――見つけた、けれど隠れていて




咲恋




「沖田さん、お茶お淹れしましょうか?」

屯所内の掃除を、出来るだけこなして。
そろそろ隊士の皆さんにお茶でも…と思い、勝手場に向かう途中、
縁側で総司が金平糖を口に放り込んで食べているのを見つけて。

ぼうっと庭を見つめて、けだるそうにしている総司はいつものように見えた。
しかし千鶴には、総司の様子が違ったように見えた。
自分と距離を置きたがっている…そんな風に感じていた千鶴は声を
かけるか暫し悩んだ。
けれど、それでも、話したい・・・と思う自分の気持ちには逆らえず・・・声をかけたのだった。

「うん、じゃあお願い」

ちょうど欲しかったんだ、と笑う総司。
自分の思っていたことが杞憂かのように、変わらない笑顔が嬉しくて、千鶴も微笑みを返すと急いで勝手場に向かった。



「はい、沖田さん。熱いのでよかったでしょうか?」
「うん、平気。ありがとう」

お茶を渡してしまえば用はもうなく、それでも笑顔を見れてよかった、とその場を去ろうとした時。

「千鶴ちゃんのも淹れて来たら?」
「・・・・・え」
「少しだけなら、分けてあげるよ」

金平糖の包みを目の前で揺らしながら、久しぶりに見るからかうような顔に。思わず「はいっ!」と返事すれば。
興奮しすぎて声は大きいし、裏返るし。
そんな千鶴に、総司はあははっと噴き出して、

「そんなに食べたかったの?君、結構いやしいよね」
「え・・ち、違います!沖田さんと一緒にお茶飲むことができるからですよ」

いやしい、と言われて慌てて否定した言葉に、つい本心が吐露されたのに気付かずに。
嬉しそうに再び勝手場に向かう千鶴の背中を見つめて、総司は思わず顔を赤らめる。

「あ〜あ。廊下は走ったらいけないんだよ…何がそんなに嬉しいんだか・・・」

呟きながら、自分だってそんな千鶴の態度に心が浮き立っているのを感じている。
いやいや、あの子は誰にだってああいう態度なんだから・・・と頭を振って。

戻って来た千鶴にはそんな感情を悟られないように、いつもの笑顔を張り付けて。
でも、嬉しそうにちょこんと横に座る千鶴に、すぐに崩れそうになって、慌てて話を振った。

「はい、あげる」
「ありがとうございます…わ〜いろんな色があってかわいいですね。食べるのがもったいないくらい」
「そう、じゃあ僕が食べるけど」
「た、例えです!」

渡した金平糖を取り返そうとすれば、慌てて隠す千鶴。
一口ではなく、カリっと小さくかじる様につい目を取られて。

「…何で一口で食べないの?」
「え?あ、・・・か、形を楽しんでいるんです」

実は、なるたけゆっくり食べて、少しでも一緒にいたい、という気持ちからの無意識の行動だったのだけど。
そんなことは総司はもちろん、千鶴も知らぬこと。

「ふうん。形ねえ…そういえばこのとげとげって、どうやって作るんだろうね」
「さあ…私も詳しくは…でも時間をかけて作るみたいですよ?」
「態々時間かけて…こんなとげ作らなくても、丸でいいと思わない?千鶴ちゃん」

口の中に金平糖の甘みが広がる中、総司にそんなことを問われて千鶴は首を傾げる。

「丸、ですか?」
「うん。丸っぽいものの方が…好かれやすいと思うけど。まんじゅうがとげとげだと嫌だし」
「ふふっそれはそうですね」

穏やかな時間が嬉しくて、楽しい。

「人だって同じだと思わない?近藤さんみたいに…人として、円熟している人はさ、皆に好かれるし」
「本当にそうですね!」

近藤の名前が出ると、途端に顔が明るくなる。
そんな総司を見て、つい、つられて笑顔になる。けれど…

「とげとげついてるのは…ひねくれ者の僕みたい。こんなに美味しいのに、丸い方がいいよ」
「・・・・・・・そんなこと…」
「あれ、君だって、丸い方がいいって言ったじゃない」

にこっと笑うけど、何だか違う。
やっぱり様子がおかしい…
気が付けば総司の手元にはもう金平糖は少なくて。
なくなったらきっと行ってしまう・・・・

「金平糖には、とげとげがいります!」
「・・・・は?」

総司の、金平糖を口に運ぶ手が止まるけど、気にしない。

「何にだって、合う形ってあるんです。丸い金平糖なんて、金平糖じゃないです。かわいくないです」
「そうかな?」
「とげとげがいいんです。皆に好かれてます!沖田さんはひねくれてても皆さんに好かれてます!」

