『鬼さん、どちら…?』





「…というわけで、今年も節分を執り行う事になった。」

朝餉の後、片付けを終えた広間には平隊士のいない、幹部だけが揃った大事な会議のように見えたが。
シンと張り詰めた空気などどこにもなく、『節分』という言葉にのんびりした空気は聞く姿勢までも解くように広まっていく。

そんな中、ただ一人姿勢を正し、その言葉を重き言葉のように受け止める者がいた。
もちろんどんな時でも浮かれることなく、任務を全うする三番組組長、斎藤 一である。

「去年はさ〜確か、土方さんが鬼だっつんで新八っつぁん張り切ったのに、返り討ちにあってたんだよなあ」
「なんだとぉ!平助てめえ…んな事ばかり覚えてんじゃねえよ!おらおらっ忘れさせて〜〜や〜〜〜る〜〜〜っ!!」
「んぎゃあああああっ!く、苦し…っ首!首絞まってるし!!」

斎藤の隣で騒ぎ出した平助と新八にも、斎藤は全く動こうとせず。
ただ静かに、次に土方が口にするだろう事を待っていた。
斎藤にとって、それ以上に今重要な事はなかった。

「おいおい新八。本当に首絞まってんぞ。止めとけって。大体、お前が油断して腹に一発入れられたのは確かだろ?」
「あれは油断じゃねえ!鬼は逃げるのが筋ってもんだろ!?逃げずに手を出してくるとかありえねえよ」
「言いたい事はそれだけか、ああ?」

賑やかな3人組の一騒動を青筋立てながら見守っていた土方は、その視線だけで人を殺せるように目を細める。
3人は「い、いやあ何も…」と誤魔化しながらも、ようやく口を一度閉じた。
その時を待っていたように、今度は総司が「ところで」と口を開く。

「今年も土方さんが鬼なんですよね?」

斎藤がピクっと小さく肩を震わせた。
今までずっと動かさなかった視線を、土方の傍らに遠慮がちに座る千鶴に移す。

「……」

パチっと合った視線は、予想だにしなかったもので。
不意に合った視線に、自分が千鶴を見た瞬間を見られた気恥ずかしさ、千鶴が自分を見ていたという気恥ずかしさが一気に募る。
皆が話を進める中、急に話に集中出来なくなった斎藤は慌てて土方に視線を戻した。

「鬼役はクジで決めんだろうが。なんで俺が二年も続けてんな面倒な事しなきゃなんねえんだよ」
「ええ〜だって、去年楽しそうでしたし。今年も内心張り切ってたんじゃないですか?」
「んな訳あるか!今年は!…公正にクジで決める。わかったな」
「やだなあ。その言い方ってまるで去年不正があったみたいじゃないですか」
「そーだろーが!!」

ケラケラ笑いながら土方に突っかかり楽しんでいる風の総司を余所に、斎藤は去年の節分を頭に浮かべていた。

千鶴には、自分が一番近い存在だと思っていた。
好きだの、恋だの、愛だの、そんな括りでまとめようとは思わなかった。
ただ、傍にいるのが自分で在ればいいと思っていた。

だからこそ、節分で土方に楽しそうに豆をまく千鶴の姿に、何とも言えない苦い思いを味わった。
そんな自分の気持ちを吐露するのはどうなのだろう――?
そう悩みながらも、ポツポツを口をついた自分善がりの願いに、千鶴はこれ以上ない笑顔で応えてくれた。

あれから一年。

何気ない会話でも意識して、寄り添おうとする自分は、きっと、もうすごく、心を捕らわれているのだろう――


斎藤は未だ口撃の応酬をしてる土方と総司に割って入るように、静かに声を張った。



「鬼役、俺に務めさせていただきたく――」






「これで、よし!」

去年の土方同様に、斎藤の頭に小さな角が装着された。
いつもの表情を湛えたままの斎藤に、その小さな角が何だか居心地悪そうにチョコン、と乗っているようだった。

「…ふふっ斎藤さんがキリッとすればするほど、何だか違和感が…」
「似合っていないのだろうな」
「似合っている方がいいんですか?ふふ…っじゃあ衣装も作った方が良かったでしょうか」
「いや、それは――」

少しでも、そんな衣装を身につけた自分を想像したのだろうか、斎藤は僅かに顰め顔を浮かべる。
千鶴は小さく笑いながら、角が取れないかもう一度手を伸ばして確認しつつ、斎藤が鬼に立候補して以来疑問に思っていた事を口にした。

