もう一度だけ

パンパン!!

自分の頬を2回勢いよく叩いて、ぼうっとした頭を覚醒させる。
この屯所に身を置いて、ようやく巡察について廻れるようになったものの・・・
巡察の範囲は女の足にはとてもつらいような、途方もないものだった。
自分を気遣い、いつもなら休まないようなところで足を止めたり、少しだけゆっくり歩いたり。

それでもずっと屯所に軟禁されていた体は体力も落ちていて、ここのところ疲れがたまっているのか体が重い。
今日も、巡察の同行のために・・・と支度をしたはいいけれど、気がつけばぼうっとしていて。

思い切り叩いたおかげで、痛みに頭が反応して、背筋がすっと伸びた気がした。

・・・大丈夫、よし!行こう。

もう集まってきているであろう巡察の隊に同行するべく、千鶴は玄関へと向かった。
玄関前には一際高く突き出ている頭と、これから巡察とは思えないような賑やかな声が聞こえてくる。
千鶴が近付いていくと、真っ先に気がついた左之が片手を上げて千鶴を呼び寄せた。

「おっ千鶴!今日も付いてくるのか?昨日も新八の隊に同行したんだろ?平気か?」
「はい!原田さん、今日はお願いします」
「え〜左之さんだけ!?オレにはお願いないのかよ!」
「平助君も、もちろんお願いします」

ぺこっと頭を下げて、二人を見ると、二人とも同じような笑顔を千鶴に向けてくれている。

今日の隊は平助と左之の隊。
途中からどちらの隊について行こうかな・・・と千鶴が考えていた時、

「左之」

千鶴のすぐ背後から、千鶴を通り越して左之に声がかけられた。
その声の主の斎藤は千鶴に目を向けることなく、そのまますっと千鶴の傍を通って、左之に封書を渡す。

「土方さんからの預かりものだ。きちんと届けるように、と」
「あ〜了解・・・ってこれ見廻りの範囲から外れてるじゃねえか!・・・平助がやれば・・」
「土方さんは、おまえに、頼んだんだ。与えられた任務は遂行するだけだ」
「・・・・・はいよ」

頭を掻きながら参った顔をしている左之に、からかうように平助が大変だな〜と声をかけている。
そんな二人に背を向けて、斎藤が邸内に戻ろうとこちらに向いた途端、千鶴に向けて険しい顔をする。

いつもなら、二人がすれ違う時、言葉はなくてもちらっとこちらに目を向けて、小さく微笑んでくれるのに。
きっとそうしてくれると、わずかながらに期待していた千鶴の心を、折るような険しい顔。
そんな険しい視線を向けられて、千鶴は内心びくっとして口を噤んだものの、
自分を見透かすような視線をじっと向けられて、居心地が悪くなり言葉をかけようとしたその時、

「千鶴、おまえも行くのか」

険しい顔そのままに、千鶴を責めるように言われた言葉に、一瞬詰まりながらも何とかはい、と答える。

「今日は、いつもより範囲も広くなる。おまえがいては歩みも遅くなる」
「・・・・・・・・」
「屯所でおとなしくしていろ」
「え・・・・」

提案ではなく、命令、のような強い口調で言われて、千鶴の瞳には困惑の色が浮かぶ。
斎藤はそれを見ても、表情を崩すことなく、戻るぞと一言放っただけ。

「おいおい、斎藤・・大丈夫だろ?平助についていけばいつもどおりの範囲だし・・」
「そうだよ!強制じゃなくて、千鶴の意思なんだからさ!そんな風に言わなくても〜」

左之と平助が、そんな斎藤の態度に文句を連ねていくけど、斎藤は全く堪えない顔で。

「戻るぞ」

有無を言わさない声色で、千鶴の手をとって連れて行こうとしたのと同時に、千鶴は目の前が真っ白になり倒れたのだった。





・・・・・・・・・瞼が重い・・・目が開かない・・・・でも起きなきゃ・・・・

・・・・巡察に行かなきゃ・・・でも・・・・

・・・・足も手もふわふわする・・・・私は今、どこにいるの??

・・・・父様・・・探さなきゃ・・・・



「・・・父、様・・・・」

ぽつりと千鶴の口からこぼれた言葉に、斎藤はそっと千鶴の顔に目を向ける。
熱があるわけではない。両腕で抱きかかえる千鶴の体は、とりたてて熱いわけでもなく、むしろ冷たく、顔色は真っ青で。

体の疲れが悲鳴をあげていたのだろう。それに本人も気づいていなかった様子で、戻れと言ってもなぜ?といった顔をしていた。
こんな状況でも考えているのは父親のこと。その気持が今、ぽつりと呟かれた一言で痛いほどわかる。
それでも・・・

