はあ…子敬殿がそういうことに悩まれるなんて…想像つきませんが。…そうですね、その女性には気がないのでしょうね」

公瑾のあっさりざっくりした言葉に、仲謀は思わず反論した。

「いや、だってな?は…じゃない、女は子敬のことを好きなんだぞ?それは間違いない」
「はあ…でしたら、他に想う方が出来たのでは?気のいい子敬殿にそれを伝えられず思い悩んでいるのかもしれませんね」

公瑾のこの言葉は、仲謀にとんでもない不安を与えた。

他に…想う男…?花に限ってそんな筈…
いや、しかし…こういうことに慣れていそうな公瑾の言葉には重みがある――
それならば一体誰に…?と先走り勝手に切羽詰る仲謀に、どうかなさいましたか?と公瑾の笑みがかけられる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、公瑾、か?

考えられないことではない。
宮中の女性に大人気の公瑾に、花が魅せられてしまったのかも…

「・・・・っ用を思い出した。後は任せる」
「・・は?任せるとは…これは仲謀様の確認なくば…」
「あああ〜じゃあそこに積んどけ!!後でやる!これ以上の言葉はいらないからな。以上!」

バタバタと部屋を飛び出してしまった君主に、公瑾は溜まった竹簡を見ながら溜息を漏らす。

「…あの様子だと…先ほどのことは花殿のことか―私としたことが…」

まああの二人に限って心配するような事はないだろう、と職務に戻ったのだった。

一方仲謀は、ものすごい速さで花の許に向かったのだが、その手前の廊下で大小に道を阻まれたのだった。
話はこれで最初に繋がるのである。

とにかく今は、花を庇うように立つこの二人をどうにかしないと、追いかけようにも追いかけられない。

「お前らがいると話がややこしくなるんだよ。大小、部屋に戻っとけ」
「む〜仲謀に言われたくない」
「そ〜だよ、何で花ちゃんが傷ついているかもわかってないんでしょう?仲謀、花ちゃんに何て言うつもり〜?」

今日はいつものように、空気を読んで退散…はしてくれないようだった。
むしろ、先ほどからずっと責められている。

「大体、そんな態度じゃ花ちゃんをまた傷つけるだけだよ〜」
「そうだよね〜」
「…傷つける?俺が、花を…?」

こいつら何言ってんだ?
今朝まで普通だった花と、次に会った時にはもう心ここにあらず状態だったのに…俺が何かしたはずがない――

仲謀の意図を汲んだように、大小が言葉を連ねる。

「花ちゃんのお菓子、食べなかったでしょう〜?」
「そうだよ〜ばれんたいんのこと、仲謀だって花ちゃんに教えてもらってたよね」
「ばれ…あ、あれ今日か…で、でも俺は何ももらって…」

ない―そう言いかけて、傍と思い出した。
午前の勤務中、女官が持ってきた…やけにいびつな饅頭…
ちらっとだけ見て失敗作かと思い、手をつけずにおいた…あれがもしや…

「あの歪な饅頭、もしかして…」
「も〜!!花ちゃんに聞いてたでしょう〜!!【はあと】の形!好きって形!!」
「地面に描いてくれて、教えてくれたのに〜!!忘れてたの?仲謀〜!!」

反論のしようがない。
いや、【はあと】なる形のことは頭に残っていたけど、あの饅頭【はあと】だったか?
立体的になったことで、わかりにくかったというのもあるし。
何より、女官が持ってきたから気付きにくかったのもある。花が持って来てくれていたら…

「何であいつが直接俺に持って来ないだよ。それならいくら俺だって…」
「出来立てを食べて欲しかったんだよ〜それに、その時武将さんや文官さんもいっぱいいたでしょう?」
「そうそう、私達と部屋の入り口で成り行き見てたんだよ、なのに〜」