千鶴の最後の押し切るような剣幕に、暫し呆気にとられて総司は、ぷはっと笑い出した。

「千鶴ちゃん、それ、喜んでいいのか悪いのか、わからないよっあははっ!」
「・・・・・っあ!!す、すみません・・・・」
「いいよ、確かにひねくれてるし・・・・」

千鶴と話しながら、頭の隅でぼんやりと違うことを考えているかのように視線を虚空においている。

・・・やっぱり何かおかしい・・・

指先にある、小さい金平糖を見つめて、とげとげを少し弄んでから一口かりっと口にして。
口に広がる甘さを噛み締めながら、総司に目を向けた。

「それに、金平糖は…甘いし」
「・・・ん?僕も食べたら甘いって言いたいの?食べたいってこと?」
「ち、違っ!そうじゃなくって…」

ゆっくり口の端をあげる総司に、慌てて顔をぶんぶんと横に振って否定すれば、照れることないのに、とからかうような声。

「・・・優しいです」
「誰が?」
「沖田さんが」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」

君、何言ってんの?と怪訝な顔をする総司に、少しめげそうになるけど。
それでもずっと言いたかったことを口にする。

「沖田さんのこと、怖いと思っていたんです」
「だろうね」
「だけど…覚えてますか?土方さんの壺を割ってしまって…かばってくれたじゃないですか・・・」
「ああ・・・」
「居候の私を…かばってくれてすごく嬉しかったんです。あの時はありがとうございました」
「・・・・・・・・・・・・・」

頭を下げて、顔をあげれば、何故か気まずいようなそんな顔が目の前にあって。

「あのさ」
「はい」
「あれは本当に僕が割ったものだからね?」
「・・・・・・・え?・・・・でも私が・・・・「僕言ってたでしょう?先に割ってたって」

・・・・・確かにそう言っていたけど、でもそれもかばってくれたからでは??
首を傾げる千鶴に、あ〜あ、嫌われるかな?と総司は小さく呟いた後、事の真相を話し出したのだけど…

「土方さんの発句集持ち出そうとして…割ったんだよね〜」
「・・・・・・・・・・」
「気付かれないように…うまく直したけど、割れやすい状態のままでさ」
「・・・・・・・・・・」
「土方さんがぶつかって落として、割れた〜!とかしょげてる姿見られるかも、とか思ってたら…君が割っちゃって…」
「・・・・・・・・・・」
「あれは、残念だったなあ…ということで、僕が割ってたの。わかった?」

途中、そんな状況を想像してか、嬉々として語る総司・・・
だけど、でも、と心の中で呟くのは、千鶴がもう優しいと思っているから。それを総司にも伝えたい。

「でも、私に罪をなすりつけなかったし…」
「まあ、さすがにねえ…君うまく立ち回れそうにないし」
「邪魔って言うのに、馬から助けてくれるし…」
「何かあったら…組長の僕のせいになるから」
「木から下りられなくて困っていた時に、受け止めてあげるから飛び下りろって…言ってくれたし…」
「・・・・・・・でも君は聞かなかったよね、斎藤君が助けたんだし」

最後、あからさまに不機嫌に声色が変わる。
そんな声に総司自身もしまった、という顔を浮かべて、そんな顔を浮かべたことに余計に顔をしかめて…
一層態度が悪化する自分に辟易して、ぽつりと呟いた。

「あ〜…だから嫌なんだ…」

ぽりっと頬をかいて、不機嫌な表情を浮かべる総司に、千鶴は不安に絡まれた。

「私と、話すの・・・がですか?」

様子がおかしいと感じたのは、自分だけのようだった。
当然の話だ。話すのを…避けられていたのだから・・・
余計鬱陶しがられちゃう…そう思っても、目に勝手に涙がたまってくる。

「そうと言えばそうなんだけど・・・」

どう説明しようかな、と視線を千鶴に向ければ、俯いた千鶴の肩が少し震えていて。

泣いているのだろうか?
…これくらいで泣いて、面倒臭い…放っておけばいい。
今までなら、多分、そうしただろうと思う。
強く言い切れないのは、今はもう、そう思えないから…
そんな千鶴が目に入ってきた瞬間に、無意識に抱きしめていたから。

コロコロ、と金平糖の転がる音。カタン、と湯呑の倒れる音。
その後には、総司の心臓の音しか、聞こえない。

「…僕は結構、見栄っ張りだから」
「…?」

トクトクと少し早く打つ心音に、自分の音が重なって、頬が熱い。

「いつもこうありたいっていうか、あんまり他人に弱み見せたくないんだ」

一呼吸おいて、はあっと溜息をつかれた後、言いたくないことを、仕方なく言うように…

「千鶴ちゃんといると、僕振り回されるみたいなんだよね」
「・・・・・す、すみません」
「話はまだ終わってないよ」

コツンっと何かが頭を軽く小突く。
両腕でしっかり抱きしめられているから、顎でされたのだろうか?と思って、余計に顔が熱くなる。

「まだ皆気付いてないけど、そんなの知られたら何言われるかわかんないし」
「・・・あの、でも、振り回されているのは…」

私の方じゃ…?と言いかけた言葉をぐっと堪えた。
けれど、総司には伝わったのか、僕だよ、とむっとした声が頭上に響く。

「放っとけばいいって思うのに放っておけないし」
「何の意味なく触れられた手に勝手に心臓がうるさくなるし」
「伸ばされた手が・・・向けられないと胸が痛くなるし」

ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。
それに呼応するように、胸がきゅっと甘苦しく締めつけられる。