「…どうして、鬼役に立候補したんですか?」
「どうして、とは――」
「去年は、斎藤さんも一緒にクジを引いていましたよね。他の皆さんだって、あまり引き受けたくないようでしたし……」
「それは―――」

そうだろう。
邪気払いだの厄払いだの、本当にその為に豆を投げようとするのではなく。
新八のように悪ノリして豆を加減なく投げつけて、節分を楽しもうとする者ばかりが揃っているようなものだ。
わざわざ豆を当てられて、逃げる役など普通はしたくはない。

けれど、斎藤にとってそうした事情は去年で変わってしまった。

何より、千鶴が誰かとまたあんな風に楽しむ姿を見たくはない。
むしろ、自分がその役でありたい――

そんな理由から、斎藤は今年節分を行うならば自分が鬼を――と、ずっと決めていたのだが、だが果たして。


・・・・・それをそのまま、千鶴に告げてもいいものなのだろうか――

斎藤の言葉を待つ千鶴は、そんな事微塵も考えていないように。
きっと深い事情でもあるのだろう――とばかりに、信じきった視線を投げかけてくる。

「……それ、は――……じ、実は……「わかっています」
「鬼になって追いかけられ――わかった?」
「はい。斎藤さんは、皆さんの嫌がる事を…率先して、皆さんが楽しめるようにって…それで、引き受けたんですよね」
「い、いや……」

何だか話が美化されてしまってきている。
斎藤は慌てて正そうとしたのだが、そんな事露ほども知らない千鶴は、斎藤の大好きな笑顔で小さく手を打って拍手を送ってきた。

「誰にでも出来ることじゃないと思います。斎藤さんはいつも、何事にも文句一つ零さないで…」
「そんな大した話じゃない。千鶴、俺は――」
「私も、鬼を一緒にします。一緒に鬼をやらせてください」

思いもよらなかった言葉がかけられて、斎藤は思わず本音を押し留めて目を見張る。
千鶴はこっそり隠し持っていた角を、おじおじと斎藤に見せた。

「去年は、節分の楽しさを皆さんに教えて頂きました。今年は…私の番ですから」
「千鶴……」
「頑張りましょうね!…えっと…ここら辺かな?」

角を装着しようと手探りで位置を確認する千鶴の手を、斎藤はゆっくりと下ろさせた。
きょとん、とする千鶴に、諭すようにゆっくりと声をかける。

この豆まきを執り行うことになったのは、元は局長の千鶴への気遣いだろう?」
「…はい。私が節分をしたことがないからって――」
「ならば、お前は楽しむことだけを考えればいい。そうでなければ――」
「そうでなければ…?」

斎藤が時折見せる、二人だけの時の優しい視線に、千鶴は甘く期待してしまう気持ちを抑えながら言葉を待った。
暫しの沈黙の後、斎藤は納得せざるを得ないような、優しい声色を帯びさせて告げた。

「俺が、鬼をする意味がなくなる――」
「……斎藤さん――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

言葉よりも、その沈黙が、雰囲気が思いを伝え合うこともある。

見詰め合った二人はお互い惹き寄せられるように―――――



「はーい終了。」
「な……っ」
「えっ!?」

突如背後に現れた気配に先ほどあんなに近くにいた千鶴は、あっという間に部屋の入り口までずるずると引き摺られて。
何を――と言い掛けた斎藤の目には、千鶴を引き摺り去った総司と、
その後ろから1・2・3とひょこひょこ顔を覗かせてニヤっと笑う平助と左之と新八が―――

「だめだよ、千鶴ちゃん。斎藤君は今日は『鬼』なんだから。豆なしで近付いてどうするの?はい、これ豆。」
「え?あ――す、すみません」

顔を真っ赤にしながらも必死で状況を理解しようと、千鶴は素直に豆を受け取るもまだ困惑しているようで、斎藤と4人を交互に見やっている。
総司の慣れ慣れしい態度に、些か気分を害しながらも、本来の仕事であった鬼役の事を思い出して斎藤は対峙するように立ち上がった。

千鶴との追いかけっこが始まる――

そんな期待を心の片隅に持っていた斎藤の姿は、鬼役を嫌がる素振りは全くなく。
むしろ、どこか楽しみなように見える。
普段そういう感情がわかりにくい男ではあるのだが、千鶴が絡むと事情が変わるようだった。

それはそんな斎藤の気持ちなど聞いていない、総司、平助、左之、新八にも悪い意味で伝わってしまっていた。
何となく、そういう事で引き受けたんだろう――と思っていた事を確信させてしまったようだった。

フッと不穏な笑みを浮かべつつ、豆を掴む男達。
斎藤と千鶴を優しく見守るような笑顔では、到底なかった――――

「ちゃ〜んと見てろよ?千鶴!去年は土方さんが鬼役ちゃんとやらなかったから、不完全燃焼ってやつだったけど、今年は一君だし――」
「ふ、不完全燃焼?」
「斎藤は真面目に鬼役を果たしてくれそうだしな。いいか?千鶴――去年の豆まきとは違う、これぞ豆まきってやつをお前に見せてやるからな?」
「去年のは、ち、違ったんですか?」
「おう!鬼役が勝つとかありえねえよ。…今年は安心して豆まきが出来るってもんだぜ…覚悟はいいな?斎藤―――っ!!

