『泣かせてあげる』




※屯所時代です。






父様を探すために、ここに居る。
でも、見つからなくて――
置いてくれてる身なのに、役に立たなくて。
迷惑だけをかけていく日々を過ごして――

私がここに居る意味すら、時々見失いそうになる時がある――







「千鶴ちゃん、ちょっとここで待ってて。いい?動かないでよ?」

今日は一番組の巡察に同行していた。
私には全くわからないのに、急に沖田さんが立ち止まって、私の肩に確認するように手を置く。
私は頷いて、「わかりました」って答えたのに。

剃髪の人影がふと視界の隅に見えた気がした。
私が巡察に同行する理由――

・・・・・・・・・父様――っ

やっと、見つけたって、ドクっと胸が音を鳴らす。
つい先ほど肩に置かれた温もりなんてどこかに飛んでしまって…

言われた事なんて忘れて、追いかけた。
勝手に取った行動。

追いかけた人影は、私を突き放すように足を速める。
負けずに走って追いかけて、沖田さんに待てと言われた場所が遠ざかって見えなくなった位―そこを狙われていた。
立ち止まった人影は父様なんかじゃなかった。
殺気に目を血走らせて、簡単について来た私を嘲った。

振り上げられた刀が、暗い路地に一閃を描く。
肩から斬り払おうとする刀は、焼けつくような熱を痛みを私の身体に刻み込む。

傷の治る不可思議な身体。
それでも痛みは、普通の人と同じようにある。
目の前の景色が白んでいくなか、鮮やかな浅葱色でいっぱいになった。

斬られていく筈の私の身体はそのまま、誰かに受け止められて。
遠ざかる意識の中、耳を塞ぎたくなるような断末魔が聞こえて。

私は、何をしているのだろう?
また、迷惑をかけてしまった――

後悔に沈んでいく馬鹿な私を、誰かが優しく抱き上げてくれる。
壊れ物を運ぶように、優しく、優しく――



「ご丁寧に剃髪の後姿で誘導しやがったか・・・・・・・だがな、総司――」
「…わかってますよ、僕の責任って言いたいんですよね?でもあの子が大人しく待っていてくれないから―」
「それでも完全に一人にさせたてめえが悪い。あいつは…一人にしていい娘じゃねえってこと、忘れてねえだろうな…?」
「はいはい。わかってますよ。監視対象の彼女を一人にしちゃったことは謝ります」

ああやっぱり怒られた。
前にもあったな、こんな事――

二度目だからだろうか、土方の総司を責める態度は、言葉以上に厳しいものだった。

…それはそうか、千鶴ちゃん…斬られちゃったし――

『逃げようとしたら、斬るよ』とか、そんな事いつだって口にして怖がらせていた。
怖がって、下手に動かず大人しくしているならそれでいいんじゃないって思ってた。

…だけど――

「その千鶴を斬った男は…」
「斬りましたよ」

こともなげに総司が言ってのける。
いつもならへらっとした口調で、大したことでもないように告げる口が、いささかの憎悪を込めて唇を歪ませる。

「…ったくてめえは…そいつを裏で動かす奴がいたかもしれねえだろうが!わざわざ剃髪にして千鶴をおびき寄せてんだぞ!?」
「すみません、加減出来ませんでした」

・・・・・・・・こいつは・・・・

無表情で、もういいでしょう?とばかりに切り上げるような早口で言う。
反省の意図が見えない総司に、土方はもうひとつの懸念を聞いた。

「…で、千鶴の容態は…?」
「深く斬られる前に僕が斬り返したので命に別状はないですよ。その場ですぐに止血の手当てをして…屯所に戻ったんですけど…その時に意識が戻って…」