「勝手に気持ちが制御できなくて、喜んだり、むっとしたり、そんなの僕には必要ない。邪魔。だからそうなるのが嫌で…」
「今までみたいに自然に、君の傍にいられるようになるまで離れとこうと思ったけど・・・」

『離れる』という言葉に最近の総司の態度が思い浮かんできて。

嫌・・・

そんな気持ちが、総司の背中をきゅっと掴んだ。
それに応えるように…優しくしっかりと抱きしめられて。

「だけど、わかっちゃったからもう無理」
「・・・・わかった?何がですか?」

不安と涙が入り混じった瞳が、僕を捉えて揺れている。
気付かない振りして、蓋をしようと思った気持ちが表に出ようとする。

何とも思っていなかった。すぐに消えてしまっても気付きもしなかった筈なのに。
君との出来事が、小さな核を包むように、だんだん気持ちを象っていた。
まだ途中かもしれない。それでも、自分には甘い…甘いこの感情。

僕には似つかわしくないと思う。けれど、この感情を素直に受け止めよう。
抗がったって…無理だった。

「・・・自然にできないのは…君を意識しているから」
「二人でいる時間が――特別だから」

総司の言葉が、頭の中で何度も繰り返されて。
夢だろうか?とも思う。けれど、頬を撫でる手は温かく優しい。
――夢じゃない・・・

「これって・・・君を好きってことになるんだよね?」
「そ、そんなの私に聞かないでください」
「・・・・・そうだと思うけど…あ〜あ、嫌だな・・・」
「い、嫌って…・嫌って…!?」

ひどいっと千鶴が腕の囲いから逃れようとしたけど、びくともしない腕。

「嫌だよ、君って誰にでも愛想がいいし。同じような笑顔振りまいてさ…」
「・・・・そ、そんなこと・・・」
「君が僕に振り向くまで、待てないかも。抱き心地いいし、気持ちいい」

真っ赤になって、人が通りそう!という常識をちらっと思い出したけど、離れられないのは…
離れ難いというのもあるけれど、でも…

「…沖田さん、あの・・・」
「ん?離れてはあげないよ「私、振り向いてますから」

・・・振り向いてる?

総司の腕の力がすっと緩んでいく。
千鶴は総司の胸に手を当ててようやく距離をおいて、顔をあげた。

「いつも、向いてます。沖田さんのこと、見てます」
「・・・・・・・嘘だよ、だって僕が見てる時は見てなかったけど」
「・・・私が見てる時は、沖田さんだって見てないです。この間だって…」

振り向けば、目が合うかもしれない。それは恥ずかしいけど、でも…嬉しいから。
そう思って振り返れば、下を向いていた。

「・・・この間?・・木登りの時?」
「はい」

お互い見ていた。二人の視線が絡むことはなかったけれど。
それでもその事実は、独りよがりな想いではない、と言ってくれる。

「沖田さんといる時間が…私にも特別だから・・・今は、夢みたいです・・・」

小さく、照れながら、何度も視線を彷わせて。
けれど最後は総司をじっと見つめて、瞳を和らげて微笑む顔は、
それだけで想いを告げてくれる、花のように――

「――見つけた・・」
「え?」

戸惑う千鶴を、また腕の中に閉じ込めて。
千鶴の笑顔一つでここまで跳ね上がる心臓にも、仕方ない、と思えた。

あれは、自分にだけ向けてくれるもの。
雪村千鶴にとって、沖田総司が特別である証。

かわいい・・・

胸をくすぐるような、こそばゆい気持ちと共に、満たされる心。

「沖田さん…ちょっと、苦しいです…」
「まだ、駄目」

こんな時ばかりは、男所帯である屯所が恨めしく思えたりする。
でも、ここにいなければ出会わなかった。
ここにいたから恋に落ちた。
幾度のきっかけは偶然ではなく、二人が恋に落ちるための必然―

「・・・千鶴ちゃん、皆の前で僕に向かって笑うの止めてね。見せたくない」
「ええっ!?そ、そんなの無理です…」
「じゃあ、僕に微笑む時は、こうして僕の腕の中で――」

僕が見つけた大事な大事なかわいい花。
他の誰にも見つからないように、摘まれないように・・・

どうか腕の中に隠れていて――







END








4話、お付き合いくださりありがとうございました!
相も変わらず甘めな沖千になっていくのはもう止められないんですが^^;

偶然が重なって、気持ちが違う色に少しずつ重なって、恋になる。
二人にとっての偶然は必然。

そんなお話を書きたくて…頑張りました!
ここまでお読みくださり感謝いたします!