叫びと共に斎藤の目に飛び込んできたのは、去年と同じように馬鹿でかい袋に豆を詰め込んだものを、そのまま自分に投げつけようとする新八。
あれに当たっては去年の新八の二の舞になるだろう。かといって逃げ場はない。
無意識に防御に回ろうとした斎藤の耳に、意地悪〜く総司が聞こえるように言うことには――

「ちゃ〜んと見てなよ?千鶴ちゃん。斎藤君がきっちり鬼に徹する姿をさ」

・・・・・・・豆を避けることは出来なかった。
何せ鬼に豆をまいて、邪気は払うものなのだから―――

去年の土方とは違い、まともに大量の豆をくらってしまった斎藤が、豆に埋もれた身体を起こしながらこのままでは――と出入り口に目を向ける時、
そうはさせじとばかりに、じゃりっと豆を力強くひねり潰すような音が聞こえる。

千鶴との豆まきばかりを考えていた斎藤の頭に、去年の土方の最後が脳裏に甦った。
千鶴との豆まきを終え、満足そうな土方に容赦ない豆が飛び交おうとしていた事を。
あの時は結局まくことはなく、一応平和に終わったのだが……今年はどうみても平和に終わりそうにない。

「…っお前達、普通に―――」
「さ!僕も鬼を追い出そうっと。何しろ屯所のお姫様をたぶらかそうとする強い邪気の塊があるからね」
「……なっ!!」
「邪気の塊?え?」

千鶴と違い何となく総司の言いたい事を理解した斎藤は、千鶴を慕う気持ちを邪気扱いされ、去年の土方同様に睨みつける。
だが、闘志を燃やしつつ左之が、「まあ待てよ」と斎藤の怒りを鎮めるように口を挟む。

「斎藤。さっきまでの自分を、誰でもいい、他のヤツに置き換えてみろよ。お前の目にはどう映る…?」
「さっきまでの、自分――?」

豆をあてられ出す前の事だろうか。
千鶴と、話していた自分を別の誰かに置き換え―――

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺らの気持ちも、わからなくもねえだろ?って事だ」
「…?あの、皆さん何の話を…?」

困惑する千鶴に、斎藤はゆっくりと目を向けた。
素直で、皆にいつの間にか解けこんでいるこの娘は、自分だけではない、皆にとっても大切な存在なのだ。

「わかったみたいだね。ってところで……はい、鬼は……外―――っ!!」

総司が腕をこれでもかとしならせてまいた豆は、避ける間もない程の豆のつぶてとなり斎藤を襲った。

「……っっ!!」
「鬼さんさっさと出て行ってね。早く逃げないと殺しちゃうよ?」
「お、沖田さんっ!そんな物騒な事――」
「君ももたもたしてないで、豆をまく。千鶴ちゃんがまかないと、斎藤君も全力で逃げないんじゃない?」
「え?あ……」

総司の言葉に弾かれたように、千鶴は豆を掴んだ。
心優しい斎藤は、千鶴が楽しむように――と言っていた。
自分がまかなければ、一度逃げ得たとしても、また……戻らねば――と思うかもしれない。

斎藤にとっては、4人の豆まきに付き合った後、また戻って千鶴と二人きりで豆まき。はむしろ喜ばしいことだったのだが。
千鶴はそんな事わかる筈もなく、この過酷な仕事を早く終わらせてあげねば――と、小さく振りかぶった。

「斎藤さん……(ごめんなさい…っ)、鬼は、外ーーっ」

パラッ…パラッ…っ

可愛いものである。
張った気が緩んだのか、斎藤が少しだけ柔らかい表情を浮かべた。
豆を投げた千鶴もその様子に嬉しそうにもう一度、一粒だけ掴んで、「斎藤さん…はいっ」と豆をまく。