もう、大丈夫ですから――

必死で傷口を押さえながら、どこか焦ったような、怯えたような目で見られた。

『君が勝手にうろうろするから、こういう事になったんでしょう』とか。
『運んであげた僕に対して、その態度は何?』とか。

そんな言葉が浮かんだのだけど、何故か言うのは躊躇した。
斬られた事で動揺しているのではなく、また別のことを恐れているような気がしたから――

「…あ、そう。じゃあ部屋でちゃんと寝ててよ。すぐに医者が来ると思うから」

それだけ告げて、部屋に残して来た。

「…という訳で、その後のことは知りません」
「知らないって…はあ…あいつが勝手なことをしたとは言え、責任はてめえにある。もう少し労わって…」
「優しい言葉をかけろって言うんですか?そんな事まで組長の仕事に入れないでくださいよ。大体、あの子の態度可愛くないから嫌です」
「・・・図体ばかりでかくなって、まるっきり子供だな」

余計なお世話だとばかりに顔を背ける。
説教が済んだのなら早くここを出て、それから――

自分で考えた事に、あれ?と首を傾けた。

「なんだ?」
「…いえ、別に――」
「まあ、その男の身辺や背後の事実関係はこっちで調査する。てめえはひとまず…」
「それじゃあ失礼します」
「最後まで聞きやがれ!!総司っ!!」

怒鳴る土方に背中ではいはい、と受け取って。
そのまま部屋に向かった。
お見舞いなんて行かない、そう思ってたけど――

「・・・行くあてに彼女の部屋が真っ先に思い浮かんだんだから…仕方ないよね」

腕にかかった千鶴の重みを思い出す。
まるで力を失った身体が、自分の腕に収まった時の、あの何とも言えない感情に自分が支配されるような感覚――
男を生きて連れ帰ろうなんて頭になかった。
気が付いた時には血まみれの刀を収めて、無事なのか、確かめるためにと千鶴に声をかけようとしても震えて声が出なくて。

「・・・・・・・う・・」

千鶴が漏らした小さいうめき声に、ようやく自分の感覚が戻ったような気がした。
腕にかかる重さが、今度は自分を支えるように安堵させてくれた―

「・・・・・・変なの・・・どうでも・・いい子なのにね」

そんな自分に戸惑うような声を漏らしながら、千鶴の部屋の戸を音を立てないようにそっと開けた。


「傷・・・・・・深くない傷だから、もう奥は塞がってる…」

見た目には切り傷をつけられたように見えるけど、もうその傷口からは血は出ない。
普通じゃない身体、今気付かれたら…どう思われるだろう?
ようやく、馴染めてきたと言えるようになった新選組の皆は、変わらぬ態度でいてくれるだろうか。

自信がなくて。
いつも「斬るよ」「殺すよ」って言われる総司にそれを感づかれたら――
そう思ってつい、隠してしまった。
きっと、ひどい目で見上げてしまった――

「…私のせいであんな事になって、助けてもらって…運んで…くれたのに――沖田さん、怒ったかな…」
「ふぅん、ひどい事したって自覚はあるんだ」
「!?」

一人だと思ったのに、部屋の中にはいつの間にか総司が佇んでる。
慌てて襟を正す千鶴の傍に腰を下ろして視線を合わせてくる。

「…傷、どうなの?」
「あ、はい。あの…見た目ほどひどくないですから。もう血は止まってますし…すぐに治ります」

見られてなかったのかな――
不安に揺れるせいか視線が彷徨う中、精一杯答えた。でも総司の眼は不機嫌そうに細められる。

「何でこっち見ないの?」
「・・え?あ・・・別に何も……あっ!あの、…迷惑をかけてしまってすみませんでした。私、本当に足手まといで…問題を起こしてばかりで――」

総司に向き直って、誠心誠意を込めて侘びる。
傷ついて痛みを感じているような演技をするのも忘れていた。
きっと、きっとまた…自分が休んでいる間に怒られてしまったのだろうと思う。

「助けてくれて…ありがとうございます。斬られても文句言えない状態だったのに――運んで、くださって…」

ありがとうございます、と何度も言葉にして伝えた。
下げた頭からは表情は見えないけど、でも気配は全然怖くない。
いつもは刀を持つ手が、そっと労わるように傷口の傍に触れる。