「おまえの気持はわかるが・・・」

千鶴には聞こえていない。わかっていても斎藤は小さく千鶴にだけ聞こえるように声を。

「倒れては元もこうもない。それに・・・・」

千鶴の部屋に着き、揺り起こさないように千鶴を畳に横たえる。
千鶴を起こさないようにそっと、休めるように支度をしていく。

再び千鶴をゆっくりと抱き上げて、その青白い顔に今一度視線を向けて、先ほどの言葉の続きを紡いだ。

「千鶴には・・無理をしてほしくない・・・」





千鶴の手をとって、屯所に戻ろうとした途端、体ごと、自分に向かって倒れた千鶴。
そのまま受け止めて、千鶴の顔を覗き込み、千鶴千鶴と声をかけても千鶴は反応がなくて。
自分の心臓が止まってしまうのではないかと思うほど凍りついたような感覚に包まれた。

それでも、口元に耳をあてると、息はしていて。
首に手をあてて、確かに脈打つのを確認した時にようやくほっとして、そのまま千鶴を休ませようと運ぼうとした。

そんな斎藤を呼び止めたのは左之。

「斎藤」
「・・・なんだ、今は話をしている場合では・・」

話を切り上げて、そのまま歩いていこうとする斎藤の背中に左之は構わず言葉をかける。

「おまえ、千鶴の異変にすぐ気がついたのか?」

その言葉に斎藤は足を止めて二人の方へ振り向く。向けられた顔は左之を訝しげに見ていた。

「・・・一目瞭然だった」

斎藤の返答に、平助と左之は目を見開いて動きを止める。

「オ、オレ・・・全然気がつかなかった・・・・」
「俺も・・全くわからなかった・・・こんなことあんまりないんだけどな・・・」

落ち込む平助をよそに、左之は斎藤に言葉を続ける。

「・・・斎藤が、一番に気付いたのは、さすがってとこだな」
「どういう意味だ」
「そういう意味だよ」
「・・・・・・・??」

言われたことを頭の中で考えるも言いたいことがよくわからない。
戸惑いを隠さずに眉をひそめる斎藤に、左之は言葉を続けた。

「それだけ・・・こいつをよく見てるってことじゃねえの?」
「・・・・・」

そんな二人の会話についていけず、平助が左之にどういうことだよ〜とつっついている。
それはな〜と左之が話そうとした途端、斎藤が慌てて口を挟んだ。

「さ、左之!平助!早く巡察へ行け」
「あ〜何だよ〜どういうことかって聞いてるのに!」
「まあまあ、いいから行こうぜ、・・斎藤、千鶴任せたぞ」
「・・・・あ、ああ」

普段あまり感じない熱を頬に感じて、急いで二人に背を向けて、斎藤は千鶴を部屋へと運んだのだった。






早く腕の中にいる千鶴を、布団に横たえてやらなければ、と思うのに体が動かない。
先ほどの会話を思い出して、また頬に熱が集まってくる。

・・・千鶴の体調の異変に気がつくことができたのが・・・自分の千鶴への想いからなのだとしたら・・・

何にでも一生懸命な千鶴。
ころころと表情を変えて、笑顔にははっと目を奪われる。
落ち込んでいたり、元気がない時は、傍にいてやりたい。
拙い言葉でしか気持ちを表現できない、こんな自分の傍にいようとする・・・そんな彼女を支えたい。

・・・この想いは、千鶴を支える十分な理由になるだろうか・・・

千鶴の表情は苦しそうな辛そうな顔で目を閉じたまま。きっと巡察に出られなかったことを悔いているのだろう。

意識のない千鶴の頭を自分に近づけるように腕をずらして、そっと顔に頬を寄せると冷たい体温。けれど吐息は温かくて。
その温かさにほっとする。

・・・千鶴の表情を、少しでも、和らげることが出来ればいいのに・・・
斎藤は少し躊躇したような顔をして、千鶴とあさっての方向と、何度か視線を交互に向けたあと、決心したように口を引き結んだ。
自分の体温が上昇するのを感じながら、もう一度千鶴の顔にそっと、今度は唇を寄せる。

一瞬頬に触れた唇は千鶴の頬の冷たさを感じてひやっとする。
その冷たい頬を温めるように、幾度も、触れるか触れないかのような口付けを頬に落としていく。

気がつけば、千鶴の表情は斎藤が望んだように、それ以上に、和らいでいた。
先ほどの表情は嘘のように柔らかくなった千鶴の顔。頬に触れる唇からは、確かに温もりも感じられる。
少しだけ口角をあげて、微笑んでいるようにも見える千鶴の顔を、愛おしそうに見つめながら、斎藤はもう一度だけ、とそっと唇を落とした。

千鶴が目を開けた時、彼女に少しでも優しい目覚めが訪れるようにと。







END






斎千の甘アマ話です…甘くしたつもりです。甘すぎですか?
千鶴は体調を風邪とかじゃなくて、疲労困憊とかで崩しそう・・・
そういうのに斎藤さんは真っ先に気がつきそう・・・と思いました。願望です。
そういうのに鋭そうな原田さんに出演してもらって、いかに斎藤さんにとって千鶴が特別かっていうのを書きたくて・・・
書きました!
後書きまで読んでくださった方、ありがとうございました。