ようやく、事態の内容を把握できて、ほっとしたのもあるが…どうしたものか仲謀は頭を掻いた。

「あ〜…俺が…悪いな。よし大小、ちょっと手伝え。これとこれと…用意してもらってくれ、それから…」
「うんっわかった!」
「花ちゃん、喜ぶね!」
「ね〜!」

考えたことが透け透けだったのか、大小にからかわれながら仲謀はすぐに身を翻して準備を進めたのだった。



「はあ、もう夜…仲謀怒ってるかな…あれから話してないけど」

俺様が何したって言うんだよ―と抗議に来るかも…と思っていたのか、何事も無く夜を迎えたのが微妙な気分にさせる。
仕事に精を出して欲しいけど、ちょっと態度の悪かった自分に怒らない仲謀がいつもと違うから、こちらもどういう態度でいたらいいのかわからなくなる。

「…私の手作りって…きっとわからなかったんだよね。全く気付いてない様子だったし…」

仲謀に悪気があったわけじゃないっていうのもわかってる。
忙しいから、考えることがいっぱいあるから、バレンタインのことなんて気付かなのも当たり前なのだと思う。
それでも、ハートの形の説明をした時に、

「当然、俺様にくれるんだろうな」

いつもの高飛車な態度で、自信たっぷりにそう言われたから。
「うん、あげるよ」ってすぐに返事をして、照れた顔を覚えていたから…

どこかで、見たら思い出してくれる…と期待していた。

「…ハートってわかりにくかったかな。角度にもよるかも…うん、逆向きで差し出されていたりしたら…わからないよね」

こんなことで意地張ってたってしょうがない。
昼間はごめんねって謝りに行こう――

花が寝台から身体を起こして、帳を開けると…

「・・・・・・・これっ」

部屋の中がいつもと違う装飾で満たされていた。
最初は、大喬小喬が自分を慰めようとしてくれたのかと思ったのだが、よくよく見ると…どれも同じ形を象ろうとしているのだとわかって。
特に窓にかかった新しい枠は、外からの燭台の明かりを無理やりハートにしているようで。
僅かな期待に視界をめぐらせると、部屋にある机の上に、饅頭が置いてあった。
その歪な形には見覚えがあるけど、自分が作ったのより一回り大きい、お饅頭。

「・・・・・・・・・・これ、何で・・」
「俺様が作ったんだ、ありがたく頂け」

部屋の扉の外で、ずっと花が起きるのを待っていたのか、仲謀が押し計らったタイミングのように部屋に入ってきた。
公務ではない疲れがその表情から見えるけど、どこか満足そうで。

「…仲謀が、作ったの?」
「俺様にかかればこんなもの、簡単だ。…花だけにやる」

自分の名前を出した時の照れた表情が、その意味を教えてくれる。
花はこみ上げるもので胸をいっぱいにしながら、小さく問いかけた。

「…今日、覚えてたの?」
「それは…悪い、覚えてなかった。でも、お前が作ったのは…お前がそこで優雅に昼寝してる間に全部食ったからな」
「・・・・・え・・・」

そういえば皿をさげた後、あの饅頭がどうなったのか知らなかったのだが…幾分ひからびていたのではないか…と思う。
それでも、全部食べてくれたんだ――

「大体、お前も悪いんだぞ、花。女官が持ってきた菓子なんて、俺様がいちいち気にかける訳ないだろうが!」
「そうなの?でも私がお菓子たまに作ると、いつもすっごく確認してたよ。だからてっきり…」
「…っそんなの、お前が作ったものだからに決まってるだろ!?言わすな!そういうこと!」

カッと赤くなる仲謀に、心の中が温かくなる。
この世界にいて、よかった―と心から思える瞬間はいつだってこんな時。

「…ありがとう、仲謀」

大好き、と言いたくて。
指でゆっくり目の前に形の見えないハートを描く。

描き終わると同時に、仲謀の声にならない声が耳に届く。
それと共に、唇に優しく触れる温もり。
その後、求められるように強くなった触れるものに応えるように、背中に回す腕に力を込めた。

抱きしめられながらも自由な指先で仲謀の背中に描くハートに、上昇する体温が愛しくて――

今年のバレンタインは、そんな二人の一時――







END






甘くなったかな〜
仲花を書くとどうしても、他の人を出したくなります。
仲良しファアミリー呉一家な感じが大好きです^^