「・・・・・・何でだろうね?」
「・・・・はい?何がでしょうか」
「うん……痛い?」
「いえ、もう痛くな…い、いえ、ちょっと痛いですっ」

素直に痛くないなどと言ってしまうところだったと、慌てて千鶴が首を振った。
総司はそんな千鶴にふっと顔を和らげて、いつもみたいな笑みを浮かべる。

「ふうん…まあ僕のせいみたいだから、痛みがなくなるまで診ててあげるよ」
「…っい、いえ!私が悪いんです。安静にしてれば勝手に治りますから…沖田さんは沖田さんのする事を…」
「…ちゃんとできなかったから、今ここに居るんだってわかってる?」
「・・・・・・?」

わかりません、と表情と仕草いっぱい使って答えてくれる千鶴を見てると、可笑しくてついぷっと笑ってしまう。
どうして笑われるのかわからなくて、え?え?とますます混乱していく千鶴に、総司はわかるようにゆっくりと言い始めた。

「千鶴ちゃんってさ、迷惑かけて役に立たないし、足手まといだし、問題起こすし…」
「・・・・・・・はい・・」
「別に普段起こすような問題程度なら面白いし構わないんだけど、今日みたいなのは困るかな」

不審な輩から守るのなんて大した事じゃない。
斬ることなんて、むしろ望んでいる事で。
困るのは――

「君が斬られたら、困る――何か今日、相手をどう斬ったか覚えてないし…」

そう言うの、困るでしょう?さっきも土方さんに怒られた。とさらっと言えば、千鶴が目を丸くしていた。
それはそうだ、総司はそういう時いつだって我を忘れるような事にはならないから。

「何でだろうね?どうでもいい子だって…頭は認識してるつもりなのに…」
「・・・・・・さ、さあ・・私には・・・」
「今も、君が起きてるの見てホッとしたみたい。変だよね」
「・・・・・・・・・・・・・・」

普段のようにからかうわけでもなく、今日のことを責めるのでもなく。
何故か部屋に来て、言葉をかけてくれる総司に言葉が詰まる。

「居なくてもいいって思ってたけど、…僕が困るみたいだから、それならちゃんと傍に居てよね」
「・・・・・・え」
「傍にいて、うろうろして、変な事して変な顔して慌ててる君見てるのが…習慣になったみたいでやめられそうにないみたいだし」
「・・・・・・・・」

ここに、居る意味を―見失いそうになる時があった。
だけど――

「居なくなったら、斬るよ?」

告げられた笑顔が優しいから、ずっと一人で泣いてた涙をつい流してしまった。

役に立ちたい。
ここに居たい。
ここに居る時間が長くなればなるほど、当初の感情に一つも二つも理由が重なっていったのに、それに足るほど自分はなってなくて。

今は寂しさや不安からじゃなくて、嬉しくて涙が出た。
子供みたいに「ひ…っ」と泣きじゃくってしまう。

「・・・・・・さっき、千鶴ちゃん言ったよね。僕は僕のする事をしてって」

壊れ物を扱うように運んでくれた腕は、確かに総司のものだったと確信できるような、優しい手が頭をゆっくり撫でる。

「これ、僕のする事にしようかな」

何故だか迷惑がるどころか嬉しそうにゆっくりゆっくり撫でて、「泣かせてあげるよ」と小さい声が耳に届く。
おのずと胸を温かくする言葉に、青白んだ頬に赤みがさして。

流れ落ちなくなった涙に、不満そうに涙の痕を指先が辿った。

「――もう終わり?・・・・いいけど。ところでこれ、僕の仕事って忘れないでね」

他の皆の前で泣いちゃやだよって言う総司に、
何故か勝手に赤くなる頬をどうにかしようと、完全に涙は止まってしまった。

軽快な軽口で自身の仕事を増やした総司。
この時は二人ともそんなに深くは考えてなかった、小さな出来事だったけれど…

それは、これからの時間を二人とともにあった小さな、大切な約束――








END









トップを変えたのでSS。
…シリアスな感じを書きたくなったのに、何故か最後は…(汗)
無自覚な恋、沖田さんは抱いたらわかりやすいと思います。