このほのぼのした空気は、火に油だった。

「「「「福は内ーーー!!!」」」」

ビシビシビシ…っビビビビビビ…………っ

恐ろしい豆まきとなった。

「……あ、あのっ」

去年の何倍も楽しそうに、4人が一斉に豆をまく。全力で。いや全力以上で。
パラパラと豆の落ちる音よりも、ビシビシと斎藤にあたる豆の音の方がすごかった。

「……くっ―――」

4人に去年の鬼の様にキレる事もなく、斎藤は鬼を全うした。
いや、門の外に出るのがやっと―――と言っても過言ではなく。

わ〜っと嵐のように部屋を去った五人に、残された千鶴は豆を掴んだまま動けなかった。
圧倒されたのである。
その時を見計らったように、土方が部屋に入って来た。
玄関の方に向け憐れみを浮かべながら―――

「土方さん、私知りませんでした。豆って…こんなに強くまくものなんですね…皆さんが嫌がる訳で――斎藤さん…ご立派です――」
「……ああ、立派だな(……今年は、あいつらの僻みも入って威力倍増だったしな――)」

斎藤が夢見ていた節分とは程遠く、そんな土方の憐れみを受けた言葉で、今年の節分は終わった。





「………いや、しかし――」
「絶対、します。それに、私は本物なんですから――」

節分も終わり、斎藤が憩う為にと部屋に戻ると、そこには千鶴が部屋の前に立っていた。
斎藤を待っていたようだった。
頭にはあの、お揃いの角をつけて―――

そして、今から斎藤の為の鬼をすると言って聞かないのだった。

「先ほども言ったが、お前が楽しむ為に――」
「私は、斎藤さんにも楽しんで欲しいんです。そうじゃないと……楽しめません――」

承諾しなければ、ここからは退かないとばかりに必死な千鶴に、斎藤はそれならば、と続けた。

「千鶴は、もう豆を食べたのだろうか」
「豆ですか…?いえ―――」
「去年、二人で食したのを覚えているだろうか。豆を食べることで厄払いになる。俺はそれで十分だ」
「……豆をまいて、邪気払いはしないんですか?」

斎藤はまだ一粒もまいていない筈だった。
去年、土方が鬼役の時でさえ、一粒はちゃんと投げていたのに――
やはり自分が相手では投げにくいのだろうか。

そう考えて、自分では役に立てない――と顔を俯かせかけた時、違うとばかりに頬に優しく指が触れる。

「俺にとって、鬼は邪気ではない。厄は払っておくに越したことはないが――」
「・・・・・・・・・・・」
「だから、豆はまかん――だが、千鶴と豆は…食したい―――……出来れば、さ、昨年のように…その…」
「一緒に、ですか?」
「…い、一緒と言ってもただ、二人で食べられればいい、という事ではなく――」

さり気なく、頬を撫でていた指先が、途端斎藤の意を表すように、しどろもどろとぎこちなく動いて。
どう言えばいいかわからないながら、必死に伝えようとするその姿は、去年の斎藤と重なって―――


「スキありっ―――」

「――――っ」


去年と同じように、きっと、こういう事。
小さな豆に、私もです――という気持ちを込めて口に運ぶ。
豆を口に含ませるように、ちょこんと指で一押しする時が去年よりも恥ずかしいのは何故だろうか。

「……美味、しいですか?」
「……ああ」
「……楽しい、ですか?」
「…………」
「斎藤さん?」


豆を食べているから、返事が出来ないのだろうか。
そう思い覗きこんだ千鶴に、藍の瞳が熱を誘うように千鶴を見つめる。

その瞳に捉えられた時には、もう――――

刀を持つ手は、どこにそんな優しさが――と思うほどに、繊細に掌に千鶴の頬を覆って。
あまりに近い気配、優しく唇伝いに息がかかる。


「隙あり、だ―――」


触れた柔らかな口付けは、離れるたび甘い吐息でお互いの口唇を引き寄せあう。

ただただ、甘いだけの口付けは、何よりも離れがたく。

これ以上酔いしえるものはないと思うように、甘く、愛しく――――










END











昨年の節分漫画の最後に合わせて、最後を〜と思ったので、こんな感じになりました。
一年を経て、二人のキョリがグッと近付いているなあと思ってくださると嬉しいです^^

斎藤さんの方は、屯所で賑やかに、と思いました。
ちょっと不憫なところもありますが、みんなの大好きな千鶴を独り占めする代償だと思って頑張ってくれてたと(笑)

千鶴の気持ちはもう斎藤さんにガッチリ固定ですから。
荒っぽいですけど、みんなの斎藤さんへの応援というか、頑張れよ、頼んだぞ!的なものもあるんじゃないかなあと思います。

楽しく書けました!